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第2部 犯罪者競技の祭典・東京五輪2XXX
第29話
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「あ、そうだ。試合中なのに他の人間としゃべっていいのか?」
ハヤテはエーイチに対し、率直な疑問を口にした。
「うん。いちおうチェンジコート中のコーチングは認められてるんだ。もっとも、コーチをわざわざ雇う人はいないけどね……って、きみがいるってことは、獣機らしき不審者がスタジアムに接近中なことを聞いたのかな?」
「あんたも知ってるのか。じゃあ避難するよう放送はなかったのか?」
「観客にはあったけど、ぼくらにはないよ。だから試合も続いてる」
「なんでだよ」
「だから、ぼくらはそうなんだってば。たぶん大会運営がAIの判断を参考に決めてるんだろうけど、続けろってなれば続けるだけさ。ちなみに、これ予選じゃないから中継も続いてるからね。世界中に流れてるよ」
チェンジコート中の休憩が終わったようで、『タイム』という音声が聞こえてきた。
エーイチはハヤテに笑顔で手を振り、先ほどまでと反対側のコートへと歩いて行った。
が、そのとき。
テニスコートの選手出入り口から入ってくる一団があった。
「げっ、獣機……!」
ハヤテの体に緊張が走る。
先頭はメタルボディを輝かせている人間サイズの人型獣機。
続いて、色が黒く巨人のような異様なサイズの人型獣機。
そしてさらに……見覚えのある日焼けした子供。国立競技場で対峙した獣機の幹部・KCCだ。あのときと同じだ。刀を持っているだけでなく、緑のTシャツに黒のハーフパンツという姿だった。
ハヤテはコートとの境にある低い衝立を飛び越えると、同時にエーイチおよび相手選手に対し叫んだ。
「二人は安全なところに隠れてくれ!」
コートの真ん中に陣取った獣機たちは、当然すぐにハヤテに気づく。
真っ先に反応してきたのは、KCCだった。
「おお、その声は。先日はお世話になりました。ここにもあなたが来てくれたのですか? サービスいいですね」
そう言って、ハーフパンツのポケットに手を突っ込みながら笑うKCC。
ハヤテはどう見ても人間の子供という姿の彼を睨みつけながら、電子警棒を構えた。
「お前、なんでまた人間の姿なんだ! もうバレただろ!」
「まあそうなんですが。コレはコレで悪くないなと思ってしまいまして」
「ぁあ?」
「いやあ、なんか。生身のメタルの体よりも柔らかいというのでしょうか? この人間の姿のほうが、指の感覚とか、他の部位の肌の感覚とか、しっくりくる気がしてしまうんです。あなたがたはいいですね。生身でこの体なのですから」
と、そこで、アナウンスが入った。
『お知らせいたします』
ワタルが放送室に到着したんだな――とハヤテはすぐに状況を理解した。
彼は事務室と放送室を回り、放送が継続中なら即やめさせて、残っているスタッフを避難させるという段取りになっていた。運営はアドバイザーAIに従っていると思われたが、決めるのは人間。強引にやめさせることは不可能ではない。
『不審者が当コロシアムに侵入しました。放送の中止にともない試合も中断いたしますので、会場内に残っている選手や大会スタッフはすみやかに避難を――』
KCCが肩をすくめ、隣で全身を銀色に輝かせている人型獣機のほうを向いた。
「ドンパチやる前に放送中止にされてしまいました。敵は手際がいいですね。どうしますか? リックス」
「残念ではあるな。ヒーローが殺されるところが一瞬でも放送されることが理想だった」
リックスと呼ばれたその人型獣機は、もはや人間にしか見えないKCCとは異なり、表情のないメタルの顔と抑揚のない機械的な声で答えた。
もちろん獣機はそれが普通で、異様なのはKCCのほうである。
リックスは続けた。
「だが試合の中断だけでもよしとしようではないか。今回の作戦の主目的はあくまでも大会の中断と施設の破壊だ」
「ということは、あなたはもうどこかに行くんです?」
「適当に他の会場の視察をしてから帰る。細かいことは我々が直々にやる仕事ではない。BF-1に任せればいい。これなら会場を短時間で破壊することも可能だ」
そう言って、リックスは三メートル近くはあろうかという異様なサイズの黒色人型獣機を見た。
どうやらこの個体にはBF-1という名前があるようである。
「あ、ボクはもう少しだけここに残りますね」
「何か意味があるのか、KCC」
