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第四章 目覚める才能

第8話 一進一退

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 おそらくコイツがボスだろう。恐ろしい気配が私を前へ進めなくする。
「アンタのことは正直なめてた。今からは手加減しないわよ」
 その口調は本気だった。私が顔を歪めた瞬間、彼女は目の前から姿を消す。どこから来る?いや彼女自身が来るとは限らない。何か術を仕掛けて_____。
「っ!?・・・・!」
 右腕に痛みが走る。声にならない声を上げながら目を向けると、赤黒い液体が手のひらに向けて一直線に垂れていた。長袖のシャツには不器用に裂かれたバツ印の切れ目があった。一瞬はそれが何が分からず立ち尽くしていたが、次第に頭が回ってきて、しまいにはうわああっ!と悲鳴を周囲に響かせた。
 いつの間にこんな傷が?アイツの射程距離どんだけあんのよ。そもそもどこにいるの。
「びっくりした?」
 天の声がした。霊子の声だ。痛みを抑えて空に向かって吠える。
「アンタ、一体何をしてこんなことに____!」
 すると空中で姿を現し、私に応えた。
「簡単なことよ。アンタの腕を眺めてアンタに体の中に呪いを仕組んだ。その場所がちょうど傷口って訳」
 呪い。体中を傷つける呪いなのだろうか?それとも筋肉などを破壊するものか?いずれにしろ動きたくなくなるくらいの痛みを与えるってことだ。
「どう?痛いでしょ?それを受けながら私を倒すつもり?ダメよ。いつかは傷がひどくなってあなたが先に倒れちゃう」
 ・・・・うわあっ!このっ小狐!!初っ端からやられた!!落ち着け、落ち着くんだ。こういう時痛みを抑えるための方法を学んだじゃない。それを生かして、コイツを倒す!
「うおお!!・・・っ!!」
 刀を両手に持って走ってみると、やはり右腕が痛む。それを見た狐はやっぱりという顔をしている。その顔が悔しくて、再び地面に踏み出す。やっぱり痛い。けれども次は、あの時教えてもらった対処法を実行した。

 修行期間中。戦闘のアクシデントの対処法についての勉強の時間。
「・・・さてここまでは戦闘後の体の処置についてだったが、ここからは戦闘中での対応の勉強をしよう」
「戦闘中?」
「ああ。もちろん絆創膏を貼ったり包帯を巻いたりは出来ないが、君の工夫次第で痛みを抑えることは可能だ」
「痛みを抑える?」
「そう。呼吸はなるべく浅く、速く。そして酸素を送る場所を患部に集中させるんだ。そうすることで、血の巡りが良くなり少しの間強化される。その間に自分の体力が落ちても出来る攻撃を繰り返す。慣れてくれば長い間痛みを引かせることも出来るだろう」
「でもそれって血が通ってる時ですよね?出血時はどうするんですか?」
「その時も大体一緒だ。だが自分の中で出血している場所を正確に把握しないといけない。そこを意識して呼吸をし続ければ、再び致命傷を受けない限り傷口は開かない」
「ふーん」
「もちろん君はまだ覚醒したばかりだし武術経験もない。最初から成功することはかなりの確率でしかない」
「えー出来るかなあー」
「まあその時になって出来るってパターンもある。火事場の馬鹿力ってやつか?」
「だったとしても、やっぱり成功できるかが不安だな・・・」
「これが出来るか出来ないかで、戦況が大きく変わってしまうからなあ。心配するのも無理はない」
 でもこれを習得できれば絶対に負けない戦士になれるかもしれない。いつか私達の未来を潰す親玉に出会った時、最後まで立っていられるように。少しづつ進んでいかなければならない。いつ決戦の時が来るのか分からない。だから私はトレーニングし続けなければならない。
 最初の任務の時に、意識してみようと思った。

 そして今である。
 あの時の会話を思い出した。初めてだけどやるしかない。1秒でも、痛みが引けば状況をひっくり返せるかもしれない。よし、まずは改めて出血した場所を確認。自分の神経を集中させ、皮膚の中を巡る。ある場所に着いた時、再び痛みを感じる。!ここだ!私は完全に位置を覚えた。次は呼吸だ。口を薄く開いて、少なめに酸素を吸う。そして空気を飲み込む。意識的に送り込む場所を傷口に向ける。余計な二酸化炭素を吐き出しワンセット終える。
 次に足を踏み出し、右腕を振る。・・・・ちょっと痛いけど動けないほどじゃない。
 いいぞ!ちゃんと出来てる!技を完成させられてる。この調子で小刻みに呼吸を続けることが出来たら!!
