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第2部 犯罪者競技の祭典・東京五輪2XXX

第26話

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 ワタルは、一般的な病室用のものとさほど変わらないベッドの横で、パイプ椅子に座っていた。
 いわゆる『ヒーロー支部』にある診療所は、意外と広い。
 病室も窓こそないものの、一人部屋でゆったりとした空間となっていた。

 部屋の隅には、畳まれて置いてある介護用バックボーン。『着る介護ロボット』とも言われた製品だった。
 非力な人でも軽々と人を抱えることができるだけでなく、AIの力で動作中の危険もある程度察知が可能。ワタルは国立競技場に行ったときはそれを防護服の中に着けており、その力でハヤテを抱えていたのである。
 その横には、背中に背負っていたジェットパックもあった。

 ベッドの上には、検査と治療を終えたハヤテが眠っている。
 室温がかなり暖かく設定されており、掛け布団はない。いつもの黒いインナーシャツとスパッツの姿だ。
 彼は窮地から空へと脱出した時点で気を失っていた。それ以来一度も目を覚ましていない。

「……ん……」
「あ、起きたね。おはよう」

 目が合うと、彼はハッとした顔をしてガバっと起き上がろうとしてきた。
 ワタルはそれを読んでおり、弾力のある胸を両手で押さえて制した。
 まだ体が傷むのか、ハヤテは少し顔をしかめた。

「落ち着いて。ここは支部の診療所」

 声によってか感触によってか、あるいはその両方によってか。彼の体から力が抜ける。
 そして状況を理解したのだろう。一回深呼吸をした。

「ワタル。あの人間のふりしてた獣機はどうなったんだ?」
「いったん国立競技場から出たみたいで、そのあと近くのテニスの会場のほうに少し進んだところで探知できなくなったみたい。でもそれからまだ一回も現れてないから、安心して」
「国立競技場にいた選手たちは?」
「全員無事。僕、君のもとに行く途中で、エントランスのところで選手たちとすれ違ったんだ。君に頼まれたっていう選手が先頭で誘導してくれてた」
「あー。あいつかな? エーイチ」

「うん、エーイチって名乗ってたね。でも彼、他の選手たちを南口で見送ったあと、一人だけまた競技場に戻ろうとしてたんだよね」
「なんでだよ……。それでどうしたんだ?」
「うん。危ないからって言っても聞いてもらえそうになかったんで、無理やり突き飛ばして自動ドアのスイッチ切って、中から施錠しちゃった」
「そ、そうか。お前けっこう思い切ったことするよな」

 真顔でそう言うハヤテ。ワタルは他にも、観客も死者ゼロであることや、ハッキングされていたセキュリティシステムはハヤテが戦っている最中に担当会社が復旧させたこと、その会社経由でハヤテの苦戦が伝えられ、ワタルがまだ開発中の電子警棒を無断で持ち出して競技場の中へ突入したこと――などを伝えた。

 ベッドの上でうなずきながら聞き終えたハヤテは、右腕で顔を覆った。
 そしてそのまま口を開く。

「ワタル」
「何?」
「悪かった。あとサンキュ」
「いやいや、ハヤテが生きていてくれてよかったよ。僕が逆にお礼を言いたい。ありがと」

 それは、まぎれもない本心だった。
 ワタルは一度、ハヤテの頭をポンと軽く叩いた。
 気にしちゃだめだよ、という意味だった。

 しかし、
「もっと強くならねえとな。お前に迷惑かけちまう」
 そう言って彼が大きく息を吐く。

 どうやら真面目に励ますのは凹ませて逆効果らしい――
 そう思ったワタルは、彼の右腕をつかみ、どけてみた。
 露出した顔をのぞきこむ。
 目が合うとすぐに腕で隠され直したため、また腕をどけた。

「なんで顔を隠すのかなー?」

 何回かその攻防が繰り広げられたのち、ついに彼は抗議めいた表情をした。

「恥ずかしいからに決まってるだろ」

 あきらめたのか、顔は隠さなくなり、赤くなった顔を少しそむけ気味にしている。
 さらなる追撃を思いついてしまったワタルは、きっと自分は今ひどく悪い顔をしているのだろうと思った。

「はい。ではここでハヤテに問題です。君はずっと気を失っていました。なのに今、君の体はきれいです。なぜでしょう?」
「ん……診療所の全自動入浴カプセルか?」
「正解。介護用のやつを改良したやつだね。ただ服までは自動的に脱がしてくれないらしくて。医師の先生が忙しいっていうんで、僕も手伝ったんだよね」

 ハヤテがまた顔を隠した。今度は両腕で、である。

「サンキュ」
「なんで顔をかくすのかなー?」
「……やっぱりお前、けっこう意地悪だったりするか?」



(続く)
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