勇者の股間触ったらエライことになった

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落

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第8話

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 勇者の様子がおかしい。
 近づいても気づかない。こんなことは今までなかったことだった。

 違和感を持ったエルは、渋る冒険者ギルドの受付から勇者の行き先を聞き出した。
 大型魔獣の出る森で、ベテラン冒険者も行きたがらないところだ――そう言われたのは聞き流した。

 すぐに準備をし、町から少し離れた森に向かった。



 ◇



「んー……」

 イノシシ型の大型魔獣の死体を発見すると、エルはうなった。
 森の中の道に入ってしばらく進んでも、魔獣には死体にしか遭遇しない。
 おそらく、勇者が魔獣を引きつける笛を吹き、駆逐しつつ進んでいたのだろうと思われた。

 魔獣――。
 この世界に満たされている魔力が何らかの原因で悪さをし、通常の動植物から変化、もしくは誕生をするとされる。
 特に魔王が存在していたころは、強力な魔獣が発生しやすかったと言われている。

 エルは魔獣についての知識を、幼年学校で身に着けた。
 何度も本物の魔獣を見たことはあるし、実習として討伐をしたこともある。
 森についての知識も、座学と実習の両方で知識を詰め込んでいた。

 そして知識だけでなく、エルは剣と魔法どちらも成績優秀者。自信を持っている。
 心臓が強く怖いもの知らずな性格もあり、森の道脇で放置されている人骨を見かけても、引き返そうとは思わなかった。

 仮に勇者が討ち漏らした大型魔獣がいても、何とかなる、いや何とかする。
 そう思っていたエルだったが、どうやら勇者の進んだあとの道は安全ということらしい。



 結局エルは、大型魔獣の生体には会わぬまま、彼を見つけることになった。

 道から少し外れたところで、小さく開けている場所だった。
 よく見ないと道からは見えない。エルは幸運だったのかもしれない。
 勇者が木を背もたれにして、両足を前に投げ出すようにして座っている。
 その近くには、エルが今まで見たこともないような大きさのクマ型魔獣が横たわっていた。

「エルくん!」

 勇者はエルを見て驚くと、すぐに眉を吊り上げた。

「何でここまで来たんだ! 危ないからダメだと言ったじゃないか!」

 森中に響きそうな大きな怒声に、エルの足は止まった。

「きみの身に何かあったらどうする! ここは町の中じゃないんだ! すぐに来た道を戻って帰るんだ!」

 初めて聞く勇者の怒鳴り声。
 エルの足は、すくみ……ということはなかった。

 じっと、勇者の頭から足先まで、眺める。
 そして足を前に進め、寄っていった。

「勇者さん、隠すのは下手じゃなさそうだけどさ」
「……」
「でも勇者さんも言ってたけど、オレ、普通の奴よりちょっと気づきやすいのかもな」

 勇者のすぐ前に行くと、エルは言った。

「動けないんだろ?」

 それを聞いて、彼は両肩を落とした。観念するような表情を見せる。

「……まあ、そうだね」
「やっぱり」

 エルは勇者の横で腰を落とした。
 彼の腕をそっと掴み、手袋を外す。
 爪の色を確認すると、今度は額に手を当て、熱を確かめた。

「痛みなしに手足が動かなくなっていくやつか。毒蔦の魔獣にやられていたってとこかな」
「たぶん、正解」
「本当はそんなの食らう人じゃないはずだよなあ」

 エルは勇者の服に手をかけ、体のチェックに入った。
 許可は取らなかったが、彼は抵抗しなかった。

 上を脱がす。多数の傷跡に交じって新しい傷らしきものがあるが、いずれもただの切り傷。単なる傷に対しての回復は後回しのため、いったん戻す。
 下を脱がす。ふくらはぎに小さな刺突痕を認めた。

「調子悪かったんだろ? この町に来てからずっとさ。いや……もっと前からか?」
「……」

 刺突痕に手のひらを当て、魔力を込める。
 勇者が「魔法は苦手」と言っていたことをエルは思い出す。解毒の魔法を使えないか、使えるが効き目が弱いかどちらかだろう。
 それが終わると、後回しにした普通の傷の回復。

「よーし。本物の毒を解毒するのは初めてだけど、たぶんできてると思うぞ。少し休めば動けるようになるんじゃねえかな」
「すまない」

 木を背もたれにしたまま、勇者が頭を下げた。

「で、勇者さん。オレに帰れとか言って、あんた動けないまま一人でどうするつもりだったんだ?」

 その問いに、勇者はエルの顔を見たまま、少しの間黙っていた。
 やがて退廃的な笑みとともに視線を外すと、ボソっとつぶやくように答えた。

「もう、いいかな……と思ってね」

 エルの碧眼が光る。

「もう、いいかな……か。何となく予想つくけど、詳しく話してみろ。ダメだとは言わせないぞ」



(続く)
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