「三条美玲の炎上」スピンオフ・田中翔の業務日誌

中岡 始

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2024年5月10日

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2024年5月10日

美玲様の滞在も、いよいよ最終日を迎えた。朝からラグジュアリースイートの片付けや次の予約の調整が進められており、館内は徐々に忙しさを取り戻していた。連休明けの静けさが漂っていた2日間とは異なり、今日は通常の営業に戻る準備が進んでいる。

美玲様がチェックアウトのためにフロントに現れたとき、やはり隼人が対応にあたっていた。私が離れた場所から様子を見守っていると、二人は親しげに話している様子だった。隼人はいつもと変わらない落ち着いた態度で、美玲様の滞在に関する感想を聞いていたが、その対応はやはりプロフェッショナルだった。美玲様が「また、必ず来るわ」と名残惜しそうに告げたときも、隼人は穏やかに「またのお越しを心よりお待ちしております」と応じた。その瞬間、美玲様の目が少し潤んでいるようにも見えた。

彼女が去った後、隼人の表情にはどこかほっとした様子が垣間見えた。2日間、彼にとっても気を使う対応が続いていたのだろう。VIPゲストに対するプロフェッショナルな接客を維持するのは、誰にとっても簡単なことではない。特に美玲様の場合、彼女の特別な要求や、隼人に対する特別な関心が、宿のスタッフ全員に微妙な緊張感をもたらしていた。

その後、私は再び美玲様のSNSをチェックした。彼女のアカウントには、青海の宿での滞在を振り返る投稿が上がっており、今回も隼人が登場していた。隼人とのツーショット写真ではなく、宿全体や滞在したスイートルーム、さらには周辺の風景を美しく切り取った写真と共に、彼女の体験が綴られていた。しかし、その文章には隼人への感謝と称賛が明確に表現されていた。「特別な体験」を強調し、彼の存在が滞在をより贅沢で特別なものにしたとフォロワーに伝えていた。

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**「青海の宿で過ごした3日間、本当に贅沢で特別な時間でした🌿✨ 美しい海と自然、そして素晴らしいおもてなしに包まれて、心も体もリフレッシュできました。中でも、一番印象に残ったのは、隼人さんという素敵なスタッフの存在。彼の丁寧な接客と優雅な対応が、私の滞在をさらに特別なものにしてくれました💖 これほどまでに心地よい時間を過ごせたのは、隼人さんのおかげかもしれません。皆さんも、ぜひ青海の宿で隼人さんのおもてなしを体験してみてください🌸」**

#青海の宿 #ラグジュアリーライフ #隼人さん #特別なスタッフ #おもてなし #贅沢なひととき #VIP体験 #リフレッシュ #また来たい場所 #素晴らしい宿泊体験

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フォロワーたちの反応は予想通りで、隼人の存在に対する興味と羨望がコメント欄を埋め尽くしていた。「隼人さんに会いたい」「隼人さんが担当してくれるなら、ぜひ行ってみたい」など、彼を目当てに青海の宿を訪れたいという声が続々と寄せられていた。

私はこの一連の反応を見ながら、少し複雑な気持ちになっていた。隼人はプロとしての仕事を全うしただけなのに、SNS上で彼の存在がこれほど注目を集めているのは、本当に彼にとって良いことなのか。美玲様が彼を「特別なスタッフ」として紹介することで、逆に隼人に対する過度な期待や注目が集まるのではないかと懸念していた。

隼人自身は、何も変わらないように振る舞っているが、彼の内心にどれだけの負担がかかっているのかは分からない。美玲様の「特別な体験」を求める姿勢と、彼女の影響力がどこまで広がるのか、これからの状況を見守る必要があるだろう。

今日の出来事を振り返りながら、私は宿全体の雰囲気がどこか張り詰めたものに感じられるのを覚えていた。美玲様が去った今でも、その余波はまだ宿の中に残っているかのようだ。
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