裏切りの代償

中岡 始

文字の大きさ
上 下
28 / 37

取締役会への布石

しおりを挟む
「こんにちは、桐生さん」

奏は桐生志信のオフィスのドアを開け、丁寧に一礼した。広々とした室内には、整然と配置されたデスクと本棚が目を引く。無駄のない空間は彼の性格をそのまま映し出しているようだった。桐生はデスク越しに座り、穏やかだが冷徹な視線で奏を迎えた。

「また来たか。取締役会前に君が何を持ってきたのか、興味がある」

桐生の口調には皮肉のような響きがあったが、その目は明らかに期待を含んでいた。奏は一瞬緊張したが、すぐに深呼吸し、冷静さを取り戻した。

「今日は、揃えた証拠と計画についてご報告します」

「では、座ってくれ」

奏が椅子に腰を下ろすと、彼はその鋭い視線をさらに研ぎ澄ませた。

***

奏は鞄から書類を取り出し、桐生の前に広げた。そこには、優美が関与したプロジェクトに関する経費報告書や進捗記録が並んでいる。

「まずはこちらをご覧ください」

奏は資料の一部を指差した。そこには、高額なレストランの領収書やブランド品購入の記録が記載されていた。

「これは藤崎優美のプロジェクト経費の詳細です。ご覧の通り、業務とは無関係な出費が多数含まれています」

桐生は資料を手に取り、黙々と目を通した。その間、奏はその表情を読み取ろうとしたが、彼の顔には一切の感情が浮かんでいない。

「具体的な金額は?」

「総額で約300万円です。これらはすべて会社の規定に反しています」

「なるほど。だが、経費不正だけでは弱い。プロジェクト全体への影響は?」

奏は次の資料を差し出した。それは技術部門と営業部の報告書をまとめたものだった。

「こちらが現場からの進捗報告です。優美がリーダーとして現場を無視した指示を出し、その結果、納期遅延や品質低下が発生しています」

桐生は報告書を手に取り、再び黙読を始めた。

「取引先の反応は?」

「納期遅延と品質低下に関するクレームが急増しています。一部の契約は更新されない可能性もあります」

奏の声は冷静だったが、その裏には彼女の強い決意が感じられた。

「なるほど、つまり彼女の判断が原因で、会社全体に悪影響を及ぼしているということだな」

桐生が資料をデスクに置き、奏を見つめた。その目にはわずかな興味が見え隠れしていた。

***

「もう一つ、尚紀についてもお話ししなければなりません」

奏は一瞬躊躇したが、次の資料を手に取った。それは尚紀が優美を昇進させた際の承認リストだった。

「こちらをご覧ください。彼女の昇進が決まった際の承認プロセスです。他の取締役の同意を得ず、尚紀が一存で決定しています」

「つまり、尚紀が彼女をひいきしているということだな」

「そうです。それが現場の混乱をさらに助長しています」

桐生はしばらく考え込むように視線を落とした。彼の手が資料の端を軽く叩く音だけが部屋に響く。

「なるほど。ここまで具体的に揃えたのは驚きだ。だが、取締役会で勝負するには、もう少し材料が必要かもしれない」

「具体的には?」

奏は少し前のめりになり、桐生の言葉を待った。

「取締役会では、感情論ではなく事実で攻めるべきだ。つまり、このデータをさらに視覚的かつ論理的に整理し、プレゼンテーションとして準備することだ。取締役たちが議論の必要性を感じるように仕向けなければならない」

「わかりました。必要な準備を整えます」

奏の声には迷いがなかった。その姿を見て、桐生は微かに微笑んだ。

「君がここまで動くとは思わなかった。これが奏さんの本気というわけだな」

***

奏がオフィスを後にする頃には、外はすでに暗くなっていた。冷たい夜風が顔に当たるが、その冷たさは彼女の心をさらに引き締めるようだった。

「取締役会で全てを決着させる」

その言葉を心の中で繰り返しながら、彼女は静かに歩き出した。暗闇の中で、彼女の決意はますます強固なものとなっていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

大きくなったら結婚しようと誓った幼馴染が幸せな家庭を築いていた

黒うさぎ
恋愛
「おおきくなったら、ぼくとけっこんしよう!」 幼い頃にした彼との約束。私は彼に相応しい強く、優しい女性になるために己を鍛え磨きぬいた。そして十六年たったある日。私は約束を果たそうと彼の家を訪れた。だが家の中から姿を現したのは、幼女とその母親らしき女性、そして優しく微笑む彼だった。 小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+にも投稿しています。

夫は魅了されてしまったようです

杉本凪咲
恋愛
パーティー会場で唐突に叫ばれた離婚宣言。 どうやら私の夫は、華やかな男爵令嬢に魅了されてしまったらしい。 散々私を侮辱する二人に返したのは、淡々とした言葉。 本当に離婚でよろしいのですね?

