3 / 20
序章
2
しおりを挟む
午後の授業には参加したものの、睡魔に圧倒され、内容など頭にまるで入ってこなかった。それは浩介も同じようで、授業中に頭を大きく揺らして先生に叱られていたのが最後の記憶である。気が付けば、あっという間に放課後を迎えていた。
「湊、今日バイトだったっけ?」
帰り道のさなか、浩介が尋ねてきた。正確には、アルバイトというわけではない。訳あって両親と別居をして、妹と二人暮らしをしている湊は、近所に住んでいる伯父の助けで学校に通っている。その為、趣味で経営しているという喫茶店を手伝う事にしていた。遠慮はしたのだが、一応給料も貰っている。まさに、至れり尽くせりで、伯父には頭が上がらない。
「そうだよ。まぁ、特にお客さんが来ることもないだろうけどね」
「仕方ないなぁ……じゃあ、私たちがお客さんになってあげるね!」
何が仕方ないのか分からなかったが、したり顔の聡子に対して文句を言う気にはなれなかった。それに、聡子達が来るのなら暇はせずに済みそうだと、湊は内心思っていた。
「来てもいいけど、ちゃんとお金は払えよ?」
「マスター、ツケ払いで頼むよ」
浩介がイイ声で要求してくる。
「渋めの声で言ってもダメだ。そもそも、あの店のマスターは伯父さんだからな」
「ちぇっ、湊のけちんぼ……」
こうは言うものの、何だかんだとちゃんと代金を支払うのは浩介の良いところである。
「あっ! 二人ともあれ見てよ!」
聡子が突然、何かを指さして声を上げる。その方向には、秋の色彩を見せ始めるイロハモミジの木があった。風に揺れる葉と枝たち。その隙間から差し込んだ光の明滅に、思わず目が眩んでしまいそうになった。
「もう秋だよ! この前みたく、今度の休みの日にピクニック行こうよ!」
「あぁ、そんなこともあったな! 確か……湊と会ってすぐの時だっけ?」
「そうそう。あの時の湊くんってば、全然笑わない怖い人かと思ってたよ」
茶化すように聡子が言う。浩介もそれに同調して、当時の話が繰り広げられた。
思い返してみると、わずか半年前は浩介と聡子の二人も、今のように仲が良かったわけではないのが不思議である。よくあることではあるが、幼馴染だという二人は、中学生になった頃から会話らしい会話はしていなかったらしい。
「む、昔の話はいいだろ! こっちの方に引っ越してきたばっかりで忙しかったんだから」
自分を余所に盛り上がる二人の話に恥ずかしくなってきたので、二人の会話に割り込んで止めに入る。このように、湊という共通のおもちゃが今の高いシンクロ率を生み出しているようだ。
「もうー。恥ずかしがりやなんだから、湊っちは」
やれやれ。と、いった様子で浩介が返してくる。
「まぁいいや。――それで、湊の方は予定大丈夫そうかい?」
「多分、大丈夫。一応、伯父さんに聞いてみるよ」
「やった! じゃあ、紅葉狩り兼芋煮会パーティー、絶対やろうね!」
明らかに後者が目的の提案に思えたが、聡子は余程楽しみなのか、はしゃいで走り出してしまった。おまけに、浩介も湊を置いて走り出してしまった。
「ほんとに、元気だなアイツら……」
前を走る二人を尻目に、湊は先程のモミジの木に目をやる。
(まさか、この二人とこんなに仲良くなるとは思ってもなかったな)
ふと、そんなことを考えながら感傷に浸ってしまう。
性格も、考え方も――生きてきた世界も違うのに。
元々、友達の少ない湊が二人と仲良くなれたことはほぼ奇跡だろう。普段は軽口を叩いてはいるが、感謝はしていた。
(……まぁ、直接は言ってやらないけど)
一人でほくそ笑んでいると、ようやく湊が付いてきていないことに気が付いた二人が、振り返りながら湊に何かを叫んでいた。
「————だからね!」
「え? ごめん! 聞こえなかった!」
聡子の言葉を聞き逃した湊が聞き返す。
「約束! だからね!」
今度こそ、聡子がはにかみながらそう言ったのが聞き取れた。
約束……あぁ、約束だ……。
「みーなーとー! お前が来ないとお店が開かないんだけど!」
湊から反応が返ってこないことに心配したのか、浩介が叫ぶ。
「悪い! すぐ行く!」
湊は先に行った二人に手で合図をしながら、側の木々を一瞥してから走りだした。
そして、湊のバイト先である喫茶店に着いたのはそのすぐ後の事であった。
「湊、今日バイトだったっけ?」
帰り道のさなか、浩介が尋ねてきた。正確には、アルバイトというわけではない。訳あって両親と別居をして、妹と二人暮らしをしている湊は、近所に住んでいる伯父の助けで学校に通っている。その為、趣味で経営しているという喫茶店を手伝う事にしていた。遠慮はしたのだが、一応給料も貰っている。まさに、至れり尽くせりで、伯父には頭が上がらない。
「そうだよ。まぁ、特にお客さんが来ることもないだろうけどね」
