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第3部 遺された漁港・銚子
第47話
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ついに、ハヤテの反応がまったくなくなった。
スパッツから漏れる液体は途中から濁りがなくなり透明になっていたが、それもついに出なくなった。
苦悶の表情すらもない。
声も出ていない。目も開いていない。
手足も痙攣すら見られない。
「とうとう失神しましたか」
そうつぶやくと、KCCはハヤテの股間から手を離した。
「さてと。終わりです。ボクたちの仲間の今後のためにも命までしっかり奪っておきましょう」
また腹部に座り直すと、小さな拳を握った。
「このまま殴ると、せっかくの皮膚がダメになるでしょうからね」
KCCは馬乗りのまま背中のリュックを前に持ってくると、クッションの厚い手袋を取り出した。
リュックは背負い直さず、横に置いた。
「ではさようなら」
そして、手袋に包まれた右の拳をハヤテの顔面めがけて振り下ろそうとした。
下がコンクリート床での、パウンド。
まともに当たればハヤテの頭は四散する。
そのときだった。
「兄ちゃん! 起きろ!!」
大きな声が、響く。
それは捕まっている子供の声だった。
その唐突さに、拳がピクリととまる。
「うるさいですね。もう意識はないから聞こえませんよ」
KCCは呆れて子供のほうを見たが、すぐに顔を元に戻し、今度こそパウンドを放った。
……と同時に、ハヤテの目が開いた。
ハヤテは振り下ろされたKCCの拳を、顔を動かして避けた。
素早く右腕を両手でつかんでロックすると、足を動かしてKCCの足が動かぬようこれもロック。
さらに自身の左肩を支点にして、斜め上にブリッジをしながら横に体を回転させた。
「なっ――!?」
驚きの声。マウントポジションを取っていたはずが、側方に放り投げられたのである。
エスケープに成功したハヤテは、肩で息をしていながらも、ふたたび起き上がった。
「サンキュー! バッチリ聞こえたぜ!」
ハヤテが犬型獣機二体の尻尾で縛り上げられている子供に親指を立てる。
相変わらず子供は無表情だが、わずかにうなずいたようにも見えた。
「……これは驚きました。もう体力はなかったはずなのに」
同じく体勢を整えたKCCは呆れたように息を吐いた。
「子供の声は俺らヒーローを元気にするんだよ! 理屈抜きでな!」
「そうですか。まあ、あなたを殺したあとにあの子も殺すんですけどね」
「なら……俺が生きているうちは少なくとも大丈夫なわけだ!」
ハヤテが突進していく。
電子警棒はKCCの背後に転がっている。武器はない。
なので間合いに入り、キックを放った。
だが、かわされる。
ダメージが回復していないこともあるが、未変身では絶対的なスピードが足りないのだ。
「ごふっ」
ダメージの抜けていない腹部に、KCCの膝がめり込む。
そして見事に後方に飛ばされる。
「あなた、けっこう頭悪くないです?」
それでも立ち上がるハヤテを、KCCが笑った。
前に見たときよりも笑顔が自然になっている。それがより一層の不気味さを醸し出していた。
「変身していないんですから勝ち目ありませんって」
「うるせえ! 粘ってれば何かいいことあるかもしれねえだろ!」
「そうそう。いいことあるよ、ハヤテ」
新しい声に、ハヤテもKCCも、そして拘束されている子供も、「え?」とその方向を向く。
「ワタル……!」
出入り口に現れたのは、ヒーロー支部臨時職員でありハヤテの担当・三条ワタルだった。
「例えば、こういうことがねっ!」
ワタルはキラリと光る棒を投げた。
ヒーロー唯一の武器であり、かつ密着型特殊戦闘ボディスーツの装着装置、電子警棒である。
「それ、新しいやつ! 変身して!」
「おうよ! 装着!」
跳び、空中で電子警棒を受け取ったハヤテは、それを使い着地前に変身した。
行き先は、もちろん拘束されている子供がいるところである。
「あ――」
想定外の事態に口があくKCC。
