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第4話 笑われたけど理由はわからない
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むむむ。
三十分以内の昼寝は午後の効率を良くする、とは聞くけれども……。
さすがに、会社訪問で、しかも時間になってもまだ昼寝というのは、見たことも聞いたこともない。
起こさないと。
トントン。
肩を叩く……起きない。
食いっぷり同様、これまた見事な寝っぷりだ。
何となく、少しそのまま観察してしまった。
……へえ。
今まで気づかなかった。
細身の体なのに、肩や腕……意外と筋肉がしっかり付いている感じだ。
ワイシャツ一枚なので、よくわかる。
何か運動をやっていたのかな?
進路指導の先生と電話で話したときは、特に何も言っていなかったような……。
と、そのとき。
ダイチくんの体が突然ビクンとなり、椅子とテーブルがガタンという大きな音を立てた。
「――!」
私も驚きで体が跳ね上がった。
寝ている人によくある、ジャーキングという現象だ。これ自体は珍しいことではない。
でも心臓が飛び出すかと思ったよ!
「あれ? あっ、アオイさん……。すいません。寝てました」
「あ、あははは。み、見ればわかるよ。寝不足なの?」
「いえ、早く起きてはいますが。寝不足ってほどじゃないと思います」
じゃあ寝たらまずいじゃない!
という突っ込みは心の中だけでとどめておいて。
会社の工場へと向かうことに。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
うちの工場は、本社からは少し離れている。
電車でだいたい一時間くらいだ。
普通の快足電車を使うので、座席はロングシート。
二人並んで座る。
無口な彼と向かい合わせになるボックスシートはちょっときついので、私としてはありがたいのかも? と思わなくもない。
まあ無口なのは、まだ会ったばかりということもあるのかもしれない。
ただ、多弁なタイプでないことはもう間違いないと思う。
「昼間は座れていいね……って、ダイチくんは若いから一時間くらい立っていても平気だよね」
「はい。俺は平気です」
うーん。一人称も「俺」。
今日はまだ正式な選考プロセスに入る前で、見学客という立場だから大丈夫としても。
このままだと面接のときも「俺」とか言い出しそうで怖い。
というか進路指導の先生がなぁ……と思ってしまう。
電話では「いい子だからよろしく」という程度にしか言っていなかった。
ここまでの彼の様子を見ると、作法については学校で何も教えていない可能性がいよいよ濃厚になってきた気がする。
「えっとね。私の前ではいいけど、工場の偉い人と話すときとか、面接のときは、一応『俺』じゃなくて『私』という一人称を使ってね」
「わかりました。『私』ですね」
「……ぷっ」
「え?」
「あ、ごめん。なんでもない」
「?」
学生服。そしてセットしていない短髪。童顔。
外向けの表情を作ろうという気配がない様。
雰囲気は完全に学生そのものだ。
そんな彼の『私』という一人称があまりにも似合わないので、面白くなって笑ってしまった。
「選考に入ってからも、私の前では『俺』でもいいよ。ずっと張りつめていると疲れちゃうからね」
その後、話が特段盛り上がるわけでもなく。
工場に到着。
外観は、平たく大きい製造現場の建屋と、その隣にある三階建てのビルになっている事務所の、合計二つの建物からなる。
まだ暑い時期。
広がるアスファルトの敷地には、無色透明の炎が這っているかのようなゆらめきが見られる。
陽炎だ。
「よーし。じゃあ攻め込みますか」
「攻め込む?」
「いや、こっちの話」
「?」
首をかしげて不思議な顔をしているダイチくん。
私たちはまず、事務所のほうに上がり込んだ。
「お疲れ様ですー!」
「……こんにちは」
一緒に挨拶してくれたダイチくん。
相変わらず愛想笑いはなし。
お辞儀の基本も全然なっておらず、首しか垂れていない典型的な悪例になっているようだ。
けれども、私としては欠礼という最悪の事態も考えられたので、とりあえず安心。
私たちに対し、工場の一階事務所にいた十五人ほどの社員は、みんな挨拶を返してくれた。
私だけの訪問であれば普段そんなことはないが、今日は高校生と一緒ということもあって笑顔が付いている。
本日おもに相手してくれる予定なのは、品質管理部の若手社員、キョウヤくん。
カウンターの奥から、そのキョウヤくんと、副工場長がこちらにやってきた。
工場長は兼務役員ということもあり、だいたい留守にしていて、今日もいないと聞いている。
さて、ダイチくんは……。
「佐藤ダイチです。今日はよろしくお願いします」
おお、お辞儀はともかくとして、挨拶できている!
って、これもできて当たり前なのだけど。
まずは第一関門突破だ。
副工場長のほうは最初の挨拶だけをすると、ダイチくんの肩をポンと叩いただけで、事務所の奥のほうに去っていった。
この先はキョウヤくんの案内で進行する。
「アオイさんは大卒の採用が終わったばかりなのに、大変ですね」
工場棟のほうに向かうために、一度外に出ると、キョウヤくんはそう言ってくれる。
「ありがと。キョウヤくんくらいなもんだよ、本社の私に対して温かい反応をしてくれるのは」
「え? そうなんですか?」
とぼけているのか、天然なのか。
キョウヤくんのマイペースなしゃべりかた、そして丸メガネをかけた温和な顔。
なんとなく後者な気はする。
三十分以内の昼寝は午後の効率を良くする、とは聞くけれども……。
さすがに、会社訪問で、しかも時間になってもまだ昼寝というのは、見たことも聞いたこともない。
起こさないと。
トントン。
肩を叩く……起きない。
食いっぷり同様、これまた見事な寝っぷりだ。
何となく、少しそのまま観察してしまった。
……へえ。
今まで気づかなかった。
細身の体なのに、肩や腕……意外と筋肉がしっかり付いている感じだ。
ワイシャツ一枚なので、よくわかる。
何か運動をやっていたのかな?