「仕方ないなぁ……じゃあ、私たちがお客さんになってあげるね!」
何が仕方ないのか分からなかったが、したり顔の聡子に対して文句を言う気にはなれなかった。それに、聡子達が来るのなら暇はせずに済みそうだと、湊は内心思っていた。
「来てもいいけど、ちゃんとお金は払えよ?」
「マスター、ツケ払いで頼むよ」
浩介がイイ声で要求してくる。
「渋めの声で言ってもダメだ。そもそも、あの店のマスターは伯父さんだからな」
「ちぇっ、湊のけちんぼ……」
こうは言うものの、何だかんだとちゃんと代金を支払うのは浩介の良いところである。
「あっ! 二人ともあれ見てよ!」
聡子が突然、何かを指さして声を上げる。その方向には、秋の色彩を見せ始めるイロハモミジの木があった。風に揺れる葉と枝たち。その隙間から差し込んだ光の明滅に、思わず目が眩んでしまいそうになった。
「もう秋だよ! この前みたく、今度の休みの日にピクニック行こうよ!」
「あぁ、そんなこともあったな! 確か……湊と会ってすぐの時だっけ?」
「そうそう。あの時の湊くんってば、全然笑わない怖い人かと思ってたよ」
茶化すように聡子が言う。浩介もそれに同調して、当時の話が繰り広げられた。
思い返してみると、わずか半年前は浩介と聡子の二人も、今のように仲が良かったわけではないのが不思議である。よくあることではあるが、幼馴染だという二人は、中学生になった頃から会話らしい会話はしていなかったらしい。
「む、昔の話はいいだろ! こっちの方に引っ越してきたばっかりで忙しかったんだから」
自分を余所に盛り上がる二人の話に恥ずかしくなってきたので、二人の会話に割り込んで止めに入る。このように、湊という共通のおもちゃが今の高いシンクロ率を生み出しているようだ。
「もうー。恥ずかしがりやなんだから、湊っちは」
やれやれ。と、いった様子で浩介が返してくる。
「まぁいいや。――それで、湊の方は予定大丈夫そうかい?」
「多分、大丈夫。一応、伯父さんに聞いてみるよ」
「やった! じゃあ、紅葉狩り兼芋煮会パーティー、絶対やろうね!」
明らかに後者が目的の提案に思えたが、聡子は余程楽しみなのか、はしゃいで走り出してしまった。おまけに、浩介も湊を置いて走り出してしまった。
「ほんとに、元気だなアイツら……」
前を走る二人を尻目に、湊は先程のモミジの木に目をやる。
(まさか、この二人とこんなに仲良くなるとは思ってもなかったな)
ふと、そんなことを考えながら感傷に浸ってしまう。
性格も、考え方も――生きてきた世界も違うのに。
元々、友達の少ない湊が二人と仲良くなれたことはほぼ奇跡だろう。普段は軽口を叩いてはいるが、感謝はしていた。
(……まぁ、直接は言ってやらないけど)
一人でほくそ笑んでいると、ようやく湊が付いてきていないことに気が付いた二人が、振り返りながら湊に何かを叫んでいた。
「————だからね!」
「え? ごめん! 聞こえなかった!」
聡子の言葉を聞き逃した湊が聞き返す。
「約束! だからね!」
今度こそ、聡子がはにかみながらそう言ったのが聞き取れた。
約束……あぁ、約束だ……。
「みーなーとー! お前が来ないとお店が開かないんだけど!」
湊から反応が返ってこないことに心配したのか、浩介が叫ぶ。
「悪い! すぐ行く!」
湊は先に行った二人に手で合図をしながら、側の木々を一瞥してから走りだした。
そして、湊のバイト先である喫茶店に着いたのはそのすぐ後の事であった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説


【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
勝手にダンジョンを創られ魔法のある生活が始まりました
久遠 れんり
ファンタジー
別の世界からの侵略を機に地球にばらまかれた魔素、元々なかった魔素の影響を受け徐々に人間は進化をする。
魔法が使えるようになった人類。
侵略者の想像を超え人類は魔改造されていく。
カクヨム公開中。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
平凡冒険者のスローライフ
上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。
平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。
果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか……
ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる