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第14話 おいしい……

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 パソコンもネット環境もないダイチくん。
 インターネットは学校の授業でやったことがあるくらいだろうから、ネット検索は不慣れだろう。
 そう思ったので、最初に私が参考になるサイトを開いてあげることにした。

 彼を私の椅子に座らせ、私はその右側で膝をつくような体勢になる。
 もちろん何年も人事担当者をやっているので、優良サイトは把握している。
 心構えや注意事項が書かれているサイトは一通りブックマーク済みだ。

 私は立て膝のまま、マウスを動かしていく。

「ここがいいよ。わかりやすくてよくまとまってる」
「あ、ありがとうございます」
「順番としてはここから見ていくと……って、大丈夫? どうしたの?」

 ダイチくんが微妙に落ち着かなそうな雰囲気で、そわそわしている。
 いつもの様子と違う――そう思ったので聞いてみた。
 すると、彼は体を画面に向けたまま、チラッチラッとこちらに視線を向けたり戻したりしながら答えてきた。

「ええと、アオイさん。わざわざしゃがまなくても……立ったままで操作できませんか?」
「え? でも相手に説明するときは目線同じ高さに持ってきたほうがいいんだよ? 上からだと威圧してるみたいになるし」

 たとえ客商売でなくても、相手に目線の高さを合わせることは大切だ。
 だが、彼はそれで引き下がらなかった。

「あ、いやそういうことじゃなくて、です」
「ん?」

 ダイチくんの顔が、少し赤い気がした。
 もしかして。

 ……あ。

「うぎゃあああ!!」

 部屋着はゆるゆるだ。
 角度的に、ダイチくんからは中の下着が見えていたかも。

「ご、ごめんわざとじゃないから!」
「だ、大丈夫です。ジロジロ見たりはしてませんから」

 微妙な空気になったので、仕切り直すことに。

「じゃ、じゃあ、私は立ったままで失礼します」
「は、はい」

「このサイトがわかりやすくまとまってるよ」
「ありがとうございます」

 バトンタッチされたマウスを手に、ダイチくんがディスプレイに吸い寄せられるようにサイトを閲覧してゆく。
 インターネットという行為そのものに対してだけでなく、サイトに書かれている内容も新鮮なのだろう。

 少しゆっくり見させてあげたいな。
 あ、そうだ。それなら……。

「ダイチくん晩ごはん食べた?」
「はい、食べました」
「まだ胃袋は入る?」
「はい。もう腹減ってますので、余裕で入りますけど」

 よし。

「ふふふ、よかったら夜食を食べていって!」
「いいんですか?」
「いいよー? ダイチくんがネット見ている間に作るから」
「ありがとうございます」

「今から買い物に行くと遅くなるから、あるものでチャーハン作るけどいい?」
「あ、チャーハン大好きです」

 実はチャーハンを作ることは結構得意だったりする。

「ふっふっふ。特製チャーハンで唸らせてみせるよー」
「え?」
「あ、何でもないよ。ふふふふ」
「?」

 心の声が口から出てしまった。



 家庭のコンロでは、お店のような大火力は望めない。
 なので温度不足でベチャっとしたチャーハンになりがちだ。

 それを防ぐために、まずは空の中華鍋を十分火にかけて熱して。
 ご飯を投入。これも温度が下がらないよう、量は一度に二人分が限界。今回は二人だしちょうどいい。

 木のへらを使い、粒をつぶさないように炒めて水分を飛ばして。
 具は少なめ、卵は三回くらいに分けて、と。

「出来たあっ!」

 静かな1LDKに、私の会心の声が響いた。

 よーし。まずはダイチくんの分を盛って、と。
 彼の食べっぷりが見たいので、私は後でゆっくり食べよう。

「ダイチくんいらっしゃいっ!」

 リビングの四人用テーブルにチャーハンを置き、ダイチくんを呼んだ。

「ず、ずいぶん気合入ってますね」

 ぬぼーっとしたベースの表情に、少し戸惑いのような色が混ざった感じでやってきたダイチくん。

「ふっふっふ。さァ召し上がれェッ」
「い、いただきます」

 よーし。飲み物も入れようかな。
 チャーハンは油っ気があるのであっさりしたウーロン茶がいいかな。
 私はグラスに氷を入れ、ウーロン茶を注いだ。

「はい、お茶――」
「おかわり、あります?」

 ぎょええっ、一瞬で食われてたあッ!
 もう米粒一つ残さず消えてるし!
 食べるところを観察するつもりだったのに……まったく見ることができず。
 むむむ。

「あるよ ちょっと待ってね!」

 くそう……。今度はじっくり見てやる。
 ということで、私は空になった皿を受け取り、もう一回チャーハンを盛った。

「どうぞ!」

 今度は余計なことをせず、テーブルの向かいに座ったまま見守ることにした。
 右手のスプーンで、右側中央をすくい……大きく開けた口にヒョイッ。
 そしてモグモグ……ゴクン。
 ちゃんと噛んでるけどスピードがある!

 手の動きも口の動きも速い。
 あっという間に食べていく。
 またすぐにスッカラカンになってしまった。

「早っ。あ、でもこんな勢いで食べてくれるってことは、おいしいということでいいのかな?」
「はい。こんなにおいしいチャーハンは初めてかもしれません」

 おお!

「本当? うれしい! でも比較対象はコンビニのチャーハンよね?」
「そうですけど。コンビニのチャーハンも結構おいしいですよ? でもそれよりずっとアオイさんのチャーハンはおいしかったです」
「ふふふっ」

 これは作った甲斐があった。

 私の場合、もう一人暮らしはかなり長い。
 料理も最初の頃は新鮮で楽しかったが、すぐに飽きて。
 しばらくすると、どちらかというと面倒だと思うようになっていた。
 張り切って料理する、ということは基本的になかったのだ。

 でも、今は張り切って作ったし、作った満足感もある。
 そして自分は食べていないのに、確かな幸福感。

 やはり、作る以上は……
 食べたいんじゃなくて、食べてもらいたいんだ。
 今まで意識したことがなかったが、あらためてそう気付かされた。

 高校生であるダイチくんが、私の作ったチャーハンをガツガツと食べる。そして完食。
 その事実が、なんだかとってもうれしくて、ニヤケてしまう。

 ぐふふ。
 ぐふふふ。
 だめだ止まらない。

「で、アオイさんは食べないんですか?」
「ぐふふふ」

「あの」
「ぐふふふふふ」

「アオイさん!?」
「うあっ!? え、何?」

「アオイさんは食べないんですか?」
「あ、私も食べるよー!」

 テーブルの向かいのダイチくんが不思議そうな顔で突っ込んできて、私は現実世界に帰還した。

 そうだ。私はまだ晩ごはんを食べていなかった。
 さあて私の分も皿に……あ。

「うわああ私の分がなかったー!」

 すっかり忘れていた。
 二杯分食べさせたので残機はゼロだった。
 私の分がない。

「あ、俺が食べたからですか。ごめんなさい」
「いやいやいや! その食べっぷりを見るのは一杯分を献上する以上の価値あり!」
「はあ、そうですか」

 かくなる上は……“これ”しかない。

「ダイチくん、どうせまだ食べられるんでしょ?」
「ま、まあ、食べられますが」
「ファミリーレストラン、ガクトの宅配サービスでパーティセットを頼もう。安いし、おいしいし、三十分もかからずに届くよ!」



 それもあっという間に平らげられてしまったことは言うまでもない。
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