幻魔少女物語〜神様の失敗で人間から異界人になった8人の話〜

campanella

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第三章 修行の日々

第10話 それぞれの修行【加奈編・上】

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 幻魔協会に行った3日後の朝。木製の茶色いお茶碗をもって、私はお米を食べていた。
 今日から本格的な訓練の始まるのである。神は私に本気の修行をさせたいらしく、昨日から私はこの秘密基地に泊っている。
 え、親が心配しないかって?そう思われるよね、やっぱり。でも、大丈夫。この空間はパラレルワールド。普通の世界の時間では進まない。今この中では5月21日だけど、向こうはまだ昨日、つまり20日だ。
 私がこの世界で日にちを越しても、ある程度なら問題ない。
 おまけに昨日は土曜。午後の一時から遊ぶと親に言えば、そうハプニングにはならない。
 そんなわけで、私はこの食堂のロボットがたいてくれたご飯を、一口一口味わっていた。甘味が口の中に広がって、幸せな気持ちだ。でもそれも、もう終わってしまった。
 朝ごはんでこんなに悲しい気持ちがしたのは初めてだ。
「ごちそうさまでした」
 こうして、誰も返事をしてくれない寂しい食堂で、私は朝食を済ませた。お盆を返却口に入れておく。
 長い廊下の前の自室に入り、テレビのリモコンをつけた。気晴らしに流そうと思って最初に見たのは、銀行に入ろうとして逮捕された男性だった。あまりの暗さに耐えられずなんどもチャンネルをかえたが、結局最後は電源を落とした。
 そして座布団から立ち上がり、真後ろにあるクローゼットを開いた。昨日浴室で脱いだ制服が収納されている。
 でも今日は。
「!これか」
 規則正しく袖を通し、右を上にする。仕上げにキュ!とお腹の帯を締める。今の私の服装は、柔道着。汗をあっという間に沢山吸収してくれそうな、薄い素材でできている。洗剤の香りを無駄にしちゃいそうだけど。このままパジャマにしても、気持ちよく寝れそうだ。
 学校でちょうど柔道やっているので、真面目に説明を聞いたかいがあった。
 でも今これを着ている目的は、修行のためだ。そう、これから私は新しい私になる。これはその準備だ。いやでも、本家でもこの服装の規則は基本だからな。どっちにしろ同じか。
「なかなか似合うな」
「!」
 松ノ殿。私にこの服を与えたものだ。上衣とズボンの色は、私のイメージカラーの水色。帯はシンプルに、黒をお願いし、注文通りの衣装が届いた。
「お前にはまだこれと言った、才能がないからな。厳しい鍛錬になるぞ」
「!はい!」
 聞いたところによると、私はほとんど身体能力の数値がよろしく無いようだ。そのため、私は基礎体力を一から叩き込まれることになったのである。他の3人と比べるとかなりレベルが優しいため、少し危機感を持てとの事だ。
 いくら私が運動神経悪いからって、そこまで言われると流石に傷つく。序盤から早速心が折れた。
 だが私の傷心はもっとひどくなった。
 この家の裏側は、広い草原がどこまでも続き、地平線の向こうで高い山が連なっている。
 その、ずうっと向こうの山まで徒歩で向かう。これだけでもキツいってのに、今度はその山を、この麓から頂上まで半日で往復すると言った。
「高さはどれくらいですか」
「そうだな。300メートルくらいかな」
 ん!思ったより低い!なら私もすいすいといけるんじゃない?
 ようし、しゅっぱーつ!
「必ずタイムリミットまでには戻るんだぞ!」
 松ノ殿が忠告するときには、既に少し先へ進んでいた。
 ・・・まずい。何がって、色々だよ。
 まず、疲れが出てきたこと。さっきまでの勢いはどこへ行ったか。私はナメクジやカタツムリよりも、ずっと遅い速さで前へ歩いてる。これは最初のウォーキングが原因だ。あんなところで飛ばさなければ、今だってもうちょっと楽だったろうに。嗚呼、無理をしてしまったようだ。これじゃあ、いつ回復するか判らない。
 次は空腹であること。これがあるから、いつまで疲れがとれないのだ。
 私は今日、朝は白米しか食べていない。おまけに食料の持ち出しは禁止だというから、対処の仕様も無い。
 人は、何かものを食べなければ、当然動くことが出来ない。これが長く続けば、死に至ることもある。もちろん食べるものも、安全ではないものは食してはならない。逆効果だからだ。だから今この芝生の草を食べたところで、何の効果もないし体調を崩すだけである。
 ということで、私はしばらくの間、地面いっぱいに生える草と戯れることになった。
 名も知らない小さな木に寄りかかり、そのまま腰を下ろす。
