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第二部 人間に戻りました
7 意味深なドレス
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「リノは僕たちの賓客ってことになってるからね。そりゃクララ達だって、働かせるのは抵抗あると思うよ」
労働をしようと意気込んでから早三日。お茶以外の仕事をほとんどさせてもらえず、暇を持て余す私にセル様は言った。
ハル様は騎士団の仕事に復帰し、ネネさんと爽真はブルギーニュへ帰っている。今は学校帰りのセル様とオヤツを食べているところだ。勿論ペペも。
「賓客……。私ってそんなに大切なお客さんかなぁ。もう聖獣じゃないし、大した役にも立ってないように思うけど……」
「あらまぁ、リノは自覚がないのね。あなたは南大陸を救った勇者なのですよ」
「そうだよ。リノのお陰でペペが目覚めて、僕の病気だって治ったんだよ。他の瘴気病の人だって、リノに感謝してると思うよ」
「そう……なのかな」
「そうだよ」
「そうです」
セル様とクララさんの声はほぼ被っていて、私はもう口を閉ざすしかなかった。確かに自分でも、ペペだった頃の私はそれなりに頑張っていたと思う。命がけで誘拐されたりもしたし。
(でも……私は今の自分を認めてほしい。人間になった私の努力をハル様に褒めてほしい)
感謝の押し売りはしないと言ったくせに、ハル様に褒めて欲しいと思う気持ちは少しずつ大きくなっていた。でも聖獣じゃなくなった私に特別な力はなく、勇者というのもいまいち実感が湧かない。
ただの女子高生だった私に出来ることといえば、洗濯、掃除、炊事ぐらいのものだ。ああ働きたい。
「失礼いたします。坊ちゃま、ご学友の方たちがお見えです」
「やっぱり来た。そろそろだと思ったんだよね……。あの子たち兄上には相手してもらえないからって、僕ひとりの時を狙ってここに来るんだ」
「むしろ狙い通りですわ。今日はリノにドレスを着せてますもの」
「え? このドレス、何が意味があったの?」
セル様とクララさんは顔を見合わせて、何かを企んでいるようにニヤリと笑った。お茶会の前に着替えようと言われてドレスを着たけど、お客さんが来るからだったらしい。
生まれて初めて着たクリーム色のドレスは私にぴったりで、裾を踏むこともなく、体を締め付けることもない。とても快適だ。
しばらくしてドアの向こうが騒がしくなり、太陽系の令嬢達がやって来た。今日も色とりどりのドレスを着ている。
「御機嫌よう、セルディス様!」
「今日はわたしが焼いたお菓子をお持ちしましたの。セルディス様、さぁどうぞ召し上がってくださいな」
「あら、食べない方がいいのではなくて? 怪しい薬でも入っていそうですわ」
「惚れ薬なんて混ぜていないでしょうね?」
「カイリーに惚れ薬なんて作れるわけがありませんわ」
騒々しい。予想を超える騒々しさだ。部屋の隅でお茶の用意をするクララさんのこめかみがピクピクしている。ペペは怯えて私にしがみ付き、セル様は寄り添うように私の隣に椅子を移動させた。
セル様の動きに目ざとく気づいた五人の令嬢たちが、鋭い目付きで私を観察している。なんだこの女は、どうしてセル様と親しげなんだとでも思っていそうだ。体に針がちくちくと刺さっているように感じる。視線が痛いです。
「セルディス様、そちらの方はどなたですか?」
「お年はわたくし達と同じぐらいに見えますわね」
「この人はリノだよ。南大陸の聖獣を目覚めさせてくれた勇者で、僕と兄上にとっても、すごく……すっごく大切な人なんだ」
「大切って……あっ、そのドレスは!」
青いドレスの令嬢が小さく叫ぶと、他の令嬢たちもハッと息を飲んだようだった。どういう事だろう。普通のドレスに見えるけど、何か特別な品だったんだろうか。
「リノ様のドレスは、セルディス様のお母様がお召しになっていたものでは……!?」
「えぇっ!? そんな大切な服だったの!?」
「せっかく母上の服を残しておいたからさ、クララに手直ししてもらったんだよ」
「旦那様からもお許しを頂きましたわ。よくお似合いです」
(ハル様も!? 私がこのドレスを着ること、了承したんだ?)
