101 / 115
第二部 人間に戻りました
36 豆うるさい
しおりを挟む
「これは青鈴草という薬草ですが、傷を治す力に優れています。他にも傷を治す薬草はありますが、青鈴草を使うと深い傷も一瞬で治り、しかも少しの傷跡も残しません。女性や貴族の方から重宝されている薬草です」
「ただの勘ですけど、お高そうな薬ですね?」
「高いですよ。青鈴草は貴重で少しずつしか花を咲かせませんし、薬になるまでにそれはもう、鬱陶しいぐらい手間ひまかかります。作るのが難しい薬です」
「そのお薬を作って売る事ができたら、お金が手に入るでしょうか……!?」
「……よほど南大陸へ帰りたいのですね…………」
私の切実な叫びに、ティティンさんは困ったように苦笑した。そりゃもう、心から帰りたいのです。とにかく旅費を何とかしないと……!
「青鈴草は貴重で失敗できません……。ですから今回は、もっと簡単な薬を一緒に作ってみましょう」
「……ですよね。さすがに最初から上手く行くとは思えない……」
「基本の五種を作れたら薬術士として認められますから、まずはそれを目指しましょう。傷薬、胃腸薬、解熱薬、痛み止め、解毒薬の五つです」
「解毒薬? 毒を分解する薬が基本の中に入ってるんだ……。そんなに毒を盛られる人が多いんですか?」
「増えたのはここ数年ですね。今は特に、呪術による毒を無効化する解毒薬が求められています。はぐれの魔法使いたちがお金のために呪術を使う事が多くて困ってるんですよ。ターニア様はそういった事情を憂い、呪いの解析をする呪術士と解毒をする薬術士の資格を作りました」
レゲ爺さんは以前、とんでもない事件を起こした魔法士は大陸中から指名手配されると言っていた。ロンダさんのように賢者に嫌われたという理由ならともかく、事件を起こした元魔法士にまともな仕事の依頼なんか来るわけがない。
(それでキーファみたいに世界中を転々とする事になったり、毒殺みたいな危険な仕事を受ける事になっちゃうわけね……。ターニア様はちょっと偉そうな女王様だけど、やってる事はとても尊敬できる)
「呪術を掛けられた人って、ぱっと見て分かるものなんでしょうか。呪術士はどんな呪いでも解けますか?」
「毒ならすぐに判別できますが、精神に作用する呪術は分かりにくくて解くのも非常に困難です。そういった呪術に詳しいのはターニア様ぐらいでしょう」
じゃあやっぱり、ハル様の事はターニア様に相談するしかない。私も自力で調べるつもりだけど、無理そうなら何とかしてハル様をターニア様に見てもらおう。
私とティティンさんは籠に何種類かの薬草を入れて部屋に戻った。まるで理科室のような部屋で、戸棚の中には天秤や小さな鉢、すりこぎ棒、三脚まで色々と揃っている。
壁際には草を干す棚があって、カラカラに乾いた薬草を円形の石を転がして粉末にしている薬術士もいた。道具の名前は分からない。
「まずは街でいちばん売れている傷薬を作ってみましょう。基本中の基本、ヤゥレイェン軟膏です。材料は苔アオガエルの油、ニジイロアオイの花、ヒトコト豆の三種類」
「ひとこと豆?」
「太陽光を浴びると文句を言うので、暗室で育てています」
文句を言う?
