38 / 46
第37話 どうすればいいんだ?
しおりを挟む
十二月に入った。
あれから偶然の遭遇も含め、ダイチくんには何度か会っている。
テニスも二回ほど一緒にやった。
しかし、最初にテニスをした日に彼の同級生から聞いたことについては、話題に出せていない。
やはり私が彼に直接聞いたことではないので、こちらから触れるのがはばかられるのだ。
本当は、話題に出してみたい。
そして確認を取ってみたい。
彼の同級生のタカツカサさんとコノエさんが、
「彼は本当は大学の工学部に進学したかった」
と言っていたが……
その進学したかったという気持ちが、いったい『どの程度強かったのか?』と。
また、『今もそう思っているのか?』と。
でも、聞けないままだ。
私の人事担当者としての仕事に関しては、少し落ち着いてきている。
中間人事考課も終わり、賞与に関する作業も終わっていることもあり、一息ついたという感じ。
気持ちにも余裕が出てきてしまうからだろうか?
向かいの席のイシザキくんの背後の壁に貼ってあるカレンダー。
その中の『あの日』がどうしても目に入ってしまう。
そう。十二月二十四日だ。
……。
これ、どうするの?
というか、どうすればいいの?
カレンダーのその日を見るたびに、頭の中は混乱している。
ダイチくんは内定者。
私は内定を出した会社の人事担当者。
普通なら当然、何も考える必要はない。
だが。
自宅はすぐ隣。
お互いがお互いの部屋に上がり込んだことがあり。
彼は私のところで食事をとり、私は彼のところでお泊りしてしまった経験あり。
休日一緒にテニスをしたこともあり。
この客観的事実はすべて無視してよいものなのだろうか?
私のほうが年上ということや、彼のパーソナリティを考えると。
向こうから何らかのアクションを起こしてくる可能性は高くないだろう。
なので私が何も働きかけなければ、何事もなく二十四日は終わりそうな気はする。
しかしそれで本当にいいのだろうか?
やはり声をかけるか?
でも声をかけるとしても、何と言って声を?
イブの夜は二人でどこかにお出かけしましょう?
いやいや。それって、つまり「私たちの関係はそうですよ。わかってます?」と相手に言っているようなものだ。
彼にそこまでの意識があるという保証はない。
というか、考えたら恥ずかしくなってきた。
早く『正解』を出して楽になりたいけど。
うーむ。
今の関係が微妙なのがいけないんだろうけど、その『正解』が何なのかがさっぱりわからない。
「うーん」
悩む。
「うーーーーん」
というか、めちゃくちゃ難しくない?
「うううううううん」
何なの、この難易度は。無理ゲーだわ。
「アオイくん、何うなってるんだ。便秘か?」
「部長席からそんな声が聞こえてくるが。下品なセクハラジジイの言うことは放置するとして――」
「おいアオイくん。また()と「」を間違えてるぞ?」
あ、しまった。口から出てしまっていたようだ。
気を付けなければ。
「アオイさん。今日はよくカレンダー見てるよね?」
イシザキくんも鋭く突っ込んでくる。
そして、カレンダーという言葉で部長がニヤリとした。
「ほう。ケーキの予約のことでも考えてたのかな?」
はぁ?
このジジイ、ダイチくんの件は他人に漏らさないと言っていたのに。
ぼやかして言えば大丈夫とでも思ったか?
「え、アオイさんがクリスマスケーキ……ということは?」
瞳孔が開いているイシザキくん。
ホラ見ろ。ジジイ許さじ。
この時期にケーキの予約って邪推しかされないのに。
……。
……ん?
ケーキ、か。
なるほど。
今年のクリスマスイブは平日だ。
夜であれば、ダイチくんはほぼ間違いなく部屋にいるだろう。
仕事終わって帰ってから、彼の部屋に行って、
『今日はクリスマスだしケーキ買ってみたの。せっかくだからダイチくんの分も買ったよ~。もしよかったら食べて~』
と言ってケーキを渡して『じゃあおやすみなさい』という流れはどうか?
そうすれば、クリスマスイブというイベントをスルーしたことにはならないし、かつ、おかしなメッセージ性も出てこない。
今の彼との関係を考えると、それが一番自然なのでは?
「ジジイでかした! その作戦だ!」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
私は仕事の帰りに、さっそくアパートに一番近い洋菓子屋さんに寄った。
以前。ダイチくんの面接の日に、カットされているケーキが四個セットになったものをプレゼントしたことはある。
そのときは瞬殺されてしまった。
それを考えると、やはりここは大きなホールケーキを丸ごとプレゼント、の一択になる。
そうなると予約が必要なのだ。
「あら。アオイさん。今年はケーキの予約もしてくれるの? 嬉しいわ」
スイーツは好きだったりするので、近所の洋菓子屋のおばちゃんには顔を覚えられていたりする。
ただ、クリスマスケーキを頼むのは今回が初めて。
「うふふ。いい人ができたのね。おめでとう」
コメントが予想通り過ぎて苦笑するしかない。
「で、サイズはどうするの?」
「すっごいデカいのでお願いします!」
「あら。じゃあウエディングケーキ並のでいい?」
「んなわけないー!」
ってウエディング!?
なんかこのからかい方、このおばちゃんは部長が放った工作員なのでは?
