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第二部 人間に戻りました
17 ハルディア、断罪する1(ハルディア視点)
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その少女は嬉々とした様子で城にやってきた。赤みのある茶色の髪と瞳――ベイリュード伯爵令嬢、マルシアだ。
午前中に使いの者を伯爵家に向かわせてリーディガーまで来るように伝えると、昼過ぎに大層着飾った姿でサロンの中へ入ってきた。
サロンには俺の他にセルディス、ネネリム殿、ソーマも揃っている。
「ベイリュード伯爵令嬢、マルシアが参りました。ハルディア様直々のお呼び出し、本当に嬉しく思いますわ。お会いできたのは何年ぶりでしょうか……!」
何年ぶりかなんて覚えているわけがない。そもそも一対一で会った覚えも無く、さして興味もない。俺はソファの上でレティ姐さん――もとい、レティシアと遊んでいるペペを抱き上げた。
「どうだ? ママが会っていたのはこの人か?」
「この人ペエ。この人、おかしつくって、ママにあげたペエ」
ドレスを摘み上げて礼をしていたマルシアは、ペペの発言を聞いて目を見開いた。しかしすぐに貴族らしい薄っぺらい笑顔を浮かべ、素知らぬ風で話し出す。
「御機嫌よう、鳥さん。ママというのはどなたかしら?」
「ママというのはリノ――マルシアが誘拐した、リノの事だ」
「あらまあ、誘拐? わたくしは存じ上げませんけど、リノ様はいなくなってしまったのですか?」
「すげぇな……。十五歳ぐらいに見えるのに、あの年であそこまで演技できるもんなんだな。めっちゃ怖いんだけど」
「ある意味とても貴族らしい少女ですよ。まさに貴族の中の貴族ですね。褒めてはいませんが」
ソーマとネネリム殿が呆れた様子で呟いた。二人の言葉はまさにその通りで、俺が貴族というものを嫌う要因とも言えるべきものだ。俺は裏表の激しい人間に嫌悪を感じる。
「ペペ、もう一度説明してくれるか? ママはお菓子を食べた後、どうなったんだ?」
「ママ、おかしたべて、ねたペエ。この人、ママをはこにいれたペ」
「リノに変な薬入りのお菓子を食べさせたんでしょ。知ってる人間だったから、リノは油断してお菓子を食べちゃったんだよ。そうでしょ、マルシア!」
セルディスが詰め寄っても、マルシアは涼しい顔のまま笑っている。
「鳥さんの言葉を真に受けるのですか? まだ雛のようですから、夢でもご覧になったのではないかしら」
「ベイリュード伯は貿易商を営んでいたな。東大陸の薬術士とも取り引きがあったようだが」
「……父は長年、足腰の痛みに苦しんでおりました。それでよく効く薬を求めて東大陸に渡り、薬術士とも知り合いになったのです。なんら不審な点は……」
「ベイリュード伯に確認したところ、つい最近、東大陸からよく効く睡眠薬を取り寄せたそうだ。それも伯が使うわけではなく、娘に頼まれたのだと証言した」
「わたくしがリノ様を眠らせたという証拠でもございますの? わたしくが自分で使ったのかもしれないでしょう」
リノが菓子を食べて寝たのはペペだけが知ることであり、しかも確たる証拠にはならない。ペペは実際に見ていたわけではなく、リノが見聞きしたことを間接的に語っているだけだ。
黙って聞いていたネネリム殿がこちらに歩いてきた。
「かなりしぶといお嬢さんのようですから、さっさと結論を見せつけてやりましょう。リノ様が心配です」
そう言って、収納魔法からやや大きな鏡を取り出した。霊映しの鏡ではない。形は長方形で、ネネリム殿のつま先から腰ぐらいまでの高さだ。
「本当は公爵様の記憶を映すために作った鏡なんですが、やっぱり呪術のせいで見えなかったので……代わりと言ってはなんですが、マルシア嬢に使ってみましょう。……あ、逃げた」
記憶を映す鏡と聞いたマルシアは、身を翻して逃亡をはかった。が、俺もソーマも予想はしていたので、両脇から腕を拘束して鏡の前に立たせる。
「はっ、放してください! 腕が痛いわ! か弱いレディ相手に酷いではありませんか!?」
「自分は莉乃に酷いことしたくせに、よく堂々と言えるな……。面の皮、厚すぎだろ」
「か弱いレディは無防備な人間に睡眠薬を盛ったりしない。諦めろ」
「鏡よ。二日前のマルシアの記憶を映し出せ」
ネネリム殿が鏡に命じると、表面がゆらりと波のように揺れ、どこかの馬車の中が映った。この鏡は対象者の記憶に作用し、見たものをそのまま映し出すらしい。
マルシアが金切り声で叫んだ。
「やめて! こんな馬車は知らないわ!」
「知らなくないでしょ。ベイリュード伯爵家の紋が入ってるもの。これはマルシアの視界に映ったものなんだよ」
「窓の外を覗いてるみたいだぜ。あ、莉乃だ。湖の周りを散歩してる」
