上 下
53 / 54
第四章 目覚める才能

第9話 灼黒の朝

しおりを挟む
「はあっ!」
 風の柱を放つ術を当て、ちょっとだけ吹き飛ばす。ダメージも確実に入ってる。
「っ・・・・」
 後ろ左足でブレーキをかけられ、止まってしまう。出来ればさっきの私みたいに木にぶつけたかったのに。
「うん、最初の時よりずっと威力が上がってる。力のコントロールが分かってきたようね」
「いや、まだまだ余分にエネルギーを使っちゃう。そう言ってもらえるのは嬉しいけど」
「良かった、ちゃんとほめ言葉に聞こえて」
 ニコッと互いに微笑んで、再び戦いに戻る。なんでかこの勝負を楽しんでいた。
 何発か弾を発射してから私は確信した。やっぱりそうだ。コイツも術の攻撃に慣れてきて、反応がスピードが速くなってる。そろそろ攻撃手段を変えないと対策されちゃう。今日使ってないものってなんだろう。チビ爆弾は品切れだし、クナイは鋭いが回収が必要だしそもそもすぐに避けらてしまいそう。使えるのは刀か。この刀は宝石の数だけ技がある。だが宝石が希少価値が高いように、繰り出すのも難しい。今回は何度か不発もしている。こればっかりに力はかけられない。やるならあと一回だろう。いざ!という場面で出さなければ意味がない。
「・・・絶対追い詰める・・・・」
 喉が震えないほど小さい声で呟く。どうやら彼女には聞こえなかったらしい。無表情に私を待っている。ちょっとだけ安心しながら、続けて風の弾を構える。次の瞬間、なぜか鋭い刃物を思い浮かべてしまう。力を注ぐには集中しなくちゃいけないのに。今刀のことを考えていたからかな。でも少しダメージが与えられるならいいやと思ってそれを投げてみると、手のひらの上を浮かんでいた球体がブーメランのような弧に変わり、彼女に回避されたものの、真正面の大木を切り倒してしまった。ズドーン!と地面に倒れる。
「!・・・・」
 狐は口を小さく開いて驚いた表情した。それまでボール状だったものが、突然形を変え、それなりの強さを持っていたのだからそうだろう。私もこんなとっさの思いつきと適当さによって生まれたものが、こんな威力があるとは思っていなかった。
「びっくりしたあ・・・・」
 思わず口にしてしまった。霊子も同じことを考えていたのか、少し笑っていた。そして私に問う。
「今の、偶然?」
「うん、本当に。集中途切れたから絶対威力ないと思ったのに」
「・・・・」
 その何か考える様な様子見た途端、私はチャンス、と思い一気に近寄る。不意をつかれた彼女からこう聞こえた。
「考えるスキすらくれないのね」
 彼女と私の顔の間隔が数センチまで迫り、会話中から溜めていたエネルギーを顔面に突きつけた。
「うんっっっっ!!」
 こちらも予想以上に威力が強かったのか。衝撃を受けた彼女の体に力がかかり、一本、二本と木を貫いていく。
 力が弱まり背中を幹にぶつけると、その幹に大きなくぼみが生まれた。いくらか枝葉が落ちる。
「やるじゃない・・・」
 大急ぎで走って後を追ってきた私に、賞賛を述べる。実際私はちょっとだけ嬉しかった。自分の修行の成果が、ちゃんと出ていたから。
「これなら私も術を見せないわけにもいかないわね。本当は本気モードの時の技を使うつもりはなかったけど」
「なんでも受け止めてみる」
「元気いっぱいね、じゃあいくわよ」
 体勢を立て直した彼女の左右前後に、紫色の人魂が現れる。いかにもあやしい(難読漢字ってなんかかっこいいよね)儀式の始まりのようだ。人魂が周り始め、さらに雰囲気をかもしだす。
「妖技・霊撃、呪炎の宴」
 バチバチッッ!!火の中に木材が投げ入れた時に激しく燃え上がるように、勢いが強くなる。いや、これは本当の火だろう。隠しきれておらず、霊子は汗をかいていた。
「えいっ!」
 4つの火の玉が私を目掛けて放たれる。そこまで速くはなかったので、するりするりと避けていく。
「霊撃、呪炎の激唱」
 そう唱えられた時、背後から激しく何かが燃える音がしてすぐに振り返る。でも音は次の瞬間に消えてしまった。何故ならおそらく燃えていたものが、全て焼け落ちたような跡を残していたから。この森に植えてある木は皆背が高い。そんなものを一瞬で燃やそうなら相当大きな化学反応を起こさなければいけないはずだ。
「びっくりした?」
「・・・・」
「今はわざと外したけど、次からは本気で当てていくわよ」
「!」
 すると再び火の玉が彼女を囲むが、その数は増えて8つになっている。当てる確率を上げる気か。
「やあっ!」
 一気に8つの玉が発射される。当然だけど全部私に向かって集中されている。恐ろしい火力を知っている私はよけなければいけない。だけど思ったより玉が速い。カスったかも分からないぐらいの寸前で、体を左にかたむけた。球は野原に落ち、雑草を燃やした。
「反応速かったわね」
「そっちもそのスピードは反則だよ」
「これくらいよけられなきゃ、忍者でしょう?」
「確かにね」
「・・・霊撃・呪炎の追跡」
 再び彼女の周りに8個の火の玉が現れる。今度は彼女の合図なしに放たれた。すると次は私の周りを取り囲んだ。
「『呪炎の追跡』は、ターゲットの側に付き纏い、術者の合図で攻撃をする。ものすごく便利な技だけど、久々に使ったわ」
「これもしかして、最大8回当たるってこと?」
