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第3部 遺された漁港・銚子
第38話
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防波堤および灯台を見終わったワタルとハヤテは、かつて漁協――漁業協同組合――の事務所だった建物の前に来ていた。
瓦礫の山や今にも崩落しそうな廃墟が並ぶなか、特殊な合成繊維が混練された超高強度コンクリートで作られたという巨大な漁協の建物は、古さを隠せないながらも健在だった。
この建物や廃墟群については長らく放置されていたが、このたび取り壊しおよび整地が決定している。
獣機の拠点になってしまう可能性がAIにより指摘されたためだ。
しかしながら漁港が放棄されてすでに久しく、安全が確保できるまでは業者が入れない。
そんな事情で、ヒーローの派遣が決定されたわけである。
担当エリアが近いわけでもないハヤテを指名したのは、AIの判断だという。
これまでの討伐数や担当エリアの現在の状況などから総合的に判断したものとみられている。
「じゃあハヤテ。ここからは別行動だね」
「……」
「ん。ハヤテ?」
「え? ああ。悪い。そうだな。頑張ってくるぜ」
建物の中に入っていくハヤテ。
肩が、いつもよりわずかに落ちていた。
――まあ子供が全員ヒーロー好きとは限らないし。僕だって小さいころヒーローに興味なかったからね。
フォローはしていたが、やはり灯台で会った子供に冷たく当たられたことを引きずっているのではないか。
ワタルの目には、そう映った。
◇
建物に入ったハヤテは、異様に広く天井も高いエントランスホールホールを歩く。
やや薄暗いが、照明が必要なレベルではない。
外見は窓が割れているくらいでまだまだ健在であった建物。中はさすがに荒れていた。
かなりの数のガラスの破片や、ゴミや瓦礫などが転がっている。
中央には、落ちたのであろう大きな照明の残骸があった。割れてホコリこそかぶっているものの、現役時はきらびやかなシャンデリアだったであろうことを想像させた。
むかしは日本でも船を出すかたちの漁業がおこなわれていて、漁協は漁師と呼ばれていた人たちの操業指導や、生産物の販売事業、燃料や漁具などの購買事業などのほか、組合員向けの銀行業や保険業のようなこともやっていた――。
ハヤテはここに来るまでの車内で、ワタルからそのような説明を受けていた。
その漁協の事務所という割には、建材が特殊な超高強度コンクリートであることも含め、明らかに必要スペック以上の巨大建造物になっていたと思われるが、その理由も一応ハヤテは聞いていた。
当時、この漁港の『五十年連続水揚げ高日本一』を記念して建てられたものだから、と。
部屋を一つずつ見ていく。
各部屋も、非常に大きかった。
什器類は廃港の際にすべて撤去されていたわけでもないようで、朽ちた机や機器などが散乱している部屋が多い。
そして、誰もいない。
これは予想されていたとおり。
ここで最後か? と、入り口から一番遠く、一番大きいと思われる部屋に入る。
「……」
高い天井の近くにある採光窓から入る光で、薄明るい。
手前半分くらいは何もなく、コンクリート床の上にちらほらと小さな石やゴミが散らばっているだけ。
奥側には、錆びついた、だが巨大かつ重厚なスチール棚が、側面をこちらに向けるように立ち並んでいた。
棚の上方には、やはり錆びついたクレーンが吊り下げられている。
「ん、なんの部屋だ? ここは」
ハヤテがそれを見上げながら、部屋の奥へと足を進めようとしたときだった。
「お前の墓場だ」
冷たい言葉とともに、エッジの効いた軽快な銃撃音が、次々と、高速で、響く――。
「あ゛ぁぁああ゛ッ!」
完全な不意打ちに、ハヤテの体が激しく痙攣した。
被弾したスーツの胸部から多数の火花が散る。
「く……」
