シンジンルイ

Bistro炒飯

文字の大きさ
上 下
27 / 32
新たなる旅立ち

新たなる旅立ち

しおりを挟む

 ☆

 ミドリとアンリの出発の日。

 この一週間ミドリは短い間ではあったが今までの感謝と、体のリハビリを兼ねて日課の仕事に必死に取り組んだ。おかげでミドリは体の鈍りも取れ、故障していた肩も違和感が残る程度でほとんど全快している。

 アンリはミドリとは違い、この一週間は教会の図書館や、村の図書館に籠りきりで勉強を思う存分していた。今までも勉強はしていたらしいが、ミドリとの出立に合わせて急ぎで旅の為に薬草、食べ物、妖魔、様々な知識をもう一度さらう必要があるらしい。

 ルナはターニャに色々と頼まれて忙しそうにしていた。

 アンリ、ルナ、ターニャは十数年一緒に生活していたというのに最後の一週間をほとんど一緒に過ごす時間がなくて大丈夫なのかとミドリは心配していたが、三人の絆はそんなものでなくなるものではないらしかった。ミドリが気にする方が余計なお世話なのかもしれない。

 旅立つ前にそれぞれができることを必死に取り組んでいるという様子で、ミドリも何となくつられて仕事に躍起になっていた。

 いつも通り四人で朝食を食べ、旅立つ時間は朝の9時に設定していたため、もう一度荷物を確認するためにアンリとミドリは食べ終わると急いで部屋に向かい準備を進めた。

 そして時間になると二人は部屋を後にし、階段を降りた。

 下にはターニャとルナが待っていた。

 「本当に今日行っちゃうのね。分かってはいたけど寂しいわ」

 ルナはいよいよ泣き出してしまいそうなほど目には涙を浮かべている。

 「アンリ、ミドリ、これは餞別です。遠慮せずに持って行ってください」

 そう言ってターニャがミドリとアンリの前に差し出したのは大きな包みに入った塊だった。

 アンリが受け取ってそれを開くと、そこには綺麗でしなやかな弦の弓と、半透明の大きな剣が入っていた。

 「これは…………」

 「アンリにはクリーピーウッドから取れる木の芯を使って作られた弓を、ミドリは剣が使えるみたいなので、結晶から錬成された剣を、旅には必要な時が来るでしょうから」

 ターニャがそう説明すると、アンリは剣をミドリに渡して弓は自分の背中に掛けた。

 ミドリは結晶からできた剣を持つと手に馴染ませるように柄をもって目線まで剣先を滑らせた。その剣はずっと前から自分の物だったかのように恐ろしくミドリの手にしっくり馴染んだ。やはり正規の剣は洞窟で適当に砕いて武器として使ったものとはわけが違う。

 「この剣、凄いしっくりきます。結晶の剣って、何の結晶ですか?」

 「やっぱりミドリって、すごいね」

 ルナは驚いた表情をしているがミドリには何のことか理解できていない。

 「どういうことだ」

 「ミドリ、それは鍾乳洞の結晶がベースの剣です。安心してください、あの洞窟からとられたものではありませんから。ですが、結晶の剣というのはあまりの重さに人の手には馴染まないと言われています。この世界における重さはかかった年月や神聖さに比例するとも言われています。鍾乳洞のように途方もない年月をかけて完成した物質はそれだけで神々しい崇高さをその身に纏います。口で説明するよりも実際に見た方が早いので、試しにアンリにその剣を渡してみてください」