マルシアは湖を散歩するリノに声を掛けたのか、彼女は足を止めて馬車に乗ってきた。鏡の表面に皿に載った焼き菓子が映り、差し出されたリノは二つほど嬉しそうに食べたが、急に眠そうな顔になって座席に倒れこんでいる。
「かなり強力な睡眠薬のようだな」
「東大陸は薬術が発展してますからねぇ。呪術に関しても向こうの方が詳しい人が多いので、東大陸に行こうかと思ってたんですよ」
「どこかに運ばれてるみたいだ。窓の外から海が見えるぜ」
マルシアは目を閉じて歯を食いしばっている。もう何も喋る気はなさそうだ。
午前中に使いの者を伯爵家に向かわせてリーディガーまで来るように伝えると、昼過ぎに大層着飾った姿でサロンの中へ入ってきた。
サロンには俺の他にセルディス、ネネリム殿、ソーマも揃っている。
「ベイリュード伯爵令嬢、マルシアが参りました。ハルディア様直々のお呼び出し、本当に嬉しく思いますわ。お会いできたのは何年ぶりでしょうか……!」
何年ぶりかなんて覚えているわけがない。そもそも一対一で会った覚えも無く、さして興味もない。俺はソファの上でレティ姐さん――もとい、レティシアと遊んでいるペペを抱き上げた。
「どうだ? ママが会っていたのはこの人か?」
「この人ペエ。この人、おかしつくって、ママにあげたペエ」
ドレスを摘み上げて礼をしていたマルシアは、ペペの発言を聞いて目を見開いた。しかしすぐに貴族らしい薄っぺらい笑顔を浮かべ、素知らぬ風で話し出す。
「御機嫌よう、鳥さん。ママというのはどなたかしら?」
「ママというのはリノ――マルシアが誘拐した、リノの事だ」
「あらまあ、誘拐? わたくしは存じ上げませんけど、リノ様はいなくなってしまったのですか?」
「すげぇな……。十五歳ぐらいに見えるのに、あの年であそこまで演技できるもんなんだな。めっちゃ怖いんだけど」
「ある意味とても貴族らしい少女ですよ。まさに貴族の中の貴族ですね。褒めてはいませんが」
ソーマとネネリム殿が呆れた様子で呟いた。二人の言葉はまさにその通りで、俺が貴族というものを嫌う要因とも言えるべきものだ。俺は裏表の激しい人間に嫌悪を感じる。
「ペペ、もう一度説明してくれるか? ママはお菓子を食べた後、どうなったんだ?」
「ママ、おかしたべて、ねたペエ。この人、ママをはこにいれたペ」
「リノに変な薬入りのお菓子を食べさせたんでしょ。知ってる人間だったから、リノは油断してお菓子を食べちゃったんだよ。そうでしょ、マルシア!」
セルディスが詰め寄っても、マルシアは涼しい顔のまま笑っている。
「鳥さんの言葉を真に受けるのですか? まだ雛のようですから、夢でもご覧になったのではないかしら」
「ベイリュード伯は貿易商を営んでいたな。東大陸の薬術士とも取り引きがあったようだが」
「……父は長年、足腰の痛みに苦しんでおりました。それでよく効く薬を求めて東大陸に渡り、薬術士とも知り合いになったのです。なんら不審な点は……」
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「わたくしがリノ様を眠らせたという証拠でもございますの? わたしくが自分で使ったのかもしれないでしょう」
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黙って聞いていたネネリム殿がこちらに歩いてきた。
「かなりしぶといお嬢さんのようですから、さっさと結論を見せつけてやりましょう。リノ様が心配です」
そう言って、収納魔法からやや大きな鏡を取り出した。霊映しの鏡ではない。形は長方形で、ネネリム殿のつま先から腰ぐらいまでの高さだ。
「本当は公爵様の記憶を映すために作った鏡なんですが、やっぱり呪術のせいで見えなかったので……代わりと言ってはなんですが、マルシア嬢に使ってみましょう。……あ、逃げた」
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「はっ、放してください! 腕が痛いわ! か弱いレディ相手に酷いではありませんか!?」
「自分は莉乃に酷いことしたくせに、よく堂々と言えるな……。面の皮、厚すぎだろ」
「か弱いレディは無防備な人間に睡眠薬を盛ったりしない。諦めろ」
「鏡よ。二日前のマルシアの記憶を映し出せ」
ネネリム殿が鏡に命じると、表面がゆらりと波のように揺れ、どこかの馬車の中が映った。この鏡は対象者の記憶に作用し、見たものをそのまま映し出すらしい。
マルシアが金切り声で叫んだ。
「やめて! こんな馬車は知らないわ!」
「知らなくないでしょ。ベイリュード伯爵家の紋が入ってるもの。これはマルシアの視界に映ったものなんだよ」
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