電子警棒を持っていない左手で胸を押さえながら、たまらず片膝を折るハヤテ。
その瞬間に、今度は大きな爆音が一回、広い部屋に轟いた。
「うあああッ――!」
一瞬早く反応していたため、直撃は免れた。
だが足元の爆発とともに、ハヤテの体は部屋の後方に勢いよく吹き飛ぶ。
えぐられた床コンクリートの破片とともに、超高強度コンクリート壁に叩きつけられた。
「ガハッ」
かなりの築年数にもかかわらず、壁には蜘蛛の巣状のヒビが入らない。
ハヤテはバウンドするように壁前方の床に沈んだ。
スチール棚の影から現れたのは、二体の人型獣機だった。
片方は手の甲にある三連装の銃口から、もう片方は前腕から上にパカリと出ている大口径砲から、煙を立ちのぼらせていた。
「愚かな。なんの警戒もなく入ってくるとはな」
「ヒーローはボーっとするのも仕事か」
人間の目や口を模したようなパーツこそあれど、シルバーで能面のような顔の獣機。その声も平坦で無機質だった。
メタルの体を採光窓からの光で怪しく反射させ、ゆっくりと歩いてくる。
「ぐ…………な、なんで、ここに獣機がいるん、だ…………」
ハヤテは立ち上がった。
高い強度を誇るヒーロー用の特殊戦闘ボディスーツではあるが、ダメージは隠せず。声がかすれている。
そんなハヤテに、獣機二体は回答に答える余裕を見せた。
「あいにくだったな。我々二人は調査目的で来ている」
「そうだ。ここを拠点の一つにする計画がある。今日はその下調べだ」
獣機の動きはAIの予想よりも早かったようである。
「戦う予定で来たわけではないが、会ったからには生かして返すわけにはいかない」
三連装銃を撃ったほうの個体はそう言って、腕をハヤテに向けた。
いま大口径砲を撃った個体のほうも、手の甲から三連装の銃を出し直し、それを構える。
ふたたび激しい銃声。
「――!」
だが、少し呼吸が整ったハヤテは反応していた。
横へ跳躍してかわし、前転してピタリととまる。
「それはこっちのセリフだ!」
そう返しながら、コンクリート床を蹴った。
(続く)
瓦礫の山や今にも崩落しそうな廃墟が並ぶなか、特殊な合成繊維が混練された超高強度コンクリートで作られたという巨大な漁協の建物は、古さを隠せないながらも健在だった。
この建物や廃墟群については長らく放置されていたが、このたび取り壊しおよび整地が決定している。
獣機の拠点になってしまう可能性がAIにより指摘されたためだ。
しかしながら漁港が放棄されてすでに久しく、安全が確保できるまでは業者が入れない。
そんな事情で、ヒーローの派遣が決定されたわけである。
担当エリアが近いわけでもないハヤテを指名したのは、AIの判断だという。
これまでの討伐数や担当エリアの現在の状況などから総合的に判断したものとみられている。
「じゃあハヤテ。ここからは別行動だね」
「……」
「ん。ハヤテ?」
「え? ああ。悪い。そうだな。頑張ってくるぜ」
建物の中に入っていくハヤテ。
肩が、いつもよりわずかに落ちていた。
――まあ子供が全員ヒーロー好きとは限らないし。僕だって小さいころヒーローに興味なかったからね。
フォローはしていたが、やはり灯台で会った子供に冷たく当たられたことを引きずっているのではないか。
ワタルの目には、そう映った。
◇
建物に入ったハヤテは、異様に広く天井も高いエントランスホールホールを歩く。
やや薄暗いが、照明が必要なレベルではない。
外見は窓が割れているくらいでまだまだ健在であった建物。中はさすがに荒れていた。
かなりの数のガラスの破片や、ゴミや瓦礫などが転がっている。
中央には、落ちたのであろう大きな照明の残骸があった。割れてホコリこそかぶっているものの、現役時はきらびやかなシャンデリアだったであろうことを想像させた。
むかしは日本でも船を出すかたちの漁業がおこなわれていて、漁協は漁師と呼ばれていた人たちの操業指導や、生産物の販売事業、燃料や漁具などの購買事業などのほか、組合員向けの銀行業や保険業のようなこともやっていた――。