 何を言っているのかあまり理解できなかったが、ミドリは言われた通りアンリに剣を渡した。

 「うおっと」

 アンリはミドリから渡されるとその重さに腕が持っていかれてしまい剣の先が真っ逆さまに床に落ちた。

 「え…………」

 ミドリは何が起きたのかさっぱり分からなかった。

 アンリの手から滑り落ちた剣は床に突き刺さっている。

 「普通の人はこうなのよ、ミドリ。洞窟で化け物と戦っていた時から結晶の塊を振り回してて凄いと思ってたのよ」

 ルナはやっぱり、というような顔をしている。

 「僕もあの時は必死だから忘れていたけど、確かに鍾乳洞の結晶で出来た剣にもなってない石柱を振り回すなんて今思えば普通じゃないな」

 アンリもルナに同調した。

 引きずりながら再びアンリがミドリに剣を渡すと、ミドリは軽々と持ち上げることが出来た。

 「俺にはさっぱり分からないな。普通の剣にしか感じないけれど」

 やはり自分にとってはただの剣にしか見えないため、ミドリは困惑したがとりあえずは剣を腰に差してありがたく受け取ることにした。

 「ターニャ、ルナ、今までありがとう。感謝してもしきれないくらい感謝してるよ」

 アンリは改めて二人に対して感謝の言葉を述べた。

 「もうこれまで何回も聞いたよ、アンリ。外で見て、体験してきた話たくさん聞きたいからたまには帰ってきてね」

 「そうですね。また、時折顔を見せに来てください。健康に気を付けて、行ってらっしゃい」

 「行ってきます!」

 アンリは元気よく教会の扉を開けて外に飛び出した。

 ミドリも遅れないようにアンリの後を追おうとすると、ターニャがミドリの名前を呼んだ。

 「ミドリも気を付けて。それと、アンリをよろしくお願いします」

 ミドリはターニャのその言葉に大役を任されたようなプレッシャーを感じた。正直、当てもない、先の見えない旅になることは疑いようがない。

 毎日三食食べれて、風呂には入れて、屋根のある場所で寝れるとは限らない。よろしくという言葉に素直に返事を出来るほどミドリは甘く見ていなかった。

 すぐに返事をするのは安っぽくなってしまうと感じ、結局無言で強く頷くにとどめた。

 「何か話してたのか?」

 アンリは出てくるのに時間がかかったミドリに対して質問した。

 「いや、挨拶しただけだ」

 「そうか。よし、行こう」

 アンリは荷物を肩にかけて歩き出す。

 ミドリもいよいよ安息の地を離れて始まる果てしない旅に緊張と高揚感で高鳴る胸を押さえてアンリに遅れず肩を並べて歩く。

 教会の入り口からターニャとルナに見送られながらミドリとアンリはニルディを旅立った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

☆レグルス戦記☆

naturalsoft
ファンタジー
僕は気付くと記憶を失っていた。 名前以外思い出せない僕の目の前に、美しい女神様が現れた。 「私は神の一柱、【ミネルヴァ】と言います。現在、邪神により世界が混沌しています。勇者レグルスよ。邪神の力となっている大陸の戦争を止めて邪神の野望を打ち砕いて下さい」 こうして僕は【神剣ダインスレイヴ】を渡され戦禍へと身を投じて行くことになる。 「私もお前の横に並んで戦うわ。一緒に夢を叶えましょう!絶対に死なせないから」 そして、戦友となるジャンヌ・ダルクと出逢い、肩を並べて戦うのだった。 テーマは【王道】戦記 ※地図は専用ソフトを使い自作です。 ※一部の挿絵は有料版のイラストを使わせて頂いております。 (レグルスとジャンヌは作者が作ったオリジナルです) 素材提供 『背景素材屋さんみにくる』 『ふわふわにゃんこ』 『森の奥の隠れ里』

三回死んで、恋になる。

藤 慶
ファンタジー
さあ、一緒に、恋をしよう。 トラ転(トラックに轢かれて転生)して始まる 新感覚 異世界転生 下克上ラブストーリー。 になる予定。 片思いの教師に、殺されたヒロイン。 転生した世界は、4色に別れていた。 白の国は雪の世界。 青の国は海に恵まれた島国の世界。 赤の国は灼熱の砂漠の世界。 緑の世界は山々に囲まれた新緑の世界。 前世の記憶を持って、片想いの相手とトラ転で転生した彼女は、いくつもの命を持っていた。 何のための命かって? それは、覗いてみればわかるよ。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

性転換マッサージ2

廣瀬純一
ファンタジー
性転換マッサージに通う夫婦の話

真なる世界の主人公達よ。

独。
ファンタジー
こちらの世界とあちらの世界(異世界)が混同した世界で人々や色んな種族の思いが交錯する。そんな異世界ファンタジーです。一話約1000文字で構成されてるので気軽に読めます。かなり分けているので何話か読まないと掴めない可能性がありますがあしからず。 あなたの隙間の暇を豊かに。

異世界に転生!堪能させて頂きます

葵沙良
ファンタジー
遠宮 鈴霞(とおみやりんか)28歳。 大手企業の庶務課に勤める普通のOL。 今日は何時もの残業が無く、定時で帰宅途中の交差点そばのバス停で事件は起きた━━━━。 ハンドルを切り損なった車が、高校生3人と鈴霞のいるバス停に突っ込んできたのだ! 死んだと思ったのに、目を覚ました場所は白い空間。 女神様から、地球の輪廻に戻るか異世界アークスライドへ転生するか聞かれたのだった。 「せっかくの異世界、チャンスが有るなら行きますとも!堪能させて頂きます♪」 笑いあり涙あり?シリアスあり。トラブルに巻き込まれたり⁉ 鈴霞にとって楽しい異世界ライフになるのか⁉ 趣味の域で書いておりますので、雑な部分があるかも知れませんが、楽しく読んで頂けたら嬉しいです。戦闘シーンも出来るだけ頑張って書いていきたいと思います。 こちらは《改訂版》です。現在、加筆・修正を大幅に行っています。なので、不定期投稿です。 何の予告もなく修正等行う場合が有りますので、ご容赦下さいm(__)m

タイムワープ艦隊2024

山本 双六
SF
太平洋を横断する日本機動部隊。この日本があるのは、大東亜(太平洋)戦争に勝利したことである。そんな日本が勝った理由は、ある機動部隊が来たことであるらしい。人呼んで「神の機動部隊」である。 この世界では、太平洋戦争で日本が勝った世界戦で書いています。(毎回、太平洋戦争系が日本ばかり勝っ世界線ですいません)逆ファイナルカウントダウンと考えてもらえればいいかと思います。只今、続編も同時並行で書いています!お楽しみに!

処理中です...