上 下
28 / 60
第2部 犯罪者競技の祭典・東京五輪2XXX

第28話

しおりを挟む
 有明コロシアムはテニスの国際大会をはじめ、各種スポーツの大きな大会で使われている。今回の五輪のために新築されたものではないが、生で見るのはハヤテにとって初めてのことだった。

 新国立競技場と違い、こちらはエントランスにカメラ以外の防犯設備はなかった。
 もし何かあれば警察と連携のうえで解決――
 ということでワタルも同行していたのだが、何事もなく中に入ることができた。

 ワタルはコロシアムの事務室へと向かったため、ハヤテは一人でコンコースを注意深く進んだ。
 打球音が聞こえた。
 また不審者が侵入しているのにプレーが続行されているのか、と呆れながら、出入り口からスタンド席に入った。

「……」

 コートは青かった。
 一面しかない会場なのだが、コートの外側やスタンド席が広く、想像以上のスケールだった。
 席は例によって誰もいない。どのくらい客がいたのかは定かではないが、すでに避難済みのようだ。
 獣機らしきものも、見える範囲では一体もいない。

 大昔は観客がスタンドに座って直接観ることが主流で、スタジアムは異様な熱気に包まれていたらしい――そうワタルからは聞いていた。
 だが今は、静寂の中で選手二人がボールを打ち合うだけ。
 やはり国立競技場同様、リアルでは無機質な景色だった。

 おこなわれていたラリーが途切れた。
 小さな子供くらいのサイズのボール拾いロボットが動き始めると、ハヤテは素早く、コートサイド席のところまで降りていった。

 コートサイド席は、選手がコートチェンジのときに休むベンチのすぐ後ろにある。
 獣機がいなかったこともあるが、ちょうどボール拾いが終わったようだったので、なんとなくハヤテは席に座ってしまった。

 次のプレーが開始された。
 と同時に、ハヤテは選手の片方が見覚えのある顔であることに気づいた。

(エーイチじゃねーか!)

 声を出してしまうところだった。
 白い帽子を深くかぶっていたため、それまで気づかなかった。

 そして、驚きはそれにとどまらなかった。
 エーイチは相手選手の速いショットに対応し、打ち合いをしていた。フットワークにも無駄がない。
 前に会ったときの鈍臭さなど微塵も感じない動きだった。

 フォアハンド、バックハンドとも、小気味の良いショットを左右に打ち分けるエーイチ。
 ハヤテがそれを見つめていると、先に相手選手が勝負のショットを放った。ストレート方向に放たれたフォアハンドが、エーイチ側のコートに深く刺さる。

「――!?」

 ハヤテは瞠目した。
 エーイチがギリギリ追いついたのである。
 バックハンドでうまく面を作って、返球。それがクロスの深いところに決まり、それに対する相手選手の返球が甘くなった。

 ふらふらとエーイチ側のコートに返ってきたボールは、コート中央、ネット寄りの位置に力なく弾む。
 すると、エーイチは絶妙なタイミングで前足の左足で地面を蹴り、派手なジャンピングフォアハンドをオープンコートに叩き込んだ。

 それがウィナーとなり、ポイントはエーイチのものに。
 ハヤテはまともにテニスの試合を見たことがない。だがそれでもスーパープレイに違いないと思った。

『ゲーム。ジャパン』

 静まり返ったままのコロシアムに、主審ロボットの音声が響く。今のポイントでちょうどエーイチが1ゲームを奪取し、ちょうどコートチェンジで休憩のタイミングとなったようだ。

 コート脇にある休憩用ベンチのほうに、エーイチが戻ってくる。
 そのベンチは、ちょうどハヤテの座っている席の目の前だった。

「あ、きみ!」

 無事だったんだね、よかった――と人懐っこい笑顔で近づいてきた。
 ヒーロースーツを着用しているというだけであればハヤテ以外のヒーローである可能性もあるはずなのだが、彼は完全に中身がハヤテであると決めつけていたようだ。むろん正解であるわけだが。

「あんた、すごいな。めちゃくちゃ動きいいじゃないか」
「ね、やるときはやるでしょ?」
「ああ。びっくりしたぜ」
「ふふふ。だまされてるだまされてる」
「ん?」
「やっぱりきみ、知らなかったんだね」

 クエスチョンマークを頭上に出すハヤテに、エーイチは笑いながら説明してきた。

「今の時代、プロスポーツ選手って基本的に犯罪者の一部がなる職業なわけだけど、みんながみんな運動神経いいとは限らないでしょ? だからプロスポーツ選手になる人は全員、昔にいた選手の動きのデータを使った特殊な補助ロボットで、強制的に昔の選手と同じ動きをさせられるんだ。それを反復させていけば、どんな運動音痴でも体で動きを覚えていって、そのうち近い動きができるようになる」
「そうなのか!? じゃあ、あんたも昔の選手と同じ動きをしてるわけか」
「そうそう。僕は二十一世紀の世界トップレベルだった日本のテニス選手の動きを、補助ロボットで身に着けたんだ。ほとんど同じプレーができているはずだよ」

 ハヤテは一瞬沈黙した。
 そして、「そうか」とだけ答えた。



(続く)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

どうして、こうなった?

yoyo
BL
新社会として入社した会社の上司に嫌がらせをされて、久しぶりに会った友達の家で、おねしょしてしまう話です。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

フルチン魔王と雄っぱい勇者

ミクリ21
BL
フルチンの魔王と、雄っぱいが素晴らしい勇者の話。

同僚に密室に連れ込まれてイケナイ状況です

暗黒神ゼブラ
BL
今日僕は同僚にごはんに誘われました

目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。 彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。 ……あ。 音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。 しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。 やばい、どうしよう。

食事届いたけど配達員のほうを食べました

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
なぜ自転車に乗る人はピチピチのエロい服を着ているのか? そう思っていたところに、食事を届けにきたデリバリー配達員の男子大学生がピチピチのサイクルウェアを着ていた。イケメンな上に筋肉質でエロかったので、追加料金を払って、メシではなく彼を食べることにした。

処理中です...