48 / 60
第3部 遺された漁港・銚子
第48話
しおりを挟む
かつて漁協だったという、巨大な超高強度コンクリート建造物。
その建物の前で、密着型特殊戦闘ボディスーツ、いわゆるヒーロースーツに身を包んだハヤテが、片膝をついていた。
「これが『釣り竿』ってやつだったのか。お前の大事なもんっぽかったよな? 取り返せてよかったぜ」
目の前の子供に差し出したハヤテの手のひら。
その上にあるのは、畳まれた釣り竿。
獣機幹部・KCCを撤退に追い込めたことで回収に成功したものだ。
「だいぶ危なっかしかったけどな。ま、それもほとんどオレのせいか……。悪かったよ」
帽子を一回触ると、子供はそれをぶんどるように受け取った。
やはり笑顔はないが、そのぶっきらぼうな顔も、事件前のものとはだいぶ異質に見えた。
いっぽうのハヤテは子供の謝罪に対し、やや慌て気味に両手を左右に振った。
「いやいや別に謝る必要ないぞ? それより、なんでヒーローが嫌いなのかは教えてくれるのか?」
「……」
「気になる! 教えてくれ! このとおり!」
今度はそのまま両膝をついて、頭を下げる。
変身ヒーローの土下座。横で見ているワタルがクスっと笑ったが、本人にはもちろん気づかない。
「そんなみっともないことしなくても教えてやるって」
「ホントか!?」
ハヤテが勢いよく立ち上がり、またワタルがクスっと笑う。
「別にたいした理由じゃないよ。オレ、漁師になりたかったんだ」
「そうなのか。漁師って、船に乗って、海の生き物を取って生活していた人のことだよな?」
「うん。オレ、大昔の映画を観てさ。遠い海に行って、デカい魚を釣ってカネを稼げる漁師にどうしてもなりたくて。でも親の話だと、もう日本にはそういう仕事はなくて、漁船が出る港もなくなってるみたいで。んで、それ、ヒーローが負けたせいって聞いたからさ」
「え!?」
ハヤテが勢いよく横を見る。
ワタルはそれを受けて、コクリとうなずいた。
「うん。それは本当と言えば本当だね。ハヤテはそこまで教わってないと思うけど、漁港ってだいたい地方にあったから対獣機保安庁のシステムもおろそかになりがちなのもあって、ヒーローの成績が悪くて殉職も相次いだ時代があってね。もう漁港の運用はコストに合わないという判断があって、ほとんどの漁港は放棄されたんだ」
「そうだったのかよ……。知らなかったぜ」
ハヤテがヘッドギアの後ろを掻く。
「すまん!」
また土下座。
「それみっともないからやめなって。まあ、アンタはもう嫌いじゃないよ、助けてくれたし……。それよりさ」
子供がそこで、ハヤテからワタルに視線を移した。
「オレが生きてる間に、また港を使えるようにして」
「ええ? あー……」
ヒーローの数もまだ足りないし、今後増える見込みもない。獣機の活動が活発な日本において漁港の再使用をAIが提案する可能性はかなり低い。気持ちはわかるけど、なかなか難しいんじゃないかな。
ワタルはそう続けようとしたのだが――。
「ああ、頑張るぜ!」
グーサインを出して答えたのは、ハヤテだった。
「本当かよ……」
「本当だ! これから俺らめちゃくちゃ働くぞ!」
「あっそ。まあ全然期待しないで待っとく」
子供がそう言いながら、横に置いた電動スケートボードの位置を足で整えた。
「じゃあ、オレ帰る」
「あっ! ちょっと待った! もう一つ!」
「ん」
「撮った写真……誰にも見せないでくれよ?」
子供がわずかな笑みを浮かべた。
苦笑ではあるが、ハヤテに対し初めて見せる笑顔だった。
「どうしよっかなぁ」
「わー! 頼む! このとおり!」
「だから土下座やめろって。誰にも見せないから安心しとけ」
「さ、サンキュー……。あー、よかった」
胸に手を一回置くと、ハヤテが立ち上がる。
「じゃあな、兄ちゃんたち。がんばれよ」
子供はそう言うと、ハヤテの腹を前蹴りした。
そして電動スケートボードに乗ると、ものすごい初速で去っていった。
「また蹴られちまった」
腹をさするハヤテに、今度は嬉しそうだね? とワタルは声をかけた。
あっという間に子供が見えなくなると、二人は並んで歩き出した。
「そういえば、ワタル。合流は夕方予定だったのに、なんで来てくれたんだ?」
「なんかさ。ハヤテがすごい凹んでたように見えて。もし獣機が出てハヤテの調子が出なかったらどうしようと不安になってさ」
「『見えて』って……俺、変身してたから顔見えなかったろ」
「めちゃくちゃわかりやすかったけどね。あー、ハヤテって子供に嫌われるのそんなにダメージなんだなーって」