「ありませんよ。ただ、このヒーローさんと少し遊びたいだけです」
リックスは「ほどほどにな」と言うと、メタルの体の背中を向けた。
何と、背中から銀色の大きなメタルの翼が生えた。
「待て! お前も幹部だろ? 逃がすか!」
ハヤテが電子警棒を構え、発砲した。
「――!?」
しかし間にサッと大きな黒い影が挟まり、高い金属音を立てた。
体で銃弾を受け止めたのは、黒色の巨人型獣機・BF-1だ。素早い動きだった。
「ハヤテと言いましたか? あなた。その程度の口径の銃弾では、BF-1には弾かれますよ」
テニスコート中央のネットを背もたれにするようにしゃがみこみながら、KCCが笑った。
それを受け、ハヤテは電子警棒のスタンガン機能のボタンを押す。
「なら機能停止させるまでだぜ」
「相変わらずやる気満々でいいですね。BF-1はこのコロシアムを効率よく破壊するために連れてきましたが、当然ヒーローと戦うことも想定しています。強いですよ?」
あらためて、ハヤテは前に立ちふさがった黒色巨人を見た。
色は黒く反射も控えめだが、明らかなメタルボディ。両腕両足は太く力強い印象だが、指はやや細めで人間のように五本存在していた。胴体や各関節部分は引き締まっており、巨体ながら俊敏そうなフォルム。両眼は双眼鏡のようにやや飛び出ており、不気味に赤く光っていた。
「ではBF-1、まずはそのヒーローさんを倒しましょうか」
『かしこまりました。攻撃を開始します』
重心を落とし、まるで格闘家のような構えを取る黒色巨人。
ハヤテは瞬時にコート周囲を確認していた。もちろん誰か残っていないかの確認である。流れ弾で死人が出てしまうことは絶対に避けなければならない。
一瞬で状況を把握した。誰もいない。いつのまにかリックスという獣機の姿も消えていた。
安心したハヤテはまた瞬時に前方を見た。
が、すでにそのときには黒い巨体が迫っていた。やはり非常に速い動きだった。
「ふぐぁッ!」
文字通りの鉄拳がハヤテの腹部に命中する。
その衝撃でスーツの命中箇所が小爆発を起こし、体は宙へと飛ばされた。
「う……ぐ……」
綺麗に入ったボディへの一撃。
すぐには起き上がれず、腹を押さえてコートの上をのたうち回る。
パワーも、ハヤテが今まで戦った人型獣機のどの個体よりも上のようだった。スーツが無かったら命も危なかったのではないかと思われるくらいだった。
またハヤテの体からは汗がどっと噴き出していた。
(続く)
ハヤテはエーイチに対し、率直な疑問を口にした。
「うん。いちおうチェンジコート中のコーチングは認められてるんだ。もっとも、コーチをわざわざ雇う人はいないけどね……って、きみがいるってことは、獣機らしき不審者がスタジアムに接近中なことを聞いたのかな?」
「あんたも知ってるのか。じゃあ避難するよう放送はなかったのか?」
「観客にはあったけど、ぼくらにはないよ。だから試合も続いてる」
「なんでだよ」
「だから、ぼくらはそうなんだってば。たぶん大会運営がAIの判断を参考に決めてるんだろうけど、続けろってなれば続けるだけさ。ちなみに、これ予選じゃないから中継も続いてるからね。世界中に流れてるよ」
チェンジコート中の休憩が終わったようで、『タイム』という音声が聞こえてきた。
エーイチはハヤテに笑顔で手を振り、先ほどまでと反対側のコートへと歩いて行った。
が、そのとき。
テニスコートの選手出入り口から入ってくる一団があった。
「げっ、獣機……!」
ハヤテの体に緊張が走る。
先頭はメタルボディを輝かせている人間サイズの人型獣機。
続いて、色が黒く巨人のような異様なサイズの人型獣機。
そしてさらに……見覚えのある日焼けした子供。国立競技場で対峙した獣機の幹部・KCCだ。あのときと同じだ。刀を持っているだけでなく、緑のTシャツに黒のハーフパンツという姿だった。
ハヤテはコートとの境にある低い衝立を飛び越えると、同時にエーイチおよび相手選手に対し叫んだ。
「二人は安全なところに隠れてくれ!」
コートの真ん中に陣取った獣機たちは、当然すぐにハヤテに気づく。
真っ先に反応してきたのは、KCCだった。
「おお、その声は。先日はお世話になりました。ここにもあなたが来てくれたのですか? サービスいいですね」
そう言って、ハーフパンツのポケットに手を突っ込みながら笑うKCC。
ハヤテはどう見ても人間の子供という姿の彼を睨みつけながら、電子警棒を構えた。
「お前、なんでまた人間の姿なんだ! もうバレただろ!」
「まあそうなんですが。コレはコレで悪くないなと思ってしまいまして」
「ぁあ?」
