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第三章 修行の日々

第12話 それぞれの修行【由紀編・上】

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「!おはようございます!」
 私は食堂前にいる松ノ殿に挨拶をした。こうすると、気持ちいいよね。
「おはよう。よく寝れたかい」
「ええ。ふかふかの布団で、すぐに」
 私はオムライスを頼むと、窓の側の椅子に座る。ビロードが私のお尻を優しく受け止める。
 朝の空気が香るこの席は、懐かしい幼い頃の自分を思い出させる。あれは5歳の頃だろうか。うちは比較的金持ちだから、1歳の頃から海外旅行を経験している。そして少し前に言ったと思うけど、5歳でアメリカに長期旅行。1年の間滞在していた。
 あれ、言ってない?じゃ、きちんと話そう。
 その時家として住んでいたのが、丘の上の小さいログハウスだった。まるまる肥えた赤い年配の男性が、詰まらずに降りて来られそうな暖炉。両親は危ないと言っていたけれど、幼い私と弟にとってかくれんぼをするのに恰好の隠れ場所だった。ときどき煤だらけになってでてくることもあった。それを払おうとすると、今度は床が真っ黒になって逆に面倒になったのを覚えている。
 もちろん冬の夜になれば、実際に火をつけた。その日は一瞬で眠りにつき、起きたときには次の日の正午だった。
 この基地には暖炉はないけど、いつも暖かい空気が漂っている。
 ・・・これってどういう暖かいだろう?暖かいのか、も暖かいのか。
 人と接していると、冷たくて張り付いた空気や、穏やかで温かい雰囲気を感じる。これはその場にいる人のほとんどが、冷たい、または温かい雰囲気だなと思う。この暖かいなのか。
 それとも、外から流れてくる風なのか。これは個人によって感じ方が違う。
 私が言ったのはたぶん・・・、どっちもだ。
 今この部屋の窓から流れてくる風が暖かいと同時に、この基地で過ごす時間も暖かい。このバランス、とても良い。いつまでもこの時間が続けばいいのに。
 いつしか脱線していた、と気づくと同時にオムライスがテーブルの上に乗せられる。
 これは、熱いww。でも卵とご飯の触感が絶妙にマッチしているのが魅力的だ。熱いと判っていても口に運んでしまう。日本発祥の卵料理を、光のごとく食べ進める。
 かくして10分ほどで朝食を終え、食堂から出た。
「服届いてるかな」
 廊下に向かって呟く。昨日松ノ殿が私の戦闘服を用意してくれて、洗濯を任せていた。そのあとクローゼットに入れると言っていたが、本当か。
 実のとこ、私はまだ松ノ殿を信頼しきっていない。運命をサポートする割には緊張感少なめだし、軽いし。重荷を背負うことになった私達のことを、少しは励ましてほしい。
 でも言わないでおく。この間の加奈への反応を思ってのことだ。
 加奈は立ち直ったみたいだけど、私はまだ気にしている。加奈の言ったことは確かに説得力は少ないけれど、彼女が自分の言葉で反論したのだから、受け止めたりしてもいいはずだ。
 なぜあんな顔をしたのだろう。そんな答えのない悩みを思いながら、いつの間にかクローゼットを探っていた。
「あった」
 私は一番左にあった薄い生地の服をとる。それは袴だった。
 女性なのに袴とは。松ノ殿のセンスは予測不可能だ。これ完全に男の人の服だぞ。
「着方判んないんすけど・・・」
 そう言いながら首を回すと、テーブルの上に何かがあるのに気がついた。
 なにかの冊子だった。起きたときにはなかったはず。
 表紙には、『馬乗り袴セット 同梱冊子・袴の着方』と大きくかかれ、ページをめくると広告の横に前書きがあった。

 この度はお買い上げありがとうございます。本冊子は同封の『馬乗り袴』の取扱説明書になります。
 この説明書は厳重な場所に保管していただき、あらかじめ廃棄しないようにお願い申し上げます。

 普通はこういうの後ろとかじゃないの?とか思いつつ、写真をまねて着替えていく。
 ん?違和感がある。間違えた?あ、ここが袖なんだ。へえ。みたいなことを呟くこと約30分。
 ようやく出来上がった自分の全体像は、今までとは格段に違っていた。この服を着ることで、自分さえも少し怖気付くような姿になる。
 詳しいことは知らないけど、一番下は白いシャツ(長襦袢ながじゅばんというらしい)で、その上がオレンジの着物。上半身はこれだけ。
 下はえり(首のとは違う)という無地のズボンをはく。これは黄土色っぽい。
 最後に羽織。真っ赤な生地が目を引く。
   思ったより自分に似合っている。なかなかやるね、彼も。
「おお。着替えたのかい」
 噂をすれば神がくる。テレポートでもしてきたのかな。
「なら、さっそく修業を始めよう」
 似合ってるよとか、良いねとかってほめずに話を先に進める。私はまた少し嫌な気持ちがした。

 修行部屋に着くと、早速目の前に大きな丸太が置かれた。次に合図もなしに、真剣が渡される。
 これを斬れというのか?そんなの簡単だよ。すぐに終わるさ。
 私は近づいて中段の構えをすると。
「めーーん!!!」
 と叫びながら刀を振り下ろす。
 しかし。そのふり絞った力をすべて無駄にするような、コンという軽快な音がした。これは木と刀がぶつかった音以外、なにものでもない。
「?!」
 その後何度叩いても、一向にひび割れなかった。
「なんなんですか、これ!ちっとも斬れないですけど!どういうこと!?」
 とうとう私は我慢してきた苛立ちを神にぶつけた。彼は平然と答えた。
「そんなに怒るな、近衛。君は今、本当に幻魔の状態でいるか?それとも、人間のままか?」
「!・・・・」
 確かにさっきは、本気じゃなかった。春や千代を助けたときと違って、雑念が沢山あったかもしれない。
「今君は普通の剣道のやり方で斬ろうとした。でもこの丸太を斬るには!」
 今まで冷静だった彼の語尾が大きく変わり、国民的鬼斬り漫画の主人公の先輩みたいになった。
 その声に私は自然と押しつぶされたような気がした。
「・・・自分のやり方で斬るんだ。何にもとらわれない、自分の方法で」
 また落ち着いて言った。
 何にもとらわれない、自分の方法・・・。
「純粋な君は、すぐに困難を成し遂げられるはずだ」
 そうだ、私は。幻魔なんだ。選ばれし8人の子供のうちの、1人なんだ。やってみせる、私の方法で!
「ふん・・・!」
 自分に集中、余計な考えはいらない。ただ自分を信じ、力を出すだけ。
 真剣を力強く握り、丸太をよく見た。こうして斬りやすいところを探る。
 決めた。中心に向かっていくぞ。
 ダッダッダッと走り、縦一直線に斬る!
「うぁあああああ」
 パコーン!!ボトっ。
 真っ二つになった大きな丸太は、床の上に落っこちる。
 これでノルマは達成のはずなのに、私は足りないと思った。まだやりたくなったのだ。
 左を見ると、さっきより二回り大きい木材がある。私の欲を叶えてくれようしているのだ。
 スパン!
 構わず斬る。また首を回すと、今度は後ろにまた大きくなった分厚い丸太が。
「たりゃっ」
 それも難なく攻略。なんだか楽しくなってきた。
 5回ほど繰り返すと、部屋一面に巨木が現れた。
「・・・・集大成、ってとこかな」
 私は左後ろに刀を構え、呼吸と態勢を整える。しっかりと前を見据えて、小さく呟く。
「私は出来る。必ず。この木を斬って、その先の未来へ行くんだ!」
 柄が熱くなってきた。刀身が炎に包まれ、準備は完了だ。
 あとは木を見て攻撃するタイミングを計る。まだまだ、もっと隙ができてから。・・・よし!
「今だ!」
 構えていた刀を脇から出し、横にする。
 ダッダッダッ、と巨木目掛けて地面を駆ける。
 あと一歩も行かないところでぶつかる、というところで床をダン!と踏み。技へと準備する。
 実は後に習うだろうと思って、技の予習を本でしてきたのだ!私偉い!
 勉強したのは5つ。そのうちの一つをこの木にぶつける!その名は。
「閃火、一文字斬り!!」
 全ての力を使い、真剣を横に振った。刀身から溢れ出る赤き炎が、行く手を阻む木を一閃する!
 ちなみにこないだ春戦の時に出した火流落も本に乗っていた。どちらとも応用技があり、初心者におすすめなのだそうだ。
 巨木はあっという間に、刀身から移った炎の力で燃え尽きた。
 後ろで松ノ殿が私を見ていた。彼に近寄ると、煙を横切ったせいか、どうしても咳込んでしまう。
 ゴホっ、ゴホっと咳をしている私に、彼は言った。
「な、できただろう」
 かすかに頷く。
「にしても、どこで覚えたんだ。閃火一文字斬り。まだ教えてないぞ」
 私は密かに予習していたことを話した。
「そうか。・・・じゃあ、君の努力の結果だな」
 ここに来て初めて、神はほめてくれた。いつも以上に心が満たされて、満面の笑みで。
「まだまだですよ」
 と返した。
「・・・君は、正直だ」
 神も笑って言った。
 その日の訓練はこれだけで終了となった。松ノ殿が予習の時間をくれたからだ。
 本のページをめくりながら、私は今日の快感を思い出した。
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