「そうか。メンタルっていうのか? もうちょっと強くならねーとな」
「いや、面白かったけどね」
「面白いってなんだよ!」
「イテテ。ごめんごめん」
首に腕を回され、ワタルは笑った。
「あ、そうだ。僕からもハヤテに聞きたかったことがあったような」
「なんだ?」
「思い出した。一緒に写真撮ってあげたんだ? あの子と」
「えっ? あー、撮ってあげたんじゃなくて、一方的に撮られたというか」
「どんな写真だろ」
「そ、それは、言えねーよ……」
「へー、気になるな。さっきの子供見つけてコピーもらおっかな」
「絶対だめだ――!!」
青空の下、高い太陽に照らされている廃港跡で、一仕事終えたヒーローの声が響きわたった。
(第三部 終わり)
その建物の前で、密着型特殊戦闘ボディスーツ、いわゆるヒーロースーツに身を包んだハヤテが、片膝をついていた。
「これが『釣り竿』ってやつだったのか。お前の大事なもんっぽかったよな? 取り返せてよかったぜ」
目の前の子供に差し出したハヤテの手のひら。
その上にあるのは、畳まれた釣り竿。
獣機幹部・KCCを撤退に追い込めたことで回収に成功したものだ。
「だいぶ危なっかしかったけどな。ま、それもほとんどオレのせいか……。悪かったよ」
帽子を一回触ると、子供はそれをぶんどるように受け取った。
やはり笑顔はないが、そのぶっきらぼうな顔も、事件前のものとはだいぶ異質に見えた。
いっぽうのハヤテは子供の謝罪に対し、やや慌て気味に両手を左右に振った。
「いやいや別に謝る必要ないぞ? それより、なんでヒーローが嫌いなのかは教えてくれるのか?」
「……」
「気になる! 教えてくれ! このとおり!」
今度はそのまま両膝をついて、頭を下げる。
変身ヒーローの土下座。横で見ているワタルがクスっと笑ったが、本人にはもちろん気づかない。
「そんなみっともないことしなくても教えてやるって」
「ホントか!?」
ハヤテが勢いよく立ち上がり、またワタルがクスっと笑う。
「別にたいした理由じゃないよ。オレ、漁師になりたかったんだ」
「そうなのか。漁師って、船に乗って、海の生き物を取って生活していた人のことだよな?」
「うん。オレ、大昔の映画を観てさ。遠い海に行って、デカい魚を釣ってカネを稼げる漁師にどうしてもなりたくて。でも親の話だと、もう日本にはそういう仕事はなくて、漁船が出る港もなくなってるみたいで。んで、それ、ヒーローが負けたせいって聞いたからさ」
「え!?」
ハヤテが勢いよく横を見る。
ワタルはそれを受けて、コクリとうなずいた。
「うん。それは本当と言えば本当だね。ハヤテはそこまで教わってないと思うけど、漁港ってだいたい地方にあったから対獣機保安庁のシステムもおろそかになりがちなのもあって、ヒーローの成績が悪くて殉職も相次いだ時代があってね。もう漁港の運用はコストに合わないという判断があって、ほとんどの漁港は放棄されたんだ」
「そうだったのかよ……。知らなかったぜ」
ハヤテがヘッドギアの後ろを掻く。
「すまん!」
また土下座。
「それみっともないからやめなって。まあ、アンタはもう嫌いじゃないよ、助けてくれたし……。それよりさ」
子供がそこで、ハヤテからワタルに視線を移した。
「オレが生きてる間に、また港を使えるようにして」
「ええ? あー……」
ヒーローの数もまだ足りないし、今後増える見込みもない。獣機の活動が活発な日本において漁港の再使用をAIが提案する可能性はかなり低い。気持ちはわかるけど、なかなか難しいんじゃないかな。
ワタルはそう続けようとしたのだが――。
「ああ、頑張るぜ!」
グーサインを出して答えたのは、ハヤテだった。
「本当かよ……」
「本当だ! これから俺らめちゃくちゃ働くぞ!」
「あっそ。まあ全然期待しないで待っとく」
子供がそう言いながら、横に置いた電動スケートボードの位置を足で整えた。
「じゃあ、オレ帰る」
「あっ! ちょっと待った! もう一つ!」
「ん」
「撮った写真……誰にも見せないでくれよ?」
子供がわずかな笑みを浮かべた。
苦笑ではあるが、ハヤテに対し初めて見せる笑顔だった。
「どうしよっかなぁ」
「わー! 頼む! このとおり!」
「だから土下座やめろって。誰にも見せないから安心しとけ」
「さ、サンキュー……。あー、よかった」
胸に手を一回置くと、ハヤテが立ち上がる。
「じゃあな、兄ちゃんたち。がんばれよ」
子供はそう言うと、ハヤテの腹を前蹴りした。
そして電動スケートボードに乗ると、ものすごい初速で去っていった。
「また蹴られちまった」
腹をさするハヤテに、今度は嬉しそうだね? とワタルは声をかけた。
あっという間に子供が見えなくなると、二人は並んで歩き出した。
「そういえば、ワタル。合流は夕方予定だったのに、なんで来てくれたんだ?」
「なんかさ。ハヤテがすごい凹んでたように見えて。もし獣機が出てハヤテの調子が出なかったらどうしようと不安になってさ」
「『見えて』って……俺、変身してたから顔見えなかったろ」
「めちゃくちゃわかりやすかったけどね。あー、ハヤテって子供に嫌われるのそんなにダメージなんだなーって」
「そうか。メンタルっていうのか? もうちょっと強くならねーとな」
「いや、面白かったけどね」
「面白いってなんだよ!」
「イテテ。ごめんごめん」
首に腕を回され、ワタルは笑った。
「あ、そうだ。僕からもハヤテに聞きたかったことがあったような」
「なんだ?」
「思い出した。一緒に写真撮ってあげたんだ? あの子と」
「えっ? あー、撮ってあげたんじゃなくて、一方的に撮られたというか」
「どんな写真だろ」
「そ、それは、言えねーよ……」
「へー、気になるな。さっきの子供見つけてコピーもらおっかな」
「絶対だめだ――!!」
青空の下、高い太陽に照らされている廃港跡で、一仕事終えたヒーローの声が響きわたった。
(第三部 終わり)
0
お気に入りに追加
34
あなたにおすすめの小説
少年野球で知り合ってやけに懐いてきた後輩のあえぎ声が頭から離れない
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
少年野球で知り合い、やたら懐いてきた後輩がいた。
ある日、彼にちょっとしたイタズラをした。何気なく出したちょっかいだった。
だがそのときに発せられたあえぎ声が頭から離れなくなり、俺の行為はどんどんエスカレートしていく。
勇者の股間触ったらエライことになった
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
勇者さんが町にやってきた。
町の人は道の両脇で壁を作って、通り過ぎる勇者さんに手を振っていた。
オレは何となく勇者さんの股間を触ってみたんだけど、なんかヤバイことになっちゃったみたい。
塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
食事届いたけど配達員のほうを食べました
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
なぜ自転車に乗る人はピチピチのエロい服を着ているのか?
そう思っていたところに、食事を届けにきたデリバリー配達員の男子大学生がピチピチのサイクルウェアを着ていた。イケメンな上に筋肉質でエロかったので、追加料金を払って、メシではなく彼を食べることにした。
昭和から平成の性的イジメ
ポコたん
BL
バブル期に出てきたチーマーを舞台にしたイジメをテーマにした創作小説です。
内容は実際にあったとされる内容を小説にする為に色付けしています。私自身がチーマーだったり被害者だったわけではないので目撃者などに聞いた事を取り上げています。
実際に被害に遭われた方や目撃者の方がいましたら感想をお願いします。
全2話
チーマーとは
茶髪にしたりピアスをしたりしてゲームセンターやコンビニにグループ(チーム)でたむろしている不良少年。 [補説] 昭和末期から平成初期にかけて目立ち、通行人に因縁をつけて金銭を脅し取ることなどもあった。 東京渋谷センター街が発祥の地という。
性的イジメ
ポコたん
BL
この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。
作品説明:いじめの性的部分を取り上げて現代風にアレンジして作成。
全二話 毎週日曜日正午にUPされます。
目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。
彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。
……あ。
音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。
しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。
やばい、どうしよう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる