184 / 196
守護と殺人
守護と殺人22
しおりを挟む
控えの一手は、蓮にはなさそうだった。
スローモーションのように時間をかけて座り込んだ蓮は、壁に頭を預けていた。おそらくそうしていないと、座る事すら無理なのだろう。
そんな蓮を目に安堵した母親も、その場にぺたんと尻を付けた。
疼痛残る身体は上手く立ち上がれずに、俺は拳銃を手に四つん這いで彼女の元へ。
「か、母さん、大丈夫っ?」
彼女の肩は、まるで電流でも流れているよう。ブルブルと小刻みな振動が止まらない。
「だ、大丈夫……」
「助けてくれてありがとう」
桜子に視線を向けると、彼女も頷き「大丈夫」のサインを見せる。俺は上げた口角で「よかった」のサインを送った。
最後。蓮に目を落とす。
刃が刺さった部分からは、次々と血が滲み出し、服は紅く染まっていった。一方蓮の顔からは、色素が抜けていく。
「蓮……」
俺が呼びかけると、蓮の閉じられていた目蓋が開いた。半分も覗かぬ瞳は、どこを見ているのか分からない。
掠れた声で、彼は言う。
「…すんません、大和兄貴……こんなんなっちゃって……」
これだけの事をしておいて、俺まで殺そうとしたくせに、それなのに謝ってくる蓮には込み上げてくるものがあった。
「なんで、謝んだよっ……」
ふざけるな。
「悪者のまま死んでくれよ!」
こんなシーンで、仲間だった頃を思い出させるんじゃねえ。
蓮はそっと笑みを溢す。
「俺……大和兄貴がいてまじで助かったっす……あんな恐い奴等しかいない仕事場で、兄貴だけは同志に思えたから……」
そんなの、俺もだ。蓮の屈託のない笑顔に何度救われたか、数えきれやしない。
「内田組の頭が、大和兄貴の親父さんじゃなかったらよかったのに……そしたら兄貴とは、こんな風に……」
俺等が今こうなってしまっているのは、父親のせい。いや、なんだかもう、こんな世知辛い世の中のせいにしたくなってしまうよ。
「ゲーム、楽しかったっす……」
今にも息絶えてしまいそうな蓮を見て、俺は泣いた。
「…死ぬの?蓮」
「ははっ。さあー…死んだことはないけど、意識は朦朧っすね」
「ごめん……」
「はい?」
「蓮の父さん、死なせてごめんな……」
蓮の目蓋は先ほどよりもうんと下がり、もはや開いてはいないと思った。最期の力を振り絞り、蓮は続ける。
「…心配なのはおふくろっす。ひとりになっちゃうから……」
「そっか……」
「大和兄貴が…もし俺のおふくろに会う機会あったら伝えて下さい……」
はっと僅かな息を吸い、言葉を紡ぐ。
「俺も…人を殺した俺も命で償っただけだよって。だからもう、誰も責めないでって……」
それが、蓮の最期だった。
俺は彼の安らかな顔を暫く見つめてから、涙を拭う。
「母さん、離れて」
震える手、蓮の左胸に突きつける銃口。母親は戸惑った。
「大和、なにしてるの?もうこの子は死んだのよ?」
「分かってる。だから殺るんだ」
「え?」
だってこのままでは、こんなありさまでは。
「母さん、桜子。目ぇ瞑って」
蓮が犯人になってしまう。
この日4度目の銃声は、パトカーのサイレン音に混ざって木霊した。
人間の身体の中には一体何リットルの血液が流れているのだろうか。あれだけの血を腹から流し、青ざめていた蓮の心臓からまだまだ噴水のように沸き出るなんて、けっこうな量だ。
俺はただ、守りたかったんだ。
芽衣は犯罪者の恋人なんかじゃない。母親は刃物で人を襲ったりなんかしていない。蓮は俺の父親を殺してなんかいない。
今日の事は全部俺がやったって、もうそれでいいじゃないか。
