57 / 115
第一部 そのモフモフは無自覚に世界を救う?
57 ネネさんの告白
しおりを挟む
「いただきますペエ!」
「いただきます」
「昼食を食べる時間がなかったですね。はぁ、お腹すいた」
「そろそろ食事にしようと思った段階で襲われたからな」
しばらくの間、皆なにも言わず黙々と食事をした。やけにお腹がすいたと思ってたけど、昼食を抜いたせいだったのだ。
キーファはわざわざ食事の時間を狙って攻撃してきたと分かり、ますます奴に対する恨みがつのる。今度会ったらワカメを切り取って丸坊主にしてやりたい。
食事が済むと爽真がヤカンを使って湯を沸かし、四人分の紅茶をいれた。爽真も私も両親が共働きで忙しい人たちだったので、自分で食事を作ったりする事に慣れているのだ。
しばらくまったりとした時間が流れたが、ネネさんがお茶のカップを置いて話し始めた。
「公爵様にお願いがあるんですが」
「……いきなりだな。どんなお願いだ?」
「キーファを殺す役目を私に譲って頂きたいんです。あの変態狂人は私の兄なので」
突然ものすごい事を言い出すので、まったりした空気はどこかに吹っ飛んでしまった。爽真が目も口もぽかんと開けて放心している。私も同じで、寝耳に水状態。
しかしネネさんは気にする様子もなく話し続けている。
「もうお気づきだとは思うんですが、公爵様のご両親が亡くなった事故に兄は関わっています。さらに言えば、弟君の誘拐もあいつの仕業ですよね。でも、それでも兄を殺す役目を私に譲ってほしいんです」
「……理由を訊いてもいいか? 正直に言うと、今すぐにでもキーファを八つ裂きにしてやりたい気分なんだ。そう易々と譲りたくない」
「私もまっったく同じ気持ちです。あの野郎を殺すことだけ夢見て生きてきたので、公爵様のお気持ちはすんごく良く分かります。理由は……見せた方が早いかな」
そう言って、黒いローブを脱いで椅子の上に置いた。下には白いブラウスと長いスカートを着ていたようだ。ブラウスの袖をぐいと引っ張りあげ、上腕の部分を私たちの前にさらす。腕を見たハル様ははっと息を飲み、私と爽真もその模様に釘付けになった。
(何の模様だろう……。円の中に正三角形が描かれてる。正三角形の中にあるのは……人間の目?)
それはとても奇妙で不気味な模様だった。円に内接する正三角形の中に、くっきりと人間の目が描かれている。模様の部分だけ火傷の痕のように皮膚がただれていてとても痛々しい。
腕を見ていたハル様が低い声で呟いた。
「ネネリム殿は……奴隷になったことがあるのか」
「えっ」
爽真が短く叫び、もう一度ネネさんの腕に目を走らせる。奴隷というものに全く馴染みがない私と爽真にとっては、ひどく衝撃的な事実だった。
(じゃあ、あの模様は焼き印ってこと? 本当に奴隷がいる世界なんだ……)
ネネさんがブラウスの袖を元に戻し、再び話し始めた。
「ソーマ様とリノ様にはショックが大きかったですかね。これは奴隷を表す焼き印の痕です。この印がある限り、奴隷商から逃げ出してもすぐに捕まって連れ戻されてしまいます。私がいま人間らしく生きていられるのは、たまたま私を買ったのが先生だったからです」
「奴隷になったのはキーファのせいか?」
「そうです。まぁ直接的にではないですけど……。私の故郷は北大陸にあるラヴァーリョという国で、うちの家は昔から続く魔法士の家系でした。両親も魔法院で働いてましたよ。私が十二歳ぐらいまでは割と平和に暮らしてたんですけど……兄が魔法を試すために大勢の同級生を殺してしまったせいで、国から追われる事態になりまして」
ネネさんは一旦言葉を切り、お茶を飲んだ。
凄い内容の話を淡々と話すので、私と爽真は何も言えないままだ。
「兄は一人でさっさと国から逃げましたけど、両親は兄の責任を取るために死にました。最初は一家心中をするつもりだったようです。でも娘を殺すのは忍びないと思っちゃったようで、私だけ取り残されたんですよね。お金を持たされて山の中に置き去りにされたんですけど、やっとの思いで帰って来たら家も両親も燃えた後でした。街をふらついてる間に奴隷商に捕まって……三年ぐらいは奴隷として働いたのかな」
「よく無事だったな……。奴隷商人のなかには、過酷な労働で奴隷を死なせてしまう輩もいるらしいが」
「何回も死に掛けましたよ。私は魔力が高い方だったから、皮膚や肉の一部を切り取られて魔法の実験に使われてたし……。奴隷は道具か何かの材料ぐらいにしか思われてませんから」
「……あのさ。ネネリムは強いんだから、魔法で逃げたりは出来なかったのか?」
ずっと黙っていた爽真が、重々しい口調で尋ねた。確かに爽真の疑問はもっともだ。あれだけ強い魔法を使えるネネさんなら、逃げることも出来たような気がするのに。
彼女は苦笑しながら答えた。
「最初から強かったわけじゃないんですよ。十二歳のときの私は、今のソーマ様のように簡単な魔法しか使えませんでした。それに奴隷になると魔法を無効化する首輪を嵌められるので、簡単には逃げられないんです。先生の弟子になってから八年間、死に物狂いで勉強しました」
爽真を見ていたネネさんは視線をハル様へ移し、懇願するように頭を下げる。
「私は不幸自慢をしたいわけじゃないんです。公爵様にも兄を殺したい動機があるのはもちろん知ってます。でもどうか、兄を殺す役目は私に任せて頂けないでしょうか。お願いします」
ハル様は沈黙したままネネさんを見つめていたけど、しばらくして、
「分かった」
と短く答えた。
ネネさんは笑顔でお礼を言い、私と爽真は安堵のため息をついた。
