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第4部 越谷アパセティックタウン

第49話

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※本作の設定や登場人物については『近況ボード』にまとめてあります。久々の更新なので、登場人物などがわからなくなってしまったかたはご参考ください。

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「うわ、なんかすげえな」

 それが、助手席側で下方に広がっている街の景色を見たヒーロー・上杉ハヤテの第一声だった。
 街は、高速道路でぐるりと大きく囲まれていた。通常の高架ではない。下が通れない仕様となっており、まるで城壁のようでもあった。

「思ったとおりの反応。生で見ると驚くよね」

 身を乗り出しそうな勢いのハヤテを見て、運転席に座っていた彼のオペレーター・三条ワタルの顔もほころぶ。

「そりゃな。画面で見るのと全然違うぜ」

 巨大な壁に囲まれている街の中身も、ハヤテの目には違和感の塊であった。
 中心に、人造湖と思われる湖がある。湖畔を公園が取り囲み、さらにそれを小さな施設と思われるかまぼこ型の建物群が取り囲む。そしてその外側からは壁までは、これまたかまぼこ型の低い屋根を持つ小さな家が、規則正しく詰められていた。色は、みな同じ灰色。

「……」

 ハヤテはわずかに首をかしげる。
 景色の違和感の原因がすべて構造物および色にあるのかと言われれば、それだけではないような気がしたためだ。ただしそのほかに何がおかしいのかまではわからなかった。

「この街の建物は全部行政側で作ったそうだよ。3Dプリンタで」
「……! そうなのか。なんでこうなったんだろな。知ってるんだろ? お前なら」
「うん。この越谷こしがやの街は、昔ものすごく大きなスーパーマーケットがあって、そのスーパーの街という感じで。そのときは越谷レイクタウンと呼ばれていたらしい。でも、たぶんそのスーパーに街が依存しすぎていたんだろうね。そのスーパーがなくなったら、あっという間に街はさびれてしまったらしいよ。治安も悪化して、荒れて、どうしようもない状態になってしまった」

 ワタルは続ける。

「そこで国が出てきたみたいでさ。いい機会だからここを一回完全にリセットして、官邸のAIが提案した『完全にAIが管理するモデルタウン』を試験的に作ってみようという話になったらしい。その結果、生まれてしまったのがこの街――そう聞いてるよ」
「生まれてしまったって、なんか失敗したみたいに聞こえるぞ」
「失敗だと言われているね。住む人はみんなすぐに無気力になってしまったらしい。期待した生産性は出なくて、今も他の街より税収が格段に低いんだ。判断だけでなく立案や承認もAIに任せっきりで、人が運営に一切タッチしなかったせいだと分析されているみたいだけど。ネットではよく『越谷アパセティックタウン』って呼ばれてる」
「あぱせてぃっく?」
「無気力って意味。街自体がどんよりして無気力っていう精神的なところを言われているんだ」
「へー。AIも間違えるんだ……って、今回の出張で俺を選んだのも本部のAIなんだよな。間違ってたりして」

 ハヤテはそう言って笑いながら、いったん視線を前方に戻し、頭の後ろで手を組んだ。
 防弾の現場服姿のワタルに対し、彼は例によって変身しやすいようにインナーシャツとスパッツという格好である。なのでその姿勢を作られると、腕の筋肉や、わきの下の筋肉の壁、大胸筋などがよりわかりやすく見えてしまう。体のラインは年齢らしい柔らかさを残しているが、しっかりと鍛えられている。

「どうした?」
「いや。今さらながら、いい体してるなって」
「そうか? 最近けっこうトレーニング頑張ってるからな! サンキュ!」

 ドヤ顔で笑って力こぶを作るハヤテ。それを見てワタルは軽く吹く。

「ん、なんか俺おもしろいこと言ったか?」
「いやあ、こういう出張も悪くないかなって。移動中はこうやってハヤテの純粋な反応が楽しめるしね」
「ん、なんかバカにされた気がするぞ。どーせ俺、単純だよ」

 今度はハヤテの腕がワタルの首に巻き付く。
 このあとはもう現地入りするだけであり、仕事は明日からなので二人ともリラックスムードである。

「うげ、苦しい。ちゃんと心から褒めてたって」

 ワタルは右手で彼の腕を軽く叩いて降参のタップをした。初めてハヤテに会った日から、ワタルは温かみと野性味がほどよくブレンドされたこの腕の感触が嫌いではない。

「まあ、出張にハヤテが選ばれたのは、AIの間違いってことはないと思うよ」

 今回の任務は、この街で連絡が取れなくなり行方不明となったこのエリアのヒーローを捜索すること。
 きっと今回も、ハヤテが一番成功率が高いという判断をAIがしたのだろう。それがワタルの推測だった。

「ああ、そういえば。もう一つ、この街には昔言われていた異名があったよ」
「なんて名前だ?」
「えーっと……あれ、ど忘れした。なんだったっけなあ」
「へー! お前も忘れるってあるんだな!」
「そりゃそうだって」

 もちろん乗っている自動車は完全自動運転なので、手はフリー。検索して調べようと、ワタルは車載空中ディスプレイを開こうとした。
 が。

『危険が迫っています』

 緊急を知らせる警告音とともに、車載ガイドの声。

「――!?」

 映像解析で何か得体のしれない危険を察知したようだ。高速道路は市街地と違い、その危険物・危険者が何かまでは瞬時に解析できないことがあり、そのときに流れるメッセージだった。

「なんだろう? 何かあ――うあっ!?」 

 ワタルが困惑の声をあげている途中に、激しい爆音と衝撃が二人を載せた車を襲った。

 浮き上がるような感覚に、激しく回転する景色。
 続く衝撃。食い込むシートベルト。
 二人は、この車が何者かの砲撃を受けたのだと理解した。

『車体損傷。炎上する可能性があります。速やかに避難を――』

 その言葉の途中で、二人は車の外側に飛び出した。
 ワタルは、業務用端末をポケットに入れながら。ハヤテは、電子警棒を握りながら――。

 直後、また激しい爆音がした。

「……っ……」

 激しく転がされたワタルは、うめきながら立ち上がおうとした。

「ワタル! 大丈夫か!?」
「う、うん。大丈夫」

 その手を取って引き上げたのは、すでに立ち上がって車の反対側から駆けつけてきたハヤテだった。
 彼は起き上がったワタルをかばうように抱えながら、前後左右を見た。
 しかし、乱れて停止している車が連なっているだけで、特に不審そうな者は見えない。

 まさか……と、ワタルが五番目の方向を疑おうとした瞬間。
 まさにその方向から、聞き覚えのある冷たい声がした。

「どこを見ている」
「……!」

 二人は頭上を見上げた。
 空には、角度が下がってきてやや赤みを帯びた陽射しを背後から受け、大きな輝く翼を羽ばたかせている一体の獣機。

「お前は!」

 ハヤテの声。それは、以前に国立競技場の仕事で一度遭遇した、獣機幹部の一人・リックスだった。
 人間の大人と同じくらいの身長、つり目の仮面のような冷たいメタルフェイス、威圧感のある大きなメタルの翼。間違いはない。

「な、なんでここに――」

 ワタルは驚いた。出張の仕事は何度も経験してきているが、移動のタイミングをピンポイントで狙われたことは今まで一度たりとももない。

 二人は、同時に後方を確認する。
 後方に停車している車から、続々と人が出てこようとしていた。

 それを見て、これまた同時にワタルとハヤテはお互いを見た。
 どちらもコクリとうなずく。

 ワタルは、民間人の避難誘導のために走り出す。
 ハヤテは、空を見て電子警棒を構えた。
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