婚約者の浮気現場に踏み込んでみたら、大変なことになった。

和泉鷹央
恋愛
 アイリスは国母候補として長年にわたる教育を受けてきた、王太子アズライルの許嫁。  自分を正室として考えてくれるなら、十歳年上の殿下の浮気にも目を瞑ろう。  だって、殿下にはすでに非公式ながら側妃ダイアナがいるのだし。  しかし、素知らぬふりをして見逃せるのも、結婚式前夜までだった。  結婚式前夜には互いに床を共にするという習慣があるのに――彼は深夜になっても戻ってこない。  炎の女神の司祭という側面を持つアイリスの怒りが、静かに爆発する‥‥‥  2021年9月2日。  完結しました。  応援、ありがとうございます。  他の投稿サイトにも掲載しています。

五年目の浮気、七年目の破局。その後のわたし。

あとさん♪
恋愛
大恋愛での結婚後、まるまる七年経った某日。 夫は愛人を連れて帰宅した。(その愛人は妊娠中) 笑顔で愛人をわたしに紹介する夫。 え。この人、こんな人だったの(愕然) やだやだ、気持ち悪い。離婚一択! ※全15話。完結保証。 ※『愚かな夫とそれを見限る妻』というコンセプトで書いた第四弾。 今回の夫婦は子無し。騎士爵(ほぼ平民)。 第一弾『妻の死を人伝てに聞きました。』 第二弾『そういうとこだぞ』 第三弾『妻の死で思い知らされました。』 それぞれ因果関係のない独立したお話です。合わせてお楽しみくださると一興かと。 ※この話は小説家になろうにも投稿しています。 ※2024.03.28 15話冒頭部分を加筆修正しました。

夫が正室の子である妹と浮気していただけで、なんで私が悪者みたいに言われないといけないんですか?

ヘロディア
恋愛
側室の子である主人公は、正室の子である妹に比べ、あまり愛情を受けられなかったまま、高い身分の貴族の男性に嫁がされた。 妹はプライドが高く、自分を見下してばかりだった。 そこで夫を愛することに決めた矢先、夫の浮気現場に立ち会ってしまう。そしてその相手は他ならぬ妹であった…

(完結)私の夫は死にました(全3話)

青空一夏
恋愛
夫が新しく始める事業の資金を借りに出かけた直後に行方不明となり、市井の治安が悪い裏通りで夫が乗っていた馬車が発見される。おびただしい血痕があり、盗賊に襲われたのだろうと判断された。1年後に失踪宣告がなされ死んだものと見なされたが、多数の債権者が押し寄せる。 私は莫大な借金を背負い、給料が高いガラス工房の仕事についた。それでも返し切れず夜中は定食屋で調理補助の仕事まで始める。半年後過労で倒れた私に従兄弟が手を差し伸べてくれた。 ところがある日、夫とそっくりな男を見かけてしまい・・・・・・ R15ざまぁ。因果応報。ゆるふわ設定ご都合主義です。全3話。お話しの長さに偏りがあるかもしれません。

3歳児にも劣る淑女(笑)

章槻雅希
恋愛
公爵令嬢は、第一王子から理不尽な言いがかりをつけられていた。 男爵家の庶子と懇ろになった王子はその醜態を学園内に晒し続けている。 その状況を打破したのは、僅か3歳の王女殿下だった。 カテゴリーは悩みましたが、一応5歳児と3歳児のほのぼのカップルがいるので恋愛ということで(;^ω^) ほんの思い付きの1場面的な小噺。 王女以外の固有名詞を無くしました。 元ネタをご存じの方にはご不快な思いをさせてしまい申し訳ありません。 創作SNSでの、ジャンル外での配慮に欠けておりました。

ああ、もういらないのね

志位斗 茂家波
ファンタジー
……ある国で起きた、婚約破棄。 それは重要性を理解していなかったがゆえに起きた悲劇の始まりでもあった。 だけど、もうその事を理解しても遅い…‥‥ たまにやりたくなる短編。興味があればぜひどうぞ。

処理中です...