「いただきます」
「昼食を食べる時間がなかったですね。はぁ、お腹すいた」
「そろそろ食事にしようと思った段階で襲われたからな」
しばらくの間、皆なにも言わず黙々と食事をした。やけにお腹がすいたと思ってたけど、昼食を抜いたせいだったのだ。
キーファはわざわざ食事の時間を狙って攻撃してきたと分かり、ますます奴に対する恨みがつのる。今度会ったらワカメを切り取って丸坊主にしてやりたい。
食事が済むと爽真がヤカンを使って湯を沸かし、四人分の紅茶をいれた。爽真も私も両親が共働きで忙しい人たちだったので、自分で食事を作ったりする事に慣れているのだ。
しばらくまったりとした時間が流れたが、ネネさんがお茶のカップを置いて話し始めた。
「公爵様にお願いがあるんですが」
「……いきなりだな。どんなお願いだ?」
「キーファを殺す役目を私に譲って頂きたいんです。あの変態狂人は私の兄なので」
突然ものすごい事を言い出すので、まったりした空気はどこかに吹っ飛んでしまった。爽真が目も口もぽかんと開けて放心している。私も同じで、寝耳に水状態。
しかしネネさんは気にする様子もなく話し続けている。
「もうお気づきだとは思うんですが、公爵様のご両親が亡くなった事故に兄は関わっています。さらに言えば、弟君の誘拐もあいつの仕業ですよね。でも、それでも兄を殺す役目を私に譲ってほしいんです」
「……理由を訊いてもいいか? 正直に言うと、今すぐにでもキーファを八つ裂きにしてやりたい気分なんだ。そう易々と譲りたくない」
「私もまっったく同じ気持ちです。あの野郎を殺すことだけ夢見て生きてきたので、公爵様のお気持ちはすんごく良く分かります。理由は……見せた方が早いかな」
そう言って、黒いローブを脱いで椅子の上に置いた。下には白いブラウスと長いスカートを着ていたようだ。ブラウスの袖をぐいと引っ張りあげ、上腕の部分を私たちの前にさらす。腕を見たハル様ははっと息を飲み、私と爽真もその模様に釘付けになった。
(何の模様だろう……。円の中に正三角形が描かれてる。正三角形の中にあるのは……人間の目?)
それはとても奇妙で不気味な模様だった。円に内接する正三角形の中に、くっきりと人間の目が描かれている。模様の部分だけ火傷の痕のように皮膚がただれていてとても痛々しい。
腕を見ていたハル様が低い声で呟いた。
「ネネリム殿は……奴隷になったことがあるのか」
「えっ」
爽真が短く叫び、もう一度ネネさんの腕に目を走らせる。奴隷というものに全く馴染みがない私と爽真にとっては、ひどく衝撃的な事実だった。
(じゃあ、あの模様は焼き印ってこと? 本当に奴隷がいる世界なんだ……)
ネネさんがブラウスの袖を元に戻し、再び話し始めた。
「ソーマ様とリノ様にはショックが大きかったですかね。これは奴隷を表す焼き印の痕です。この印がある限り、奴隷商から逃げ出してもすぐに捕まって連れ戻されてしまいます。私がいま人間らしく生きていられるのは、たまたま私を買ったのが先生だったからです」
「奴隷になったのはキーファのせいか?」
「そうです。まぁ直接的にではないですけど……。私の故郷は北大陸にあるラヴァーリョという国で、うちの家は昔から続く魔法士の家系でした。両親も魔法院で働いてましたよ。私が十二歳ぐらいまでは割と平和に暮らしてたんですけど……兄が魔法を試すために大勢の同級生を殺してしまったせいで、国から追われる事態になりまして」
ネネさんは一旦言葉を切り、お茶を飲んだ。
凄い内容の話を淡々と話すので、私と爽真は何も言えないままだ。
「兄は一人でさっさと国から逃げましたけど、両親は兄の責任を取るために死にました。最初は一家心中をするつもりだったようです。でも娘を殺すのは忍びないと思っちゃったようで、私だけ取り残されたんですよね。お金を持たされて山の中に置き去りにされたんですけど、やっとの思いで帰って来たら家も両親も燃えた後でした。街をふらついてる間に奴隷商に捕まって……三年ぐらいは奴隷として働いたのかな」
「よく無事だったな……。奴隷商人のなかには、過酷な労働で奴隷を死なせてしまう輩もいるらしいが」
「何回も死に掛けましたよ。私は魔力が高い方だったから、皮膚や肉の一部を切り取られて魔法の実験に使われてたし……。奴隷は道具か何かの材料ぐらいにしか思われてませんから」
「……あのさ。ネネリムは強いんだから、魔法で逃げたりは出来なかったのか?」
ずっと黙っていた爽真が、重々しい口調で尋ねた。確かに爽真の疑問はもっともだ。あれだけ強い魔法を使えるネネさんなら、逃げることも出来たような気がするのに。
彼女は苦笑しながら答えた。
「最初から強かったわけじゃないんですよ。十二歳のときの私は、今のソーマ様のように簡単な魔法しか使えませんでした。それに奴隷になると魔法を無効化する首輪を嵌められるので、簡単には逃げられないんです。先生の弟子になってから八年間、死に物狂いで勉強しました」
爽真を見ていたネネさんは視線をハル様へ移し、懇願するように頭を下げる。
「私は不幸自慢をしたいわけじゃないんです。公爵様にも兄を殺したい動機があるのはもちろん知ってます。でもどうか、兄を殺す役目は私に任せて頂けないでしょうか。お願いします」
ハル様は沈黙したままネネさんを見つめていたけど、しばらくして、
「分かった」
と短く答えた。
ネネさんは笑顔でお礼を言い、私と爽真は安堵のため息をついた。
12
お気に入りに追加
2,616
あなたにおすすめの小説

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
【完結】追放された生活錬金術師は好きなようにブランド運営します!
加藤伊織
ファンタジー
(全151話予定)世界からは魔法が消えていっており、錬金術師も賢者の石や金を作ることは不可能になっている。そんな中で、生活に必要な細々とした物を作る生活錬金術は「小さな錬金術」と呼ばれていた。
カモミールは師であるロクサーヌから勧められて「小さな錬金術」の道を歩み、ロクサーヌと共に化粧品のブランドを立ち上げて成功していた。しかし、ロクサーヌの突然の死により、その息子で兄弟子であるガストンから住み込んで働いていた家を追い出される。
落ち込みはしたが幼馴染みのヴァージルや友人のタマラに励まされ、独立して工房を持つことにしたカモミールだったが、師と共に運営してきたブランドは名義がガストンに引き継がれており、全て一から出直しという状況に。
そんな中、格安で見つけた恐ろしく古い工房を買い取ることができ、カモミールはその工房で新たなスタートを切ることにした。
器具付き・格安・ただし狭くてボロい……そんな訳あり物件だったが、更におまけが付いていた。据えられた錬金釜が1000年の時を経て精霊となり、人の姿を取ってカモミールの前に現れたのだ。
失われた栄光の過去を懐かしみ、賢者の石やホムンクルスの作成に挑ませようとする錬金釜の精霊・テオ。それに対して全く興味が無い日常指向のカモミール。
過保護な幼馴染みも隣に引っ越してきて、予想外に騒がしい日常が彼女を待っていた。
これは、ポーションも作れないし冒険もしない、ささやかな錬金術師の物語である。
彼女は化粧品や石けんを作り、「ささやかな小市民」でいたつもりなのだが、品質の良い化粧品を作る彼女を周囲が放っておく訳はなく――。
毎日15:10に1話ずつ更新です。
この作品は小説家になろう様・カクヨム様・ノベルアッププラス様にも掲載しています。
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う
たくみ
ファンタジー
圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。
アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。
ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?
それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。
自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。
このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。
それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。
※小説家になろうさんで投稿始めました

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜
青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ
孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。
そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。
これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。
小説家になろう様からの転載です!

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?
歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。
それから数十年が経ち、気づけば38歳。
のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。
しかしーー
「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」
突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。
これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。
※書籍化のため更新をストップします。
「無加護」で孤児な私は追い出されたのでのんびりスローライフ生活!…のはずが精霊王に甘く溺愛されてます!?
白井
恋愛
誰もが精霊の加護を受ける国で、リリアは何の精霊の加護も持たない『無加護』として生まれる。
「魂の罪人め、呪われた悪魔め!」
精霊に嫌われ、人に石を投げられ泥まみれ孤児院ではこき使われてきた。
それでも生きるしかないリリアは決心する。
誰にも迷惑をかけないように、森でスローライフをしよう!
それなのに―……
「麗しき私の乙女よ」
すっごい美形…。えっ精霊王!?
どうして無加護の私が精霊王に溺愛されてるの!?
森で出会った精霊王に愛され、リリアの運命は変わっていく。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる