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第1部 終わるかもしれない新生代
第4話
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エレベーターが緊急停止してしまっていたため、三条ワタルはヒーローに肩を貸し、一緒にビルの階段を下りた。
「大丈夫? やっぱり救急車を呼ぼうか」
彼の足がふらつく感じがあり、ワタルは不安を口にした。
だが彼は、笑いながらグーサインを出した。
「大丈夫だって。これくらい平気だぜ」
笑うと打撲に響くのだろう。笑顔が少し痛々しかった。
「でも、どうせ行くのは病院だよね?」
もうほぼ痛みもないワタルからは、彼は重傷のように見えていた。
変身強制解除となった彼は、黒のアンダーシャツとスパッツという姿。四肢は露出している。
戦闘スーツのおかげで流血こそ少ないようだが、打撲で赤くなっている個所がいたるところにあった。
首に感じる彼の腕や、添えている手で感じる彼の背中が、温かすぎるのも気になった。
ヒーローのスーツは激しい動きを想定して冷却機能も備えていると聞いていたが、途中からダメージで壊れていたのだろう。
「ん? 俺らって、普通の病院にはかかれないぞ?」
「えっ、そうなの?」
「ああ。ケガや病気は支部の中の診療所か、本部の病院で診てもらうんだ。救急車に乗るのも禁止」
「へー……」
「まあでも、こんなのケガしたうちに入んねーって。下についたらあとは俺一人で大丈夫だぜ」
「そういうわけにはいかないって」
ということで。
ワタルはタクシーを呼び、後部座席に彼と一緒に乗った。
「僕は三条ワタル。二十歳。大学生。きみは?」
「俺? 上杉ハヤテ。十六歳。ヒーロー?」
「ええっ」
「ん?」
「そんなに簡単に名前教えていいの? ダメかと思ってた」
「ダメとは言われてないぞ。今まで聞かれたことはなかったけどな」
言われてみれば。
ヒーローの中にどんな人が入っているのかが気になる人はいるかも知れない。が、その中の人の名前が気になる人はいない。
もっとも、ヒーローと緊急時以外で話をする機会など普通はないという事情もありそうだが。
「つーかお前、ダメだと思ってたのに聞いたのかよ……アッ、イテテ」
彼――ハヤテが笑い、またケガに響いたのか顔を歪ませる。
そこでワタルは気づいたが、彼の体がこちらに少し傾いていた。
少し様子を見ていたが、車が揺れるたびに、わずかに痛そうな感じにも見えた。
やはりまだ体を起こしているのはつらいのか、と思い、ワタルは決断した。
「ちょっときみを倒すけど、体に力入れないでね。痛いだろうから」
「ん? おっ」
ワタルは、彼の体を自分の側に倒した。
腿の上に、頭が載る。
「うわこれ膝枕ってやつか。ちょっと恥ずかしいな」
「でもこのほうが楽でしょ」
「まあ、な」
「着くまでこのまま休んでて。起こすときも僕が起こすから、力を入れないようにね」
こうやって間近で見ると、やっぱり若い――とワタルは思った。
体も相当鍛えてそうな雰囲気だが、そのラインは少年らしい柔らかさが残っている気がする。
他のヒーローも彼くらいの年齢なのだろうか?
公表はされていないが、殉職が多いという噂も聞いている。なぜ十六歳でこんな危険な仕事に?
普通の病院にかかれないっていうのは、どんな理由だろうか? 普通の人間と体が違うとか?
疑問点はいくつもあるが、膝の上で目を閉じた彼にあれこれ聞く気にはならない。
腿に熱さを感じながら、彼の指示した場所――支部を目指す。
彼の指示どおりの場所に着き、車を降りてからも、ワタルはハヤテに肩を貸し続けた。
地下に入り、やや複雑な通路と扉を通っていく。
壁はひたすらコンクリート打ちっぱなし。地下にしては天井が高いことや、照明がやや寂しいこともあり、少々不気味だった。
「もういいぞ。あんま付き合わせると悪いしな」
「いや、行っても大丈夫なところまでいかせて」
民間人立ち入り禁止の手前まではそうするつもりだった。
もっとも、彼の足取りはだいぶしっかりしてきているようではあるが。
やがて、『関係者以外立入禁止』と書かれた大きな金属製ドアの前に着いた。
「じゃあ、ここまでだね」
組んでいた肩を外す。
若いからだろうか。回復が早いようで、もう介添えは不要な様子に見えた。
「ワタル。お前親切だな。俺、ここまでしてもらったことないぞ」
「はは。ヒーローのきみに助けてもらったお礼ってことで」
「あ!」
「?」
「俺、お前にちゃんとお礼言ってなかった!」
「わっ」
ハヤテは、正面からワタルの両肩をつかみ、頭を下げてきた。
「お前は俺の命の恩人だ。本当にありがとう!」
いきなりである。
肩もかなり乱暴なつかみかたでワタルは驚いたが、まったく不快ではなかった。
「あー。まー、でも、僕はちょっと時間稼いだだけじゃないかなあ」
「でもお前が出てきてくれなかったら、さっき俺たぶん死んでた。お前勇気あるよな。すげーよ。普通、一般人が一人で獣機に向かっていったりしねーって……あ、歳上だし恩人だから、『お前』呼ばわりも呼び捨てもまずいのか」
ワタルの肩から手を離した彼は、照れくさそうにボサボサ気味の黒髪を掻いている。
「あはは。全然構わないよ。その感じで『あなた』とか『ワタルさん』とか呼ばれても気持ち悪いし」
お別れということで、彼の代わりに持っていた電子警棒をバッグから出し、渡した。
これがあの密着型特殊戦闘ボディスーツの装着装置も兼ねているそうだ。
彼は、また礼を言ってきた。
「今日はサンキュ! またどこかで会ったら……あ、俺いつも現場にいるから会わないほうがいいのか。でもワタルの名前はずっと覚えとくぜ! 元気でな!」
そう言って首に回してきた彼の腕は、もうそんなことはないはずなのに、やはり妙に温かく……いや熱く感じた。
(続く)
「大丈夫? やっぱり救急車を呼ぼうか」
彼の足がふらつく感じがあり、ワタルは不安を口にした。
だが彼は、笑いながらグーサインを出した。
「大丈夫だって。これくらい平気だぜ」
笑うと打撲に響くのだろう。笑顔が少し痛々しかった。
「でも、どうせ行くのは病院だよね?」
もうほぼ痛みもないワタルからは、彼は重傷のように見えていた。
変身強制解除となった彼は、黒のアンダーシャツとスパッツという姿。四肢は露出している。
戦闘スーツのおかげで流血こそ少ないようだが、打撲で赤くなっている個所がいたるところにあった。
首に感じる彼の腕や、添えている手で感じる彼の背中が、温かすぎるのも気になった。
ヒーローのスーツは激しい動きを想定して冷却機能も備えていると聞いていたが、途中からダメージで壊れていたのだろう。
「ん? 俺らって、普通の病院にはかかれないぞ?」
「えっ、そうなの?」
「ああ。ケガや病気は支部の中の診療所か、本部の病院で診てもらうんだ。救急車に乗るのも禁止」
「へー……」
「まあでも、こんなのケガしたうちに入んねーって。下についたらあとは俺一人で大丈夫だぜ」
「そういうわけにはいかないって」
ということで。
ワタルはタクシーを呼び、後部座席に彼と一緒に乗った。
「僕は三条ワタル。二十歳。大学生。きみは?」
「俺? 上杉ハヤテ。十六歳。ヒーロー?」
「ええっ」
「ん?」
「そんなに簡単に名前教えていいの? ダメかと思ってた」
「ダメとは言われてないぞ。今まで聞かれたことはなかったけどな」
言われてみれば。
ヒーローの中にどんな人が入っているのかが気になる人はいるかも知れない。が、その中の人の名前が気になる人はいない。
もっとも、ヒーローと緊急時以外で話をする機会など普通はないという事情もありそうだが。
「つーかお前、ダメだと思ってたのに聞いたのかよ……アッ、イテテ」
彼――ハヤテが笑い、またケガに響いたのか顔を歪ませる。
そこでワタルは気づいたが、彼の体がこちらに少し傾いていた。
少し様子を見ていたが、車が揺れるたびに、わずかに痛そうな感じにも見えた。
やはりまだ体を起こしているのはつらいのか、と思い、ワタルは決断した。
「ちょっときみを倒すけど、体に力入れないでね。痛いだろうから」
「ん? おっ」
ワタルは、彼の体を自分の側に倒した。
腿の上に、頭が載る。
「うわこれ膝枕ってやつか。ちょっと恥ずかしいな」
「でもこのほうが楽でしょ」
「まあ、な」
「着くまでこのまま休んでて。起こすときも僕が起こすから、力を入れないようにね」
こうやって間近で見ると、やっぱり若い――とワタルは思った。
体も相当鍛えてそうな雰囲気だが、そのラインは少年らしい柔らかさが残っている気がする。
他のヒーローも彼くらいの年齢なのだろうか?
