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第1部 終わるかもしれない新生代
第5話
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「うーん」
ワタルはベッドに寝転がって寝具用空中ディスプレイを見ながら、うなった。
インターネットで調べても、ヒーローの彼――上杉ハヤテの情報は出てこない。
普通の人間であれば、実名で検索すれば何か出てくることもあるのだが。
あれから一週間以上が経つ。
彼には一度も遭遇していない。
もっとも、二十年の人生でヒーローを直接目撃したことは、今回の件を含め二回しかない。
日本に獣機がらみの事件は多く、相当規模の大きなものでない限り報道されないため、ニュース番組でもヒーローの姿を見ることは稀である。
このまま、もう彼に会うことはない可能性が高そうだ。
それでも何の問題もないはず。
でも――。
「……」
あれから、暇さえあれば、彼のことを知る手がかりは何かないのかと考えてしまう。
ヒーローというものについての基本知識。
それについては、子供の頃に特段ヒーローに関心がなかったワタルにも、頭の中にあった。
この太陽系。探査機は最近もう打ち上げられることすらなくなっているそうだが、月も、火星も、木星の衛星エウロパも、準惑星の冥王星も、無数の獣機の世界と化していると推定されている。
すでに太陽系の外も獣機だらけという説すら有力になってきている。
それも当然で、獣機は大気不要・寿命はほぼ無限大・金属の材料があれば増殖可能。
岩石質の天体であれば、よほど悪条件でないかぎりコロニーを形成できるからだ。
なのに、わざわざ地球に侵攻を開始。
それには獣機の起源が関係しているとされている。
地球でむかし、人工知能搭載ロボットが流行った時代があった。
どの国でも厳しい規制のもと、ロボット三原則『人間への安全性、命令への服従、自己防衛』が守られていた。
ところが。
日本のとある実業家兼研究者が、自ら開発した人型ロボットを趣味本位で火星へ捨てる事件が発生する。
それは明らかにロボット三原則を逸脱したものだった。人間の脳を模した違法な人工知能が搭載されており、学習・自己複製・生産・攻撃など、あらゆることが可能な、非常に危険なものであった。
「なんということをしてくれたのか」
世界中の批判を浴び、日本政府は国際社会の協力を得てそのロボットの発見・破壊を目指すも、間に合わず。
複製・進化をしながら急速に広がり、ついにはロボットの末裔たちが太陽系で文明を築くに至った。
そんな中、地球を『母なる星』とし、『奪回』を目指してきた勢力――。
それをメディアが『獣機』と表現し、やがては地球外にいるメタルの体を持つそれらを、すべて獣機と呼ぶようになっていった。
獣機が地球に初めてやってきたときは、大型獣を思わせるような形状の巨大な獣機が北海道へと大量に投下され、そこから日本政府に堂々と降伏勧告をしてきた。
学者によれば、
「獣機たちが持っている脳は、日本で生まれたロボットのものを起源としているはず。推測の域を出ないが、地球、特に日本に戻ってきたいという気持ちを本能的に持っているのではないか」
ということらしい。
日本政府が降伏勧告を蹴ると、のちに『獣機大戦』と呼ばれる大規模な戦争となったわけであるが、自衛隊や国連軍などによって大型獣機は掃討され、獣機の侵攻は大失敗に終わった。
大戦の結果により、大型の獣機はミサイルの的になるだけと学習したらしく、以降、獣機勢力は人型獣機や小型獣機をメインに送り込むようになった。ゲリラ戦を展開して厭戦ムードを広げる方針に転換したと考えられている。
そうなると、人類側もそれに対抗する手段を用意しなければならない。
すぐに、世界各国で対策のための機関が作られた。
日本が作ったものは、国土交通省の外局・対獣機保安庁。そこから業務委託されている対獣機戦闘担当員が、いわゆるヒーローである。
ヒーローは一般公募されているわけではなく、対獣機保安庁が個別にスカウトしているとされている。そのスカウトの基準などは非公表となっており、関係者のみが知るという。
「彼、大変なんだろうな」
世界、特に日本が獣機に苦しめられている現状に関しては、壮大な自業自得なのだろう。
しかしその尻拭いを彼らヒーローがさせられているのは気の毒――。
ワタルはそう思ってしまう。
寝具用空中ディスプレイを閉じ、一つため息をついた。
「情報がないなぁ。ネットじゃわかんないのか」
あのときタクシーの中で、満身創痍の彼に迷惑だろうと考えて、根掘り葉掘り聞かなかったことは後悔していない。
しかしやはり彼のことがもっと知りたい。
それは叶わぬことなのだろうか。
寝よう。
そう思って目をつぶっても、十六歳だという彼の顔が頭に浮かび続けた。
(続く)
ワタルはベッドに寝転がって寝具用空中ディスプレイを見ながら、うなった。
インターネットで調べても、ヒーローの彼――上杉ハヤテの情報は出てこない。
普通の人間であれば、実名で検索すれば何か出てくることもあるのだが。
あれから一週間以上が経つ。
彼には一度も遭遇していない。
もっとも、二十年の人生でヒーローを直接目撃したことは、今回の件を含め二回しかない。
日本に獣機がらみの事件は多く、相当規模の大きなものでない限り報道されないため、ニュース番組でもヒーローの姿を見ることは稀である。
このまま、もう彼に会うことはない可能性が高そうだ。
それでも何の問題もないはず。
でも――。
「……」
あれから、暇さえあれば、彼のことを知る手がかりは何かないのかと考えてしまう。
ヒーローというものについての基本知識。
それについては、子供の頃に特段ヒーローに関心がなかったワタルにも、頭の中にあった。
この太陽系。探査機は最近もう打ち上げられることすらなくなっているそうだが、月も、火星も、木星の衛星エウロパも、準惑星の冥王星も、無数の獣機の世界と化していると推定されている。
すでに太陽系の外も獣機だらけという説すら有力になってきている。
それも当然で、獣機は大気不要・寿命はほぼ無限大・金属の材料があれば増殖可能。
岩石質の天体であれば、よほど悪条件でないかぎりコロニーを形成できるからだ。
なのに、わざわざ地球に侵攻を開始。
それには獣機の起源が関係しているとされている。
地球でむかし、人工知能搭載ロボットが流行った時代があった。
どの国でも厳しい規制のもと、ロボット三原則『人間への安全性、命令への服従、自己防衛』が守られていた。
ところが。
日本のとある実業家兼研究者が、自ら開発した人型ロボットを趣味本位で火星へ捨てる事件が発生する。
それは明らかにロボット三原則を逸脱したものだった。人間の脳を模した違法な人工知能が搭載されており、学習・自己複製・生産・攻撃など、あらゆることが可能な、非常に危険なものであった。
「なんということをしてくれたのか」
世界中の批判を浴び、日本政府は国際社会の協力を得てそのロボットの発見・破壊を目指すも、間に合わず。
複製・進化をしながら急速に広がり、ついにはロボットの末裔たちが太陽系で文明を築くに至った。
そんな中、地球を『母なる星』とし、『奪回』を目指してきた勢力――。
それをメディアが『獣機』と表現し、やがては地球外にいるメタルの体を持つそれらを、すべて獣機と呼ぶようになっていった。
獣機が地球に初めてやってきたときは、大型獣を思わせるような形状の巨大な獣機が北海道へと大量に投下され、そこから日本政府に堂々と降伏勧告をしてきた。
学者によれば、
「獣機たちが持っている脳は、日本で生まれたロボットのものを起源としているはず。推測の域を出ないが、地球、特に日本に戻ってきたいという気持ちを本能的に持っているのではないか」
ということらしい。
日本政府が降伏勧告を蹴ると、のちに『獣機大戦』と呼ばれる大規模な戦争となったわけであるが、自衛隊や国連軍などによって大型獣機は掃討され、獣機の侵攻は大失敗に終わった。
大戦の結果により、大型の獣機はミサイルの的になるだけと学習したらしく、以降、獣機勢力は人型獣機や小型獣機をメインに送り込むようになった。ゲリラ戦を展開して厭戦ムードを広げる方針に転換したと考えられている。
そうなると、人類側もそれに対抗する手段を用意しなければならない。
すぐに、世界各国で対策のための機関が作られた。
日本が作ったものは、国土交通省の外局・対獣機保安庁。そこから業務委託されている対獣機戦闘担当員が、いわゆるヒーローである。
ヒーローは一般公募されているわけではなく、対獣機保安庁が個別にスカウトしているとされている。そのスカウトの基準などは非公表となっており、関係者のみが知るという。
「彼、大変なんだろうな」
世界、特に日本が獣機に苦しめられている現状に関しては、壮大な自業自得なのだろう。
しかしその尻拭いを彼らヒーローがさせられているのは気の毒――。
ワタルはそう思ってしまう。
寝具用空中ディスプレイを閉じ、一つため息をついた。
「情報がないなぁ。ネットじゃわかんないのか」
あのときタクシーの中で、満身創痍の彼に迷惑だろうと考えて、根掘り葉掘り聞かなかったことは後悔していない。
しかしやはり彼のことがもっと知りたい。
それは叶わぬことなのだろうか。
寝よう。
そう思って目をつぶっても、十六歳だという彼の顔が頭に浮かび続けた。
(続く)
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