スローモーションのように時間をかけて座り込んだ蓮は、壁に頭を預けていた。おそらくそうしていないと、座る事すら無理なのだろう。
そんな蓮を目に安堵した母親も、その場にぺたんと尻を付けた。
疼痛残る身体は上手く立ち上がれずに、俺は拳銃を手に四つん這いで彼女の元へ。
「か、母さん、大丈夫っ?」
彼女の肩は、まるで電流でも流れているよう。ブルブルと小刻みな振動が止まらない。
「だ、大丈夫……」
「助けてくれてありがとう」
桜子に視線を向けると、彼女も頷き「大丈夫」のサインを見せる。俺は上げた口角で「よかった」のサインを送った。
最後。蓮に目を落とす。
刃が刺さった部分からは、次々と血が滲み出し、服は紅く染まっていった。一方蓮の顔からは、色素が抜けていく。
「蓮……」
俺が呼びかけると、蓮の閉じられていた目蓋が開いた。半分も覗かぬ瞳は、どこを見ているのか分からない。
掠れた声で、彼は言う。
「…すんません、大和兄貴……こんなんなっちゃって……」
これだけの事をしておいて、俺まで殺そうとしたくせに、それなのに謝ってくる蓮には込み上げてくるものがあった。
「なんで、謝んだよっ……」
ふざけるな。
「悪者のまま死んでくれよ!」
こんなシーンで、仲間だった頃を思い出させるんじゃねえ。
蓮はそっと笑みを溢す。
「俺……大和兄貴がいてまじで助かったっす……あんな恐い奴等しかいない仕事場で、兄貴だけは同志に思えたから……」
そんなの、俺もだ。蓮の屈託のない笑顔に何度救われたか、数えきれやしない。
「内田組の頭が、大和兄貴の親父さんじゃなかったらよかったのに……そしたら兄貴とは、こんな風に……」
俺等が今こうなってしまっているのは、父親のせい。いや、なんだかもう、こんな世知辛い世の中のせいにしたくなってしまうよ。
「ゲーム、楽しかったっす……」
今にも息絶えてしまいそうな蓮を見て、俺は泣いた。
「…死ぬの?蓮」
「ははっ。さあー…死んだことはないけど、意識は朦朧っすね」
「ごめん……」
「はい?」
「蓮の父さん、死なせてごめんな……」
蓮の目蓋は先ほどよりもうんと下がり、もはや開いてはいないと思った。最期の力を振り絞り、蓮は続ける。
「…心配なのはおふくろっす。ひとりになっちゃうから……」
「そっか……」
「大和兄貴が…もし俺のおふくろに会う機会あったら伝えて下さい……」
はっと僅かな息を吸い、言葉を紡ぐ。
「俺も…人を殺した俺も命で償っただけだよって。だからもう、誰も責めないでって……」
それが、蓮の最期だった。
俺は彼の安らかな顔を暫く見つめてから、涙を拭う。
「母さん、離れて」
震える手、蓮の左胸に突きつける銃口。母親は戸惑った。
「大和、なにしてるの?もうこの子は死んだのよ?」
「分かってる。だから殺るんだ」
「え?」
だってこのままでは、こんなありさまでは。
「母さん、桜子。目ぇ瞑って」
蓮が犯人になってしまう。
この日4度目の銃声は、パトカーのサイレン音に混ざって木霊した。
人間の身体の中には一体何リットルの血液が流れているのだろうか。あれだけの血を腹から流し、青ざめていた蓮の心臓からまだまだ噴水のように沸き出るなんて、けっこうな量だ。
俺はただ、守りたかったんだ。
芽衣は犯罪者の恋人なんかじゃない。母親は刃物で人を襲ったりなんかしていない。蓮は俺の父親を殺してなんかいない。
今日の事は全部俺がやったって、もうそれでいいじゃないか。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
0
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる