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第2部 犯罪者競技の祭典・東京五輪2XXX

第18話

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 百年ぶりに開催されるオリンピックのために新築された、国立競技場の外観。
 それは、のっぺらぼうな灰色の壁がただ続くだけの、なんの飾り気もない巨大なコンクリート構造物だった。

「警察から待機の連絡があったから。ひとまずそのとおりに」

 その指示に従い、派遣されたヒーロー・上杉ハヤテは、南エントランスから三十メートルほど離れたところにある小規模な植樹林に身を潜め、木の後ろから競技場を見つめていた。

 南エントランス前の広場は、静まり返っていた。警察が「刃物を持った不審人物が競技場内に侵入。人間に扮した獣機の可能性もあり」と避難を呼びかけていたためだ。歩いている人間は誰もいない。
 木陰が機能しないほどの八月の暑さ。厳しい日差しによる陽炎で、広場の向こうの国立競技場が不気味に揺れていた。

 変身済みだったハヤテは、その体を密着度の高い特殊戦闘ボディスーツで覆われている。
 黒色を基調とし、赤色のラインやシルバーの関節ガードがついたそれは、高い強度や伸縮性を誇るだけでなく、薄いながらも紫外線をほぼ完全に遮断し、さらにはスーツ内側の温度をコントロールする機能も備えていた。夏場の仕事も快適にこなせる優れものだ。

 頬や口元までガードされているヘルメット。そこには通信機とスピーカーも内臓されていたが、いまだ突入指示は流れてこない。日差しや暑さの問題は大丈夫でも、性分の問題がある。ハヤテは落ち着かない。
 そんなところに、大輪ひまわりのような形状をした散水用小型ロボットが、リオのいる植樹のほうにやってきた。

「……」

 人間の世界が崩壊することがないように――。
 そんな理由により、人工知能およびそれを搭載するロボットに対しては、用途別に厳しい基準が設けられている。散水ロボットが武器を使用したり警報を鳴らすことは、通常ではありえない。

 しかし現在は、競技場の建物内で獣機の可能性がある不審者が人質とともに立てこもっている。
 可能性は低いものの、管理システムも不審者の脅迫等でいじられてしまっている可能性がある。念のため、ハヤテは植樹の裏でしゃがんだまま電子警棒を構え、散水ロボットを注意深く観察した。

 すると、散水ロボットはハヤテの視線などお構いなしに、ひまわりの花のような頭部からシャワー状に水を吐き出し、植樹たちを潤し始めた。
 まあそうか、とハヤテが体の力を抜くと、ようやくヘッドガード内蔵のスピーカーから声が聞こえた。

「ハヤテ。聞こえる?」

 機械ごしでも透明感と清涼感がある声。先日起きた『山中博士によるヒーロー支部長へのすり替わり発覚事件』以降、臨時職員としてハヤテを後方指揮で支えることになった三条ワタルである。今は敷地の外、支部所有の車の中から指揮を執ることになっていた。

「聞こえるぜ。警察から連絡来たんだな?」

 マイクが内蔵されている左腕を口元に近づけ、そう返す。
 ヒーローは国土交通省の外局・対獣機保安庁の所属。通常は警察と連絡を取り合いながら仕事をすることはない。今回は犯人が人間か獣機かどちらかわからないということで、特別に合同作戦となっていた。

「うん。まずハヤテが一人で突入して、もし中に逃げ遅れた人がいたら避難を呼びかけて、立てこもり犯を見つけたら人間なのかどうかを獣機なのかどうかを確かめて、人間であればハヤテが取り押さえて警察に連絡。獣機であればハヤテが仕留めてくださいとのことで……ごめん、コレ丸投げってやつだと思う」

 ワタルの声量が徐々に落ちていく。
 ハヤテが担当エリア外に“出張”することになったのは、国立競技場が新しく埋め立てられた場所にあり、まだ正式な担当ヒーローが付いていないからだった。担当エリアが隣接しており、獣機討伐成績が抜群によい彼に白羽の矢が立ったのである。

 慣れない場所であるうえに、作戦は丸投げ。
 ワタルの声のトーンの下がり方はハヤテの負担を心配しているものであると思われたが、そんなことは気にしないと言わんばかりの元気な声で返した。

「大丈夫だって。がんばってくるぜ」
「ありがとう。今までと違って土地勘がないところでの仕事になるから。気をつけて」
「わかった!」

 食い気味に答えると、ハヤテは植樹の陰から飛び出し、エントランスへと向かった。
 その姿を、先ほどの散水ロボットが見つめていた。



(続く)
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