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初犯と狼狽
初犯と狼狽2
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暑いと毛穴が汗を出せば袖を捲る。寒いと鳥肌が立てば上着を羽織る。
桜は春、向日葵は夏、紅葉は秋でシクラメンは冬だ。
そんな事、教科書がない世界だって、生活していれば学べる事柄。
だから俺も、学習してしまったんだ。両親がする会話の内容に聞き耳を立てずとも、日々を過ごしていれば嫌でも把握してしまう事柄は尽きない。
彼等は大抵、子供部屋の灯りが消えた頃に仕事の話をしていた。消灯イコール就寝だなんて、園児以外結ばれないのに。
小学6年生もそろそろ終盤に差し掛かったその日も、小さく灯った豆電球を眺めながら、桜子が学校行事で行ったプラネタリウムの話をふたりでしていたんだ。
「それでね、隣の席の彰人が寝ちゃってさ、イビキが響いたのなんのって」
「彰人って桜子が3年の時に好きだったって奴?」
「違うよ、それは淳一っ。フラれたって言ったじゃん」
「マセてんなあ」
「どっちがっ。てかちゃんと私の話、覚えててよねっ」
「もー」と言った桜子は、布団の下から俺の脇腹を突ついた。「はいはい」と俺も彼女の脇腹に手を這わせた時だった。
「また先月より振り込みが少ないじゃないか!」
父親の怒声が、俺等兄妹の顔を見合わせた。
「すみません親分!この度若中に新人がふたり入りまして、そいつ等が上手く動けず……」
この頃よく家に来ていた強面のひとりは、俺等子供の前だと優しい兄ちゃんという感じだが、両親にはやたらとおべっかを使っていて不自然に思っていた。
今日は媚びるどころか、酷く怯えている。
「先月私達のとこへ盃交わしに来た、あの可愛い坊っちゃんふたりぃ?なに、そんなに使えないのあの子達ぃ」
母親は酔っているのだろうか、呂律が上手に回っていない様子だった。
「いえ、自分等の教育指導不足っす!すみません!今月の分は必ず来月挽回しますんで!」
「できんのぉ?そんなことぉ。最近のお年寄りってお財布の紐固いんじゃなぁい?テレビでもCMでも有難迷惑な事に注意喚起ばっかしちゃってくれてるしさぁ」
「大丈夫です!来月はもっと件数増やしてみせますんで!」
「頼んだわよー」
「はい!」
耳を塞いでも鮮明に聞こえてしまう、扉と廊下の向こう側。俺の腹から手を離した桜子は、俺の手を探り握った。
「……詐欺、だよね」
視線を豆電球に向けたまま、震わせた唇で彼女は言う。可哀想に、思ってしまう。
「お前、4年なのに詐欺なんて言葉知ってんの?」
「知ってるよ。だって町中ポスターでも回覧板でもそんな言葉で溢れてるじゃんっ」
「あー」
まだ若い俺等が知らなくてもいい情報も、生きていれば勝手に脳は得る、理解する。それはきっと男の俺より、頭も身体も発達している女の桜子の方が、より敏感でキャッチし易いのかもしれない。
俺は桜子の手をギュッと強く握り返し、こう言った。
「大丈夫だよ。心配すんな」
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暑いと毛穴が汗を出せば袖を捲る。寒いと鳥肌が立てば上着を羽織る。
桜は春、向日葵は夏、紅葉は秋でシクラメンは冬だ。
そんな事、教科書がない世界だって、生活していれば学べる事柄。
だから俺も、学習してしまったんだ。両親がする会話の内容に聞き耳を立てずとも、日々を過ごしていれば嫌でも把握してしまう事柄は尽きない。
彼等は大抵、子供部屋の灯りが消えた頃に仕事の話をしていた。消灯イコール就寝だなんて、園児以外結ばれないのに。
小学6年生もそろそろ終盤に差し掛かったその日も、小さく灯った豆電球を眺めながら、桜子が学校行事で行ったプラネタリウムの話をふたりでしていたんだ。
「それでね、隣の席の彰人が寝ちゃってさ、イビキが響いたのなんのって」
「彰人って桜子が3年の時に好きだったって奴?」
「違うよ、それは淳一っ。フラれたって言ったじゃん」
「マセてんなあ」
「どっちがっ。てかちゃんと私の話、覚えててよねっ」
「もー」と言った桜子は、布団の下から俺の脇腹を突ついた。「はいはい」と俺も彼女の脇腹に手を這わせた時だった。
「また先月より振り込みが少ないじゃないか!」
父親の怒声が、俺等兄妹の顔を見合わせた。
「すみません親分!この度若中に新人がふたり入りまして、そいつ等が上手く動けず……」
この頃よく家に来ていた強面のひとりは、俺等子供の前だと優しい兄ちゃんという感じだが、両親にはやたらとおべっかを使っていて不自然に思っていた。
今日は媚びるどころか、酷く怯えている。
「先月私達のとこへ盃交わしに来た、あの可愛い坊っちゃんふたりぃ?なに、そんなに使えないのあの子達ぃ」
母親は酔っているのだろうか、呂律が上手に回っていない様子だった。
「いえ、自分等の教育指導不足っす!すみません!今月の分は必ず来月挽回しますんで!」
「できんのぉ?そんなことぉ。最近のお年寄りってお財布の紐固いんじゃなぁい?テレビでもCMでも有難迷惑な事に注意喚起ばっかしちゃってくれてるしさぁ」
「大丈夫です!来月はもっと件数増やしてみせますんで!」
「頼んだわよー」
「はい!」
耳を塞いでも鮮明に聞こえてしまう、扉と廊下の向こう側。俺の腹から手を離した桜子は、俺の手を探り握った。
「……詐欺、だよね」
視線を豆電球に向けたまま、震わせた唇で彼女は言う。可哀想に、思ってしまう。
「お前、4年なのに詐欺なんて言葉知ってんの?」
「知ってるよ。だって町中ポスターでも回覧板でもそんな言葉で溢れてるじゃんっ」
「あー」
まだ若い俺等が知らなくてもいい情報も、生きていれば勝手に脳は得る、理解する。それはきっと男の俺より、頭も身体も発達している女の桜子の方が、より敏感でキャッチし易いのかもしれない。
俺は桜子の手をギュッと強く握り返し、こう言った。
「大丈夫だよ。心配すんな」
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