ハヤテはここに来るまでの車内で、ワタルからそのような説明を受けていた。
その漁協の事務所という割には、建材が特殊な超高強度コンクリートであることも含め、明らかに必要スペック以上の巨大建造物になっていたと思われるが、その理由も一応ハヤテは聞いていた。
当時、この漁港の『五十年連続水揚げ高日本一』を記念して建てられたものだから、と。
部屋を一つずつ見ていく。
各部屋も、非常に大きかった。
什器類は廃港の際にすべて撤去されていたわけでもないようで、朽ちた机や機器などが散乱している部屋が多い。
そして、誰もいない。
これは予想されていたとおり。
ここで最後か? と、入り口から一番遠く、一番大きいと思われる部屋に入る。
「……」
高い天井の近くにある採光窓から入る光で、薄明るい。
手前半分くらいは何もなく、コンクリート床の上にちらほらと小さな石やゴミが散らばっているだけ。
奥側には、錆びついた、だが巨大かつ重厚なスチール棚が、側面をこちらに向けるように立ち並んでいた。
棚の上方には、やはり錆びついたクレーンが吊り下げられている。
「ん、なんの部屋だ? ここは」
ハヤテがそれを見上げながら、部屋の奥へと足を進めようとしたときだった。
「お前の墓場だ」
冷たい言葉とともに、エッジの効いた軽快な銃撃音が、次々と、高速で、響く――。
「あ゛ぁぁああ゛ッ!」
完全な不意打ちに、ハヤテの体が激しく痙攣した。
被弾したスーツの胸部から多数の火花が散る。
「く……」
電子警棒を持っていない左手で胸を押さえながら、たまらず片膝を折るハヤテ。
その瞬間に、今度は大きな爆音が一回、広い部屋に轟いた。
「うあああッ――!」
一瞬早く反応していたため、直撃は免れた。
だが足元の爆発とともに、ハヤテの体は部屋の後方に勢いよく吹き飛ぶ。
えぐられた床コンクリートの破片とともに、超高強度コンクリート壁に叩きつけられた。
「ガハッ」
かなりの築年数にもかかわらず、壁には蜘蛛の巣状のヒビが入らない。
ハヤテはバウンドするように壁前方の床に沈んだ。
スチール棚の影から現れたのは、二体の人型獣機だった。
片方は手の甲にある三連装の銃口から、もう片方は前腕から上にパカリと出ている大口径砲から、煙を立ちのぼらせていた。
「愚かな。なんの警戒もなく入ってくるとはな」
「ヒーローはボーっとするのも仕事か」
人間の目や口を模したようなパーツこそあれど、シルバーで能面のような顔の獣機。その声も平坦で無機質だった。
メタルの体を採光窓からの光で怪しく反射させ、ゆっくりと歩いてくる。
「ぐ…………な、なんで、ここに獣機がいるん、だ…………」
ハヤテは立ち上がった。
高い強度を誇るヒーロー用の特殊戦闘ボディスーツではあるが、ダメージは隠せず。声がかすれている。
そんなハヤテに、獣機二体は回答に答える余裕を見せた。
「あいにくだったな。我々二人は調査目的で来ている」
「そうだ。ここを拠点の一つにする計画がある。今日はその下調べだ」
獣機の動きはAIの予想よりも早かったようである。
「戦う予定で来たわけではないが、会ったからには生かして返すわけにはいかない」
三連装銃を撃ったほうの個体はそう言って、腕をハヤテに向けた。
いま大口径砲を撃った個体のほうも、手の甲から三連装の銃を出し直し、それを構える。
ふたたび激しい銃声。
「――!」
だが、少し呼吸が整ったハヤテは反応していた。
横へ跳躍してかわし、前転してピタリととまる。
「それはこっちのセリフだ!」
そう返しながら、コンクリート床を蹴った。
(続く)
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『勇者の股間触ったらエライことになった』
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