公表はされていないが、殉職が多いという噂も聞いている。なぜ十六歳でこんな危険な仕事に?
普通の病院にかかれないっていうのは、どんな理由だろうか? 普通の人間と体が違うとか?
疑問点はいくつもあるが、膝の上で目を閉じた彼にあれこれ聞く気にはならない。
腿に熱さを感じながら、彼の指示した場所――支部を目指す。
彼の指示どおりの場所に着き、車を降りてからも、ワタルはハヤテに肩を貸し続けた。
地下に入り、やや複雑な通路と扉を通っていく。
壁はひたすらコンクリート打ちっぱなし。地下にしては天井が高いことや、照明がやや寂しいこともあり、少々不気味だった。
「もういいぞ。あんま付き合わせると悪いしな」
「いや、行っても大丈夫なところまでいかせて」
民間人立ち入り禁止の手前まではそうするつもりだった。
もっとも、彼の足取りはだいぶしっかりしてきているようではあるが。
やがて、『関係者以外立入禁止』と書かれた大きな金属製ドアの前に着いた。
「じゃあ、ここまでだね」
組んでいた肩を外す。
若いからだろうか。回復が早いようで、もう介添えは不要な様子に見えた。
「ワタル。お前親切だな。俺、ここまでしてもらったことないぞ」
「はは。ヒーローのきみに助けてもらったお礼ってことで」
「あ!」
「?」
「俺、お前にちゃんとお礼言ってなかった!」
「わっ」
ハヤテは、正面からワタルの両肩をつかみ、頭を下げてきた。
「お前は俺の命の恩人だ。本当にありがとう!」
いきなりである。
肩もかなり乱暴なつかみかたでワタルは驚いたが、まったく不快ではなかった。
「あー。まー、でも、僕はちょっと時間稼いだだけじゃないかなあ」
「でもお前が出てきてくれなかったら、さっき俺たぶん死んでた。お前勇気あるよな。すげーよ。普通、一般人が一人で獣機に向かっていったりしねーって……あ、歳上だし恩人だから、『お前』呼ばわりも呼び捨てもまずいのか」
ワタルの肩から手を離した彼は、照れくさそうにボサボサ気味の黒髪を掻いている。
「あはは。全然構わないよ。その感じで『あなた』とか『ワタルさん』とか呼ばれても気持ち悪いし」
お別れということで、彼の代わりに持っていた電子警棒をバッグから出し、渡した。
これがあの密着型特殊戦闘ボディスーツの装着装置も兼ねているそうだ。
彼は、また礼を言ってきた。
「今日はサンキュ! またどこかで会ったら……あ、俺いつも現場にいるから会わないほうがいいのか。でもワタルの名前はずっと覚えとくぜ! 元気でな!」
そう言って首に回してきた彼の腕は、もうそんなことはないはずなのに、やはり妙に温かく……いや熱く感じた。
(続く)
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