「いやあ、なんか。生身のメタルの体よりも柔らかいというのでしょうか? この人間の姿のほうが、指の感覚とか、他の部位の肌の感覚とか、しっくりくる気がしてしまうんです。あなたがたはいいですね。生身でこの体なのですから」
と、そこで、アナウンスが入った。
『お知らせいたします』
ワタルが放送室に到着したんだな――とハヤテはすぐに状況を理解した。
彼は事務室と放送室を回り、放送が継続中なら即やめさせて、残っているスタッフを避難させるという段取りになっていた。運営はアドバイザーAIに従っていると思われたが、決めるのは人間。強引にやめさせることは不可能ではない。
『不審者が当コロシアムに侵入しました。放送の中止にともない試合も中断いたしますので、会場内に残っている選手や大会スタッフはすみやかに避難を――』
KCCが肩をすくめ、隣で全身を銀色に輝かせている人型獣機のほうを向いた。
「ドンパチやる前に放送中止にされてしまいました。敵は手際がいいですね。どうしますか? リックス」
「残念ではあるな。ヒーローが殺されるところが一瞬でも放送されることが理想だった」
リックスと呼ばれたその人型獣機は、もはや人間にしか見えないKCCとは異なり、表情のないメタルの顔と抑揚のない機械的な声で答えた。
もちろん獣機はそれが普通で、異様なのはKCCのほうである。
リックスは続けた。
「だが試合の中断だけでもよしとしようではないか。今回の作戦の主目的はあくまでも大会の中断と施設の破壊だ」
「ということは、あなたはもうどこかに行くんです?」
「適当に他の会場の視察をしてから帰る。細かいことは我々が直々にやる仕事ではない。BF-1に任せればいい。これなら会場を短時間で破壊することも可能だ」
そう言って、リックスは三メートル近くはあろうかという異様なサイズの黒色人型獣機を見た。
どうやらこの個体にはBF-1という名前があるようである。
「あ、ボクはもう少しだけここに残りますね」
「何か意味があるのか、KCC」
「ありませんよ。ただ、このヒーローさんと少し遊びたいだけです」
リックスは「ほどほどにな」と言うと、メタルの体の背中を向けた。
何と、背中から銀色の大きなメタルの翼が生えた。
「待て! お前も幹部だろ? 逃がすか!」
ハヤテが電子警棒を構え、発砲した。
「――!?」
しかし間にサッと大きな黒い影が挟まり、高い金属音を立てた。
体で銃弾を受け止めたのは、黒色の巨人型獣機・BF-1だ。素早い動きだった。
「ハヤテと言いましたか? あなた。その程度の口径の銃弾では、BF-1には弾かれますよ」
テニスコート中央のネットを背もたれにするようにしゃがみこみながら、KCCが笑った。
それを受け、ハヤテは電子警棒のスタンガン機能のボタンを押す。
「なら機能停止させるまでだぜ」
「相変わらずやる気満々でいいですね。BF-1はこのコロシアムを効率よく破壊するために連れてきましたが、当然ヒーローと戦うことも想定しています。強いですよ?」
あらためて、ハヤテは前に立ちふさがった黒色巨人を見た。
色は黒く反射も控えめだが、明らかなメタルボディ。両腕両足は太く力強い印象だが、指はやや細めで人間のように五本存在していた。胴体や各関節部分は引き締まっており、巨体ながら俊敏そうなフォルム。両眼は双眼鏡のようにやや飛び出ており、不気味に赤く光っていた。
「ではBF-1、まずはそのヒーローさんを倒しましょうか」
『かしこまりました。攻撃を開始します』
重心を落とし、まるで格闘家のような構えを取る黒色巨人。
ハヤテは瞬時にコート周囲を確認していた。もちろん誰か残っていないかの確認である。流れ弾で死人が出てしまうことは絶対に避けなければならない。
一瞬で状況を把握した。誰もいない。いつのまにかリックスという獣機の姿も消えていた。
安心したハヤテはまた瞬時に前方を見た。
が、すでにそのときには黒い巨体が迫っていた。やはり非常に速い動きだった。
「ふぐぁッ!」
文字通りの鉄拳がハヤテの腹部に命中する。
その衝撃でスーツの命中箇所が小爆発を起こし、体は宙へと飛ばされた。
「う……ぐ……」
綺麗に入ったボディへの一撃。
すぐには起き上がれず、腹を押さえてコートの上をのたうち回る。
パワーも、ハヤテが今まで戦った人型獣機のどの個体よりも上のようだった。スーツが無かったら命も危なかったのではないかと思われるくらいだった。
またハヤテの体からは汗がどっと噴き出していた。
(続く)
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