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第36話 気になる……

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 ダイチくんと別れて女子三人で向かったのは、『寄り天』という和食の店だった。
 一部業界では縁起の悪そうな名前だ。
 ランチは千五百円からのやや高級なお店で、天ぷらや魚がおいしいことで有名らしい。



「お姉さんはダイチの彼女なんだよね?」
「ふえっ?」

 四人用の個室テーブルに案内され、注文を伝えて店員さんが去った瞬間に、そう切り込まれた。
 変な声が出てしまう。
 もちろん切り込んできた主はタカツカサさんだ。
 コノエさんは彼女の隣でまた「ごめんなさい」と口パクしている。

「え、えっと、この、その、あの、どの――」

 私が錯乱していると。

「彼女なんでしょ? そうなんでしょ!?」

 と、尋問モード。
 うん。なんとなく嫌な予感はしていた。たぶんそれを聞かれるんだろう、と。
 でも対策のしようがなかったので、備えまでは出来ていなかった。

 脳内議会のコンセンサスがないまま、とりあえず私は答えを選んで返す。

「い、いや、まだそういうのじゃなくて。あくまでも私は就職先の人事担当者というか」
「あっそう。でもたぶんダイチはお姉さんのこと好きよ?」

 ――!? 

「な、な、なんで!?」
「一緒にテニスしてたでしょ?」
「うん。今日は誘われて。でもそれだけで?」

「だってあたしはプライベートレッスンを頼んだら断られたし。『誤解されるとまずいから』ってね。他も誘って成功した女の子はいないよ?」
「そ、そう」
「ついでに言うと、あたしは告ったこともあるけど。見事撃沈!」
「どうぇえぇえ!?」

 これにはびっくり。

「そうだったんだ。もしかしてダイチくんはモテるの?」
「いーや。そこまでモテモテってことはないよ。今風な感じじゃないし、何考えてるのかイマイチわかりづらいし。乙女心は全然わかってないし。たまに常識ないし」

「なるほど。それはちょっとわかるような」

「でも、あたしたちのような見る目のある女の子には、ダイチの良さはよーくわかるよ。チャラチャラしてる連中とは違う魅力があるの」
「あー、それも同意! というか全面的に同意!!」

 思わずウンウンうなずいてしまう。
 コノエさんも私に合わせて頭が動く。

「無愛想だけど冷たくはないし、勉強もできるし、テニスもインターハイに出てて、最後の大会はベスト8だよ? 過疎ってた男子テニス部も今は学校の看板になってる」

「べ、ベスト8!? そこまでは知らなかった」

 そんなに成績がいいのなら調査書に書いてくれればよかったのに。
 全国レベルどころか全国トップレベルじゃないの!

 ダイチくんもなあ、言ってくれれば……
 って、また「聞かれませんでしたので」で済まされそう。
 人事担当者だとかえって遠慮しちゃって聞けないんだってば!

 と、今ごろ部屋に帰っているであろうダイチくんにテレパシーでクレームを入れる。

「おまけに、練習は一日もサボらず、朝練だって毎日誰よりも早く来てたよ。
 引退してからも顧問の先生に頼まれて、空いてる日は部活に来てコーチしてるし。顔を出している日は、今でも朝一番に来てコート整備してるみたい」

「そっかあ。ダイチくん真面目だもんね」

 ん?
 でも、そうしたら今日って?

「あれ? でも今日って一年生と二年生は練習してるんじゃないの?」
「さっきLINEで後輩に確認したけど。今日ダイチは大事な用事ってことで休みをもらってたみたい」

 だ、大事な、用事。

「まさかデートだとは思わなかったけど」
「で、でででででーとおおお?」

 今度は私が鼻血出しそう。



 おいしそうな焼き魚と天ぷら、豆腐が運ばれてきた。
 けど、私の興味は完全にダイチくんの話。

 このタカツカサさん、告った経験があるというだけはある。
 彼のことを知り尽くしている感じだ。

 男友達と一緒にいることが多く、女友達との絡みはほとんどなかったということ。
 朝早く部活に行っていたため、たまに午後の授業で寝ていたこと。
 だが成績は不思議なほど良かったこと。

 私が求めたわけでもないのに、どんどん情報提供をしてくる。
 総務部で所有しているボイスレコーダーを持ってくればよかったと思うくらいだった。

「でも、それだけスペックの高い高校生が大学行かずに就職希望ってのは何でだろう」

 余計なお世話とは知りつつも。
 人事担当者として気になっていたこと……というよりも残念に思っていたことをぼやいてしまう。

「希望というか、すぐに働かないといけない事情があったんだけどね」
「そうなの?」

「彼、奨学生で。実家が小さな設計事務所なんだけど、もともと余裕がなかったみたい。今住んでるアパートもOBが経営してるところで、訳アリ在学生にはタダ同然で貸してるところみたいだし」

 な、なぬ?

「本当は大学に行くつもりだったんだよ。あの感じならうちの学園の大学にそのまま奨学生として行けたと思うからね」
「……」

「でも実家が思ったよりも速いスピードでヤバくなって、急遽就職路線に変更ってわけ。本当は工学部に行きたかったって言ってたよね? コノエさん」
「はい。私たちで粘り強く聞いたら、根負けして教えてくれました」

 少しだけすまなそうな顔をしながらそう添えてくるコノエさん。

 これは……。
 私がここで聞いてしまって良かった話なのだろうか?
 という怖さは少しある。

 けれども、ベールに覆われていたダイチ像がだいぶ見えたのは間違いない。

 毎日眠いのに成績が良かったのは、奨学金をもらう関係だろう。打ち切られないように、テスト前はしっかり勉強していたのだ。
 そして就職することにしたのも、実家のため。

 なんという健気な。 

 いまどき珍しい化石のような学生じゃないかコノヤロー!
 なんでそういうのを話してくれなかったんだコノヤロー!
 できれば本人の口から聞きたかったよコノヤロー!

 私はまたテレパシーでクレームを彼に送った。
 今度は、強めに。



 中身の濃いランチタイムは終了。
 私の強い希望により、三人分の会計を私のほうで済ませ、店の外に出た。

「お姉さん、ごちそうさま」
「ごちそうさまでした」

 二人が頭を下げてくる。
 タカツカサさんは少し豪快さのある、若い礼。
 コノエさんはおとなしい礼。

「いえいえ。二人とも大学受験、がんばってね!」
「ありがとう」
「ありがとうございます」

 そして、タカツカサさんはさらにこう付け加えてきた。

「お姉さん。ダイチを、よろしくお願いします」

 また、立礼。
 今度は、それまでの快活さを抑えた優雅な礼だった。

 いえ私はそういう関係じゃないし……などとは、とても言えなかった。
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