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第3部 遺された漁港・銚子
第44話
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現れた獣機幹部・KCCは、例によって人間に扮した姿。今回は背中にリュックを背負っていた。
「……」
絶望的な状況に絶句するハヤテ。
電動スケートボードに乗った子供には、単に知らない子供が入ってきたようにしか見えないだろう。
「誰だよ、アンタ」
やはりそうだった。変わらない声のトーンで、話しかけてしまっている。
しかも自分から近づこうという気配まで感じられたため、ハヤテは焦った。
「待て! そいつは人間じゃない! 獣機だ! 近づくな!」
動き出そうとした電動スケートボードが止まり、子供が「は?」とハヤテのほうを向く。
「何言ってんだ。どう見ても人間だろ」
「そう見えるだけだ! 化けてるんだ!」
完全に信じていないのか、避難まではしてくれない。
いっぽう、ハヤテの声を聞いた――いや声を聞かなくても特殊戦闘スーツのわずかなデザインの違いで見抜いたのかもしれないが――KCCは、「へー」と驚きの声をあげた。
「案外早く再会しましたね。ヒーローネーム・ハヤテ」
ポケットに両手を突っ込み、KCCが部屋を見渡す。
細かいコンクリート片と、四散した二体の獣機の各部位が散らばっている。
「連絡が途絶えたので来てみたわけですが、なるほど。調査の二人はあなたにやられたってわけですか」
足元にあった獣機の小さな破片を一つ拾うと、わずかに上に投げ、ふたたび右手に収めた。
「まあいいでしょう。しっかりやり返させてもらいますけど」
「……っ!」
「とりあえず。なぜだか知りませんけど、あなた縛られているみたいですから――」
KCCは子供のほうを見た。
「殺す順番はこの子供が先ですかね。ヒーローは子供を守りたい――そう強く思うように作られているって聞きます。あなたの前で殺して、その後で失意のどん底に落ちたあなたを始末。それがいいですね」
「や、やめろ!」
ハヤテが叫び、腕に力を入れる。
手首に巻かれていた鎖はやや緩んでいたが、依然ほどけそうな気配はない。
「殺すって何? ケンカ売ってんの?」
「ダメだ! 下がれ!」
またも無視されるハヤテの言葉。
子供が電動スケートボードからひょいと降り、落ちていた小さなコンクリート片をKCCに向けて蹴り飛ばした。
普通の子供であれば、体を直撃する軌道だった。
「コントロールはいいですね」
KCCは右手にあった獣機の小さな破片を投げ、そのコンクリート片にぶつけた。
見事に命中し、迎撃されたコンクリート片が空中で四散する。
「――!?」
明らかに人間では不可能な動き。それを目の当たりにして、子供の顔に初めて不安の色が浮かんだ。
そしてKCCがゆっくりと子供に向かって歩き出すと、それは怯えの色へと変わっていく。
子供がふたたび電動スケートボードに乗り、片足でコンクリート床を蹴って発進した。
が、みすみす逃走を許すKCCではなかった。
人間態ではスピードが遅くなる。以前そうぼやいていたこともあるKCCではあったが、並の人間よりはずっと速い。
すぐ脇を突っ切って入り口から逃げようという子供のボディバッグをつかみ、強引に引き寄せた。
主を失った電動スケートボードが、虚しく転がり続けて壁にぶつかる。
「は、放せ!」
「やめろ! 相手は子供だぞ!」
暴れる子供に、叫ぶハヤテ。
「子供? ボクたちには関係ないでしょ?」
ボディバッグをつかんだまま、腕を強く振る。
紐がちぎれ、子供は放り投げられた。
「うああ――!」
バウンドする子供。うずくまり、擦りむいた膝を押さえる。
かぶっていたつばの広い帽子はどこかに飛び、脱色しているのであろう茶色い髪が露出していた。
「あっ、大丈夫か!」
ハヤテは大慌てで腕を動かし、鎖を必死に外しにかかる。
だが外れない。
子供が近ければ外すよう頼めるのだが、あいにく遠い。作業を許すKCCでもないだろう。
そしてKCCはまた子供に近づく……そぶりを見せて、とまった。
「ん?」
むしり取ったようなかたちになった子供のボディバッグから、物がバラバラと落ち、その中の一番大きなものに目が行ったようだ。
「なんですか? これは」
「あっ!」
子供も起き上がれてはいないが、気づいたようで声をあげた。
KCCが左手で拾い上げたのは、灯台で子供が使っていた折り畳みの竿だった。
「これは……ああ、なるほど。こうやると伸びるようになっているんですね」
「コノヤロー! オレの釣り竿返せ!」
怯えていたはずの子供が、なぜかここにきて拳をあげてKCCに突進していく。
「お、おい!」
またハヤテの焦る声。
戦闘経験があるわけでもない人間、しかも子供が獣機に殴りかかっていくなど、正気の沙汰ではない。
焦る。焦るが、鎖がなかなか外れない。
ハヤテは必死に腕に力を入れ続ける。鎖を外さなければこの窮地はどうにもならない。
いっぽう、KCCは冷静に子供の拳をかわして、勢いを利用して投げ飛ばす。
「ぐあっ……」
「ちょうど暇で人間のアイテムを集めていたところなので、戦利品としてもらっていきますよ」
「くそー! 返せ!」
そしてまた殴りかかってきた子供の拳を受けると、空いている右手で彼の首を締め上げた。
「ぐ……」
「元気ですね。まあそのほうが殺りがいはありますけど」
KCCは左手を背中に回し、リュックのやや深めのサイドポケットに釣り竿を入れた。
そして代わりに折り畳みナイフを取り出し、手首のスナップで刃を出す。
「まずはおなかに穴をあけますかね」
「や、やめろ――!!」
ハヤテの大きな声。
そこで、それまでの金属音とは違うガキっという音がした。
鎖が外れたのである。
(続く)
「……」
絶望的な状況に絶句するハヤテ。
電動スケートボードに乗った子供には、単に知らない子供が入ってきたようにしか見えないだろう。
「誰だよ、アンタ」
やはりそうだった。変わらない声のトーンで、話しかけてしまっている。
しかも自分から近づこうという気配まで感じられたため、ハヤテは焦った。
「待て! そいつは人間じゃない! 獣機だ! 近づくな!」
動き出そうとした電動スケートボードが止まり、子供が「は?」とハヤテのほうを向く。
「何言ってんだ。どう見ても人間だろ」
「そう見えるだけだ! 化けてるんだ!」
完全に信じていないのか、避難まではしてくれない。
いっぽう、ハヤテの声を聞いた――いや声を聞かなくても特殊戦闘スーツのわずかなデザインの違いで見抜いたのかもしれないが――KCCは、「へー」と驚きの声をあげた。
「案外早く再会しましたね。ヒーローネーム・ハヤテ」
ポケットに両手を突っ込み、KCCが部屋を見渡す。
細かいコンクリート片と、四散した二体の獣機の各部位が散らばっている。
「連絡が途絶えたので来てみたわけですが、なるほど。調査の二人はあなたにやられたってわけですか」
足元にあった獣機の小さな破片を一つ拾うと、わずかに上に投げ、ふたたび右手に収めた。
「まあいいでしょう。しっかりやり返させてもらいますけど」
「……っ!」
「とりあえず。なぜだか知りませんけど、あなた縛られているみたいですから――」
KCCは子供のほうを見た。
「殺す順番はこの子供が先ですかね。ヒーローは子供を守りたい――そう強く思うように作られているって聞きます。あなたの前で殺して、その後で失意のどん底に落ちたあなたを始末。それがいいですね」
「や、やめろ!」