 足元で沢山のアリたちが、幾度も列を交わえて巣へ行進している。私はその行列の中から、一匹だけつまんで人差し指に乗せた。彼らからしたら未知の世界である私の指の上で、アリは右往左往していた。その様子があまりにも面白く、もう片方の手の指で、ちょんちょんと突っついてみる。すると今度は、突いたほうの指によじ登って来た。それからは、私の腕に沿って前進していった。肘のとこまでついた時、落ちたら危ないと思った私は、さっきと同じようにつまみ、野原に返した。迷うことなく真っすぐ帰っていくその姿は、自分と全く違って見えた。
 2時間後。私は徐々に元気を取り戻し、進む気力も湧いてきた。
 下りは簡単だ。重力に従って落ちていけば良い。つまり一番体力が必要とするときは、まさに今行っている上りである。ここさえ頑張れば、あとはゴールに一直線!
 え、何?もう降りちゃえばいいって?
 私もそうしたいんだけどさ。これが難しいんと思うんよ。私の勘があっていれば、おそらくこの山全体に監視カメラが付いている。さっきアリと遊んでいた時、後ろでずっとちいさな音がしていた。この音は、ビデオを録画しているカメラの内部の音だ。よっぽどの人じゃなければ、これに気付くことは出来ない。
 そう。私はものすごく耳が良いのだ。先月新1年生の健康診断を学校でやったのだけど、その時聴力検診担当の先生に、
「あなたネコ?」
 と聞かれた。
 意味が分からず家でググってみると、猫は人以上に耳の良い動物だと表記されていた。  
 つまり私は、猫ほどの聴力を持っているということになる。信じがたいけど、事実です。これは。 
 さあ、出発すっかあ!果ての無い登山に、気合を入れたその時。
 ガサッ、ガサガサ!
「!何だ。クマか」
 こっちにくる。早くいかないと。慌てて地面を右足で踏んで・・・。
「うわっ」
 まずい。小石につまづいた。急がないといけないのに。
「ぐっ・・・・」
 体勢を立て直して・・・。ちょっと待って。嫌な予感。何か隣にいるような・・・。
 ゆっくりと左を向いていくと・・・。
「うう・・、ぐううう・・・」
 これは、ひぐまだ・・・。もしかして、さっきの足音は・・・。
「うう!!ウラァァァァ!!!!」
 だめだ、刺激しちゃった。逃げよう!私は斜面を登りつつ、クマから逃げ回った。他の獲物がいるってのに、私ばかり追いかけてくる。途中の小枝と言った障害物を巧みにかわし、走ること約20分。
 私は大きな木のせいで行く手を阻まれた。このままではクマに食われておしまいだ。
 降参だ。私を食べるがいい。結局私は、何も成し遂げられなかった。それだけだ。だからもう・・・。
「加奈には加奈のタイミングがあるんだよ」
 由紀ちゃんの声がした。
「君の活躍するときがきっとくる。近衛を信じないか」
 そうだ。私は・・・みんなと戦うんだ。一緒に!
 だから・・・ただで負けるくらいなら、せめて一発!私は右こぶしに力をためる。
 まだだ。まだうたない。
「う・・・。ぐるる・・・・」
 獣は激しい威嚇を私にする。怯むな。力を入れろ!最後まで、負けるな!
 今までになかった熱い感情が芽生えて、今なら何でもできる気がした。
「グワアアア!!」
 クマは溢れんばかりの力をもって突進してくる。・・・・よし、今だ!たった今考えた技名を叫ぶ。
「マジいっぱああああつ!!!」
 私はタイミングよく、ためにためた拳を彼のあごに向かって突き上げた!私の拳の中の本気マジが、大きな攻撃となり。
 ズドッ!次の瞬間、私は信じられないものを見た。それは、クマがあおむけになって気絶している景色だった。
「!!!!」
 急に怖くなって、その場に膝から倒れこんだ。これは、私がやったのか?嘘だ、こんな力はない。まだ私は基礎トレーニングをするような未熟者だ。それなのに・・・。
 私は自分の手を見た。いつの間にか、まめがいっぱいできている。こんなにも、努力したのか?まだ私は何もしていない。なんで・・・・・。
「いい加減にしないか」
「!」
 前を向くと松ノ殿が浮いていた。
「お前に才能がないんじゃない。お前が才能がないと、勘違いしていた。だから本気が出せてなかったんだ。さっきはどうだった?自分は何と言っていた?お前は何を求めていた?」
「それは・・・」
 私は答えに詰まった。確かにさっきは、私の中のが変わっていた。でも、どういったらいいだろう。
「矢代。今すぐ答えなくていい。きっと言葉にしにくいだろう。それに、自分でわかっていればそれで十分だ」
「・・・はい」
「お前は本当の自分を垣間見ることが出来た。それはすごいことだ。この質問には答えろ。お前はこれからどうしたい」
 それは、もうきまっている。
「私は、皆と一緒に戦う。そして、この世界の幻魔と人々を救って・・・。幸せに暮らしたい」
 彼の口角が緩み、笑顔を作る。
「ならすべきことは一つ。判るな」
「はい!」
 私はさっき振り上げた拳を、ぎゅうと握りしめながら、明るい野原へと下山した。
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