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第1部 終わるかもしれない新生代
第9話
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ベッドで、ヒーロー・ハヤテが目を閉じ、スヤスヤと寝ている。
ワタルはその横に腰を下ろし、片肘をベッドの端にかけて、それを眺めていた。
大学校舎屋上の激戦。獣機を倒した後、力を使い果たしたハヤテはバタリと倒れた。
現場から離れたほうがいいと考えたワタルは、意識朦朧な彼を連れて、大学のすぐ近くにあるアパートの自室に連れてきた。
玄関でついに完全に気を失った彼を、引きずり。自分が使っていたベッドで寝かせた次第である。
「……」
不思議な気分だな、とワタルは思う。
ヒーローが、自分のベッドで寝ているのである。
しかもかなり気持ちよさそうに。
こうやって見ると普通の人間と変わらない、まだ十六歳という顔。ワタルはしばらく見続けた。
もう夜なので今日は起きないだろうが、もし彼が起きたら、言わなければならぬことがある。
「ん……」
だが予想に反して、彼が小さな声を漏らした。
目がゆっくりと開く。
ワタルと、目が合った。
「あっ」
「あっ」
お互いの声。
彼が上半身を慌ててガバッと起こす。
ワタルは肘を慌てて外し、ベッドサイドで正座する。
そして。
「ワタル、悪かった!」
「ハヤテ、ごめん!」
「ぁ?」
「ぇ?」
内容がかぶり、お互いにおかしな声を出してしまった。
沈黙が数秒。
「ええと。俺のほうからいいか?」
「う、うん。じゃあそれで」
ハヤテは真っ黒な髪を、ワタルはやや茶色がかった髪を、それぞれ掻く。
「またお前に助けられちまった。しかもあのあと俺、気絶してたよな? ホント悪かった!」
「あ、起きちゃだめだって!」
「いや、ちゃんと頭下げさせてくれ。ヒーローが民間人の学生に助けられて迷惑までかけるとかヤバすぎだ」
「ダメ! まだ痛いでしょ。寝てて」
ハヤテが顔を歪めながらベッドから出ようとしてきたので、ワタルは慌てて彼を押さえ、戻した。
「えーっと……助けられたのは僕のほうこそだし。あと覚えてないと思うけど、君が完全に気絶したのは玄関まで来てからだし、迷惑なんてかかってないって。大丈夫だよ」
「いや、でも――」
「本当に大丈夫!」
飛ばされた掛け布団を彼の上に戻すと、彼は諦めたのか、体の力を抜いた。
「じゃあ僕からも」
今度はワタルの番ということで、またベッドサイドで正座した。
「僕はあのとき、別に逃げ遅れてたとかじゃなくて、わざと大学に残ったんだ」
「えっ、そうなのか?」
「うん。正直に言うけど、獣機が接近中って放送があったときに、君がまた来るんだろうなって思って。残っていれば、終わった後にまた会えたりするのかなとか思ってしまったんだよね。そのせいで君に迷惑をかけた。ごめん」
さすがに今回の行動は罪が重い。ヒーローとして思いっきり怒ってくれていい。
そう考えていたワタルだったが、そうはならなかった。
「お前もそう思ってたのか!」
逆に、パーッと、笑顔になった。
「俺も正直に言うぜ。前にお前に会ったときに『もう会わないほうがいいのか』とか言っちまったけど、俺、学校も行ったことないから、こっちの関係者じゃない人間でちゃんと名乗り合ったのはお前が初めてで。だから内心はまたどこかで会いたいなって思ってたんだよな。今回現場が大学って知って、ひょっとしたらって思った」
会えたタイミングは良くなかったけどな、と彼が笑ったまま付け加える。
「そうなんだ……」
「あと、お前の判断は正解! 他のエリアはだいたいヒーローが二人で担当してるけど、うちのエリアは俺一人だけだから、同時に違う場所で獣機が出たりしないかぎりは、俺が絶対来るぞ」
妙にうれしそうな様子の彼を見て、ワタルは気持ちが楽になっていくのを感じた。
「あ!」
「ん? どうしたの?」
「俺、学校に行ったことないとか、言っても大丈夫だったかな」
「もう言っちゃったんでどうしようもないと思うけど」
「それもそうか」
学校に行ったことがないということは、小中学校もということか? と、気にはなったが。
自身のことをしゃべってくれた彼を見て、ワタルはさらに気持ちが楽になった。
「聞くの忘れてた。ここはお前の部屋ってことでいいのか?」
「うん。もう夜だし今日はここに泊まっていくようにね」
「やっぱりそうか……。あ、戦闘の後だったから、たぶん俺の体きたないな。ベッド汚れてごめんな」
「ふふふ」
「ん?」
「じゃーん!」
ワタルは、体拭きシートを見せた。
「僕がこれで拭いてあげよう。すぐ乾く優れものだよ」
「えっ!? 自分で拭くって」
「いや、まだ痛いでしょ? 任せて」
彼を押し切り、上半身を拭き始める。
薄くてツルツルなインナーシャツをめくり、腹部から。
力を抜いていてもわかった。腹筋は見事に割れている感じだろう。
体を転がしながら、背中や胸も拭いていく。
完全にシャツをめくれない胸や背中の上部は、手を突っ込んで拭くようなかたちになる。
ワタルも予想はしていたが、ヒーローらしく鍛えられているという感触と同時に、十代特有のしなやかさも感じた。
「あれ、顔隠すんだ?」
「恥ずかしいからだっての。ヒーローがそこまで世話になるとか、ありえねえって」
「顔も拭くから、腕どかすよ」
「……ぅ……」
彼をからかいながら上半身を終えると、ワタルは下半身も拭いていく。
ふとももを拭き、ふくらはぎを拭き、足を拭く。
アザはあるが、やはり十代のきれいな脚だった。バネのありそうな筋肉も目を引く。
そしてシートを替え。
スパッツを見たところで、手がとまった。
「そこは……僕がやらないほうがいいのかな」
「……自分でやらせてくれ。頼む……」
ちょっと意地悪だったかなと反省しつつも。
顔が真っ赤なヒーローを見られるというのは、なかなか貴重な経験なのかもしれない。
ワタルは、そう思った。
(続く)
ワタルはその横に腰を下ろし、片肘をベッドの端にかけて、それを眺めていた。
大学校舎屋上の激戦。獣機を倒した後、力を使い果たしたハヤテはバタリと倒れた。
現場から離れたほうがいいと考えたワタルは、意識朦朧な彼を連れて、大学のすぐ近くにあるアパートの自室に連れてきた。
玄関でついに完全に気を失った彼を、引きずり。自分が使っていたベッドで寝かせた次第である。
「……」
不思議な気分だな、とワタルは思う。
ヒーローが、自分のベッドで寝ているのである。
しかもかなり気持ちよさそうに。
こうやって見ると普通の人間と変わらない、まだ十六歳という顔。ワタルはしばらく見続けた。
もう夜なので今日は起きないだろうが、もし彼が起きたら、言わなければならぬことがある。
「ん……」
だが予想に反して、彼が小さな声を漏らした。
目がゆっくりと開く。
ワタルと、目が合った。
「あっ」
「あっ」
お互いの声。
彼が上半身を慌ててガバッと起こす。
ワタルは肘を慌てて外し、ベッドサイドで正座する。
そして。
「ワタル、悪かった!」
「ハヤテ、ごめん!」
「ぁ?」
「ぇ?」
内容がかぶり、お互いにおかしな声を出してしまった。
沈黙が数秒。
「ええと。俺のほうからいいか?」
「う、うん。じゃあそれで」
ハヤテは真っ黒な髪を、ワタルはやや茶色がかった髪を、それぞれ掻く。
「またお前に助けられちまった。しかもあのあと俺、気絶してたよな? ホント悪かった!」
「あ、起きちゃだめだって!」
「いや、ちゃんと頭下げさせてくれ。ヒーローが民間人の学生に助けられて迷惑までかけるとかヤバすぎだ」
「ダメ! まだ痛いでしょ。寝てて」
ハヤテが顔を歪めながらベッドから出ようとしてきたので、ワタルは慌てて彼を押さえ、戻した。