「そう、余程運が悪ければ。まあ流石に一回はよけられると思うけど。術者のコントロール次第ね」
 術者のコントロール次第。ここまできて彼女が外すとは思えない。多分全部当てるつもりなんだろう。ならば私は全てをよけるつもりでいなければいけない。その前に攻撃の合図を防げればなおいい。つまり彼女の動きを少しの間ふうじると言うことなのだ。でもそんな技は覚えていない。自分の動きが止まる技はいっぱいあるのに・・・・。
「どうしたの?玉が怖くて動けない?」
 その通り、玉が怖くて動けない。撃つも撃たぬも術者の気分なのだ。それが怖くてたまらない。
「当たったようね」
 隠すつもりもなかったけど、言われるとやっぱり悔しい。本当は今すぐ走って目の前に迫りたいのに!
 春みたいにあのものすごいシビれる毒が、今すごく欲しい。いいなー体の中で毒が作れて。私もそんな力が欲しいよ。あの毒の威力はハンパなかった。魔術ど素人の人間がやったとは思えないくらい、えげつない痛みを私にもたらした。幸い幻魔にはある程度の毒を分解する臓器が入ってるので(多分毒の耐性が欲しいっていう願いの反映だろうね、ハチとか蛇とかが怖くて)、私はすぐに解毒できたが、怪魔は分からない。種族は強さによってまちまち。一見霊子も植物の毒とかで耐性がありそうに見えなくもないが、実際は違うかもしれない。
 ううん、迷っててもダメだ。動いて相手のスキを見つけなきゃ。とりあえずダメ元でもアタックだ!
「ええい!」
 私は術でもなく武器でもなく、ただのパンチを繰り出した。だが私は肉弾戦に慣れていないので、パワーもないし何よりまだ遅いので、簡単に避けられてしまった。すると彼女が手を上げて、何かを示す。足元でぼっ!と音がした。下から私を囲っていた火の玉二つが発射される。
「!」
 幸い、服がかすっただけだった。でも火力が強いので、袖口が燃えつきて地面に消える。
「そんな甘くはないか」
 彼女は呟く。もちろん、簡単に当てさせやしない。今の私にとっての最終目標は、なんとしてもこの技を避け切ること。私はあの木のようにあっさりと燃えたくない。
 ・・・・ん、木は火に弱い。それは当たり前のことだ。ちなみに、人は『木が燃えている』というけれど、正しくは『木から生まれる可燃性エネルギーが燃えている』らしい。この事象は一般常識だし様々なゲームなどで取り扱われている。さっきアルと戦った時も、それを使って倒そうとした。
「つまり・・・・」
 私はいかにも何かを展開しそうな指のポーズを作ると、再びあの呪文を唱えた。
水泉清涼波洲すいせんせいりょうはす
 身体中がすっきりとする。まるでシャワーで全部汚れを洗い出したみたい。お腹の中心で水滴が落ちる感覚がする。やがてそれは水たまりとなり、中を満たしていく。満タンになったと感じた時、私の手のひらから水が溢れた。
よし成功した!これが幻魔流、水とんの術だ。一般的には水の中に潜って退散するために使われる術だが、私達は攻撃にも使う。手のひらに水をまとわせ、利用する。まるでどこかの剣術漫画の主人公のような、かっこいい水の技も再現できる。ただあれはあれで動きが激しい。特に最後の龍のやつとかはどうやったら転ばずに続けられるんだろうかと不思議に思う。
「あらごめん、温度調節するわね」
 彼女がそう言って私は彼女がこの手のひらの液体をどう捉えているのを理解した。単純に手で汗を握っているが、暑すぎて握り切れていないと思っているんだろう。これはチャンスだった。私はあえて何も言わず狐に近づき、また攻撃を仕掛ける。10発ほど繰り出した時、彼女が何かに気がついた表情をした。
「!威力は弱いままだけど、さっきより動きが滑らかだ。何か細工でもしてるの?」
「どうだか」
 次の瞬間、私の瞳をまっすぐ見ていた彼女の腹に自分の拳をえぐりこませた。
「っは!」
 振り上げた拳の力で白い体が打ち上げられる。そして一旦力の大きさが0になって止まった時、あの発射の合図をした。左からまた火の玉が上昇して顔を焼こうとする。私はほおの手前に手を上げ、そのまま火をつかんだ。中でじゅっと音がする。狐に手のひらを見せ、何が起きたかを教えた。それを察し、ムダだと思ったのか残りの火の玉の消した。
「もしかしてさっきの呪文・・・」
「そう。水とんの術」
「それで水のパワーを溜めていたってわけね・・・」
「そういうこと」
「手の動きが滑らかだったのは?」
「水龍拳。水のように動きを止めず攻撃を続けることで、威力が増し速さも増す」
「炎と風は対策がされている、毒はまだ使えるようなレベルじゃない。もう使えるものがなさそうだったのに」
「伊達に忍者やってないからね」
「・・・・にしても本当にアンタ能力解放してから1ヶ月?攻撃の幅や力の使い方から見てるけど、明らかに並の1ヶ月分の修行量じゃないわよね?」
「平均的な1日分のトレーニングが何かは知らないけど、朝から晩まできたえ続けた。きっと想像できないくらいにね」
「師匠はいるの?」
「師匠・・・・とは言いにくいけど、神様がいつも見てくれてる」
「神・・・。どうりでこんなに力がつくわけね」
「あなたは?」
「私にはいない。友達もこの力を手にした途端離れていった。私はずっと一人だった」
「・・・・」
「私は何かもうばった人間達あいつらを許さない。目的のためなら孤独になったって構わない。アンタがまだ私を邪魔するって言うなら私は最後まで戦う」