ハヤテはあっというまに子供を拘束している犬型獣機二匹をショートさせ、子供の自由を確保。
そしてワタルのほうはすぐに子供を誘導し、出入り口から廊下に逃がした。
「また新型出たのか? 電子警棒」
「うん。見かけは一緒だけど銃機能が少し強化されてる。出来次第支部の人が届けてくれることになってた!」
「へー!」
一瞬で形勢がガラリと変わった。
「また邪魔が入りましたか……」
ため息をつくKCC。なぜか、変身し直したハヤテのほうを見ていない。
「その声、覚えがあります」
ハヤテの後方で出入り口を塞ぐように立っている、作業服姿のワタルのほうをじっと見ていた。
「あなた、なんだか少し不思議な雰囲気を感じますね」
「……」
ワタルがKCCを見るのは三回目である。しかしKCCのほうはワタルの姿を見るのは実質初めてだ。
一回目のときワタルは防護服に身を包んでおり、二回目のときは巨大な盾の中に隠れていたからである。
不思議な感じというのが、ワタルが獣機の生みの親・山中博士の血を引いていることから来ているのかどうか。それはワタル本人にはわからない。
ただ、KCCがワタルに気を取られている隙を逃すハヤテではなかった。
瞬時に距離を詰め、電子警棒を差し込んでいた。
「――!」
気づいたKCCにそれはかわされたが、ハヤテの動きは鋭い。
KCCがカウンター狙いでハヤテの腹部にまた膝を入れようとしたが、その動きも読んでいたハヤテはかわしながら胴回し回転蹴りを放った。
マウントポジションからあっさりエスケープを許したときもそうだったが、KCCは人間の格闘技の知識まではないのだろう。変身したハヤテの素早い技に対応できなかった。
足が首に命中する。
「うっ」
痛覚があるとされる獣機。
KCCの口からうめき声が漏れ、体が派手に転がっていった。
チャンスと見てハヤテはさらに追撃しようとした。
が――。
「またお会いしましょう」
その言葉とともに、KCCがポケットから小さな丸い玉を出し、目の前に放り投げた。
「――!?」
爆音。
そして煙幕。
晴れたときにはKCCはいなかった。
(続く)
スパッツから漏れる液体は途中から濁りがなくなり透明になっていたが、それもついに出なくなった。
苦悶の表情すらもない。
声も出ていない。目も開いていない。
手足も痙攣すら見られない。
「とうとう失神しましたか」
そうつぶやくと、KCCはハヤテの股間から手を離した。
「さてと。終わりです。ボクたちの仲間の今後のためにも命までしっかり奪っておきましょう」
また腹部に座り直すと、小さな拳を握った。
「このまま殴ると、せっかくの皮膚がダメになるでしょうからね」
KCCは馬乗りのまま背中のリュックを前に持ってくると、クッションの厚い手袋を取り出した。
リュックは背負い直さず、横に置いた。
「ではさようなら」
そして、手袋に包まれた右の拳をハヤテの顔面めがけて振り下ろそうとした。
下がコンクリート床での、パウンド。
まともに当たればハヤテの頭は四散する。
そのときだった。
「兄ちゃん! 起きろ!!」
大きな声が、響く。
それは捕まっている子供の声だった。
その唐突さに、拳がピクリととまる。
「うるさいですね。もう意識はないから聞こえませんよ」
KCCは呆れて子供のほうを見たが、すぐに顔を元に戻し、今度こそパウンドを放った。
……と同時に、ハヤテの目が開いた。
ハヤテは振り下ろされたKCCの拳を、顔を動かして避けた。
素早く右腕を両手でつかんでロックすると、足を動かしてKCCの足が動かぬようこれもロック。
さらに自身の左肩を支点にして、斜め上にブリッジをしながら横に体を回転させた。
「なっ――!?」
驚きの声。マウントポジションを取っていたはずが、側方に放り投げられたのである。
エスケープに成功したハヤテは、肩で息をしていながらも、ふたたび起き上がった。
「サンキュー! バッチリ聞こえたぜ!」
ハヤテが犬型獣機二体の尻尾で縛り上げられている子供に親指を立てる。
相変わらず子供は無表情だが、わずかにうなずいたようにも見えた。
「……これは驚きました。もう体力はなかったはずなのに」
同じく体勢を整えたKCCは呆れたように息を吐いた。
「子供の声は俺らヒーローを元気にするんだよ! 理屈抜きでな!」
「そうですか。まあ、あなたを殺したあとにあの子も殺すんですけどね」
「なら……俺が生きているうちは少なくとも大丈夫なわけだ!」
ハヤテが突進していく。
電子警棒はKCCの背後に転がっている。武器はない。
なので間合いに入り、キックを放った。
だが、かわされる。
ダメージが回復していないこともあるが、未変身では絶対的なスピードが足りないのだ。
「ごふっ」
ダメージの抜けていない腹部に、KCCの膝がめり込む。
そして見事に後方に飛ばされる。
「あなた、けっこう頭悪くないです?」
それでも立ち上がるハヤテを、KCCが笑った。
前に見たときよりも笑顔が自然になっている。それがより一層の不気味さを醸し出していた。
「変身していないんですから勝ち目ありませんって」
「うるせえ! 粘ってれば何かいいことあるかもしれねえだろ!」
「そうそう。いいことあるよ、ハヤテ」
新しい声に、ハヤテもKCCも、そして拘束されている子供も、「え?」とその方向を向く。
「ワタル……!」
出入り口に現れたのは、ヒーロー支部臨時職員でありハヤテの担当・三条ワタルだった。
「例えば、こういうことがねっ!」
ワタルはキラリと光る棒を投げた。
ヒーロー唯一の武器であり、かつ密着型特殊戦闘ボディスーツの装着装置、電子警棒である。
「それ、新しいやつ! 変身して!」
「おうよ! 装着!」
跳び、空中で電子警棒を受け取ったハヤテは、それを使い着地前に変身した。
行き先は、もちろん拘束されている子供がいるところである。
「あ――」
想定外の事態に口があくKCC。
ハヤテはあっというまに子供を拘束している犬型獣機二匹をショートさせ、子供の自由を確保。
そしてワタルのほうはすぐに子供を誘導し、出入り口から廊下に逃がした。
「また新型出たのか? 電子警棒」
「うん。見かけは一緒だけど銃機能が少し強化されてる。出来次第支部の人が届けてくれることになってた!」
「へー!」
一瞬で形勢がガラリと変わった。
「また邪魔が入りましたか……」
ため息をつくKCC。なぜか、変身し直したハヤテのほうを見ていない。
「その声、覚えがあります」
ハヤテの後方で出入り口を塞ぐように立っている、作業服姿のワタルのほうをじっと見ていた。
「あなた、なんだか少し不思議な雰囲気を感じますね」
「……」
ワタルがKCCを見るのは三回目である。しかしKCCのほうはワタルの姿を見るのは実質初めてだ。
一回目のときワタルは防護服に身を包んでおり、二回目のときは巨大な盾の中に隠れていたからである。
不思議な感じというのが、ワタルが獣機の生みの親・山中博士の血を引いていることから来ているのかどうか。それはワタル本人にはわからない。
ただ、KCCがワタルに気を取られている隙を逃すハヤテではなかった。
瞬時に距離を詰め、電子警棒を差し込んでいた。
「――!」
気づいたKCCにそれはかわされたが、ハヤテの動きは鋭い。
KCCがカウンター狙いでハヤテの腹部にまた膝を入れようとしたが、その動きも読んでいたハヤテはかわしながら胴回し回転蹴りを放った。
マウントポジションからあっさりエスケープを許したときもそうだったが、KCCは人間の格闘技の知識まではないのだろう。変身したハヤテの素早い技に対応できなかった。
足が首に命中する。
「うっ」
痛覚があるとされる獣機。
KCCの口からうめき声が漏れ、体が派手に転がっていった。
チャンスと見てハヤテはさらに追撃しようとした。
が――。
「またお会いしましょう」
その言葉とともに、KCCがポケットから小さな丸い玉を出し、目の前に放り投げた。
「――!?」
爆音。
そして煙幕。
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(続く)
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