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第二部 人間に戻りました
13 ハルディア、探しに行く(ハルディア視点)
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弟が王都にやってくるのは非常に珍しい。と言うより、何か緊急事態が起きたという事だろう。セルディスは騎士団本部の執務室へ駆け込むなり、俺の顔を見て叫んだ。
「兄上ぇっ! どうしよう、リノがいなくなっちゃったよ!」
「……なに? いなくなったとはどういう事だ?」
「今日の午後に、湖に散歩に行くって出かけたんだって。カムロンが聞いてたらしいんだけど、もうすぐ夜になるのに戻って来ないんだ! 湖に行っても誰もいなかった」
「とりあえずリーディガーに戻ろう。詳しい話は帰ってから聞く」
すでに今日の分の仕事は終えている。俺は弟を連れて王宮の地下に移動し、リーディガーに繋がる転移魔法陣の上に乗った。
「転移」
言葉を発すると同時に魔法陣が淡く光り、周囲の景色が一変する。もう城の地下に戻ってきた。セルディスに続いて階段をのぼると、サロンの入り口でクララが青い顔のまま立っている。
「旦那さま、お帰りなさいませ。ネネリム様とソーマ様もお越しです」
サロンにはカムロンの他にネネリム殿とソーマ、動物たちも勢ぞろいしていた。俺に気がついたソーマが駆け寄ってくる。
「公爵様、莉乃がいなくなったみたいで……。俺とネネリムで湖を一周してみたんすけど、やっぱりアイツはいませんでした」
「ここから半径二キロメートルまでは探知しましたが、何処にもいないみたいです。転移魔法陣が発動した形跡もありません。おかしいですね……。リノ様は移動手段を持っていないはずなんですが」
「リノは何も言わずに出掛けるような人じゃない。誰かに連れ去られた可能性も考えた方が良さそうだな。プロクスに乗って上空から探知してみよう」
もう一度王都に戻って、捜索の手続きをした方がいいかもしれない――考えごとをしながら部屋を出かけた時、ソファに座るペペに気がついた。母親がいなくなったというのに妙に落ち着いている。何となく気になり、雛に話しかけた。
「ペペ、リノが心配じゃないのか? お母さんがいなくなったのに、落ちついているな」
雛はくりくりした円らな瞳で俺を見つめ、少し首をかしげた。この円く可愛らしい目はリノと似ている。
「ペエ……。ペペとママ、つながってるペ。とおくても、だいじょぶペエ」
「……繋がってる?」
「どういう意味で言ってんだ?」
「さあ。親子の絆みたいなものでしょうか。何しろ聖獣と勇者ですから、不思議な絆があってもおかしくないですね」
ネネリム殿とソーマも怪訝そうだ。俺たちの前で、ペペは胸の辺りをポンポンと触った。
「ママ、げんきペエ。いま、どこかで、ねてるペエ」
「寝てる? どこでだ?」
「ペエ……。すなの、うえ。ママ、びしょびしょペエ」
「びしょ濡れで砂の上……。どこかの浜辺で寝てるんでしょうか」
「っていうか、何でそんなとこで寝てんだよ、アイツ」
「何処かから必死で逃げて、海に飛び込んだのかもしれない。プロクスで探してみよう。ペペも来てくれるか?」
「ペエ!」
ペペはリノの居場所が何となく分かるらしい。俺はペペを連れて城の外に出て、プロクスを召喚した。
「プロクス、リノが行方不明なんだ。海岸付近を捜してみようと思う」
「……グォ」
プロクスは「仕方ねぇな」とでも言うかのように一声鳴き、背中を差し出してくれた。ペペを腕に抱えたまま乗り、海岸を目指して飛行する。
ペペがふわふわの羽毛で覆われたフリッパーを動かした。
「あっちペエ。ママ、あっち、いるペ」
「プロクス、頼む」
周囲に結界を張ると、プロクスは魔力を使って高速移動した。腕に抱いた雛を撫でてやる。
「怖くないか?」
「へいきペエ。ハル、すぴーどきょう。しってるペエ」
「……リノから聞いたのか?」
「ペペとママ、ずっといっしょ。ママしってること、ペペもしってるペエ」
なるほど。魂と肉体がごっちゃになっていた期間にリノが体験した事は、ペペにもそのまま引き継がれているらしい。
ペペが指し示した海岸に着いても、人の気配はなかった。海岸には流木があるだけで、ただ波の音がざざあと響いている。
「いないな……そう簡単には見つからないか」
「ハル。ママ、あっちペエ」
ペペのフリッパーが示す方向には海しかなかった。海の向こうは東大陸だ。ようやく事の重大さを悟る。
「くそっ……! 南大陸を出ていたのか!?」
さすがにこのままプロクスに乗って東大陸へ渡るわけにはいかない。不法入国になり、撃退される恐れがある。俺の焦りを感じ取ったのか、ペペが肩をポンポンと叩いてきた。
「だいじょぶペエ。ママ、つよいペ。おっきなタコ、たおしたペエ」
「……クラーケンを? よく倒せたな……。リノの事だから、あの強大な魔力を使って力技で押し切ったんだろうか。でも俺は心配だよ……。リノはいくら強くても、まだ十七歳の女の子なんだぞ」
「ペエ……。ペペ、ハルすき。ハル、ママすきだから……ペエ」
「…………」
「ハル、かおあかいペエ。おねつペ?」
「……よく分からない。俺はリノを覚えていないのに、体が勝手に反応するんだ」
俺の記憶はところどころ白く抜けている。モンドアの森で起こった事や、セルディスが誘拐された時の事を思い出そうとしても、誰かの部分だけが白の絵の具で塗りつぶしたように抜けているのだ。
(でもその部分が、リノなんだろうな……。早く思い出してやりたい。でないと、俺の気持ちにも答えが出せないままだ)
俺とペペはリーディガーに戻り、ソーマ達にリノが東大陸に渡ったことを報告した。そしてペペの話を聞いている内に、どうやって誘拐事件が起こったのかも知る事になった。
「兄上ぇっ! どうしよう、リノがいなくなっちゃったよ!」
「……なに? いなくなったとはどういう事だ?」
「今日の午後に、湖に散歩に行くって出かけたんだって。カムロンが聞いてたらしいんだけど、もうすぐ夜になるのに戻って来ないんだ! 湖に行っても誰もいなかった」
「とりあえずリーディガーに戻ろう。詳しい話は帰ってから聞く」
すでに今日の分の仕事は終えている。俺は弟を連れて王宮の地下に移動し、リーディガーに繋がる転移魔法陣の上に乗った。
「転移」
言葉を発すると同時に魔法陣が淡く光り、周囲の景色が一変する。もう城の地下に戻ってきた。セルディスに続いて階段をのぼると、サロンの入り口でクララが青い顔のまま立っている。
「旦那さま、お帰りなさいませ。ネネリム様とソーマ様もお越しです」
サロンにはカムロンの他にネネリム殿とソーマ、動物たちも勢ぞろいしていた。俺に気がついたソーマが駆け寄ってくる。
「公爵様、莉乃がいなくなったみたいで……。俺とネネリムで湖を一周してみたんすけど、やっぱりアイツはいませんでした」
「ここから半径二キロメートルまでは探知しましたが、何処にもいないみたいです。転移魔法陣が発動した形跡もありません。おかしいですね……。リノ様は移動手段を持っていないはずなんですが」
「リノは何も言わずに出掛けるような人じゃない。誰かに連れ去られた可能性も考えた方が良さそうだな。プロクスに乗って上空から探知してみよう」
もう一度王都に戻って、捜索の手続きをした方がいいかもしれない――考えごとをしながら部屋を出かけた時、ソファに座るペペに気がついた。母親がいなくなったというのに妙に落ち着いている。何となく気になり、雛に話しかけた。
「ペペ、リノが心配じゃないのか? お母さんがいなくなったのに、落ちついているな」
雛はくりくりした円らな瞳で俺を見つめ、少し首をかしげた。この円く可愛らしい目はリノと似ている。
「ペエ……。ペペとママ、つながってるペ。とおくても、だいじょぶペエ」
「……繋がってる?」
「どういう意味で言ってんだ?」
「さあ。親子の絆みたいなものでしょうか。何しろ聖獣と勇者ですから、不思議な絆があってもおかしくないですね」
ネネリム殿とソーマも怪訝そうだ。俺たちの前で、ペペは胸の辺りをポンポンと触った。
「ママ、げんきペエ。いま、どこかで、ねてるペエ」
「寝てる? どこでだ?」
「ペエ……。すなの、うえ。ママ、びしょびしょペエ」
「びしょ濡れで砂の上……。どこかの浜辺で寝てるんでしょうか」
「っていうか、何でそんなとこで寝てんだよ、アイツ」
「何処かから必死で逃げて、海に飛び込んだのかもしれない。プロクスで探してみよう。ペペも来てくれるか?」
「ペエ!」
ペペはリノの居場所が何となく分かるらしい。俺はペペを連れて城の外に出て、プロクスを召喚した。
「プロクス、リノが行方不明なんだ。海岸付近を捜してみようと思う」
「……グォ」
プロクスは「仕方ねぇな」とでも言うかのように一声鳴き、背中を差し出してくれた。ペペを腕に抱えたまま乗り、海岸を目指して飛行する。
ペペがふわふわの羽毛で覆われたフリッパーを動かした。
「あっちペエ。ママ、あっち、いるペ」
「プロクス、頼む」
周囲に結界を張ると、プロクスは魔力を使って高速移動した。腕に抱いた雛を撫でてやる。
「怖くないか?」
「へいきペエ。ハル、すぴーどきょう。しってるペエ」
「……リノから聞いたのか?」
「ペペとママ、ずっといっしょ。ママしってること、ペペもしってるペエ」
なるほど。魂と肉体がごっちゃになっていた期間にリノが体験した事は、ペペにもそのまま引き継がれているらしい。
ペペが指し示した海岸に着いても、人の気配はなかった。海岸には流木があるだけで、ただ波の音がざざあと響いている。
「いないな……そう簡単には見つからないか」
「ハル。ママ、あっちペエ」
ペペのフリッパーが示す方向には海しかなかった。海の向こうは東大陸だ。ようやく事の重大さを悟る。
「くそっ……! 南大陸を出ていたのか!?」
さすがにこのままプロクスに乗って東大陸へ渡るわけにはいかない。不法入国になり、撃退される恐れがある。俺の焦りを感じ取ったのか、ペペが肩をポンポンと叩いてきた。
「だいじょぶペエ。ママ、つよいペ。おっきなタコ、たおしたペエ」
「……クラーケンを? よく倒せたな……。リノの事だから、あの強大な魔力を使って力技で押し切ったんだろうか。でも俺は心配だよ……。リノはいくら強くても、まだ十七歳の女の子なんだぞ」
「ペエ……。ペペ、ハルすき。ハル、ママすきだから……ペエ」
「…………」
「ハル、かおあかいペエ。おねつペ?」
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(でもその部分が、リノなんだろうな……。早く思い出してやりたい。でないと、俺の気持ちにも答えが出せないままだ)
俺とペペはリーディガーに戻り、ソーマ達にリノが東大陸に渡ったことを報告した。そしてペペの話を聞いている内に、どうやって誘拐事件が起こったのかも知る事になった。
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