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第二部 人間に戻りました
10 悩んでます
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さらに一週間ほどたち、私はまたもや一人で湖の周りを歩いている。ただの散歩であった。
私はお城に自分用のお部屋を貰ったのだが、寝るときまでペペと一緒、まさに四六時中赤子と一緒状態なので、時おりこうして息抜きに散歩しているのだ。
私の自由時間は主にペペがセル様や親ビンたちと遊んでいるときである。ペペはあまり人見知りしない子で、誰にでも懐くところが良かった。
ペペは少しずつ大きくなってきて、それに伴って体重も増加している。正直に言って重い。抱っことおんぶがしんどい。お母ちゃんは休みたい。
セル様はペペを抱っこしたらふらつくようになったし、順調に生育しているんだろう。ただ、見た目はまだペンギンから抜け出せていないけど。
「今日もいい天気。空は青く、小鳥は歌い…………ハァ」
悩みが二つある以外はとても幸せな日々だ。大好きなセル様とハル様と一緒に暮らし、赤子の成育も順調。だが、しかし。
(ハル様の記憶は戻ってないし、私もまだお役に立ててないんだよね……)
ネネさんはブルギーニュとリーディガーのお城を往復しながら呪術の研究を続け、ハル様に怪しげな飲み物を飲ませたりしているものの、やはり効果は出ていないらしい。相変わらずハル様は私を忘れている。
そして私も、自分の役目を探している途中であった。ペペのお母ちゃんという役目を全うすべきだとは分かっている。でもまだ諦めきれない。
(だって、ペペが成鳥になったら私の仕事は終わっちゃう。本当にただの居候になってしまう……!)
いや、ただの居候ではない。役に立たないくせに大食いで、魔法も使えない居候だ。これはイカン。何とかしなければ……!
考え込んでいると、森の方から一台の馬車が近づいてきた。ベンツのような高級感がある、黒塗りの艶々した馬車だ。それはゆっくりと走ってきて、私の真横で止まった。
「リノ様? お散歩ですの?」
「あっ、マルシアさん」
馬車の窓から顔を出したのはマルシア嬢であった。少し赤みのある茶色の髪を見事に結い上げており、スタイルも抜群なので私よりもずっと大人っぽく見える。正直、羨ましい。
「ちょうど良かったですわ。先日、大人気ない発言をしたのでお詫びに行こうと思ってましたの。どうぞお乗りになって」
マルシアさんは扉を開けて私を中に招き入れた。普通の馬車に乗るのは初めてだ。羽つき馬車も乗り心地が良かったけど、この馬車も座席が柔らかくて快適である。
今日はお友達を誘っていないのか、馬車の中は私とマルシアさんだけだった。
「私の方こそ、すみませんでした。ペペが失礼なことを言っちゃって……」
「どうかお気になさらず。そうですわ、ペペちゃんが喜ぶかと思って焼き菓子を用意しましたの。良かったら味見して頂けないかしら? わたくしが作ったのですけど、料理には慣れていなくて……お口に合うかしら」
マルシアさんは座席に置いた荷物から可愛い布の包みを出した。結び目をほどくと、お皿に綺麗な焼き菓子が整然と並んでいる。クッキーとマドレーヌのような焼き菓子だ。
「美味しそうですね……! とても綺麗に焼けてます」
「お褒め頂き光栄ですわ。さあ、どうぞ召し上がれ」
遠慮なく頂くことにした。ちょうど良く小腹が空いている。ペペ達がオヤツを食べている間にお屋敷を抜け出したので、私はオヤツ抜き状態だったのだ。
口に入れるとサク、と軽い食感とともに、バターの風味が広がる。これは美味しい。
「料理に慣れていないなんて思えないほど、おいしいですよ! もう一つ頂いてもいいですか?」
「どうぞ、遠慮なく」
一つで済ますべきところを二つ食べる私。ごめんなさい。でも二個目でやめますから。
マルシアさんが作った焼き菓子は本当においしく、後を引くような感覚があった。何故なのか、もっと、もっとと際限なく欲しくなる。
やっとの思いで三個目を我慢すると、少しずつ眠くなってきた。勝手に目蓋が落ちてくる。
「……? ごめん、なさい……。満腹になったせいか、眠くて……」
「気にしなくていいですわ。そうなるように作ったのですから」
向かい側の席で、マルシアさんがそれは嬉しそうに笑っていた。まるで上手くいったと喜んでいるような表情で。
彼女は誰に言うわけでもなく、ぶつぶつと独り言を呟いている。
「あなたが一人で散歩しているのは前から知ってましたわ。今日も湖にいるだろうと思って来てみたけど……こんなに上手く行くとは思わなかった」
体から力が抜け、私は馬車の座席に倒れこんでしまった。ただ眠くてたまらない。寝入る寸前の私を見て、マルシアさんは一瞬だけ申し訳なさそうな顔をした。
「ごめんなさいね……。わたくし、どうしてもハルディア様の妻になりたいの。子供の頃からの夢だったんだもの。あなたも女なのだから、わたくしの気持ちが分かるでしょう? 横入りしたあなたが悪いのよ」
その言葉を最後に、私の意識は途絶えてしまった。馬車の揺れがとても心地よかった。
私はお城に自分用のお部屋を貰ったのだが、寝るときまでペペと一緒、まさに四六時中赤子と一緒状態なので、時おりこうして息抜きに散歩しているのだ。
私の自由時間は主にペペがセル様や親ビンたちと遊んでいるときである。ペペはあまり人見知りしない子で、誰にでも懐くところが良かった。
ペペは少しずつ大きくなってきて、それに伴って体重も増加している。正直に言って重い。抱っことおんぶがしんどい。お母ちゃんは休みたい。
セル様はペペを抱っこしたらふらつくようになったし、順調に生育しているんだろう。ただ、見た目はまだペンギンから抜け出せていないけど。
「今日もいい天気。空は青く、小鳥は歌い…………ハァ」
悩みが二つある以外はとても幸せな日々だ。大好きなセル様とハル様と一緒に暮らし、赤子の成育も順調。だが、しかし。
(ハル様の記憶は戻ってないし、私もまだお役に立ててないんだよね……)
ネネさんはブルギーニュとリーディガーのお城を往復しながら呪術の研究を続け、ハル様に怪しげな飲み物を飲ませたりしているものの、やはり効果は出ていないらしい。相変わらずハル様は私を忘れている。
そして私も、自分の役目を探している途中であった。ペペのお母ちゃんという役目を全うすべきだとは分かっている。でもまだ諦めきれない。
(だって、ペペが成鳥になったら私の仕事は終わっちゃう。本当にただの居候になってしまう……!)
いや、ただの居候ではない。役に立たないくせに大食いで、魔法も使えない居候だ。これはイカン。何とかしなければ……!
考え込んでいると、森の方から一台の馬車が近づいてきた。ベンツのような高級感がある、黒塗りの艶々した馬車だ。それはゆっくりと走ってきて、私の真横で止まった。
「リノ様? お散歩ですの?」
「あっ、マルシアさん」
馬車の窓から顔を出したのはマルシア嬢であった。少し赤みのある茶色の髪を見事に結い上げており、スタイルも抜群なので私よりもずっと大人っぽく見える。正直、羨ましい。
「ちょうど良かったですわ。先日、大人気ない発言をしたのでお詫びに行こうと思ってましたの。どうぞお乗りになって」
マルシアさんは扉を開けて私を中に招き入れた。普通の馬車に乗るのは初めてだ。羽つき馬車も乗り心地が良かったけど、この馬車も座席が柔らかくて快適である。
今日はお友達を誘っていないのか、馬車の中は私とマルシアさんだけだった。
「私の方こそ、すみませんでした。ペペが失礼なことを言っちゃって……」
「どうかお気になさらず。そうですわ、ペペちゃんが喜ぶかと思って焼き菓子を用意しましたの。良かったら味見して頂けないかしら? わたくしが作ったのですけど、料理には慣れていなくて……お口に合うかしら」
マルシアさんは座席に置いた荷物から可愛い布の包みを出した。結び目をほどくと、お皿に綺麗な焼き菓子が整然と並んでいる。クッキーとマドレーヌのような焼き菓子だ。
「美味しそうですね……! とても綺麗に焼けてます」
「お褒め頂き光栄ですわ。さあ、どうぞ召し上がれ」
遠慮なく頂くことにした。ちょうど良く小腹が空いている。ペペ達がオヤツを食べている間にお屋敷を抜け出したので、私はオヤツ抜き状態だったのだ。
口に入れるとサク、と軽い食感とともに、バターの風味が広がる。これは美味しい。
「料理に慣れていないなんて思えないほど、おいしいですよ! もう一つ頂いてもいいですか?」
「どうぞ、遠慮なく」
一つで済ますべきところを二つ食べる私。ごめんなさい。でも二個目でやめますから。
マルシアさんが作った焼き菓子は本当においしく、後を引くような感覚があった。何故なのか、もっと、もっとと際限なく欲しくなる。
やっとの思いで三個目を我慢すると、少しずつ眠くなってきた。勝手に目蓋が落ちてくる。
「……? ごめん、なさい……。満腹になったせいか、眠くて……」
「気にしなくていいですわ。そうなるように作ったのですから」
向かい側の席で、マルシアさんがそれは嬉しそうに笑っていた。まるで上手くいったと喜んでいるような表情で。
彼女は誰に言うわけでもなく、ぶつぶつと独り言を呟いている。
「あなたが一人で散歩しているのは前から知ってましたわ。今日も湖にいるだろうと思って来てみたけど……こんなに上手く行くとは思わなかった」
体から力が抜け、私は馬車の座席に倒れこんでしまった。ただ眠くてたまらない。寝入る寸前の私を見て、マルシアさんは一瞬だけ申し訳なさそうな顔をした。
「ごめんなさいね……。わたくし、どうしてもハルディア様の妻になりたいの。子供の頃からの夢だったんだもの。あなたも女なのだから、わたくしの気持ちが分かるでしょう? 横入りしたあなたが悪いのよ」
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