ティティンさんは不思議なことを言って壁のドアを開けた。内側にもう一つドアがあって、そこを空ける前に一つ目のドアを閉じるように言われる。
最初のドアを開けるとドアに挟まれた空間は完全に暗闇になり、天井に付けられたランプが勝手にぼうっと光りだした。
「少し薄暗いですが、明るくするとうるさいのです」
「うるさい……?」
何がうるさいんだろうか。
ティティンさんが二つ目のドアを開けると、大きな箱が並んでいる部屋に出た。二メートル四方ぐらいの箱に、何かが大量に生えている。
「見た目はモヤシそっくり……。ひょろひょろしたピンクの根っこが大量に生えてますね」
「水耕栽培しています。どれでもいいですから、五本抜いてください」
「どれでも……。じゃあこの辺でいいか」
私は一番近くにあった箱を覗き込み、細い根っこを一つ摘み上げた。しかし、次の瞬間。
「抜カナイデ」
少女のようなか細い声が響き、誰の声かと周囲を見渡しても、やっぱり私とティティンさんしかいない。
「ティティンさん、何か言いました?」
「わたしではありません。豆の声です」
「……は?」
そんなまさか。根っこが喋るなんて――と下を見れば、モヤシの根元にある豆に口が付いている。その口が動いて、
「ヤメテ! 抜カナイデ!」
「ひぇっ!?」
抜かないでアピールをしてくるじゃないか。これじゃ喋るモヤシだ。
「抜きにくい! 微妙に良心が痛みます!」
「気にせず『えぃやっ』と一思いに抜くのがコツです。この段階を進まないと薬術士にはなれません。さあ、容赦なく抜いてください」
「う、ぐぐ……せぇい!」
ほとんど手ごたえなくぷつんと抜けた。抜く瞬間は「キャー」と叫んでいたのに、今は私の手の中でぐったりしている。
「やりにく……。喋る植物なんて初めて見ました」
「ヒトコト豆はとにかく太陽光を嫌うのです。今は一本だけのお喋りでしたけど、日光を浴びると全員が一斉に喋るので地獄ですよ」
「……でしょうね。想像するだけでうるさそうです」
「ただの勘ですけど、お高そうな薬ですね?」
「高いですよ。青鈴草は貴重で少しずつしか花を咲かせませんし、薬になるまでにそれはもう、鬱陶しいぐらい手間ひまかかります。作るのが難しい薬です」
「そのお薬を作って売る事ができたら、お金が手に入るでしょうか……!?」
「……よほど南大陸へ帰りたいのですね…………」
私の切実な叫びに、ティティンさんは困ったように苦笑した。そりゃもう、心から帰りたいのです。とにかく旅費を何とかしないと……!
「青鈴草は貴重で失敗できません……。ですから今回は、もっと簡単な薬を一緒に作ってみましょう」
「……ですよね。さすがに最初から上手く行くとは思えない……」
「基本の五種を作れたら薬術士として認められますから、まずはそれを目指しましょう。傷薬、胃腸薬、解熱薬、痛み止め、解毒薬の五つです」
「解毒薬? 毒を分解する薬が基本の中に入ってるんだ……。そんなに毒を盛られる人が多いんですか?」
「増えたのはここ数年ですね。今は特に、呪術による毒を無効化する解毒薬が求められています。はぐれの魔法使いたちがお金のために呪術を使う事が多くて困ってるんですよ。ターニア様はそういった事情を憂い、呪いの解析をする呪術士と解毒をする薬術士の資格を作りました」
レゲ爺さんは以前、とんでもない事件を起こした魔法士は大陸中から指名手配されると言っていた。ロンダさんのように賢者に嫌われたという理由ならともかく、事件を起こした元魔法士にまともな仕事の依頼なんか来るわけがない。
(それでキーファみたいに世界中を転々とする事になったり、毒殺みたいな危険な仕事を受ける事になっちゃうわけね……。ターニア様はちょっと偉そうな女王様だけど、やってる事はとても尊敬できる)
「呪術を掛けられた人って、ぱっと見て分かるものなんでしょうか。呪術士はどんな呪いでも解けますか?」
「毒ならすぐに判別できますが、精神に作用する呪術は分かりにくくて解くのも非常に困難です。そういった呪術に詳しいのはターニア様ぐらいでしょう」
じゃあやっぱり、ハル様の事はターニア様に相談するしかない。私も自力で調べるつもりだけど、無理そうなら何とかしてハル様をターニア様に見てもらおう。
私とティティンさんは籠に何種類かの薬草を入れて部屋に戻った。まるで理科室のような部屋で、戸棚の中には天秤や小さな鉢、すりこぎ棒、三脚まで色々と揃っている。
壁際には草を干す棚があって、カラカラに乾いた薬草を円形の石を転がして粉末にしている薬術士もいた。道具の名前は分からない。
「まずは街でいちばん売れている傷薬を作ってみましょう。基本中の基本、ヤゥレイェン軟膏です。材料は苔アオガエルの油、ニジイロアオイの花、ヒトコト豆の三種類」
「ひとこと豆?」
「太陽光を浴びると文句を言うので、暗室で育てています」
文句を言う?
ティティンさんは不思議なことを言って壁のドアを開けた。内側にもう一つドアがあって、そこを空ける前に一つ目のドアを閉じるように言われる。
最初のドアを開けるとドアに挟まれた空間は完全に暗闇になり、天井に付けられたランプが勝手にぼうっと光りだした。
「少し薄暗いですが、明るくするとうるさいのです」
「うるさい……?」
何がうるさいんだろうか。
ティティンさんが二つ目のドアを開けると、大きな箱が並んでいる部屋に出た。二メートル四方ぐらいの箱に、何かが大量に生えている。
「見た目はモヤシそっくり……。ひょろひょろしたピンクの根っこが大量に生えてますね」
「水耕栽培しています。どれでもいいですから、五本抜いてください」
「どれでも……。じゃあこの辺でいいか」
私は一番近くにあった箱を覗き込み、細い根っこを一つ摘み上げた。しかし、次の瞬間。
「抜カナイデ」
少女のようなか細い声が響き、誰の声かと周囲を見渡しても、やっぱり私とティティンさんしかいない。
「ティティンさん、何か言いました?」
「わたしではありません。豆の声です」
「……は?」
そんなまさか。根っこが喋るなんて――と下を見れば、モヤシの根元にある豆に口が付いている。その口が動いて、
「ヤメテ! 抜カナイデ!」
「ひぇっ!?」
抜かないでアピールをしてくるじゃないか。これじゃ喋るモヤシだ。
「抜きにくい! 微妙に良心が痛みます!」
「気にせず『えぃやっ』と一思いに抜くのがコツです。この段階を進まないと薬術士にはなれません。さあ、容赦なく抜いてください」
「う、ぐぐ……せぇい!」
ほとんど手ごたえなくぷつんと抜けた。抜く瞬間は「キャー」と叫んでいたのに、今は私の手の中でぐったりしている。
「やりにく……。喋る植物なんて初めて見ました」
「ヒトコト豆はとにかく太陽光を嫌うのです。今は一本だけのお喋りでしたけど、日光を浴びると全員が一斉に喋るので地獄ですよ」
「……でしょうね。想像するだけでうるさそうです」
22
お気に入りに追加
2,616
あなたにおすすめの小説

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜
青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ
孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。
そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。
これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。
小説家になろう様からの転載です!
異世界転生~チート魔法でスローライフ
玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
【完結】追放された生活錬金術師は好きなようにブランド運営します!
加藤伊織
ファンタジー
(全151話予定)世界からは魔法が消えていっており、錬金術師も賢者の石や金を作ることは不可能になっている。そんな中で、生活に必要な細々とした物を作る生活錬金術は「小さな錬金術」と呼ばれていた。
カモミールは師であるロクサーヌから勧められて「小さな錬金術」の道を歩み、ロクサーヌと共に化粧品のブランドを立ち上げて成功していた。しかし、ロクサーヌの突然の死により、その息子で兄弟子であるガストンから住み込んで働いていた家を追い出される。
落ち込みはしたが幼馴染みのヴァージルや友人のタマラに励まされ、独立して工房を持つことにしたカモミールだったが、師と共に運営してきたブランドは名義がガストンに引き継がれており、全て一から出直しという状況に。
そんな中、格安で見つけた恐ろしく古い工房を買い取ることができ、カモミールはその工房で新たなスタートを切ることにした。
器具付き・格安・ただし狭くてボロい……そんな訳あり物件だったが、更におまけが付いていた。据えられた錬金釜が1000年の時を経て精霊となり、人の姿を取ってカモミールの前に現れたのだ。
失われた栄光の過去を懐かしみ、賢者の石やホムンクルスの作成に挑ませようとする錬金釜の精霊・テオ。それに対して全く興味が無い日常指向のカモミール。
過保護な幼馴染みも隣に引っ越してきて、予想外に騒がしい日常が彼女を待っていた。
これは、ポーションも作れないし冒険もしない、ささやかな錬金術師の物語である。
彼女は化粧品や石けんを作り、「ささやかな小市民」でいたつもりなのだが、品質の良い化粧品を作る彼女を周囲が放っておく訳はなく――。
毎日15:10に1話ずつ更新です。
この作品は小説家になろう様・カクヨム様・ノベルアッププラス様にも掲載しています。

異世界に転生したので幸せに暮らします、多分
かのこkanoko
ファンタジー
物心ついたら、異世界に転生していた事を思い出した。
前世の分も幸せに暮らします!
平成30年3月26日完結しました。
番外編、書くかもです。
5月9日、番外編追加しました。
小説家になろう様でも公開してます。
エブリスタ様でも公開してます。

目覚めれば異世界!ところ変われば!
秋吉美寿
ファンタジー
体育会系、武闘派女子高生の美羽は空手、柔道、弓道の有段者!女子からは頼られ男子たちからは男扱い!そんなたくましくもちょっぴり残念な彼女もじつはキラキラふわふわなお姫様に憧れる隠れ乙女だった。
ある日体調不良から歩道橋の階段を上から下までまっさかさま!
目覚めると自分はふわふわキラキラな憧れのお姫様…なにこれ!なんて素敵な夢かしら!と思っていたが何やらどうも夢ではないようで…。
公爵家の一人娘ルミアーナそれが目覚めた異なる世界でのもう一人の自分。
命を狙われてたり鬼将軍に恋をしたり、王太子に襲われそうになったり、この世界でもやっぱり大人しくなんてしてられそうにありません。
身体を鍛えて自分の身は自分で守ります!

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

聖女やめます……タダ働きは嫌!友達作ります!冒険者なります!お金稼ぎます!ちゃっかり世界も救います!
さくしゃ
ファンタジー
職業「聖女」としてお勤めに忙殺されるクミ
祈りに始まり、一日中治療、時にはドラゴン討伐……しかし、全てタダ働き!
も……もう嫌だぁ!
半狂乱の最強聖女は冒険者となり、軟禁生活では味わえなかった生活を知りはっちゃける!
時には、不労所得、冒険者業、アルバイトで稼ぐ!
大金持ちにもなっていき、世界も救いまーす。
色んなキャラ出しまくりぃ!
カクヨムでも掲載チュッ
⚠︎この物語は全てフィクションです。
⚠︎現実では絶対にマネはしないでください!

【完結】男爵令嬢は冒険者生活を満喫する
影清
ファンタジー
英雄の両親を持つ男爵令嬢のサラは、十歳の頃から冒険者として活動している。優秀な両親、優秀な兄に恥じない娘であろうと努力するサラの前に、たくさんのメイドや護衛に囲まれた侯爵令嬢が現れた。「卒業イベントまでに、立派な冒険者になっておきたいの」。一人でも生きていけるようにだとか、追放なんてごめんだわなど、意味の分からぬことを言う令嬢と関わりたくないサラだが、同じ学園に入学することになって――。
※残酷な描写は予告なく出てきます。
※小説家になろう、アルファポリス、カクヨムに掲載中です。
※106話完結。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる