【完結】巻き込まれたけど私が本物 ~転移したら体がモフモフ化してて、公爵家のペットになりました~

千堂みくま

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第二部 人間に戻りました

9 失敗しちゃった

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 数日後の昼下がり、私は一人で湖を訪れていた。子供(ペペ)はセル様、親ビンたちと遊んでいる。チャンスは今しかない。

(前から魔法を試してみたいって思ってたんだよね。魔法を使えるようになったら、ハル様のお役に立てるかもしれないし……)


 人間になってからというもの、常にペペが傍にいるので魔法を試す機会がなかった。
私にとって魔法は爆発物と同じ得体の知れないものであり、一歩間違えば大事故に繋がるのではという不安があった。それで湖まで来たというわけだ。

 今日は汚れてもいいように、メイド服を着ている。お母さまのドレスはクローゼットの中だ。周囲には人っ子ひとりおらず、ただ鳥の澄んだ声だけが響いている。

「いざ、参ります。……なんちゃって。とりあえずシアラさんがやってた、水を出す魔法を試してみよう」

 目を閉じて両手を上に挙げ、あの時のことを思い出してみる。朝の清廉な空気のなか、鍋がぐつぐつと煮えていたっけ。ちょっと味の濃い料理。手から水を出すシアラさん。
 あの朝に見た魔法の水は、ほんのコップ一杯ぐらいの水だったはずだ。

「あのぐらいの量でいいから、水を出してみたい。水……水よ、出てこい! ――ん?」

 カッと目を見開くと、ドドド!と滝つぼのような激しい音がして、凄まじい量の水が上空に渦巻いていた。しかもまだ水の流れが止まっていない。どこからともなく大量の水が流れ込み、湖の上でぐるぐると回っている。

「はァ!? この量はなに!? ど、どうしよ。どうやって止めたらいいの? って言うかほんの少しのつもりだったのに、なんでこんな……!?」

 まるで巨大な竜巻だ。水の竜巻が湖の上空で激しく回転している。しかも止め方が分からない。

「と、止まれぇ! とま……誰かぁ~、助けてぇ!」

 ずっと腕を上げていたら痺れてきた。もう水を支えられそうにない。ごめんなさい、私はとんでもない水害を引き起こしてしまいます。

「も、もう駄目……腕が……!」

 ――ドドォォッ!

 とうとう限界を迎え、大量の水が滝のように湖に向かって流れ落ちた。巨大な波が発生して私の体を湖に引きずり込み、一瞬の内に暗い水の中だ。深すぎて全然足がつかない。

「ゴホッ! うぅ、お、溺れ……!」

 何か言いたくても、ゴボとかガボしか出て来ない。しかも水を吸った服が重くて泳げない。このままじゃ溺れてしまう!

「リノ!」

 もう駄目かと思ったとき、突然上空から誰かの手が伸びてきて、溺れている私を引き上げた。びしょ濡れのまま誰かの腕の中でゴホゴホと激しくむせてしまう。
 ようやく呼吸が落ち着いて、顔を上げると――

「は……ハル様……?」

 怖い顔のハル様がじっと私を見下ろしていた。ちょっと所ではなく、もの凄く怒っている様子だ。これは叱られるかも、と思っているとハル様が大音声で怒鳴った。

「何をしていたんだ!!」
「ひぇっ」

 予想していたとは言え、本気の怒声が怖かった。ハル様は滅多に怒る人ではないし、彼が激怒したのはエリック王子に対してだけだったから、ショックで何も言えなくなってしまう。
 しばらく呆然としていると、ハル様がハッとした様子で言った。

「……すまん。怖がらせてしまったな……。溺れているリノを見たら頭が真っ白になって、つい怒鳴ってしまった」

 ハル様は急に泣きそうな顔になり、びしょ濡れの私を腕に抱きしめた。おずおずとハル様の体に触れると、彼の体もかすかに震えている。

(私のこと、本気で心配してくれたんだ……。だから震えてるの?)

 ふと足元を見れば、ハル様と私が立っているのは透明な結界の上だった。すぐ横にプロクスまでいて、奴は冷ややかな顔で私を見ている。こいつは何をしてたんだ、とでも思っていそうな顔で。
 ハル様は私を抱きしめていた腕を解くと、怪訝そうな表情で言った。

「自分でも、どうしてこんなに怒っているのか分からない。やっぱり俺は少しおかしいのかもしれないな……。呪術のせいだろうか……」

「気にしないでください。私が危ないことをしたせいですから……。助けてくださって、ありがとうございます」

『そうだ、おまえが危険な事をしたせいだ。ハルディア様は何も悪くない』

 プロクスの奴がさも当然という様子で私をなじってくる。しかし奴の言う通りなので言い返せない。

「プロクスに乗って王都へ戻る途中、上空に巨大な水の渦が見えたんだ。それで急いで来てみたら、リノが溺れかけていて……何をしてたんだ? あの量の水をどこから出した?」

 ハル様が話しながら上を見るので視線を追うと、上空に大量の水が浮いていた。結界の中に水を閉じ込めたらしい。

「あの量の水が湖に流れ込めば、川が氾濫してしまう。それでプロクスに結界を張ってもらった」

『フッ。あれぐらいオレにはどうって事はないですよ。おい新入り、おまえは魔物並に魔力が高いんだから、もうちょっと加減しろ』

「……すみませんでした。魔法を使ってみたくて、水が出るように念じたんですけど……一瞬で大量の水が出てきたので焦っちゃったんです」

「一瞬であの量か……。リノの魔力は規格外なんだな。翼竜や聖獣と同じレベルなのかもしれない」

『つまり化け物って事だぞ。人外だぞ。肝に銘じとけ』

(ぐぬぬぅぅ。ハル様が言葉を聞き取れないからって、プロクスの奴、好き勝手言ってる……!)

 ハル様は私をお城まで送った後、プロクスと一緒に空へ戻っていった。大量の水は海に捨ててくるらしい。私は大いに反省し、もう魔法を使うのは諦めようと誓った。
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