 そこから私は呼吸、進行を繰り返し、とうとう霊子に近づくことが出来た。
 黒鋼刀を抜き、戦闘体制に入る。ぐっと握り直しまた新たな技の構えを初めた。
 黒かった刀身が青く光る。青い宝石はアクアマリン。ちなみにアクアマリンはラテン語で海洋という意味らしい。石言葉は聡明とか沈着とか。両方とも賢く冷静的な意味。
 海は風がない時は揺れず均衡に水面が広がっている。聡明な人は基本的に落ち着いている。つまり平静な状態である。二つに共通するものは『平』らであること。ここから導き出される技は?
藍玉平斬らんぎょくへいざん!」
 横に真っ直ぐ斬りつけ、相手を追い詰める。だが相手はこの程度は読めているらしく、切っ先にシールドを張られた。まあ私もそのくらいはされるだろうと思っていた。後ろに一歩下がる。
 っ!呼吸のテンポが遅れてまた少し痛んだ。けれど止血はされていた。このまま落ち着いて、無理の無い範囲で動いて倒していけばいいだろう。
「へえ、よく自力で止血できたわね」
「うん。でもあまり時間はない。アンタを一気に片付ける」
「その前に私が倒してるやるわ!!」
 そう言うと手を上げて爪を突き出す。そして近づかぬまま斜めに振り下ろした。距離があるのにどうして?
 びりっ。あごの皮が向ける。そこまで痛くはないが血は出ていた。なるほど遠距離の物理技もいけるってことね。
「これが私の遠方遠隔操作の術・のろい。相手に攻撃するだけでなくさまざまなデバフも与えられる。アンタには動きが鈍くなるデバフを仕込んだ攻撃をしたわ」
 !本当だ。足が思うように動かない。まるで足におもりを付けられ、それをひきづって歩いているようだった。
「デバフは簡単に解除できない。この様子じゃ薬も取り出せない。チェックメイトってやつね」
 ふっ。ナメないでよ。こういうことも想定済みだよ。まあ確かにはかーなり忍力を使うけど、私にとってはもう初心者向けの技だ。
 てか思ったんだけど、この子結構調子に乗るタイプだよね?右腕の時もなんか勝ち確みたいなこと言ってたけど対処されちゃったじゃん。で今デバフかけた時も同じようなくだりしたじゃん。・・・・てことは待てよ。もしこの子が勝ちを確定した後に不意打ちをすれば、油断していている故に勝てるかもしれない?