進路指導の先生と電話で話したときは、特に何も言っていなかったような……。
と、そのとき。
ダイチくんの体が突然ビクンとなり、椅子とテーブルがガタンという大きな音を立てた。
「――!」
私も驚きで体が跳ね上がった。
寝ている人によくある、ジャーキングという現象だ。これ自体は珍しいことではない。
でも心臓が飛び出すかと思ったよ!
「あれ? あっ、アオイさん……。すいません。寝てました」
「あ、あははは。み、見ればわかるよ。寝不足なの?」
「いえ、早く起きてはいますが。寝不足ってほどじゃないと思います」
じゃあ寝たらまずいじゃない!
という突っ込みは心の中だけでとどめておいて。
会社の工場へと向かうことに。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
うちの工場は、本社からは少し離れている。
電車でだいたい一時間くらいだ。
普通の快足電車を使うので、座席はロングシート。
二人並んで座る。
無口な彼と向かい合わせになるボックスシートはちょっときついので、私としてはありがたいのかも? と思わなくもない。
まあ無口なのは、まだ会ったばかりということもあるのかもしれない。
ただ、多弁なタイプでないことはもう間違いないと思う。
「昼間は座れていいね……って、ダイチくんは若いから一時間くらい立っていても平気だよね」
「はい。俺は平気です」
うーん。一人称も「俺」。
今日はまだ正式な選考プロセスに入る前で、見学客という立場だから大丈夫としても。
このままだと面接のときも「俺」とか言い出しそうで怖い。
というか進路指導の先生がなぁ……と思ってしまう。
電話では「いい子だからよろしく」という程度にしか言っていなかった。
ここまでの彼の様子を見ると、作法については学校で何も教えていない可能性がいよいよ濃厚になってきた気がする。
「えっとね。私の前ではいいけど、工場の偉い人と話すときとか、面接のときは、一応『俺』じゃなくて『私』という一人称を使ってね」
「わかりました。『私』ですね」
「……ぷっ」
「え?」
「あ、ごめん。なんでもない」
「?」
学生服。そしてセットしていない短髪。童顔。
外向けの表情を作ろうという気配がない様。
雰囲気は完全に学生そのものだ。
そんな彼の『私』という一人称があまりにも似合わないので、面白くなって笑ってしまった。
「選考に入ってからも、私の前では『俺』でもいいよ。ずっと張りつめていると疲れちゃうからね」
その後、話が特段盛り上がるわけでもなく。
工場に到着。
外観は、平たく大きい製造現場の建屋と、その隣にある三階建てのビルになっている事務所の、合計二つの建物からなる。
まだ暑い時期。
広がるアスファルトの敷地には、無色透明の炎が這っているかのようなゆらめきが見られる。
陽炎だ。
「よーし。じゃあ攻め込みますか」
「攻め込む?」
「いや、こっちの話」
「?」
首をかしげて不思議な顔をしているダイチくん。
私たちはまず、事務所のほうに上がり込んだ。
「お疲れ様ですー!」
「……こんにちは」
一緒に挨拶してくれたダイチくん。
相変わらず愛想笑いはなし。
お辞儀の基本も全然なっておらず、首しか垂れていない典型的な悪例になっているようだ。
けれども、私としては欠礼という最悪の事態も考えられたので、とりあえず安心。
私たちに対し、工場の一階事務所にいた十五人ほどの社員は、みんな挨拶を返してくれた。
私だけの訪問であれば普段そんなことはないが、今日は高校生と一緒ということもあって笑顔が付いている。
本日おもに相手してくれる予定なのは、品質管理部の若手社員、キョウヤくん。
カウンターの奥から、そのキョウヤくんと、副工場長がこちらにやってきた。
工場長は兼務役員ということもあり、だいたい留守にしていて、今日もいないと聞いている。
さて、ダイチくんは……。
「佐藤ダイチです。今日はよろしくお願いします」
おお、お辞儀はともかくとして、挨拶できている!
って、これもできて当たり前なのだけど。
まずは第一関門突破だ。
副工場長のほうは最初の挨拶だけをすると、ダイチくんの肩をポンと叩いただけで、事務所の奥のほうに去っていった。
この先はキョウヤくんの案内で進行する。
「アオイさんは大卒の採用が終わったばかりなのに、大変ですね」
工場棟のほうに向かうために、一度外に出ると、キョウヤくんはそう言ってくれる。
「ありがと。キョウヤくんくらいなもんだよ、本社の私に対して温かい反応をしてくれるのは」
「え? そうなんですか?」
とぼけているのか、天然なのか。
キョウヤくんのマイペースなしゃべりかた、そして丸メガネをかけた温和な顔。
なんとなく後者な気はする。
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