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第二部 人間に戻りました
4 強引な契約
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レゲ爺さんがぼそっと言うと、なぜか爽真がそわそわと落ち着きのない様子を見せ始めた。言っていいのかどうか迷っているようだ。
「あのさ……。そのスカイラって女、公爵様のことがめちゃくちゃ好きだったみたいだぜ。会いたかったわぁとか言ってたし、公爵様のために大蛇と合体したみたいな事も言ってた。だから多分、嫉妬して莉乃を忘れる呪いを掛けたんじゃねーかな」
「他人の記憶に干渉する呪術――禁呪の一つですね。人を操る事ができる代わりに、差し出す代償もかなり大きいはずです。命と引き換えに呪いを掛けたんでしょうか」
「命と引き換え……ああ、そうだ。お礼を言おうと思っていたんだ」
首の辺りを触っていたハル様は霊映しの鏡から顔を上げ、ネネさんに会釈した。
「毒で死にかけた俺を救ってくれたのはネネリム殿だろう。ありがとう、お陰で助かった」
誰も何も言わなかった。静まり返った室内で、ハル様以外の皆が私の方をちらちらと見ている。気まずそうに。
我慢していたけどじわじわと涙が溢れてきて、白い羽毛にぽつりと雫がこぼれ落ち、ペペが心配そうに「ママ?」と私を見上げた。
「うっ、うえ……っ、うわあああん!」
「なんでそれを、今ここで言うんすか!」
「最悪のタイミングでしたね」
「兄上のバカ」
「ばっ……バカ……!? 俺はそんなに不味い事を言ったのか!? お礼を伝えただけなのに?
」
「気を失っておったわけじゃからなぁ……。仕方ないと言えば仕方ない。とりあえず、水でも飲んで落ちつけい」
気を利かせたレゲ爺さんが、金属製のコップにお水を入れて渡してくれた。皆も喋りすぎて喉が渇いたのか、次々とコップを受け取っている。ハル様も。
私も涙を拭いて、ちびちびと冷たいお水を飲んだ。
「しかし困ったのう。ワシャ呪術に関しては門外漢なんじゃ。南大陸の聖獣が出てこないから、勇者を呼ぶ転移の研究ばかりしとったし」
「とりあえず呪術に関する本を片っ端から調べてみましょうかね。呪術に詳しい魔法士が南大陸にいたら良かったんですけど」
「俺、ちょっと試したいことがあんだよな……。莉乃、ちょっとこっち来てくれ」
「え? なに?」
「いいから。ペペはセルディス様に預けた方がいいかな」
爽真がベッドのすぐ横で私を手招きしている。私はセル様にペペを抱っこしてもらい、爽真の元へ歩み寄った。私と距離が近くなったハル様は途端に気まずそうな顔になり、俯いてコップの水ばかり覗いていて……また胸が苦しくなってきた。
(お礼を言われたくて助けたわけじゃないけど……元気になったハル様が、こんな顔で私を見るなんて……)
「うっ……うぇ…………」
「泣くなって。公爵様、よく見ててください」
「? 何を?」
きょとんとするハル様の前で、爽真は私の肩を抱いて引き寄せた。いきなりだったので体がふらつき、爽真と私が抱き合うような体勢になる。
と、その時、
――――メキィッ!
何かがひしゃげるような音がした。どこから出た音かと見渡せば、ハル様が手に持った金属性のコップを片手で握りつぶしている。そして自分で握ったくせに、手にこぼれた水を呆然と見ている。
爽真が「やべっ」と小さく叫び、逃げるようにレゲ爺さんの影に隠れた。
「ワシ、何となく察してしもうた。そうか……公はリノ殿のことを……。まさに青い春じゃのう」
「以前からその気配はありましたよ。スカイラも気づいたからこそ呪術を掛けたんでしょうね」
「でもあの様子を見ると、完全に呪いが掛かったわけじゃなさそうだぜ。少しずつ揺さぶったら解けるんじゃねーの?」
ネネさん達が小声でぼそぼそと話し合っているので、放置されたハル様の手を布で拭いてあげた。彼は気まずそうな顔をしたけど、私の顔を見て「ありがとう」と言ってくれる。それで少し元気が出た。
(そうだよ。忘れたんだったら、今からまた思い出を作ればいいんだよね)
「ハル様。私を忘れちゃった事、気にしなくてもいいです。また今日から思い出をたくさん作りましょう!」
「リノはすごく前向きだね。ペペの時もそうだった。また一緒に僕たちのお城で暮らそうよ! そしたら兄上も何か思い出すかもしれないしさ」
「ペペもいっしょペエ! ママといっしょペ!」
「…………え? 一緒に暮らすのか? リーディガーで?」
度肝を抜かれたのか、ハル様は不思議な色の目玉を大きく見開いた。しかしここで引いたら私は家なき子になってしまう。
ハル様には申し訳ないけど、多少強引な手法でお客様から契約を頂いてしまおう。
「ハル様は以前、私が人間に戻れた暁には、好きなだけ城にいていいと言ってました」
「俺は……そんな事を……」
「言ってました」
「兄上、約束は守らなきゃダメだよ。こんな小さな雛が見てるんだからさ。ペペ、嘘つきダメだよね?」
「ペエ! ダメ!」
「わ……分かった。約束は守る」
ハル様は本心から納得した様子ではなかったけど、ちゃんと頷いてくれた。こうして私とペペは衣食住の確保に成功し、皆でリーディガーのお城へ帰ることになった。山積みの問題を抱えたまま。
「あのさ……。そのスカイラって女、公爵様のことがめちゃくちゃ好きだったみたいだぜ。会いたかったわぁとか言ってたし、公爵様のために大蛇と合体したみたいな事も言ってた。だから多分、嫉妬して莉乃を忘れる呪いを掛けたんじゃねーかな」
「他人の記憶に干渉する呪術――禁呪の一つですね。人を操る事ができる代わりに、差し出す代償もかなり大きいはずです。命と引き換えに呪いを掛けたんでしょうか」
「命と引き換え……ああ、そうだ。お礼を言おうと思っていたんだ」
首の辺りを触っていたハル様は霊映しの鏡から顔を上げ、ネネさんに会釈した。
「毒で死にかけた俺を救ってくれたのはネネリム殿だろう。ありがとう、お陰で助かった」
誰も何も言わなかった。静まり返った室内で、ハル様以外の皆が私の方をちらちらと見ている。気まずそうに。
我慢していたけどじわじわと涙が溢れてきて、白い羽毛にぽつりと雫がこぼれ落ち、ペペが心配そうに「ママ?」と私を見上げた。
「うっ、うえ……っ、うわあああん!」
「なんでそれを、今ここで言うんすか!」
「最悪のタイミングでしたね」
「兄上のバカ」
「ばっ……バカ……!? 俺はそんなに不味い事を言ったのか!? お礼を伝えただけなのに?
」
「気を失っておったわけじゃからなぁ……。仕方ないと言えば仕方ない。とりあえず、水でも飲んで落ちつけい」
気を利かせたレゲ爺さんが、金属製のコップにお水を入れて渡してくれた。皆も喋りすぎて喉が渇いたのか、次々とコップを受け取っている。ハル様も。
私も涙を拭いて、ちびちびと冷たいお水を飲んだ。
「しかし困ったのう。ワシャ呪術に関しては門外漢なんじゃ。南大陸の聖獣が出てこないから、勇者を呼ぶ転移の研究ばかりしとったし」
「とりあえず呪術に関する本を片っ端から調べてみましょうかね。呪術に詳しい魔法士が南大陸にいたら良かったんですけど」
「俺、ちょっと試したいことがあんだよな……。莉乃、ちょっとこっち来てくれ」
「え? なに?」
「いいから。ペペはセルディス様に預けた方がいいかな」
爽真がベッドのすぐ横で私を手招きしている。私はセル様にペペを抱っこしてもらい、爽真の元へ歩み寄った。私と距離が近くなったハル様は途端に気まずそうな顔になり、俯いてコップの水ばかり覗いていて……また胸が苦しくなってきた。
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「うっ……うぇ…………」
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「? 何を?」
きょとんとするハル様の前で、爽真は私の肩を抱いて引き寄せた。いきなりだったので体がふらつき、爽真と私が抱き合うような体勢になる。
と、その時、
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爽真が「やべっ」と小さく叫び、逃げるようにレゲ爺さんの影に隠れた。
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「でもあの様子を見ると、完全に呪いが掛かったわけじゃなさそうだぜ。少しずつ揺さぶったら解けるんじゃねーの?」
ネネさん達が小声でぼそぼそと話し合っているので、放置されたハル様の手を布で拭いてあげた。彼は気まずそうな顔をしたけど、私の顔を見て「ありがとう」と言ってくれる。それで少し元気が出た。
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