「えーっと……助けられたのは僕のほうこそだし。あと覚えてないと思うけど、君が完全に気絶したのは玄関まで来てからだし、迷惑なんてかかってないって。大丈夫だよ」
「いや、でも――」
「本当に大丈夫!」
飛ばされた掛け布団を彼の上に戻すと、彼は諦めたのか、体の力を抜いた。
「じゃあ僕からも」
今度はワタルの番ということで、またベッドサイドで正座した。
「僕はあのとき、別に逃げ遅れてたとかじゃなくて、わざと大学に残ったんだ」
「えっ、そうなのか?」
「うん。正直に言うけど、獣機が接近中って放送があったときに、君がまた来るんだろうなって思って。残っていれば、終わった後にまた会えたりするのかなとか思ってしまったんだよね。そのせいで君に迷惑をかけた。ごめん」
さすがに今回の行動は罪が重い。ヒーローとして思いっきり怒ってくれていい。
そう考えていたワタルだったが、そうはならなかった。
「お前もそう思ってたのか!」
逆に、パーッと、笑顔になった。
「俺も正直に言うぜ。前にお前に会ったときに『もう会わないほうがいいのか』とか言っちまったけど、俺、学校も行ったことないから、こっちの関係者じゃない人間でちゃんと名乗り合ったのはお前が初めてで。だから内心はまたどこかで会いたいなって思ってたんだよな。今回現場が大学って知って、ひょっとしたらって思った」
会えたタイミングは良くなかったけどな、と彼が笑ったまま付け加える。
「そうなんだ……」
「あと、お前の判断は正解! 他のエリアはだいたいヒーローが二人で担当してるけど、うちのエリアは俺一人だけだから、同時に違う場所で獣機が出たりしないかぎりは、俺が絶対来るぞ」
妙にうれしそうな様子の彼を見て、ワタルは気持ちが楽になっていくのを感じた。
「あ!」
「ん? どうしたの?」
「俺、学校に行ったことないとか、言っても大丈夫だったかな」
「もう言っちゃったんでどうしようもないと思うけど」
「それもそうか」
学校に行ったことがないということは、小中学校もということか? と、気にはなったが。
自身のことをしゃべってくれた彼を見て、ワタルはさらに気持ちが楽になった。
「聞くの忘れてた。ここはお前の部屋ってことでいいのか?」
「うん。もう夜だし今日はここに泊まっていくようにね」
「やっぱりそうか……。あ、戦闘の後だったから、たぶん俺の体きたないな。ベッド汚れてごめんな」
「ふふふ」
「ん?」
「じゃーん!」
ワタルは、体拭きシートを見せた。
「僕がこれで拭いてあげよう。すぐ乾く優れものだよ」
「えっ!? 自分で拭くって」
「いや、まだ痛いでしょ? 任せて」
彼を押し切り、上半身を拭き始める。
薄くてツルツルなインナーシャツをめくり、腹部から。
力を抜いていてもわかった。腹筋は見事に割れている感じだろう。
体を転がしながら、背中や胸も拭いていく。
完全にシャツをめくれない胸や背中の上部は、手を突っ込んで拭くようなかたちになる。
ワタルも予想はしていたが、ヒーローらしく鍛えられているという感触と同時に、十代特有のしなやかさも感じた。
「あれ、顔隠すんだ?」
「恥ずかしいからだっての。ヒーローがそこまで世話になるとか、ありえねえって」
「顔も拭くから、腕どかすよ」
「……ぅ……」
彼をからかいながら上半身を終えると、ワタルは下半身も拭いていく。
ふとももを拭き、ふくらはぎを拭き、足を拭く。
アザはあるが、やはり十代のきれいな脚だった。バネのありそうな筋肉も目を引く。
そしてシートを替え。
スパッツを見たところで、手がとまった。
「そこは……僕がやらないほうがいいのかな」
「……自分でやらせてくれ。頼む……」
ちょっと意地悪だったかなと反省しつつも。
顔が真っ赤なヒーローを見られるというのは、なかなか貴重な経験なのかもしれない。
ワタルは、そう思った。
(続く)
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