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第34話 鼻血が
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空いていた三番コートにやってきたのは、二人の女の子。
茶色い髪を三つ編みにした子と、そして黒いショートヘアの子。
その姿を確認すると、私は背中にヒヤリと冷たいものを感じた。
もしかして……。
もしかして。
どちらかがダイチくんの彼女、とか?
そうなったら。
もしやコート上はこの後、修羅場?
そのまま昼ドラよろしく私に近づき……グサッ?
もしくは彼女たちの専門はテニスでなくテニヌで……
ウインドカッターショットで私を切り刻んだり、鎖鎌スマッシュで私の胴体を真っ二つにしたり?
それともバックドロップショットで私の頭を粉砕?
……なんてことは、さすがにないか。
ダイチくんは確か、懇親会のときに「彼女はいません」と言っていた。
ここで私が非業の死を遂げる恐れはない、はず。
「ダイチ! 今日コート取ってたの!?」
その一言で、どうやらさっきダイチくんの名前を大声で呼んだのは、茶髪の子のほうだということがわかった。
黒ショートヘアの子は一歩後ろに付いているので、茶髪の子よりも控えめな性格なのだろう。
「ああ、空いてたから」
「へー」
こ、これは。
お互いの喋り方から、同級生であることは間違いなさそうだ。
人事担当者は就活生がプライベートで他の学生と話しているところを見ることはない。
当然、ダイチくんと同級生の絡みも見たことがない。
なので、新鮮!
普段、どんな会話をしているんだろう。
やはりそれが気になる。
私は空気になってもいい。この続きをよろしく。
と期待を込めて見守っていたものの。
会話は続かず、茶髪三つ編みの子の視線は、すぐに私のほうに。
「で、ダイチ。このキレイなお姉さんは誰?」
「――!」
「――!」
不意打ちされ、私は固まった。
ダイチくんも言葉に詰まっている。
沈黙の中、ちょうど二番コートからボールが飛んできた。
それを黒ショートヘアの子がサッとカットし、ラケットで丁寧に打って返球した。
「あれ? そんなに難しい質問だった?」
茶髪の子はダイチくんに詰問するようにそう言う。
彼が返答に困っているので、私から名乗ることにした。
「あ、あの。ごめんね。ちょっとビックリして。
キレイかどうかは置いといて、私は彼の内定先の人事担当をしています、アオイです」
彼女は「ふーん」と言って腰に手を当て、そのまま私に近づいてきた。
ここにダイチくんの就職先の人事担当者がいるというのは、さすがに予想できていなかったはず。
しかし彼女にひるむ様子は微塵もない。
「あたしはタカツカサ。ダイチの同級生で部活も一緒だったの。よろしく!」
やはり同級生だ。
続いて、後ろの黒ショートヘアの子も控えめに挨拶してきた。
「わたしはコノエ。同じくダイチの同級生で部活も一緒でした。よろしくお願いします」
タカツカサ? コノエ?
鷹司? 近衛?
華族の末裔?
そういえば、彼女たちの着ている白基調のシャツやスコートは、何となく高級そうな。
黒ショートヘアの子は佇まいも上品で、いかにもという感じだ。
茶髪の子も、しゃべり方こそボーイッシュで快活だが、よく見ると顔も可憐で気品がある。
二人ともいいところのお嬢さんなのかもしれない。
「こちらこそよろし――」
「お姉さん、その容姿は認めなくもないけど、テニスの腕はチラッと見た限りではイマイチだよね」
「ふぇ? いや、でも私今日初めて――」
「それだとダイチのヒッティングパートナーは務まらないよ!?」
「うにゃ??」
こちらの言葉を遮られ。
しかも指をさしてそんなことを言われ、ただただ混乱する私。
その背後では、黒ショートヘアの子が手を顔の前で合わせ、私に対し
「ごめんなさい」
と、すまなそうに口パクしている。
――ああ、そういうキャラということなのね。
コートの予約時間は、ダイチくんの話では通常二時間とのこと。
あと一時間ちょっと四番コートで練習して、帰るはずだった。
ところがタカツカサさんの強引な進行で、そのまま三番コートで合同練習することに。
まずは、
「ダイチとコノエさんは少しだけベンチで休んでて! 四人でダブルス形式の練習をする前に、私がサラッとお姉さんに基本を教えるわ」
と言われ、タカツカサさんが私を集中的に鍛えるプログラムに移行した。
私はコートをはさんでタカツカサさんの対角に立たされ、彼女はサーブの構えに入る。
「よくって? ヒロミ!」
「私はアオイだけど……」
「口ごたえしないの!」
え? 何かの漫画のマネ?
彼女が「ンアッ」という声とともにサーブを放つ。
フォア側にきた。
ダイチくんのサーブよりもだいぶ遅い。
返せそうな気がしてラケットを出し……
……たら、なんか左側方向に高くバウンドしてどっかに消えたよ!?
「どうだ! 全日本スピンサーブ選手権優勝のあたしのサーブは!」
「く、くそぅ……変化球とは」
正面でバウンドしたら、バックハンドで返したほうがいいような感じの弾み方だった。
というかそんな選手権あるの?
「お姉さん! 次いくよ」
「むむむ、どりゃー!」
ふたたび放たれたスピンサーブを、今度はバックハンドでうまく処理できた。
「よし、返った――」
「ちょっと!」
「え?」
私が返したボールを無視し、突っ込みを入れてくる彼女。
「お姉さんのプレーには女子力が足りないわ。基本がなってない!」
「じょ、女子力?」
「男子を悩殺できないテニスは失格!」
「へ?」
「まず第一! 『どりゃー』なんて掛け声はダサい!」
「あ、そう?」
「そう! ロシアの妖精シャラポアのように、打つときはエロい声を出すこと!
こんな感じ! アアッ」
また声とともにサーブ。
「……? よくわからないけどわかった! ンアアッ」
「そう! アアッ」
ラリーは続く。
「ンアアッ――!」
「アアアッ――!」
「ハアンァアッ――!」
「ンァアアアッ――!」
「よしチャンス! ア゛ァハア゛アァァアア゛ァァAhhh――――!!」
タカツカサさんのショットがウィナーとなった。
「くっ……」
「フフフ。お姉さん、まだまだだね」
「あのぉ、すみません三番コートの皆さん。ちょっとうるさいんですけど……」
「だまらっしゃい!!」
「ぁ、はぃ……」
二番コートからクレームを入れにきたおじさんはタカツカサさんに一喝され、しぼんで去っていった。
「お姉さん、あとね。テークバックはコンパクトでいいと思うけど、打ち終わった後のフォロースルーは大きくすること!」
「こんな感じ?」
「そう! 体に巻き付けるように大きく振り終えるようにすれば、シャツの裾がめくれてヘソがチラッと見えてセクシーなの!」
「あ、ほんとだ。めくれるね」
「だ、ダイチ、鼻血が――」
「あっ」
ベンチではダイチくんの鼻から血が溢れ、コノエさんが慌ててティッシュを取り出していた。
茶色い髪を三つ編みにした子と、そして黒いショートヘアの子。
その姿を確認すると、私は背中にヒヤリと冷たいものを感じた。
もしかして……。
もしかして。
どちらかがダイチくんの彼女、とか?
そうなったら。
もしやコート上はこの後、修羅場?
そのまま昼ドラよろしく私に近づき……グサッ?
もしくは彼女たちの専門はテニスでなくテニヌで……
ウインドカッターショットで私を切り刻んだり、鎖鎌スマッシュで私の胴体を真っ二つにしたり?
それともバックドロップショットで私の頭を粉砕?
……なんてことは、さすがにないか。
ダイチくんは確か、懇親会のときに「彼女はいません」と言っていた。
ここで私が非業の死を遂げる恐れはない、はず。
「ダイチ! 今日コート取ってたの!?」
その一言で、どうやらさっきダイチくんの名前を大声で呼んだのは、茶髪の子のほうだということがわかった。
黒ショートヘアの子は一歩後ろに付いているので、茶髪の子よりも控えめな性格なのだろう。
「ああ、空いてたから」
「へー」
こ、これは。
お互いの喋り方から、同級生であることは間違いなさそうだ。
人事担当者は就活生がプライベートで他の学生と話しているところを見ることはない。
当然、ダイチくんと同級生の絡みも見たことがない。
なので、新鮮!
普段、どんな会話をしているんだろう。
やはりそれが気になる。
私は空気になってもいい。この続きをよろしく。
と期待を込めて見守っていたものの。
会話は続かず、茶髪三つ編みの子の視線は、すぐに私のほうに。
「で、ダイチ。このキレイなお姉さんは誰?」
「――!」
「――!」
不意打ちされ、私は固まった。
ダイチくんも言葉に詰まっている。
沈黙の中、ちょうど二番コートからボールが飛んできた。
それを黒ショートヘアの子がサッとカットし、ラケットで丁寧に打って返球した。
「あれ? そんなに難しい質問だった?」
茶髪の子はダイチくんに詰問するようにそう言う。
彼が返答に困っているので、私から名乗ることにした。
「あ、あの。ごめんね。ちょっとビックリして。
キレイかどうかは置いといて、私は彼の内定先の人事担当をしています、アオイです」
彼女は「ふーん」と言って腰に手を当て、そのまま私に近づいてきた。
ここにダイチくんの就職先の人事担当者がいるというのは、さすがに予想できていなかったはず。
しかし彼女にひるむ様子は微塵もない。
「あたしはタカツカサ。ダイチの同級生で部活も一緒だったの。よろしく!」
やはり同級生だ。
続いて、後ろの黒ショートヘアの子も控えめに挨拶してきた。
「わたしはコノエ。同じくダイチの同級生で部活も一緒でした。よろしくお願いします」
タカツカサ? コノエ?
鷹司? 近衛?
華族の末裔?
そういえば、彼女たちの着ている白基調のシャツやスコートは、何となく高級そうな。
黒ショートヘアの子は佇まいも上品で、いかにもという感じだ。
茶髪の子も、しゃべり方こそボーイッシュで快活だが、よく見ると顔も可憐で気品がある。
二人ともいいところのお嬢さんなのかもしれない。
「こちらこそよろし――」
「お姉さん、その容姿は認めなくもないけど、テニスの腕はチラッと見た限りではイマイチだよね」
「ふぇ? いや、でも私今日初めて――」
「それだとダイチのヒッティングパートナーは務まらないよ!?」
「うにゃ??」
こちらの言葉を遮られ。
しかも指をさしてそんなことを言われ、ただただ混乱する私。
その背後では、黒ショートヘアの子が手を顔の前で合わせ、私に対し
「ごめんなさい」
と、すまなそうに口パクしている。
――ああ、そういうキャラということなのね。
コートの予約時間は、ダイチくんの話では通常二時間とのこと。
あと一時間ちょっと四番コートで練習して、帰るはずだった。
ところがタカツカサさんの強引な進行で、そのまま三番コートで合同練習することに。
まずは、
「ダイチとコノエさんは少しだけベンチで休んでて! 四人でダブルス形式の練習をする前に、私がサラッとお姉さんに基本を教えるわ」
と言われ、タカツカサさんが私を集中的に鍛えるプログラムに移行した。
私はコートをはさんでタカツカサさんの対角に立たされ、彼女はサーブの構えに入る。
「よくって? ヒロミ!」
「私はアオイだけど……」
「口ごたえしないの!」
え? 何かの漫画のマネ?
彼女が「ンアッ」という声とともにサーブを放つ。
フォア側にきた。
ダイチくんのサーブよりもだいぶ遅い。
返せそうな気がしてラケットを出し……
……たら、なんか左側方向に高くバウンドしてどっかに消えたよ!?
「どうだ! 全日本スピンサーブ選手権優勝のあたしのサーブは!」
「く、くそぅ……変化球とは」
正面でバウンドしたら、バックハンドで返したほうがいいような感じの弾み方だった。
というかそんな選手権あるの?
「お姉さん! 次いくよ」
「むむむ、どりゃー!」
ふたたび放たれたスピンサーブを、今度はバックハンドでうまく処理できた。
「よし、返った――」
「ちょっと!」
「え?」
私が返したボールを無視し、突っ込みを入れてくる彼女。
「お姉さんのプレーには女子力が足りないわ。基本がなってない!」
「じょ、女子力?」
「男子を悩殺できないテニスは失格!」
「へ?」
「まず第一! 『どりゃー』なんて掛け声はダサい!」
「あ、そう?」
「そう! ロシアの妖精シャラポアのように、打つときはエロい声を出すこと!
こんな感じ! アアッ」
また声とともにサーブ。
「……? よくわからないけどわかった! ンアアッ」
「そう! アアッ」
ラリーは続く。
「ンアアッ――!」
「アアアッ――!」
「ハアンァアッ――!」
「ンァアアアッ――!」
「よしチャンス! ア゛ァハア゛アァァアア゛ァァAhhh――――!!」
タカツカサさんのショットがウィナーとなった。
「くっ……」
「フフフ。お姉さん、まだまだだね」
「あのぉ、すみません三番コートの皆さん。ちょっとうるさいんですけど……」
「だまらっしゃい!!」
「ぁ、はぃ……」
二番コートからクレームを入れにきたおじさんはタカツカサさんに一喝され、しぼんで去っていった。
「お姉さん、あとね。テークバックはコンパクトでいいと思うけど、打ち終わった後のフォロースルーは大きくすること!」
「こんな感じ?」
「そう! 体に巻き付けるように大きく振り終えるようにすれば、シャツの裾がめくれてヘソがチラッと見えてセクシーなの!」
「あ、ほんとだ。めくれるね」
「だ、ダイチ、鼻血が――」
「あっ」
ベンチではダイチくんの鼻から血が溢れ、コノエさんが慌ててティッシュを取り出していた。
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