 うおお!!我ながらいいアイディア。すると問題は彼女をどうこっちが有利になるように誘導するか、だ。相手も頭は悪くないはずだから、わざとらしく負けたら流石に気づかれる。いかにして必然的に自然に倒れるかが重要だ。今もアイツは確実に油断している。今私は動きが遅くなって絶好の攻撃のチャンスなのに、ちっとも近づいてこない。どころか困っている私をどこか楽しそうに空から見下ろしている。もう強者の余裕ってやつだ。
「おっと。作戦を考えようたってムダよ。だって私はどんなことにも対処できるくらい優れた能力を持っているもの。それ私は、アンタが思ってるより馬鹿じゃないわ」
 一瞬未来予知できる能力を持っていると思って背筋が凍った。だが口調や手足の仕草で完全に余裕ぶっていることが分かった。これはチャンスとすべきだろう。
 まずはこのデバフを解かないと。
「新薬生成・俊敏!」
 かろうじてまだ普通のスピードが保たれている手のひらの上に、私のエネルギーを集中させる。私は錠剤をイメージし、得たい効果の映像を思い浮かべる。この時比較的抽象的でも効果の強さに差はないそうだ。よし!出た!ゆっくりゆっくり薬を口の中へ運ぶ。入った!舌の上に乗せて、一気に飲み込んだ。
「!・・・苦い・・・・」
 じわじわと広がる苦さが私の喉をマヒさせる。食道の中で小さな塊が通り過ぎる感覚がした。
 それから10秒ほど経った時。筋肉が何かから解放されたような気がして、試しに足を踏み出してみる。普通の速度で歩いている。やった、デバフが解けた!!安心した瞬間、今度は急速に疲れが現れた。やっぱり忍力の消費が多かったか。どうにか足に力を込めて立ち直る。だがあからさまに膝がガクガク震えているので、彼女が突っかかってくる。
「薬を作ったところで余計にエネルギー消費するってのに。私が邪魔しない理由分かったでしょ?」
 確かにエネルギー消費でダウンすると知っていたら、相手が倒れたところを狙ってその後にやればいい。こうなることも予想済みか。
「アンタの今のエネルギー量は大体60%。これで技の連発なんてしてグダったらアンタの全部水の泡。それまでに私を満足させてみなさい。最も、満足する気なんてないけどね」
「ていうか、さっきから遠距離攻撃で全然戦ってる気がしない。そろそろ近づいてもらってもいいかな?」
「わざわざ間合いに入れる気?いい度胸じゃない。面白い」
 ようやく彼女は木の上から降り立ち、私の正面に構えた。いよいよ、ちゃんとした形式の戦いが始まるのである。
「さあ来なさい」
 言われて気を引き締める。最初のボス戦。やってやるよ!
 刀を盾がわりにして更に彼女に近づく。黒い刀身が眼前に迫った時、肉球をガードにして勢いを吸収した。ふにっと少し弾力のあるへこみが彼女の手に出来る。つば迫り合いはさけ、素早く刀を戻す。今度は両手に握り、上からたたくことにした。ちょうど霊子の背後に大木がある。これはチャンス!上から重い一撃を与えられる技があるんだった。私はルビーとサファイアの色を思い浮かべる。そして絵の具のように色を混ぜる。紫の色を作り上げると、刀を握る手の力がもっと強くなった。実はルビーとサファイアは共にダイヤモンドより重い宝石なのだ。そんな2つが合わさることでもっと重く、硬くなる。
「直に受け取りな!!この輝き!!」
 紫光重打しこうじゅうだ!!汗がにじむ手のひらを振り下ろし、紫の刃で切りつける。しかし。
「私はこっちよ!!」
 よけられた!!声の方を向くと、無傷の狐が森の中へ隠れようとする。気がつけば私は彼女の体ではなく、背後にあった大木を伐っていた。く~~っ、頑張って忍力使ったのに~~。
 急いで追いかけないと。遠くに行かれないうちに。

 気がつくと、私は神社の境内に入っていた。夢ではない。周囲は真っ暗な森の中だ。森の中に神社?いやここはキャンプ場だ。だったらなおさらどうして?古びた木造の鳥居、短い参道、小さなお堂。ここは神様の領域なので、ルールにならってきちんと道の端を歩く。途中でずっと刀を握っていたことに気がついたので、ここではしまうことにした。お堂に近づくにつれて、風が右から左に流れるようになっていく。私のマフラーも流れに沿ってなびいた。おさい銭箱と鐘の目の前に立ち、お堂をよく見る。しかし戸が閉じられていて、編み目のすき間からも何も見えない。軽くお参りをして、来た道を戻った。鳥居に出てからもう一度礼をした。私は頭上にある鳥居の額縁の中の文字を読んだ。