でもハル様の場合、私にお母様のドレスを着せたかったのではなく、記憶を失った事を気にして手直しを許可したような気がする。そう考えるのは少し悲しいけれども。
労働をしようと意気込んでから早三日。お茶以外の仕事をほとんどさせてもらえず、暇を持て余す私にセル様は言った。
ハル様は騎士団の仕事に復帰し、ネネさんと爽真はブルギーニュへ帰っている。今は学校帰りのセル様とオヤツを食べているところだ。勿論ペペも。
「賓客……。私ってそんなに大切なお客さんかなぁ。もう聖獣じゃないし、大した役にも立ってないように思うけど……」
「あらまぁ、リノは自覚がないのね。あなたは南大陸を救った勇者なのですよ」
「そうだよ。リノのお陰でペペが目覚めて、僕の病気だって治ったんだよ。他の瘴気病の人だって、リノに感謝してると思うよ」
「そう……なのかな」
「そうだよ」
「そうです」
セル様とクララさんの声はほぼ被っていて、私はもう口を閉ざすしかなかった。確かに自分でも、ペペだった頃の私はそれなりに頑張っていたと思う。命がけで誘拐されたりもしたし。
(でも……私は今の自分を認めてほしい。人間になった私の努力をハル様に褒めてほしい)
感謝の押し売りはしないと言ったくせに、ハル様に褒めて欲しいと思う気持ちは少しずつ大きくなっていた。でも聖獣じゃなくなった私に特別な力はなく、勇者というのもいまいち実感が湧かない。
ただの女子高生だった私に出来ることといえば、洗濯、掃除、炊事ぐらいのものだ。ああ働きたい。
「失礼いたします。坊ちゃま、ご学友の方たちがお見えです」
「やっぱり来た。そろそろだと思ったんだよね……。あの子たち兄上には相手してもらえないからって、僕ひとりの時を狙ってここに来るんだ」
「むしろ狙い通りですわ。今日はリノにドレスを着せてますもの」
「え? このドレス、何が意味があったの?」
セル様とクララさんは顔を見合わせて、何かを企んでいるようにニヤリと笑った。お茶会の前に着替えようと言われてドレスを着たけど、お客さんが来るからだったらしい。
生まれて初めて着たクリーム色のドレスは私にぴったりで、裾を踏むこともなく、体を締め付けることもない。とても快適だ。
しばらくしてドアの向こうが騒がしくなり、太陽系の令嬢達がやって来た。今日も色とりどりのドレスを着ている。
「御機嫌よう、セルディス様!」
「今日はわたしが焼いたお菓子をお持ちしましたの。セルディス様、さぁどうぞ召し上がってくださいな」
「あら、食べない方がいいのではなくて? 怪しい薬でも入っていそうですわ」
「惚れ薬なんて混ぜていないでしょうね?」
「カイリーに惚れ薬なんて作れるわけがありませんわ」
騒々しい。予想を超える騒々しさだ。部屋の隅でお茶の用意をするクララさんのこめかみがピクピクしている。ペペは怯えて私にしがみ付き、セル様は寄り添うように私の隣に椅子を移動させた。
セル様の動きに目ざとく気づいた五人の令嬢たちが、鋭い目付きで私を観察している。なんだこの女は、どうしてセル様と親しげなんだとでも思っていそうだ。体に針がちくちくと刺さっているように感じる。視線が痛いです。
「セルディス様、そちらの方はどなたですか?」
「お年はわたくし達と同じぐらいに見えますわね」
「この人はリノだよ。南大陸の聖獣を目覚めさせてくれた勇者で、僕と兄上にとっても、すごく……すっごく大切な人なんだ」
「大切って……あっ、そのドレスは!」
青いドレスの令嬢が小さく叫ぶと、他の令嬢たちもハッと息を飲んだようだった。どういう事だろう。普通のドレスに見えるけど、何か特別な品だったんだろうか。
「リノ様のドレスは、セルディス様のお母様がお召しになっていたものでは……!?」
「えぇっ!? そんな大切な服だったの!?」
「せっかく母上の服を残しておいたからさ、クララに手直ししてもらったんだよ」
「旦那様からもお許しを頂きましたわ。よくお似合いです」
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