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第二部 人間に戻りました
36 豆うるさい
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「これは青鈴草という薬草ですが、傷を治す力に優れています。他にも傷を治す薬草はありますが、青鈴草を使うと深い傷も一瞬で治り、しかも少しの傷跡も残しません。女性や貴族の方から重宝されている薬草です」
「ただの勘ですけど、お高そうな薬ですね?」
「高いですよ。青鈴草は貴重で少しずつしか花を咲かせませんし、薬になるまでにそれはもう、鬱陶しいぐらい手間ひまかかります。作るのが難しい薬です」
「そのお薬を作って売る事ができたら、お金が手に入るでしょうか……!?」
「……よほど南大陸へ帰りたいのですね…………」
私の切実な叫びに、ティティンさんは困ったように苦笑した。そりゃもう、心から帰りたいのです。とにかく旅費を何とかしないと……!
「青鈴草は貴重で失敗できません……。ですから今回は、もっと簡単な薬を一緒に作ってみましょう」
「……ですよね。さすがに最初から上手く行くとは思えない……」
「基本の五種を作れたら薬術士として認められますから、まずはそれを目指しましょう。傷薬、胃腸薬、解熱薬、痛み止め、解毒薬の五つです」
「解毒薬? 毒を分解する薬が基本の中に入ってるんだ……。そんなに毒を盛られる人が多いんですか?」
「増えたのはここ数年ですね。今は特に、呪術による毒を無効化する解毒薬が求められています。はぐれの魔法使いたちがお金のために呪術を使う事が多くて困ってるんですよ。ターニア様はそういった事情を憂い、呪いの解析をする呪術士と解毒をする薬術士の資格を作りました」
レゲ爺さんは以前、とんでもない事件を起こした魔法士は大陸中から指名手配されると言っていた。ロンダさんのように賢者に嫌われたという理由ならともかく、事件を起こした元魔法士にまともな仕事の依頼なんか来るわけがない。
(それでキーファみたいに世界中を転々とする事になったり、毒殺みたいな危険な仕事を受ける事になっちゃうわけね……。ターニア様はちょっと偉そうな女王様だけど、やってる事はとても尊敬できる)
「呪術を掛けられた人って、ぱっと見て分かるものなんでしょうか。呪術士はどんな呪いでも解けますか?」
「毒ならすぐに判別できますが、精神に作用する呪術は分かりにくくて解くのも非常に困難です。そういった呪術に詳しいのはターニア様ぐらいでしょう」
じゃあやっぱり、ハル様の事はターニア様に相談するしかない。私も自力で調べるつもりだけど、無理そうなら何とかしてハル様をターニア様に見てもらおう。
私とティティンさんは籠に何種類かの薬草を入れて部屋に戻った。まるで理科室のような部屋で、戸棚の中には天秤や小さな鉢、すりこぎ棒、三脚まで色々と揃っている。
壁際には草を干す棚があって、カラカラに乾いた薬草を円形の石を転がして粉末にしている薬術士もいた。道具の名前は分からない。
「まずは街でいちばん売れている傷薬を作ってみましょう。基本中の基本、ヤゥレイェン軟膏です。材料は苔アオガエルの油、ニジイロアオイの花、ヒトコト豆の三種類」
「ひとこと豆?」
「太陽光を浴びると文句を言うので、暗室で育てています」
文句を言う?
ティティンさんは不思議なことを言って壁のドアを開けた。内側にもう一つドアがあって、そこを空ける前に一つ目のドアを閉じるように言われる。
最初のドアを開けるとドアに挟まれた空間は完全に暗闇になり、天井に付けられたランプが勝手にぼうっと光りだした。
「少し薄暗いですが、明るくするとうるさいのです」
「うるさい……?」
何がうるさいんだろうか。
ティティンさんが二つ目のドアを開けると、大きな箱が並んでいる部屋に出た。二メートル四方ぐらいの箱に、何かが大量に生えている。
「見た目はモヤシそっくり……。ひょろひょろしたピンクの根っこが大量に生えてますね」
「水耕栽培しています。どれでもいいですから、五本抜いてください」
「どれでも……。じゃあこの辺でいいか」
私は一番近くにあった箱を覗き込み、細い根っこを一つ摘み上げた。しかし、次の瞬間。
「抜カナイデ」
少女のようなか細い声が響き、誰の声かと周囲を見渡しても、やっぱり私とティティンさんしかいない。
「ティティンさん、何か言いました?」
「わたしではありません。豆の声です」
「……は?」
そんなまさか。根っこが喋るなんて――と下を見れば、モヤシの根元にある豆に口が付いている。その口が動いて、
「ヤメテ! 抜カナイデ!」
「ひぇっ!?」
抜かないでアピールをしてくるじゃないか。これじゃ喋るモヤシだ。
「抜きにくい! 微妙に良心が痛みます!」
「気にせず『えぃやっ』と一思いに抜くのがコツです。この段階を進まないと薬術士にはなれません。さあ、容赦なく抜いてください」
「う、ぐぐ……せぇい!」
ほとんど手ごたえなくぷつんと抜けた。抜く瞬間は「キャー」と叫んでいたのに、今は私の手の中でぐったりしている。
「やりにく……。喋る植物なんて初めて見ました」
「ヒトコト豆はとにかく太陽光を嫌うのです。今は一本だけのお喋りでしたけど、日光を浴びると全員が一斉に喋るので地獄ですよ」
「……でしょうね。想像するだけでうるさそうです」
「ただの勘ですけど、お高そうな薬ですね?」
「高いですよ。青鈴草は貴重で少しずつしか花を咲かせませんし、薬になるまでにそれはもう、鬱陶しいぐらい手間ひまかかります。作るのが難しい薬です」
「そのお薬を作って売る事ができたら、お金が手に入るでしょうか……!?」
「……よほど南大陸へ帰りたいのですね…………」
私の切実な叫びに、ティティンさんは困ったように苦笑した。そりゃもう、心から帰りたいのです。とにかく旅費を何とかしないと……!
