転生したら異世界最強ホストになってました〜お客様の“心”に寄り添う接客、始めます

異世界ホスト業界の洗礼

　店内に響く楽しげな笑い声と、グラスが触れ合う澄んだ音。  

　ルミナスが開店してしばらくすると、客席は徐々に埋まり始めた。  

　異世界のホストクラブとはいえ、基本的な構造は現代のそれと大きく変わらないらしい。  

　指名されたホストたちは、それぞれの客とテーブルにつき、談笑しながら酒を注いでいる。  

　レオンは、ホストとして初めての接客を前に、落ち着かない気持ちを必死に抑えていた。  

「レオン、お前はこの席につけ」  

　ギルバートに促され、案内されたのは二人組の女性が座るテーブルだった。  

　一人は淡いピンク色の髪を持つ、明るい雰囲気の女性。もう一人は黒髪をすっきりとまとめ、上品な印象を醸し出している。  

　服装は華美ではないが、質の良さが伝わるシンプルなドレスだ。  

　おそらく、商家の娘たちだろう。  

　貴族ほど格式張っておらず、それでいてそれなりの財力を持つ層。  

　レオンは軽く息を吐き、椅子に腰を下ろした。  

「初めまして。今日からこの店で働くことになったレオンです」  

　できるだけ穏やかな笑顔を作りながら、軽く会釈をする。  

　女性たちは少し驚いたようにレオンを見つめ、すぐに顔を赤らめた。  

「あなた、新人さんなのね。噂には聞いていたけれど…本当に素敵な方なのね」  

　ピンク髪の女性が頬を押さえながら言う。  

「すごいわね…どこかの貴族のご子息かと思ったわ」  

　黒髪の女性も、小さく息を飲むようにしてレオンを見つめている。  

　相変わらず、美貌だけは評価されるらしい。  

　だが、問題はここからだった。  

（ホストとして…何を話せばいいんだ？）  

　営業職としての経験はあるが、客を「もてなす」会話となると勝手が違う。  

　少し悩んでいると、すぐ隣の席から、エルヴィスの甘い声が聞こえてきた。  

「貴女の瞳は星のように美しい」  

　流れるような口調で、彼は女性客の手を取り、優雅に口づけを落とす。  

　相手の女性は頬を紅潮させ、恍惚とした表情を浮かべた。  

　反対側の席では、リカルドが豪快に笑いながら酒を注いでいる。  

「この酒はうまいが、君と飲めばもっとうまいな！」  

　その場の空気を和ませるような軽い冗談に、女性たちは楽しげに笑っていた。  

　どちらも「ホスト」としての振る舞いは完璧だ。  

　エルヴィスのように甘い言葉で魅了するか、リカルドのように陽気に場を盛り上げるか。  

　それが、この世界のホストのスタンダードらしい。  

（え、こんな感じでいいのか？ なんか軽くないか…？）  

　営業職の経験からすると、あまりにも直球すぎる気がした。  

　だが、考えているうちに、隣の黒髪の女性が不安そうな表情を浮かべていることに気がついた。  

　ピンク髪の女性はノリがいいが、こちらはどちらかといえば落ち着いたタイプらしい。  

（こういう人は、むしろ会話の流れを作ってあげたほうが楽しめるはずだ）  

　佐藤――いや、レオンは社畜時代の経験を思い出した。  

　客の性格や求めているものを察知し、適切に応じる。  

　それが、営業マンとして培ってきた「お客様第一主義」のスキルだった。  

「お二人とも、お酒はお好きですか？」  

　静かに問いかけると、ピンク髪の女性が笑顔で答えた。  

「もちろん！ 甘いワインが大好きよ」  

「そうですか。それなら、少し果実の香りがするものをご用意できますよ」  

「え、本当？ うれしい！」  

　即座にオーダーを入れ、女性の好みに合わせたワインを取り寄せる。  

　すると、黒髪の女性がそっと口を開いた。  

「私は…あまり強くないのだけれど、少しだけなら」  

　おそらく、酒の席があまり得意ではないのだろう。  

「それなら、軽めのものをお持ちしますね。無理に飲まなくても大丈夫ですよ」  

　さりげなく伝えると、黒髪の女性はほっとしたように微笑んだ。  

「ありがとうございます」  

　レオンは気づいた。  

　この世界のホストは、どちらかというと「魅了する接客」をしている。  

　だが、自分はそれとは違うスタイルだ。  

　「相手に寄り添い、気遣い、居心地のいい空間を作る」  

　それが、レオンの持ち味なのかもしれない。  

　次第に、二人の女性客もリラックスし始めた。  

「レオンさんって、なんか話しやすい…！」  

「私のこと、ちゃんと見てくれてる感じがする…！」  

　ピンク髪の女性が笑いながら言い、黒髪の女性もうなずいた。  

「お二人のことをもっと知りたいですし、楽しい時間にしたいと思っていますから」  

　自然な笑みを浮かべながら、レオンは応じた。  

　その瞬間、エルヴィスがちらりとレオンのほうを見た。  

　何も言わなかったが、その視線にはわずかな興味が混じっているようだった。  

　こうして、レオンの異世界ホストとしての第一歩が始まった。