ハヤテが叫び、腕に力を入れる。
手首に巻かれていた鎖はやや緩んでいたが、依然ほどけそうな気配はない。
「殺すって何? ケンカ売ってんの?」
「ダメだ! 下がれ!」
またも無視されるハヤテの言葉。
子供が電動スケートボードからひょいと降り、落ちていた小さなコンクリート片をKCCに向けて蹴り飛ばした。
普通の子供であれば、体を直撃する軌道だった。
「コントロールはいいですね」
KCCは右手にあった獣機の小さな破片を投げ、そのコンクリート片にぶつけた。
見事に命中し、迎撃されたコンクリート片が空中で四散する。
「――!?」
明らかに人間では不可能な動き。それを目の当たりにして、子供の顔に初めて不安の色が浮かんだ。
そしてKCCがゆっくりと子供に向かって歩き出すと、それは怯えの色へと変わっていく。
子供がふたたび電動スケートボードに乗り、片足でコンクリート床を蹴って発進した。
が、みすみす逃走を許すKCCではなかった。
人間態ではスピードが遅くなる。以前そうぼやいていたこともあるKCCではあったが、並の人間よりはずっと速い。
すぐ脇を突っ切って入り口から逃げようという子供のボディバッグをつかみ、強引に引き寄せた。
主を失った電動スケートボードが、虚しく転がり続けて壁にぶつかる。
「は、放せ!」
「やめろ! 相手は子供だぞ!」
暴れる子供に、叫ぶハヤテ。
「子供? ボクたちには関係ないでしょ?」
ボディバッグをつかんだまま、腕を強く振る。
紐がちぎれ、子供は放り投げられた。
「うああ――!」
バウンドする子供。うずくまり、擦りむいた膝を押さえる。
かぶっていたつばの広い帽子はどこかに飛び、脱色しているのであろう茶色い髪が露出していた。
「あっ、大丈夫か!」
ハヤテは大慌てで腕を動かし、鎖を必死に外しにかかる。
だが外れない。
子供が近ければ外すよう頼めるのだが、あいにく遠い。作業を許すKCCでもないだろう。
そしてKCCはまた子供に近づく……そぶりを見せて、とまった。
「ん?」
むしり取ったようなかたちになった子供のボディバッグから、物がバラバラと落ち、その中の一番大きなものに目が行ったようだ。
「なんですか? これは」
「あっ!」
子供も起き上がれてはいないが、気づいたようで声をあげた。
KCCが左手で拾い上げたのは、灯台で子供が使っていた折り畳みの竿だった。
「これは……ああ、なるほど。こうやると伸びるようになっているんですね」
「コノヤロー! オレの釣り竿返せ!」
怯えていたはずの子供が、なぜかここにきて拳をあげてKCCに突進していく。
「お、おい!」
またハヤテの焦る声。
戦闘経験があるわけでもない人間、しかも子供が獣機に殴りかかっていくなど、正気の沙汰ではない。
焦る。焦るが、鎖がなかなか外れない。
ハヤテは必死に腕に力を入れ続ける。鎖を外さなければこの窮地はどうにもならない。
いっぽう、KCCは冷静に子供の拳をかわして、勢いを利用して投げ飛ばす。
「ぐあっ……」
「ちょうど暇で人間のアイテムを集めていたところなので、戦利品としてもらっていきますよ」
「くそー! 返せ!」
そしてまた殴りかかってきた子供の拳を受けると、空いている右手で彼の首を締め上げた。
「ぐ……」
「元気ですね。まあそのほうが殺りがいはありますけど」
KCCは左手を背中に回し、リュックのやや深めのサイドポケットに釣り竿を入れた。
そして代わりに折り畳みナイフを取り出し、手首のスナップで刃を出す。
「まずはおなかに穴をあけますかね」
「や、やめろ――!!」
ハヤテの大きな声。
そこで、それまでの金属音とは違うガキっという音がした。
鎖が外れたのである。
(続く)
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