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第4部 越谷アパセティックタウン

第52話

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 風を感じ、ハヤテは仰向けの状態で目を覚ました。
 林の中のようだった。上には常緑樹と思われる木の樹冠と、その隙間から見える空。その空の色は、気を失う前よりもだいぶ暗くなっている。
 それらが見えた瞬間に、ハヤテは飛び起きようとした。

「ぐ……ぅ……」

 首も手も足も体幹も力を入れた瞬間に想像以上の痛みが走った。
 それに驚き、まずは寝たまま体の状態を確認する。
 インナーシャツにスパッツという素の姿なのは予想どおり。だが右手に握っていたはずの電子警棒がない。手放してしまっていたのか。
 寝ている場合じゃない、とハヤテはふたたび必死に体に力を入れる。

「うぐぁっ」

 激痛を走らせながら、まず上半身だけを起こす。すると――。

『そっちは探したのか』
『こっちはオレが見たよ。誰もいないよー!』
『……』
「――!?」

 横から会話が聞こえた。ワタルらしき声は交じっていない。
 草の隙間から、それは見えた。
 そして、その光景に衝撃を受けた。

 遠い側に、灰色の服を着た男性が十名以上はいる。
 対するは一人だけ。あかね色のタンクトップとデニムの半ズボンを着ていた。肩には斜めがけのバッグ。こちらの声は快活で高く、ややハスキーだ。

 ハヤテが衝撃を受けたのは、大勢の側だった。
 全員が無表情で、ボソボソと不明瞭な言葉を発していた。服装が上下とも一様な灰色であることや、姿勢が揃って猫背であることもあり、明らかに異様な印象を受けた。

 少し会話をしたのちに、大人の男性のほうは遠ざかっていった。
 一方、子供のほうはハヤテのほうに近づいてくる。

「おっ。少し声が聞こえたと思ったらやっぱり。起きたんだね」

 子供だ。まだ小学校高学年くらいだろうか。薄暗くても、露出した肌がまんべんなく日焼けしていることがわかる。年齢が年齢なので顔は中性的だが、髪は短めで、声から受けた印象どおりに活発な印象を受ける容姿だった。

「俺、ここで倒れてたのか?」
「お兄さんが倒れてたのは向こうだよ」

 褐色の少年の指先やや遠くには、派手に崩れてがれきの山となっているコンクリート構造物があった。街を囲む壁を形成している高速道路だったものである。
 崩れ方は中途半端であり、まだまだ追加で崩れそうな雰囲気を見せていた。

「お前が安全なところまで運んでくれたのか?」
「そうだよ」
「おー、そうか。ありがとな!」
「見た感じ大きなけがはしてなさそうだけど、どう? 骨とか折れてない? 病院行く?」
「俺は全然問題ないぜ。大丈夫だ」

 ハヤテは痛みをこらえながらも、日焼けした子の手を笑顔で握った。

「助けてもらってまた頼みごとで悪いんだけど、教えてくれ。俺の近くにもう一人若い男が倒れていなかったか?」

 最も気になっていることを、ハヤテは聞いた。
 褐色の少年は、ハヤテが手を離しても握られた手を見つめていたが、ハッと我に返ったように顔をあげた。

「街の人の話とか聞いた限りだと、たぶん倒れてた。オレがきたときにはもういなかったけど」
「今どうしてるのかまではわかるか!? 無事だったのか!? そいつ、俺の仕事仲間なんだ」
「うん。無事だったはずだよ。でも念のためにこの街の病院に運ばれたみたい」
「お、なら大丈夫なのか。よかった」

 胸に手を当て、ホッと一息。
 ハヤテは死刑囚をヒーローとして生まれ変わらせるための記憶リセット手術を受けており、戸籍すらもない身。一般の病院での治療は基本的に受けられない。しかしワタルはそのような特殊事情はないのである。

「うーん。大丈夫ならいいけど……」

 いっぽう褐色少年の言い方は歯切れが悪いのだが、ワタルが大丈夫らしいという事実で安心したハヤテは、それ以上突っ込まなかった。

「そうだ、もう一ついいか? 俺の近くに棒みたいなものが転がってなかったか?」
「これ?」
「おお! 助かるぜ」
「これおもちゃ屋に売ってるやつだよね。子供がいる歳には見えないけど……コレクターっていうやつ?」
「え? あー、ああ。そう思ってもらっていいぜ」
「似合うね。お兄さん、かっこいいし。いい体してるし」
「はは。ありが――うわっ!?」

 ハヤテは褐色少年に両肩を押された。
 体幹に力の入らぬハヤテは、あっさり押し倒された。
 股間の少し上あたりに腰をおろされ、馬乗りされた。

「お兄さん、この街の人じゃないんでしょ。ならオレの相談に乗ってほしくて」

 だからさっき、まだお兄さんは見つかっていないことにしといたんだよ、と付け加えた。

「相談って……なんだ?」
「オレ、どうも変なんだ」
「変?」
「うん。なんか、若くてかっこいい人を見ると触りたくなるんだよね」

 話しながら、少年の手がハヤテの頬にのびる。

「でも学校の同級生に聞くと、そんなのオレだけみたいだし」
「……」

 その手は頬をすべり、首、胸元と流れていく。

「それだけじゃないんだ。休みとか放課後に外に出たくなるのもオレだけみたいなんだよね。この街って、あんなに何もかも揃っている公園が湖のほとりにあるのに、誘っても誰も乗ってこなくて、オレの貸し切りみたいになってる。外を歩いても人とすれ違わないし、すれ違ったとしても幽霊みたいに青白い人が無言でボーっと歩いてるだけ。服だってこの街の人はみんな上も下も灰色の服を着てるけど、オレああいうのはちょっと気持ち悪く感じちゃう。なんかさ、学校の中だけじゃなくて、オレ、この街から完全に浮いてる」
「そ、そうなのか」

 そこでハヤテは、壁――高速道路――の上から見た街並みの違和感の理由が、さらに追加で判明した気がした。
 上から見た街の景色は、建物の異様さもさることながら、車や人の姿がほとんど見えなかったのだ。まるで静止画を見ているかのようだったのである。

「さっきお前と話してたのは、この街の人たちなんだよな?」
「だよ。街の偉い人……というかコンピュータ? が、『街の人たちみんなで、崩れた壁のちかくに誰か倒れてないか探せ』って指示を出したらしくて、探してたんだ」
「なるほど。やっぱりさっきの人たちが街の……。なら、お前が変なんじゃなくて、逆かもな」
「逆?」
「ああ。俺の仕事仲間が言ってたぜ。この街は無気力の街になってるってな」
「そうなの?」
「ん、ネットでどう言われてるかとか知らないのか」

 まあ俺もネットとかあんま見ないけどな、とハヤテは笑い、続けた。

「だから、お前のほうが普通で、街の人のほうがちょっと変わってるんじゃないか」

 少年の褐色の顔が、パーッと明るくなった。

「他の街の人が言うならそうだよね。お兄さんに相談してよかった」

 そしてハヤテの両肩にとまっていた少年の手が、動く。

「んじゃお兄さんの体、触りまくっていい? えっちなことってのをしてみたい」

 胸を包むように置かれた手。弾力のあるハヤテの大胸筋が揉まれる。

「ちょっと待ってくれ、それはまた話が別というか」
「いいでしょ」
「いや、それはダメ――だぁッ」

 胸を包んだまま親指で両乳首を刺激され、ハヤテの声が乱れた。

「あはは、変な声。これ気持ちいいんだ」
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