道理恋慕

華子

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中毒と未来

中毒と未来10

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「本当にすみませんでしたねぇ。うちの孫が迷惑をかけて」

 老婆は俺よりも小さな身体で、何度も頭を下げていた。
 今日の作り話は、『会社でへまをした孫がその穴埋めにと後輩に金を借りたが、返すあてが無く祖母に頼った』と。ニュースでもどこでも取り上げられていそうな、知れた詐欺内容だ。

「今日、兄は会社に出勤してて取りに来られないので、代わりに弟の僕が来ました」
「そうかい。せっかくの夏休みなのに悪いねぇ。あの子そんなことがあったなんて、今日までなんにも言わないでまったく。お兄さんに御免なさいと、お伝えよろしくお願いします」
「はい、分かりました」
「借りた60万円に迷惑料もプラスしておいたからね。これ、渡しておいて下さい」

 そう言った彼女は枯れ枝にも似た指で、銀行の封筒をハンドバックから取り出した。手渡され、その中身の重みを感じると、全身砕かれそうなほどの罪悪感に苛まれた。

 俺等若造は、一体誰のお陰で今こうやって生きていられると思っているんだ。誰が酷い戦争を生き抜いて、誰が命のバトンを繋いでくれた?

「早くしまって?こんなとこみっともなくて人に見せられないから。ごめんねえ急かして」

 みっともない事など、謝る事など、彼女は何もしていないのに。

「はい……」

 溢れそうになる涙。「やっぱりいらないです」なんて言う勇気、俺にはない。

 受け取った封筒をポケットにしまった俺は、震えた声でこう告げた。

「お婆ちゃん、こっちこそごめんねっ」
「え?」
「これからもまたこういうことがあったら、最初に誰かに相談して、自分だけで判断しないでっ」
「ど、どういう意味だい?」

 ごめん、これ以上は言えないんだ。

「今日は暑い中、本当にありがとうございました!」

 頭を深く下げた俺は、老婆の顔も見ずに駆け足で立ち去った。

「はあっ、はあっ、はあっ」

 苦しい、苦しい、苦しい。
 ねえ田中さん、悪い奴に薬を渡すのも、煙草の味にも慣れたけれど、俺、こればっかりは慣れないよ。
 だってお金を持ってくる人達はいつだって申し訳なさそうに謝罪の言葉を述べてくる。こんなおかしい事ったらないでしょう?懸命に生きている人達が、懸命に稼いだお金を嘘のひとつで奪うなんてさ。
 
 ねえ父さん、俺もう嫌だよ。そろそろ普通に戻りたい。
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