『万緑神社』
 さびてしまってうっすらとしか見えない文字を、なんとなく形で判断する。もしかしてここは、キャンプ場の自然を守ってもらうために建てられた?それならさっきの、なぜキャンプ場の中に神社があるのかの説明がつく。鳥居の横には、こけむした狐の石像が立っていた。近寄って眺めると、誰かに似ているような気がした。
「可愛らしいでしょう」
 一瞬お化けかと思って背筋を凍らせたが違った。霊子だ。白い肌に戻っている。その時私はこの狐が誰なのかが分かった気がした。
「もう何百年も昔にこの神社が建てられた。その時に私も生まれたの。この森を守る守護神として」
 彼女は急に語り出した。自分の過去のことだろう。何かに浸っている様子だったので、しばらく話を聞くことにした。何か情報が出るかもしれない。
「そしてキャンプ場が出来て、より一層この場所を守る責任感とプレッシャーを感じた。でもあれのせいで・・・全部台無しになった・・・。上っ面な信頼関係を結び、人の欲につけ込んでワガママに計画を進めるアイツらのせいで、私は大事なものを奪われた。だから私は決めた。自分の守るべきものは自分の力で守ろうと。私は守護神とは言え、人の出来事には干渉できない。だったら私が生き物になればいい。私は体を手に入れ、この森に入ろうとするヤツは全部追っ払ってきた。アンタの上司である調査部隊も私の術を受けた瞬間すぐに逃げていった。なんて気持ちのいいことよ・・・」
 この人(?)は大事なものを失って、その仕返しを果たすために怪魔になった。その気持ちは誰しもがあると思う。私だって自分がされてイヤだったことをする人には仕返ししたいし、昔なんてよくやってた。だから、気持ちはすごく分かる。
 だけど。
「だからって度を越したものをしちゃいけない。悲しい復讐は、また憎しみを生むだけだ。そしていつか自分に返ってきて、また自分が痛い目を見るんだ」
 私もそうだ。いつだったか、男子達にいじめられた時。私も彼らになぐりかかって、見事にカウンターを食らった。結局痛い目を見たのは自分だった。自分の負の感情から生んだものは、いいものとして返ってこない。
 それに。
「アンタ、本当にここを守りたいの?」
 狐が凍った顔で当たり前でしょ、と応える。
「そのためにここまで強くなってきた!!」
 私はここまでのこの森の様子を見るに、そうとは思えなかった。荒れた状態で放置された受付、割れやすくなっていたコンクリート。くさった看板。アルのねじ曲がった性格。もし本当に守りたいなら、あんなに汚れたままにはしない。この森全体も木ばっかりが生えている。それはそれでいいのだけれど、生えすぎて暗い。これでは全体に日光が当たらず、光合成ができない。そもそもこの森は黒い雲がずっとかかっていて、光がない。
「アンタのやり方は間違ってる。本当はキャンプ場は守りたい、元の姿に戻したいって言うのが目標、願いでしょ。なのに、人を呪いや術で追い払ってろくに掃除も出来てない。本当にやる気があるようには見えない」
 言い終えた瞬間、彼女のこめかみがピシッと歪んだ。相当な怒りを抱えている。
「なんなの・・・黙って聞いていれば・・・!アンタに私を語る資格なんてないってのよ!!」
 再び彼女の身体中を黒い煙が覆う。毛色もまた黒に変化する。
 私は彼女を落ち着かせるため、言葉を選んでゆっくりと話し始めた。
「・・・私も自然が大好きだ。小さい頃からずっと公園で遊んでいて、週末には家族でもピクニックに毎週行った。その時に見た花園の彩りは本当に美しかった。ずーっと咲いてほしいなって思った。だけど、花は一年ごとに枯れていく。ママはいつもこう言った。『植物はいつかは絶対に枯れちゃう。人間が死ぬのと同じように。だけど文句を言ってはダメ。だってそれは、花一輪一輪が、一生懸命生きて、自分の子供達に美しさを託したんだもの。きっと子供達は、お母さんの意志を受け継ぎ、またどこかで必ず実を実らせる。だから、一生懸命生きた生き物に感謝を忘れないことが大事だよ』って。本当にそう思う。生き物は、山場・・・一番美しい時のために生きている。だから私達はそれを守っていかなきゃいけないんだ」