証拠が揃い次第抹殺しなければ。
あれから偶然の遭遇も含め、ダイチくんには何度か会っている。
テニスも二回ほど一緒にやった。
しかし、最初にテニスをした日に彼の同級生から聞いたことについては、話題に出せていない。
やはり私が彼に直接聞いたことではないので、こちらから触れるのがはばかられるのだ。
本当は、話題に出してみたい。
そして確認を取ってみたい。
彼の同級生のタカツカサさんとコノエさんが、
「彼は本当は大学の工学部に進学したかった」
と言っていたが……
その進学したかったという気持ちが、いったい『どの程度強かったのか?』と。
また、『今もそう思っているのか?』と。
でも、聞けないままだ。
私の人事担当者としての仕事に関しては、少し落ち着いてきている。
中間人事考課も終わり、賞与に関する作業も終わっていることもあり、一息ついたという感じ。
気持ちにも余裕が出てきてしまうからだろうか?
向かいの席のイシザキくんの背後の壁に貼ってあるカレンダー。
その中の『あの日』がどうしても目に入ってしまう。
そう。十二月二十四日だ。
……。
これ、どうするの?
というか、どうすればいいの?
カレンダーのその日を見るたびに、頭の中は混乱している。
ダイチくんは内定者。
私は内定を出した会社の人事担当者。
普通なら当然、何も考える必要はない。
だが。
自宅はすぐ隣。
お互いがお互いの部屋に上がり込んだことがあり。
彼は私のところで食事をとり、私は彼のところでお泊りしてしまった経験あり。
休日一緒にテニスをしたこともあり。
この客観的事実はすべて無視してよいものなのだろうか?
私のほうが年上ということや、彼のパーソナリティを考えると。
向こうから何らかのアクションを起こしてくる可能性は高くないだろう。
なので私が何も働きかけなければ、何事もなく二十四日は終わりそうな気はする。
しかしそれで本当にいいのだろうか?
やはり声をかけるか?
でも声をかけるとしても、何と言って声を?
イブの夜は二人でどこかにお出かけしましょう?
いやいや。それって、つまり「私たちの関係はそうですよ。わかってます?」と相手に言っているようなものだ。
彼にそこまでの意識があるという保証はない。
というか、考えたら恥ずかしくなってきた。
早く『正解』を出して楽になりたいけど。
うーむ。
今の関係が微妙なのがいけないんだろうけど、その『正解』が何なのかがさっぱりわからない。
「うーん」
悩む。
「うーーーーん」
というか、めちゃくちゃ難しくない?
「うううううううん」
何なの、この難易度は。無理ゲーだわ。
「アオイくん、何うなってるんだ。便秘か?」
「部長席からそんな声が聞こえてくるが。下品なセクハラジジイの言うことは放置するとして――」
「おいアオイくん。また()と「」を間違えてるぞ?」
あ、しまった。口から出てしまっていたようだ。
気を付けなければ。
「アオイさん。今日はよくカレンダー見てるよね?」
イシザキくんも鋭く突っ込んでくる。
そして、カレンダーという言葉で部長がニヤリとした。
「ほう。ケーキの予約のことでも考えてたのかな?」
はぁ?
このジジイ、ダイチくんの件は他人に漏らさないと言っていたのに。
ぼやかして言えば大丈夫とでも思ったか?
「え、アオイさんがクリスマスケーキ……ということは?」
瞳孔が開いているイシザキくん。
ホラ見ろ。ジジイ許さじ。
この時期にケーキの予約って邪推しかされないのに。
……。
……ん?
ケーキ、か。
なるほど。
今年のクリスマスイブは平日だ。
夜であれば、ダイチくんはほぼ間違いなく部屋にいるだろう。
仕事終わって帰ってから、彼の部屋に行って、
『今日はクリスマスだしケーキ買ってみたの。せっかくだからダイチくんの分も買ったよ~。もしよかったら食べて~』
と言ってケーキを渡して『じゃあおやすみなさい』という流れはどうか?
そうすれば、クリスマスイブというイベントをスルーしたことにはならないし、かつ、おかしなメッセージ性も出てこない。
今の彼との関係を考えると、それが一番自然なのでは?
「ジジイでかした! その作戦だ!」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
私は仕事の帰りに、さっそくアパートに一番近い洋菓子屋さんに寄った。
以前。ダイチくんの面接の日に、カットされているケーキが四個セットになったものをプレゼントしたことはある。
そのときは瞬殺されてしまった。
それを考えると、やはりここは大きなホールケーキを丸ごとプレゼント、の一択になる。
そうなると予約が必要なのだ。
「あら。アオイさん。今年はケーキの予約もしてくれるの? 嬉しいわ」
スイーツは好きだったりするので、近所の洋菓子屋のおばちゃんには顔を覚えられていたりする。
ただ、クリスマスケーキを頼むのは今回が初めて。
「うふふ。いい人ができたのね。おめでとう」
コメントが予想通り過ぎて苦笑するしかない。
「で、サイズはどうするの?」
「すっごいデカいのでお願いします!」
「あら。じゃあウエディングケーキ並のでいい?」
「んなわけないー!」
ってウエディング!?
なんかこのからかい方、このおばちゃんは部長が放った工作員なのでは?
証拠が揃い次第抹殺しなければ。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
ずっと女の子になりたかった 男の娘の私
ムーワ
BL
幼少期からどことなく男の服装をして学校に通っているのに違和感を感じていた主人公のヒデキ。
ヒデキは同級生の女の子が履いているスカートが自分でも履きたくて仕方がなかったが、母親はいつもズボンばかりでスカートは買ってくれなかった。
そんなヒデキの幼少期から大人になるまでの成長を描いたLGBT(ジェンダーレス作品)です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる