転生したら異世界最強ホストになってました〜お客様の“心”に寄り添う接客、始めます

源氏名、決定！

　店の扉をくぐると、目の前に広がったのは異世界とは思えないほど洗練された空間だった。  

　天井から吊るされたシャンデリアが、魔法の光を受けてきらめいている。壁には豪奢な装飾が施され、床には上質な赤い絨毯が敷かれていた。  

　奥へ進むと、円卓を囲んで談笑する男たちの姿が目に入る。  

　皆、整った顔立ちをしていた。  

　スーツを着こなし、優雅な仕草でグラスを傾けるその姿は、まるで貴族のようだった。  

　異世界の歓楽街に、こんな店があるとは思わなかった。  

「さあ、着いたぞ」  

　先導していた男が、店の奥へと佐藤を促す。  

　カウンターの奥に、一人の男が座っていた。  

　四十代前半ほどの年齢。  

　漆黒の髪をオールバックにし、深紅のスーツを纏っている。  

　目元に刻まれた鋭い皺が、長年の経験を物語っていた。おそらく、店長クラスであろう。  

「ギルバート。こいつ、新人候補だ」  

「ほう…」  

　ギルバートと呼ばれた男は、ゆっくりと椅子から立ち上がった。  

　近づくと、じっと佐藤を見つめる。  

　その視線には、何かを値踏みするような冷静な光が宿っていた。  

　そして、数秒後、彼は薄く笑った。  

「お前…とんでもない美貌だな」  

　佐藤は言葉に詰まった。  

　異世界に来てから、何度も似たようなことを言われたが、こうも真剣な口調で言われると、逆にどう反応していいかわからない。  

「ホストの経験は？」  

「いえ、まったく…」  

「なるほど。だが、顔がいいなら何とかなる」  

　ギルバートは当然のように言った。  

「ここはホストクラブ『ルミナス』。この歓楽街で最も格式が高い店だ。うちのホストは皆、貴族や王族の客も相手にする」  

「王族まで…？」  

　佐藤は驚いた。  

　日本のホストクラブとは格が違う。  

　ギルバートは頷き、店内を見渡した。  

「ここのナンバーワンはエルヴィス。貴族出身で、実力も人気も群を抜いている」  

　紹介された男が、ゆっくりとこちらを見た。  

　金色の長髪に白磁のような肌。  

　どこを取っても気品があり、まさに貴公子といった雰囲気だった。  

　しかし、彼の青い瞳は冷たかった。  

「人間ごときが、売れると？」  

　軽蔑の滲んだ声。  

　その一言だけで、佐藤は彼が自分をライバルとは見ていないことを悟った。  

「まあまあ、エルヴィス。彼が本当に使い物になるかは、これからだ」  

　ギルバートが場をなだめるように言うと、エルヴィスは無言のまま視線を逸らした。  

「さて、次はリカルド。元海賊のNo.2ホストだ」  

　もう一人の男が豪快に笑った。  

「おう、新人か？ まあ、せいぜい頑張れよ！」  

　陽気な性格らしく、気さくな笑みを浮かべている。  

　黒い短髪に無精ひげ。海で鍛えたのか、がっしりとした体格をしている。  

　佐藤は一礼した。  

　ギルバートは満足そうに頷き、再び佐藤に向き直った。  

「ところで、お前の名前は？」  

　佐藤は、一瞬口を開きかけた。  

　だが、その言葉を飲み込む。  

　本名は佐藤健二。  

　だが、そう名乗ることに強い違和感を覚えた。  

　この世界で、自分はただの流れ者だ。  

　身分も、過去も、何もない。  

　ならば――  

「レオン…レオンでいいです」  

　思わず口にした名だった。  

　ギルバートはしばらく黙っていたが、やがて満足げに頷いた。  

「いい名前だ。今日からお前はレオンだ！」  

　リカルドが笑いながら肩を叩く。  

「いいじゃねえか、レオン。お前の美貌なら、すぐに人気者になれるかもしれねえぞ」  

「そう…ですかね」  

「まあ、まずはやってみることだな！」  

　佐藤…いや、レオンは、曖昧に笑いながら小さく息をついた。  

　ホスト。  

　社畜として営業職をしていた経験はあるが、こうした接客業は初めてだ。  

　果たして、自分に務まるのだろうか。  

「社畜の俺が、異世界でホスト…どうなるんだ、これ」  

　不安と期待が入り混じる中、レオンの新たな人生が幕を開けた。