 でもその一言一言慎重につまみ取って発した言葉は心に響かなかったらしい。眉間にしわがより、顔が汗ばんでいるのが離れていても分かった。
「うるさい・・・うるさいうるさい!!余計なことを言うな!!もう管理人としての罰なんてどうでもいい。アンタも私をぶじょくしたものとして、絶対家に帰さない!!」
 うあああああっっっっ!!と狐の美しく鋭利なおたけびが周囲を巻き込み、自分をあしらった石像まで衝撃で砕けてしまう。
 バキッ!!バコン!!!石と木がぶつかり合い、互いに削り合う。あまりのエネルギーの大きさに、万緑神社の文字の額縁も鳥居からはがれそうになる。
 叫び声が止まったかと思えば、今度は彼女の身の回りで真っ暗な渦巻き状の風が吹き始める。ギュルギュルギュル!!激しすぎて中にいる狐が大丈夫なのかつい心配してしまう。絶対に切り開けないような風の壁は、突然一目散に消えてしまった。彼女自身が、その壁を壊したのだ。
「アンタ・・・その姿って・・・・」
 さっきの真っ黒の姿から更に進化した姿だった。本当に妖怪の様な九つの尻尾、左目にインクを垂らして飛び散った様な青い模様が。よく見てみると、それと似ている模様が体のところどころにある。右耳がいびつに欠けているが、どうしてだろう?分からないけれど、彼女の雰囲気がこれまでとかなり変わっている。初めの白い毛の状態の時は少し良心がありそうだったのに、今は何も無くて、ただ自分の感情だけに身を任せて変化した様だった。
 彼女の身体中からおぞましい空気が漂い、鳥肌が立ち、全身の毛がよだつのを覚える。怖い、という感想が頭を包み、後ろに一歩下がる。正直どうしたらいいのか分からない。人生で今日ほど色んな感情を感じて、追い詰められたと思った日はない。
「ふう・・・」
 彼女はようやく落ち着いたようで目を閉じてゆっくりと深呼吸する。再びまぶたが開いた時、瞳が一瞬光ったように見えた。
 私はブルブルと震える手で力無く刀を抜こうとする。だが、しっかりと柄をつかむ勇気は出なかった。モタモタしてたら、いつか攻撃が・・・・。
 そう思っていたら、やっぱり攻撃が来ようとしている。4本足のうちの右の前足を上にあげ、手のひらに気弾を溜める。前足を私に向かって突き出すと同時に気弾が発射される。それはゲーセンのコインゲームのボールのように素早く私のお腹を目指している。私は避けようとしても避けられず、体の中心にクリーンヒットしてしまった。
「うっ・・・・・!」
 弾からかかる力が思った以上に強く、足を踏み外して後ろに吹き飛ばされた。背中の正面にあった太い木がクッションになり、ようやく止まる。いや、クッションでもない。背後でびりっと服が破ける音がした。木のささくれが縫い目に刺さったんだろう。これが皮膚だったらと思うとこの服に救われたような気がした。
 しかし服を通り抜けて伝わる痛みだけはどうにもならなかった。受付の時と今の衝撃で背中の痛みが倍増され、姿勢を保つのが苦しくなってきた。それでも刀を杖にして立ち上がった時。
「!ああっっっ」
 背骨に電流が走った。そう折れたのだ。ズキンズキンと鼓動がなる。それでも立ちたくて、立った。
 ついに私は、今まで思い浮かべないように努めてきた言葉を口にした。
 勝てる・・・のか?私はこの怪物に本当に勝てるのか?生きて帰れるのか?
 さっきまで持っていた自信が、この邪悪なエネルギーに押されて消えていく。自然と力が抜けていく。
「あら、もう戦意喪失したの?折角本気の姿になれたのに」
 思った通り霊子がまた言葉をかけてくる。でももう応えたくなかった。もう元気を失っていた。忍力もろくに回復できていない。術や技もあと数回ほどしか発動できないだろう。うう・・・マジか。詰んだってやつか・・・。なんてことだ・・・初任務なのに!
「くう・・・・」
 言葉にならない悔しさが込み上げてくる。何としても立ってはいようと、さっきと同じように膝に意識を集中させる。だがそれもそろそろ限界だった。ついに立つ気力も失くし、その場に倒れる。意識が遠のきそうだった。平らな地面を見ているはずなのに、地震のように揺れて見えた。
「あえて言うけど、あんたみたいなヤツが調子乗ってると今みたいにエネルギー不足になって何もできなくなるの。あんた、今日ずっと無理ばっかしてるじゃない。背中の痛みも、恐怖心も、デバフの苦しさも。今になって、少し冷静になって、ようやくそれが体に出てきた。ただそれだけのことよ」
 そうだ。それに関しては彼女の言う通りだ。私はこの任務の中で、どれだけ自分のモチベーションを上げるために無理をしただろう。そのツケが回ってきたのだ。この疲労からしばらく抜けられないだろう。でも何故だか、諦めようとは考えなかった。いや、考えられないの方が正しい。今の私に、逃げると言う選択肢はなかった。
 それでも痛いものは痛い。
 私は自分をまた勇気づけようと無理に笑いを浮かべ、ポジティブな言葉を地面に向かって言った。
「今日は本当に無理ばっかりしたよ。背中も今だって痛いし、早く戻って休みたい」
 金属のように重たくなって、割れた鏡のように傷ついた体を持ち上げる。霊子がびっくりしたような息遣いをする。私がタフだったの、知らなかったのか?
「でもなんでだろうね・・・諦めたくないんだよ・・・・。もう潔く帰っちゃえばいいのに」
 シビれは止まらない。一個前に傷ついた右腕もまた痛み始めてきた。でもやっぱり、止めたくない。
 グッと頭上に置かれていた刀の柄をしっかりつかみ、立ち上がるための棒にする。グサっ!と勢いよく土に突き刺して固定し、再び立ち上がる。両足に力を入れ、もうこれ以上倒れないという意志をこめる。そしてぎゅうっと握りしめ、霊子をしっかり見据える。
「私は絶対に諦めない。私はアンタに絶対勝つ、私は皆と一緒にもっと頑張りたい!!」
「!!アンタ、結構面白いやつじゃない。今までで一番楽しめそうね。いいわ、骨の髄まで呪ってやるわ!!」
「はっ!」
 さっきのお返しとして風遁玉を放つ。あえて彼女は避けずに真正面から攻撃を受ける。
「っ、へーなるほどね。思った以上に筋あるじゃない」
 言葉の間にもエネルギーを貯めておく。おそらく今の自分の充電量は55%ほど。恐らくあと一回しか、本気の必殺技を出すことができないだろう。必殺技を発動するとパワーの反動が起こり、それを回復するのにもエネルギーで補わなければいけない。ちなみに必殺技に必要な量より補うための量の方が多い。だから、あと一回なのだ。
 コイツに効く技ってなんだろう?炎の魔法は持っていそうだから対策されるだろうし、今の風の玉もそんなに喰らってない様子だった。言われてみれば、私さっき以外の攻撃、全部外れてる・・・?皆避けられたり、キャンセルされたりしてまともに当てられていない。でも、そんなに動いてもいない。もしコイツに人と同じように、動けば動くほど疲れていく様子だったら?それだったら、動いて動いてスタミナを削らていくところを狙う。よし、一旦弱い攻撃で様子を見てみよう。
「えい、やあっ!!」
 風の玉を2回連続で放つ。最初はミスしたが、二発目は掠った。そうだどうせなら、風や火だけじゃなくて他の属性でも・・・!地面には草が群がっている他に、石が転がっている。
「・・・・そうだ!」
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「物を操る術か・・・やるわね」
 がバレないようにできるだけ素早く視線を正面に戻す。気にしすぎると気付かれてしまう。
「やるじゃない、思ったよりいい攻撃」
「へっ、まだこれが本気じゃないよ」
「分かってる。まだ続けるんでしょ?」
「もちろん!」
 そんなつもりはないのに、なぜかほほえんでしまう。私自身が戦いを楽しんでいるのかもしれない。
 次の技は何しようと思う前に、もう手を構えていた。
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