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第二部 人間に戻りました
19 大きな街に到着
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「おぉい、もう終点だよ。起きろよ、お二人さん」
「……んん?」
ヒゲの濃いオジサンに揺り動かされて目が覚めた。隣ではまだロンダさんが寝ている。
「ロンダさん、ロンダさん。終点だそうです」
「ほえ? もう終点かぁ……」
最初は混んでいた馬車の中もすでに空っぽで、私とロンダさんが乗っているだけだ。私たちはよろよろと馬車から降り、こり固まった体をほぐした。腕を回すとポキッと音がする。
日は既に傾き、じきに夕方になりそうだった。少し寝すぎたかもしれない。
「ここ何処ですかね。どっかの街の中みたいですけど」
「やっと着いたわ……。ここはテュルキエの最大都市、アンドナよ。街外れにアタシの家があるわ。さ、行きましょ」
私はロンダさんの後ろに付いて歩き出した。街のあちこちに水路があり、少し歩くたびに石の橋を渡る。水路には木製の細長い舟が浮かんでいて、人が乗ったり荷物を運んだりしていた。
「すごい。川のすぐ横に建物があって、舟から人や荷物が出入りできるようになってるんだ!」
「アンドナは三角州の上にある都市だから川が多くて、舟での移動が便利なのよ。でも乗るたびにお金が掛かるから頑張って歩くわ」
私たちは何度も橋を渡り、洗練された都市の中心部から下町のような場所に入った。建物はどれも一階か二階建てでやや古く、塀の上にのんびり猫が寝ていたりする。路地裏を元気な子供達がわーっと駆け抜けていった。
「到着。ボロ家だけど、どうぞ」
「お邪魔します」
ロンダさんの家は彼女が言った通り、年季の入った建物だった。二階建てであちこちペンキが剥げたり壁にヒビが入っていたりする。でも私にとっては慣れ親しんだ雰囲気だ。子供のケンカでドアが外れたりしていないだけマシだ。充分暮らせそうなお家である。
ロンダさんが好きな部屋を使っていいと言ってくれたので、二階の一番小さな部屋を借りることにした。
(リノという名前と、十七歳という年齢しか分からないのに、私を家に招いてくれるなんていい人だな……。ロンダさんは信用できる人だ)
一階に降りるとロンダさんはキッチンにいて、隅に置かれた箱を覗き込んで深いため息をついている。私も後ろから箱をちらりと見ると、中はほとんど空だった。
「うぅ……食料が全然ない」
「この乾いてシナシナになったの、人参ですかね。あとは芽が伸びた玉ねぎと……。食べられそうなものがない」
「駄目もとで、斡旋所に行ってみようかな。残りのお金をもらえるかもしれないしさ」
せっかく帰ってきたというのに、ロンダさんは鞄を持ってまた出かけるらしい。私も勿論ついて行く事にした。
「斡旋所ってなんですか?」
「アタシらみたいなしがない魔法使いは、斡旋所で仕事をもらって働くのよ。引き受けた時に前金を受け取って、無事に仕事が完了したら残りのお金を貰える。今回は船の護衛だったから結構な大金だったけど……失敗しちゃったからな……。残金はもらえないかもなぁ」
「ロンダさん、魔法士じゃなかったんですか。黒いローブを着てるから、てっきり魔法士なのかと……」
「アタシみたいな妙齢の女性には、深い……ふか~い事情があるの。そりゃもう、海溝のような深い事情がね……」
つまり、どうしてしがない魔法使いになったのかは聞かれたくないって事らしい。余計な詮索はしないでおこう。
ロンダさんと私は大通りに出て、三階建ての古いビルのような建物を目指して歩いた。屋根のすぐ下に『斡旋所アンドナ西支部』というデカい看板が掛けられている。
両開きの扉から中に入ると、ロンダさんは鞄から一枚の紙を出して受付の女性に見せた。
「この仕事を受けたんですけど……。残金って貰えます?」
「少々お待ちください」
受付の人は紙を持ってドアの向こうに消えたけど、しばらくして戻ってきた。手に袋を持っている。
「依頼人から無事に完了したと連絡を受けました。これが残りの報酬です」
「えっ……連絡来たんですか? ほんとに?」
「船乗り協会から既に連絡が来ています。請負人と十二歳ぐらいの少女が来たら、このお金を渡すようにとの事でした」
「やっ、やったぁ! リノのお陰だわ! これでしばらくは食い繋げる!」
ロンダさんは大はしゃぎして、お金と私を一緒くたにぎゅっと抱きしめた。しかし私としては複雑な心境であった。
(船で会った胸毛の濃いオッサンがお金をくれたのかな。でも『十二歳ぐらい』は余計なんですけど! この世界の人たちが、日本人に比べたら老けてるだけ――でもないか。ハル様は年齢どおりに見えるし。童顔は長所って事にしとこ)
「……んん?」
ヒゲの濃いオジサンに揺り動かされて目が覚めた。隣ではまだロンダさんが寝ている。
「ロンダさん、ロンダさん。終点だそうです」
「ほえ? もう終点かぁ……」
最初は混んでいた馬車の中もすでに空っぽで、私とロンダさんが乗っているだけだ。私たちはよろよろと馬車から降り、こり固まった体をほぐした。腕を回すとポキッと音がする。
日は既に傾き、じきに夕方になりそうだった。少し寝すぎたかもしれない。
「ここ何処ですかね。どっかの街の中みたいですけど」
「やっと着いたわ……。ここはテュルキエの最大都市、アンドナよ。街外れにアタシの家があるわ。さ、行きましょ」
私はロンダさんの後ろに付いて歩き出した。街のあちこちに水路があり、少し歩くたびに石の橋を渡る。水路には木製の細長い舟が浮かんでいて、人が乗ったり荷物を運んだりしていた。
「すごい。川のすぐ横に建物があって、舟から人や荷物が出入りできるようになってるんだ!」
「アンドナは三角州の上にある都市だから川が多くて、舟での移動が便利なのよ。でも乗るたびにお金が掛かるから頑張って歩くわ」
私たちは何度も橋を渡り、洗練された都市の中心部から下町のような場所に入った。建物はどれも一階か二階建てでやや古く、塀の上にのんびり猫が寝ていたりする。路地裏を元気な子供達がわーっと駆け抜けていった。
「到着。ボロ家だけど、どうぞ」
「お邪魔します」
ロンダさんの家は彼女が言った通り、年季の入った建物だった。二階建てであちこちペンキが剥げたり壁にヒビが入っていたりする。でも私にとっては慣れ親しんだ雰囲気だ。子供のケンカでドアが外れたりしていないだけマシだ。充分暮らせそうなお家である。
ロンダさんが好きな部屋を使っていいと言ってくれたので、二階の一番小さな部屋を借りることにした。
(リノという名前と、十七歳という年齢しか分からないのに、私を家に招いてくれるなんていい人だな……。ロンダさんは信用できる人だ)
一階に降りるとロンダさんはキッチンにいて、隅に置かれた箱を覗き込んで深いため息をついている。私も後ろから箱をちらりと見ると、中はほとんど空だった。
「うぅ……食料が全然ない」
「この乾いてシナシナになったの、人参ですかね。あとは芽が伸びた玉ねぎと……。食べられそうなものがない」
「駄目もとで、斡旋所に行ってみようかな。残りのお金をもらえるかもしれないしさ」
せっかく帰ってきたというのに、ロンダさんは鞄を持ってまた出かけるらしい。私も勿論ついて行く事にした。
「斡旋所ってなんですか?」
「アタシらみたいなしがない魔法使いは、斡旋所で仕事をもらって働くのよ。引き受けた時に前金を受け取って、無事に仕事が完了したら残りのお金を貰える。今回は船の護衛だったから結構な大金だったけど……失敗しちゃったからな……。残金はもらえないかもなぁ」
「ロンダさん、魔法士じゃなかったんですか。黒いローブを着てるから、てっきり魔法士なのかと……」
「アタシみたいな妙齢の女性には、深い……ふか~い事情があるの。そりゃもう、海溝のような深い事情がね……」
つまり、どうしてしがない魔法使いになったのかは聞かれたくないって事らしい。余計な詮索はしないでおこう。
ロンダさんと私は大通りに出て、三階建ての古いビルのような建物を目指して歩いた。屋根のすぐ下に『斡旋所アンドナ西支部』というデカい看板が掛けられている。
両開きの扉から中に入ると、ロンダさんは鞄から一枚の紙を出して受付の女性に見せた。
「この仕事を受けたんですけど……。残金って貰えます?」
「少々お待ちください」
受付の人は紙を持ってドアの向こうに消えたけど、しばらくして戻ってきた。手に袋を持っている。
「依頼人から無事に完了したと連絡を受けました。これが残りの報酬です」
「えっ……連絡来たんですか? ほんとに?」
「船乗り協会から既に連絡が来ています。請負人と十二歳ぐらいの少女が来たら、このお金を渡すようにとの事でした」
「やっ、やったぁ! リノのお陰だわ! これでしばらくは食い繋げる!」
ロンダさんは大はしゃぎして、お金と私を一緒くたにぎゅっと抱きしめた。しかし私としては複雑な心境であった。
(船で会った胸毛の濃いオッサンがお金をくれたのかな。でも『十二歳ぐらい』は余計なんですけど! この世界の人たちが、日本人に比べたら老けてるだけ――でもないか。ハル様は年齢どおりに見えるし。童顔は長所って事にしとこ)
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