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第3話

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 勇者様はしばらくの間この町を拠点にする。絶対に近づかないように――。
 町長たちにたっぷりしぼられたエルは、そう言い渡されていた。

 しかし、
『勇者様が町に戻られたようだ。武器屋のほうに向かうのを見た』
 という町の人の会話を聞いたエルは、さっそく町長の言いつけを無視して武器屋に走った。

 全力疾走は奏功した。
 武器屋のカウンターの前に、勇者の背中があった。
 店の中は、彼一人だけ。
 店主もいない。奥にいるのだろうか。

 エルは後ろからそっと近づいた。
 目標は、勇者の股間である。
 距離を詰め、ガバっと後ろから抱き着くように両手を前に回そうとした。
 が……。

「うわっ!?」

 かわされてしまったエルは、カウンターにぶつかりそうになり、急ブレーキをかけた。

「やあ。この前の子だね」
「ちっ、音で気づかれちまったかな。ここ床が古いからミシミシ言っちまうんだよなあ」
「入ってきた時点で気づいていたけどね」

 穏やかに微笑む勇者に、エルは口を尖らせた。

「気付かないふりしてたのかよ。勇者なのにズルいことすんな」
「ははは。で、僕に何か用なのかな?」
「勇者さんのデカチン揉んでやろうと思ってな」
「デカいかどうかは知らないけれども、そのイタズラ、この前やったんじゃないかい?」
「この前はちょっとタッチしただけだろ」

 またエルは飛びかかった。

「おっと」
「よけるな!」
「きみのイタズラを許すと、町長さんたちにまた気を遣わせてしまいそうだからね」

 エルは何度も飛びかかったが、勇者は必要最小限の動きでかわし続け、まともに組むことすらできなかった。

「くっそー」
「うん。いい瞬発力だと思うよ」

 勇者がエルの動きをそう評価すると、武器屋の店主である体格の良い壮年の男性が戻ってきた。

「あっ、エル! 勇者様に近づくな! 無礼だろ!」

 エルの姿を確認するやいなや怒鳴りつけると、勇者はわずかにクスッと笑った。

「大丈夫ですよ。それよりも、どうでしたか?」
「あっ、そうですね。失礼いたしました」

 店主は国が発行する紙幣を勇者に渡した。

「はい。念のため鑑定はさせていただきましたが、さすが勇者様、素晴らしいものでした。でもこんな安い買取価格で大丈夫なのでしょうか?」
「もちろんです。ありがとうございま……」

 勇者がそれを受け取ろうとして、丁寧に両手を伸ばすと。

「スキありっ」
「あっ」

 エルの手に股間を包まれ、口から小さな声が漏れた。

「よーし、今ちょっと慌てたな」
「ああっ、こら! 何てことを!」

 店主が叫び、カウンターから飛び出してくる。

「申し訳ございません。急ぎ町長にお知らせして謝罪を――」

 エルの首根っこをつまみ上げ、頭を下げる店主。

「それには及びませんよ」
「し、しかし」
「いえ、本当に大丈夫です。知らせないであげてくださるとありがたく思います」
「そうですか……本当に申し訳ございません」
「へへっ、やっぱ勇者さんけっこうデケェな。気のせいじゃなかった」
「お前も謝れ!」
「イテテッ」

 勇者は、ぶら下げられて頬を引っ張られているエルに話しかけた。

「きみは町長にも名前を覚えられていたようだったけど……。武器屋のご主人とも知り合いということは、この町ではまあまあ名前が通っていたりするのかな」
「フン、当たり前だ。あ、イテッ」

 威張るな――と、エルの頭に店主のゲンコツが落ちる。

「悪い意味で有名です。イタズラ好きで我々も困っております」

 神妙な顔で店主は言うと、勇者は優しく微笑んだ。

「エルくんだね。名前は覚えたよ」

 そう言って手を振ると、店を出ていった。



(続く)
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