「そっか・・・もったいな、いいやつだったら絶対私達友達になってたのに」
「?」
「これで終わりにしよう、私早く帰りたいんだ」
「・・・そう」
 お互い体内エネルギーが限界に近づいてきている。体は汚れていないものの連続で術を使っていたことで、疲れが目立ってきている。私が言わなくても、次でラストになるだろう。
「ははっ・・・・もうまともに技も出せないよ」
 狐は自分にわざとらしく笑いながら、肉球を動かす。確かに術の気配が一ミリもなかった。
 私は刀を出し刃を正面に向ける。しっかり切先を見つめ、力を全身に込める。霊子は自分の体を強化し構える。最後はやっぱり直接対決。それをお互い認識してるようだった。
「はあっ!」
 紫色の爪が目の前に迫る。急いで刀を横にし刀身で受け止める。この程度か、と言わんばかり私は笑う。まだまだと微笑みが返ってくる。私達はもはや顔で会話していた。
 魚のように刺すかと思って刀を突き出すが、もう姿は消えていた。
「!」
 背後に気配を感じ取り、振り返る。一歩遅かった。振り返りざまに手のクロス中の爪に当たり皮膚が破ける。綺麗なかっこいい3本線が出来た。これは満更でもなく、しばらくの間触っていた。だがそれを楽しむ余裕もなく、次の攻撃が来る。傷は帰ってきてから見ることにしよう。珍しく足を広げてキックを飛ばしてくる。正直私は、彼女は体小さいし肉球もフニフニしているのでそこまで気をつけるものではないと、油断していた。しかし実際お腹にヒットしたのは、思ってたのよりずっと強力なキックだった。それをくらって、彼女が術で体を強化しているのを思い出した。これは普通にやられたな・・・。
 しっかり刀だけは握ってブレーキをかける。木にぶつかる直前で止まる。私はいつでも攻撃を受けれるように準備する態勢をとる。それに応えるように再び狐が眼前に迫り、今度は連続で打撃を繰り出してくる。強化されているだけあってやはり重い。刀を素早く動かし的をガードする。木に背中がぶつかりこれ以上後ろにいけなくなる。前に押し出そうと考え、攻撃を受け流すと同時に刀を振り払い、彼女を吹っ飛ばした。
 狐の顎から紫色の液体が溢れている。私はそれを何か予測し、彼女はそれが何かを悟った。それだけでコミュニケーションは十分だった。
 狐が手を後ろに引く。私は逆に体を前に押し出す。木々の間をそうかいに駆け抜ける。霊子は引いた手を突き出し魔法の爪の串を私に向けた。連続だが次の爪が来るまでにラグがある。これを私は見逃さなかった。爪と爪の間に入りよける。感覚が30メートルほどになった時。私は握った手に力を込め始める。
 これがきっと、私の今回最後のチャンスになる。最後ももちろん宝石技だ。使うのは、ルビー。ルビーの和名は紅玉とまんま。石言葉は情熱。この技は情熱という言葉の意味を込めたものだ。実際今私は、物理的も気持ち的にも歩くなっている。今の状況にもとてもピッタリだろう。
 さっきはルビーとサファイアを合わせたものだったけど、これがルビー単体をイメージした技だ。さっきのとはまた印象が違う。もちろんサファイア単体もある。刀身がピンクと赤が混ざった鮮やかな色に変わる。
 私の目は完全に彼女の体をロックオンした。その中での中心。そこに、刃をぐん!!と前に突き出した。
 狐の柔らかい体毛のその奥に刃が届き、急所を捉える。これで確信した。私は渾身の勢いで、周りに叫んだ。
情熱不乱じょうねつふらん!!!!」
「・・・っ!」
 振り切ろうとするが、何か固いものにぶつかる。骨か?少し予想外だ。でも無問題モーマンタイ。私はまだあれがある。
「強力お札!!」
 そう言うとお札がポケットの中から現れ、光出す。これ手で取らなくても呼んだら出てくるんですよねー。
「二倍強化の術!!」
 唱えたと同時に私の体からみるみる力が溢れ、傷んでいた体が少し治った気がする。しかも術のためのエネルギーは極端に減っていない。さすが、神肩代わりシステム。さらに私はまだもう1枚札をストックしてある。こっちの方は・・・・。
属性顕現ぞくせいけんげん!!」
 思い浮かべた五大元素のうちの一つを発生させ、自身の技と合体させたり単体で使ったりできる術。五大元素なので周囲に与える影響は大きく、札のようなパワーを肩代わりしてくるようなものがないとなかなか出せない技らしい。なんで私が知ってるかって?『強力呪文大全集』って言う本を見て、一番印象に残ったから。読み方も簡単だしね。
 ここで由紀ちゃんの特技を奪うつもりはないけど、情熱という言葉に合わせて炎を思い浮かべる。すると由紀ちゃんとはまた色の違う、今の刀身と同じ赤紫色に発火した。強力なバフと上昇したステータスにより、私はゴールが目の前にあることを知った。最後は思いっきり抜くだけ。なのに私は、変な言葉を口にしていた。
「霊子」
「!」
「またどこかで」
「・・・・ふん・・・」
「ふ・・・・はああああ!!!」
 刃は狐のへそから気道までを一直線に引きさいた。切り傷の近くはただれていた。飛び出る血と残る火の粉が一緒になって周囲に飛び散る。ふわふわの体が地面に転がり、体を横にして私を見ている。彼女の目は大きく見開かれている。その瞳の奥に小さな獣が見えたのは、気のせいだろうか。
 私はなんだか怖くなり、わざとその体に背を向けた。何かが崩れる音がした。
 
 ああ、負けた。この私が負けた。なんという無様。
 でも自然と憎悪や執念は思い浮かばなかった。私は気づいていた。この森はいずれ消えるのだと。この子のアルに言った通りだ。終わりのないものなどない。私はまだ終わるはずのないものを強制的に終了させられた復讐で、今日この日まで力を持ち続けてきた。でも私が力を持とうが、館山が来まいが、いつかはこのキャンプ場は閉じる。そのタイミングが運悪く早かっただけのことなのだ。それにあそこで粘ったとしても、先は長くないことは私も知っていた。館長はもう60をすぎており、自分で定年退職を過ぎたらこのキャンプ場を副長に渡すと言っていた。副長は優秀だったが、元々雇っている従業員が少なかったので経営が回っていない時期がたまにあって、あのまま行ったら全員スタッフがいなくなると予測していた。でも私はこれまでの営業成績を過信し、自分を見失って、悪の力を得た。
 結局私は駄々を捏ねただけだった。まだまだと自分に無理をさせ、友達を自ら追い払い、人を寄せ付けぬ場所にしてしまった。本当はただ、皆に愛され続ける万緑神社のマスコットでいたかった。力を持てば、またそうできると思ってしまった自分が恥ずかしい。やり直したい。
 私はあえて向けられている背中に、見えない微笑みを返しながら呟いた。
「あなたとの勝負、楽しかった」

「!」
 何か彼女が呟いているような気がして、振り返る。しかしもう遅かった。
 霊子の体はやがて、黒い砂となって宙に消えていった。全部消えた後、頭上から光が差し込んで顔を上げた。さっきまで暗雲がおおっていた空が、真っ青な輝かしい色にぬりかえられている。太陽はもう直ぐてっぺんに着くところだった。雑草の生えた地面、力強い幹、さわやかな音を立てる葉。全てが生まれ変わったように、より一層キレイになったと感じた。私は今、今までで一番気持ちのいい時間を体の芯から味わっていた。疲れていたはずが一気に体が復活してきた。
 その時。ヴーン!ヴーン!と、ポケットの中のスマホが激しく震える。誰かからの電話だ。画面に映った名前を確認し、応答ボタンを押す。
「もしもし?」
「もしもし、よくやったな」
「ということは・・・」
「ああ、無事任務完了だ。ギリギリだったが何とかなったようだな」
 タイムリミットがあったことを思い出し、私は一旦スマホを耳元から離して時間を確認する。10時50分。制限時間まであと10分。
「こんなに時間経ってたんだ・・・」
「本当に、一時はどうなるかと思った」
 確かに私達はほぼ互角の戦いをしていたから、長引けば失格もありえた。私は安心して深呼吸をした。
「じゃ君を基地に戻すぞ、その場にじっとしてて」
 そう言われて改めてこの森を見回す。彼女の呪いから解き放たれ、明るさを取り戻した。でもやっぱりさびしげな雰囲気をまとっている。そのはずだ。きっとこの森は、もう誰にも見られることはないのだ。唯一の守護神も失った。ただ地図に残るだけの、あるいは開発で地図から消えてしまって、存在感の薄いものとなってしまう。日本にも富士山や阿蘇山といった山は有名だが、ほとんどの人が名前を知らない山や森がある。ここは怪奇現象スポットしてある意味名をはせていた。その名も今日で終わる。『開発が進んだために捨てられた森』となり、やがて称号も無くなってしまうかもしれない。
 彼女は人を追い払ったり術を使ったりするのは、復讐のためと言っていた。それも一理あるだろうが、本来はこの森が廃れ、無名の無法地帯アンダーグラウンドになるのが怖かったのかもしれない。彼女にとってここの存続は自分の生きがいだった。守るための手段を選ばない。でも実際の森はどんどん汚れていく。このままでは見捨てられると思って、悪さをし始めたのではないのか?ヴァンさんの話でも『最近』とあった。つまり従業員がいなくなったとされる10年前から『最近』まで、ここでは何も問題なかった。しかし今になって任務にされるほど事が起こった。自然は人の手によって壊れるが、人の手によって再生もされる。彼女はもう限界だと気付いたのかもしれない。だからせめてこの森の名を残そうと、今回の件を引き起こしたのではないか。そう考えることもできると思った。
「行くぞ」
 松ノ殿の声が板の中でする。少ししゃべりすぎたみたい。
「すいません。お願いします!」
「よーし押すぞ、帰ってこい!!」
 画面の奥でピッと機械音が聞こえた後、目の前の景色にバグったようなノイズが入る。最後に、昔から変わっていないであろう、自然の香りを吸ってまぶたの裏を黒くした。

「お疲れさん」
 目を開けてすぐに、松ノ殿の姿が見える。
「ありがとうございます」
「改めて、よくやってくれたな。ちょっとヒヤヒヤしたが」
「あはは」
「今日はもう疲れただろう。帰還報告は私がしておくから、君は今すぐに3人のところへ」
 あ、加奈ちゃんと由紀ちゃん起きたんだ。
「はい!ありがとうございます」
「ああ待て」
 部屋を出ようとする私の背中に、彼は自身の手をかざす。すると、私の服についていた汚れや傷が一瞬でなくなった。
「よし」
 そう言って廊下の先を指す。意味を理解した私を頭を下げ、リビングへと向かった。

「ただいまー」
「あ!おかえりー」
 リビングのドアを開けると、最初に春が気がついてくれた。続いて加奈ちゃんも由紀ちゃんも私を見て笑う。
「どうだった・・・?」
「多分大丈夫、完了したと思う」
「よかったー」
「今ね、千代もうすぐ制限時間だねって話してたところ」
「ギリギリまで来ないから失敗したかと思ってたけど、上手くいったみたいだね」
「うん、なんとかね」
「ねーねー何があったか教えてよ!!」
「あっ私も聞きたい!」
「二人とも。今千代は疲れてるんだから、少し休ませてあげようよ」
「あ」
「そっかあ・・・確かに」
「・・・ううん大丈夫、なんか皆の顔見たら疲れ吹っ飛んだ」
「ほんと?」
「じゃ話してくれるの?」
「もちろん」
「おお!」
「じゃあ私部屋からおやつ持ってくる!」
 加奈ちゃんが一旦部屋に戻っていく。春に席を示され、そこに座る。私はチラッと見えたクイッチの画面に話題を変える。
「あ、チョビモン」
「うん今7か所目」
「あれ昨日やっと4つ目って・・・」
「行ってる間に超ハイスピードで終わらせた」
「え、速」
「ほらレベル」
 皆大体レベル50程だった。これくらいなら、もう何もしなくてもラスボスに苦労しないのではないか。
「うわー上げたねー」
「嬉しいことに周回できるとこがあったからさー」
「にしてもどれだけ本気でやったのよ・・・」
 そんな話をしているうちに、加奈ちゃんが戻ってきた。
「お待たせー」
「おっ『きのこの森』と『たけのこの林』」
「これどっち派?私きのこ」
 加奈ちゃんが問うてくるので皆天井を見ながら考える。最初に答えたのは由紀ちゃんだ。
「私たけのこ」
「いやーきのこかなー」
 次に私。最後に春は。
「いやいやたけのこですよ」
「割れたねー」
「じゃあさ今この場で食べてどっちがいいか決めよう!」
「賛成!」
 パキパキパキ、と封を開き、皆思い思いにつまんで食べていく。
「やっぱきのこだ」
「いやたけのこだ」
 ケンカにならないか少しハラハラするけど、皆はきっとそんなことしない。だから一緒にいるのがすごく楽しいんだ。
「てかあれじゃない?千代ちゃんの話聞くんじゃなかったっけ?」
「そうだよ、『きのこたけのこ論争』してる場合じゃない」
 はっきり言って、今そうやって話を振られるまで私も忘れていた。そうだった、と呟きながら私は話し始めた。
「まずねー森に入ってすぐ怪しい建物見つけてさー」

 千代が去った後の森。祠の跡。
 一冊の書類がくしゃくしゃになって地面に落ちている。表紙にはてなマークのイラストが描かれた企画書だった。
千代が存在を忘れ、いつの間にか投げ捨てていたのだ。
 キラキラと太陽が森を照らす中、突然少し強い風が吹いた。それによって、神はパラパラとページがめくれていく。止まったのは物語のラストシーンのページだった。可愛らしい狐と中性的な主人公の絵と共にこんな文章が書かれていた。

 そうしてこのキャンプ場は元の賑やかな場所に戻りました。狐の女の子はキャンプを楽しみ、こう思いました。
「これからもこのキャンプ場を守っていきたいな」
 そう言って彼女は祠の中に戻っていき、2度と姿を現すことはなくなりました。

 第四章前編・『灼黒の森』 完
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

望んで離婚いたします

恋愛 / 完結 24h.ポイント:55,422pt お気に入り:885

どうぞ不倫してください

恋愛 / 完結 24h.ポイント:47,151pt お気に入り:537

美しき妖獣の花嫁となった

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:1,641pt お気に入り:291

冷徹だと噂の公爵様は、妹君を溺愛してる

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:9,112pt お気に入り:121

離縁するので構いません

恋愛 / 完結 24h.ポイント:3,592pt お気に入り:1,441

夫が浮気をしています

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,146pt お気に入り:490

あなたの浮気相手は人妻ですよ?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,436pt お気に入り:444

処理中です...