「青鈴草は貴重で失敗できません……。ですから今回は、もっと簡単な薬を一緒に作ってみましょう」
「……ですよね。さすがに最初から上手く行くとは思えない……」
「基本の五種を作れたら薬術士として認められますから、まずはそれを目指しましょう。傷薬、胃腸薬、解熱薬、痛み止め、解毒薬の五つです」
「解毒薬? 毒を分解する薬が基本の中に入ってるんだ……。そんなに毒を盛られる人が多いんですか?」
「増えたのはここ数年ですね。今は特に、呪術による毒を無効化する解毒薬が求められています。はぐれの魔法使いたちがお金のために呪術を使う事が多くて困ってるんですよ。ターニア様はそういった事情を憂い、呪いの解析をする呪術士と解毒をする薬術士の資格を作りました」
レゲ爺さんは以前、とんでもない事件を起こした魔法士は大陸中から指名手配されると言っていた。ロンダさんのように賢者に嫌われたという理由ならともかく、事件を起こした元魔法士にまともな仕事の依頼なんか来るわけがない。
(それでキーファみたいに世界中を転々とする事になったり、毒殺みたいな危険な仕事を受ける事になっちゃうわけね……。ターニア様はちょっと偉そうな女王様だけど、やってる事はとても尊敬できる)
「呪術を掛けられた人って、ぱっと見て分かるものなんでしょうか。呪術士はどんな呪いでも解けますか?」
「毒ならすぐに判別できますが、精神に作用する呪術は分かりにくくて解くのも非常に困難です。そういった呪術に詳しいのはターニア様ぐらいでしょう」
じゃあやっぱり、ハル様の事はターニア様に相談するしかない。私も自力で調べるつもりだけど、無理そうなら何とかしてハル様をターニア様に見てもらおう。
私とティティンさんは籠に何種類かの薬草を入れて部屋に戻った。まるで理科室のような部屋で、戸棚の中には天秤や小さな鉢、すりこぎ棒、三脚まで色々と揃っている。
壁際には草を干す棚があって、カラカラに乾いた薬草を円形の石を転がして粉末にしている薬術士もいた。道具の名前は分からない。
「まずは街でいちばん売れている傷薬を作ってみましょう。基本中の基本、ヤゥレイェン軟膏です。材料は苔アオガエルの油、ニジイロアオイの花、ヒトコト豆の三種類」
「ひとこと豆?」
「太陽光を浴びると文句を言うので、暗室で育てています」
文句を言う?
ティティンさんは不思議なことを言って壁のドアを開けた。内側にもう一つドアがあって、そこを空ける前に一つ目のドアを閉じるように言われる。
最初のドアを開けるとドアに挟まれた空間は完全に暗闇になり、天井に付けられたランプが勝手にぼうっと光りだした。
「少し薄暗いですが、明るくするとうるさいのです」
「うるさい……?」
何がうるさいんだろうか。
ティティンさんが二つ目のドアを開けると、大きな箱が並んでいる部屋に出た。二メートル四方ぐらいの箱に、何かが大量に生えている。
「見た目はモヤシそっくり……。ひょろひょろしたピンクの根っこが大量に生えてますね」
「水耕栽培しています。どれでもいいですから、五本抜いてください」
「どれでも……。じゃあこの辺でいいか」
私は一番近くにあった箱を覗き込み、細い根っこを一つ摘み上げた。しかし、次の瞬間。
「抜カナイデ」
少女のようなか細い声が響き、誰の声かと周囲を見渡しても、やっぱり私とティティンさんしかいない。
「ティティンさん、何か言いました?」
「わたしではありません。豆の声です」
「……は?」
そんなまさか。根っこが喋るなんて――と下を見れば、モヤシの根元にある豆に口が付いている。その口が動いて、
「ヤメテ! 抜カナイデ!」
「ひぇっ!?」
抜かないでアピールをしてくるじゃないか。これじゃ喋るモヤシだ。
「抜きにくい! 微妙に良心が痛みます!」
「気にせず『えぃやっ』と一思いに抜くのがコツです。この段階を進まないと薬術士にはなれません。さあ、容赦なく抜いてください」
「う、ぐぐ……せぇい!」
ほとんど手ごたえなくぷつんと抜けた。抜く瞬間は「キャー」と叫んでいたのに、今は私の手の中でぐったりしている。
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「ヒトコト豆はとにかく太陽光を嫌うのです。今は一本だけのお喋りでしたけど、日光を浴びると全員が一斉に喋るので地獄ですよ」
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