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第二部 人間に戻りました
14 ここ何処ですか
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誰かが私の頬をぐいぐい押している。押してるだけじゃなく、引っ張ったりしている。痛い。
「いた、いたたた。痛いんですけど!?」
「あ、やっと起きた。こんな暑い場所でよくグースカ寝れるわね。これ食べる?」
頬っぺたに丸い何かをぐりぐりと押し付けられているのだが、近すぎてピントが合わない。ようやく体を起こせば、昨日の腹ペコ魔法士が私の頬に果物を押し付けているのだった。
彼女はすでに果物を何個か食べたようで、白い砂の上に剥いた皮が散乱している。見た目はみかんにそっくりだけど、やや大きめで皮は黄色だ。この世界だけの果物かもしれない。喉がカラカラだったので、私も頂くことにした。
「いただきます。……ハァ。それにしても、ここ何処ですかね」
「東大陸のどっかに流れ着いたみたいね。キルカは東大陸にしか実らないから、それは確かだわ」
魔法士は喋りながら次々と皮を剥いて食べている。どこから果物を取ってきたのかと周りを見れば、浜辺の向こうに木立があり、黄色い実がたわわに実っていた。
空はよく晴れていて、真夏のような日差しがつらい。私と魔法士は果物を腕に抱えて日陰に移動した。
「この果物、キルカって言うんですか? 味がみかんそっくりで美味しい」
「……そうだけど。まさか初めて食べたわけ? あんたドコ出身? その真っ黒な髪と目、珍しいわね」
私からすると、魔法士の茶髪と緑色の目の方が珍しいんだけど……そう感じるのは私が日本人だからだ。でも日本出身なんて言っても、きっと分かってもらえないだろう。
「出身というか……リーディガーって場所に住んでました」
「へぇ! ロイウェルから来たんだ? リーディガーって領主がすんごい美形って噂よね。珍しい魅了眼の持ち主らしいし。見たことある? ……あるわけないか。アタシらみたいな人間には、会うことさえ出来ないわよね」
「…………」
見たことあるどころか、その人のお城で一緒に暮らしてたんですけど――とは言わないでおこう。まだこのお姉さんが信用できる人間か分からない。
船で会ったオッサンは私が誘拐されたような事を言っていたし、ハル様はすごいお金持ちだから、身代金でも要求されたら困る。
お姉さんは飽きるほどキルカを食べると、杖を支えに立ち上がった。
「ふぅ。ちょっと水っ腹になったけど、空腹よりマシだわ……。んじゃね。アタシ、帰るわ」
「えっ!? か、帰るってどこへ?」
「どこって……家に決まってんでしょ。アタシはテュルキエで暮らしてんだし。あんたもどっかの港から船に乗って南大陸へ帰れば? ……って、ちょっと」
私は必死の思いでお姉さんの脚にしがみ付いた。ここで一人になったら、自力で帰るのはまず無理な気がしたのだ。
(お姉さんが信用できるかどうかは置いといて、とにかくお金がないと帰れない……!)
「お願いです、私も連れてってください! 働きますから!」
「働くって……あんた、お金持ってないの? 自力で帰れないわけ?」
深々と頷くと、お姉さんは途方にくれたように天を仰いでいる。「どうしよ」だの「でもなぁ」だの呟き、ややあって私を見下ろした。
「しょうがないか……。あんたはアタシの命の恩人だし、無人の浜辺に子供を放置する訳にはいかないしね。あんた、名前は?」
「リノです」
「リノ、ね。変わった名前だわね。アタシはロンダ。じゃあ、とりあえず……リノ」
「はい?」
「ありったけのキルカをもぎ取って帰るわよ。もう薄々気が付いてるだろうけど、アタシはすんごい貧乏なの! まずは食料確保よ!」
「……はぁ」
本当にこの人に付いて行って大丈夫なんだろうか。キルカを木からもぎ取りながら、私は早くも不安を感じたのだった。
「いた、いたたた。痛いんですけど!?」
「あ、やっと起きた。こんな暑い場所でよくグースカ寝れるわね。これ食べる?」
頬っぺたに丸い何かをぐりぐりと押し付けられているのだが、近すぎてピントが合わない。ようやく体を起こせば、昨日の腹ペコ魔法士が私の頬に果物を押し付けているのだった。
彼女はすでに果物を何個か食べたようで、白い砂の上に剥いた皮が散乱している。見た目はみかんにそっくりだけど、やや大きめで皮は黄色だ。この世界だけの果物かもしれない。喉がカラカラだったので、私も頂くことにした。
「いただきます。……ハァ。それにしても、ここ何処ですかね」
「東大陸のどっかに流れ着いたみたいね。キルカは東大陸にしか実らないから、それは確かだわ」
魔法士は喋りながら次々と皮を剥いて食べている。どこから果物を取ってきたのかと周りを見れば、浜辺の向こうに木立があり、黄色い実がたわわに実っていた。
空はよく晴れていて、真夏のような日差しがつらい。私と魔法士は果物を腕に抱えて日陰に移動した。
「この果物、キルカって言うんですか? 味がみかんそっくりで美味しい」
「……そうだけど。まさか初めて食べたわけ? あんたドコ出身? その真っ黒な髪と目、珍しいわね」
私からすると、魔法士の茶髪と緑色の目の方が珍しいんだけど……そう感じるのは私が日本人だからだ。でも日本出身なんて言っても、きっと分かってもらえないだろう。
「出身というか……リーディガーって場所に住んでました」
「へぇ! ロイウェルから来たんだ? リーディガーって領主がすんごい美形って噂よね。珍しい魅了眼の持ち主らしいし。見たことある? ……あるわけないか。アタシらみたいな人間には、会うことさえ出来ないわよね」
「…………」
見たことあるどころか、その人のお城で一緒に暮らしてたんですけど――とは言わないでおこう。まだこのお姉さんが信用できる人間か分からない。
船で会ったオッサンは私が誘拐されたような事を言っていたし、ハル様はすごいお金持ちだから、身代金でも要求されたら困る。
お姉さんは飽きるほどキルカを食べると、杖を支えに立ち上がった。
「ふぅ。ちょっと水っ腹になったけど、空腹よりマシだわ……。んじゃね。アタシ、帰るわ」
「えっ!? か、帰るってどこへ?」
「どこって……家に決まってんでしょ。アタシはテュルキエで暮らしてんだし。あんたもどっかの港から船に乗って南大陸へ帰れば? ……って、ちょっと」
私は必死の思いでお姉さんの脚にしがみ付いた。ここで一人になったら、自力で帰るのはまず無理な気がしたのだ。
(お姉さんが信用できるかどうかは置いといて、とにかくお金がないと帰れない……!)
「お願いです、私も連れてってください! 働きますから!」
「働くって……あんた、お金持ってないの? 自力で帰れないわけ?」
深々と頷くと、お姉さんは途方にくれたように天を仰いでいる。「どうしよ」だの「でもなぁ」だの呟き、ややあって私を見下ろした。
「しょうがないか……。あんたはアタシの命の恩人だし、無人の浜辺に子供を放置する訳にはいかないしね。あんた、名前は?」
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「リノ、ね。変わった名前だわね。アタシはロンダ。じゃあ、とりあえず……リノ」
「はい?」
「ありったけのキルカをもぎ取って帰るわよ。もう薄々気が付いてるだろうけど、アタシはすんごい貧乏なの! まずは食料確保よ!」
「……はぁ」
本当にこの人に付いて行って大丈夫なんだろうか。キルカを木からもぎ取りながら、私は早くも不安を感じたのだった。
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