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第24話 メールできた

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 めでたく内定者研修は『実施』の運びとなった。

 日程は今日明日の話ではなく少し先で、外部のサービスを使う予定になっている。
 クチコミでも評判の良かったところに頼む予定なので、期待はできるだろう。

 そして私はと言うと、平穏な日常に戻り……とはいかない。
 まもなく中間人事考課が始まる。冬の賞与の額に影響する重要なイベントだ。
 その準備などでなかなか定時帰りというわけにはいかず、意外とバタバタした日々が続いていた。



 今日も少し遅くなってしまった。
 いつものように、くたびれ果てたサラリーマン軍団に押し出されるように駅の改札を出た私。
 そのままアパートを目指す。

「……」

 駅からけっこう近いので、すぐに到着はする。
 ……。
 やっぱり隣のアパートの二階、奥から二番目の扉が気になる。 

 あれからダイチくんには、特に遭遇していない。
 期待値を考えたら、遭遇しないほうが自然であるわけだけれども。

 彼はどうしてるのだろう?

 そんなことを思わなくもなかったり。
 思う日もあったり。
 いや、思わない日はなかったり?
 ??

「いま偶然扉を開けて出てこないかなあ……って出てこないよね」

 少し立ち止まって見ていたが、当然扉が開くことはなく。
 私は自室のあるほうのアパートへと歩き出した。



 いつものように食事を済ませ、いつものように風呂に入り。
 いつものようにベッドにダイブ。
 そしてウトウトしかけてきたときに。

 ――ピロピロリン。

 メールだ。誰だろう。

 お! ダイチくんだ!!

 眠気が一気に吹っ飛んだ。
 心拍数も上がったような気がしたが、別にそんなことはなかったぜ!
 どれどれ。
 件名は空欄だ。本文は――

『アオイさん、質問してもいいですか?』

 ん? 何だろう?
 返事を打とう。

『何でも来いやこらああ!』

 ……。
 あれ、返事の返事が来ない。
 と思ったら、少し経ってからスマホが鳴った。

『内定式の服装って、学ランでいいんでしたっけ?』

 ……!
 もうそんな時期だった。
 前に学校を通じて通知はしていたものの、バタバタしていてすっかり頭から抜けていた。



 そう。
 内定者たちには『内定式』というイベントがある。

 この内定式、十月の最初の日におこなっている会社が圧倒的に多い。
 だがうちの会社は十一月。かなり遅い。
 これはおそらく、高卒の内定者も一緒にやっているためだろうと思う。
 高卒者の内定は出るタイミングが遅いため、十月一日では一緒にできないのだ。

 他の会社では、十月に大卒内定者の内定式。もっと後の月に高卒内定者の内定式と、二つに分けているところも多い。
 ところがうちはそんなに大量の新卒採用者がいるわけではない。
 なので、「二回やるのもなあ」ということで今の形に落ち着いたのだろう。



 しかしダイチくんのそのメールを見るに。

 やっぱり今の進路指導の先生からは、何も聞かされてないんだなあ。
 である。

 一般的には、高校生の正装は学生服。
 なので高校生の内定者については、学生服で内定式に出席しているケースが多いと思う。

 だが、うちの場合、高校生であってもスーツで出席をお願いしている。
 大卒組の中に、高卒者が一、二名混ざる形になるので、服装を揃えましょうということになっていたためだ。

 当然、高校生はスーツを持っていないケースがほとんど。
 なので、わざわざ買ってもらうということになる。
 学校側も「どうせ入社のときにスーツは必要ですもんね」ということで、理解はしてくれていた。

 去年までの進路指導の先生は、もう長いことあの学校にいたらしい。
 そして、うちの会社との付き合いも、私の前任者の頃から。
 もう勝手がわかっていたので、毎年今くらいの時期になると、向こうから「今年もスーツですよね?」と電話で聞いてきてくれていた。

 だが今年から進路指導の担当になった先生は、うちの会社の内定式の服装の決まりについて、そもそも知らないかもしれない。
 どうも引継ぎをあまりしっかり受けていないためだ。
 いや、放任主義ならぬ放置主義の気があるため、知っていてもダイチくんに伝えていないという恐れすらある。

 もっとも、そのようなことはダイチくんの会社見学の頃からわかっていたこと。
 確認していなかった私も悪いだろう。

 ええと。
 ダイチくんにはその旨メールを返しておかねば。

『うちはスーツだよ~。持ってる?』

 今度は返事がすぐに来た。

『持ってませんので土曜日に買いに行きます』

 やっぱり持っていなかった。
 ダイチくんのほうから聞いてくれて助かった。

 ……。
 …………買いに行きます、か。

 うーん。
 大丈夫かな?

 何となくだけど、センスの悪い変なスーツを買いそうな予感が。
 しかも、彼の素直でおとなしい性格を考えると。
 店員さんにカモにされて、セットであれもこれも余計なモノを買う羽目になりそうな。

 よし。ここは私が……。
 メール打つのめんどくさいから電話しちゃえ。
 私はスマホのアドレス帳でダイチくんを探し出し、発信ボタンを押した。

「ごめんね。メールだと時間かかるんで電話しちゃった」
「いえ、こちらこそわざわざすみません」

 久しぶりに声を聞いた気がした。
 資料を読んでもらった日から、二週間ぶりくらいだろうか?
 素朴で、素直。電話越しでも耳当たりのよい声だ。

「ふっふっふ。心配なので土曜日は私が同行してさしあげよう」
「え? でも悪いですよ」
「遠慮しないの。というか変なのを買ったり余計なものを沢山買わされそうで怖いんだよね」
「じゃあ、お願いします。ありがとうございます」

 では決定。
 ということで、必要なものを確認して、あらかじめ決めておくべきだ。

「はい。買わないといけないと思うものを全部言って!」
「ええと。スーツとネクタイだけだと思います。靴やワイシャツは今あるので大丈夫ですよね?」

 社会人になるということで、気分一新のために全部新しいものを買う手も、もちろんある。
 だが彼は製造職。入社後は基本的に職場では作業服だ。スーツを着ることは滅多にないだろう。
 必要なものだけ買うというほうが、合理的ではある。

「うん。大丈夫だと思うよ? お金はあるの?」
「はい。買うときは言ってくれって親に言われてますので。電話しておきます」

 あ、なるほど。
 最低限のものだけ買うというのは、親のお金なので、あんまりあれもこれも買うのは良くないと思っての判断だろうか?
 そうだとしたらバランス感覚あると思う。

 ……両親、か。
 ダイチくんの家族のことも、まだ何も知らないなあ。
 工場長は彼のことを親孝行だと言っていたような気がする。
 面接で何か自発的にしゃべったのだろうか?
 気になる。

「あ、そうだ。内定が出たってのはご両親には連絡したの?」
「はい、しましたよ。おめでとうって言われました」
「そっかー。よかったね。ご両親も心配してたんだろうね」
「どうでしょう? それよりも『一人暮らしはうまくいっているの?』としつこく聞かれました」

「あははっ。何かそれ、わかる気がする」

 もう彼の入社は決まっている。
 慌てなくても、いずれ聞き出すチャンスはあるかな?
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