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第一部 そのモフモフは無自覚に世界を救う?
31 敵陣へ
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セル様が一瞬だけ足を止めて、周囲をキョロキョロと見回した。そしてまた歩き出す。
「この会話も兄上に聞こえちゃってるんだろうけど……。ペペには話しておくね。三年前の事故のとき、僕も死に掛けたの。父上と母上と、僕の三人で馬車に乗ってて……屋敷に戻る途中、馬が急に暴れだしてさ。馬車ごと谷底に落ちたんだって」
『えぇっ!? セル様も三年前の事故に関係あったの!?』
『ああ、あの時の話かァ……。あんときゃァ辛かったな……。セルディス様はずっと泣いておられたっけ』
「兄上が馬をよく調べたら、変な傷があったらしいんだよね。だから自然に起きた事故じゃなくて、誰かがわざと馬を狙ったんだろうって……。でも僕、その時のことあんまり覚えてないの。馬車が大きく揺れて、父上と母上が僕に抱き付いてきて……気が付いたらベッドで寝てた。父上と母上は、僕を庇ったせいで……」
セル様の声は震えていた。まるで泣きたいのを我慢しているようで、私はフリッパーを伸ばしてセル様の頬を撫でることしか出来なかった。白い羽毛にぽつりと雫が落ちる。セル様は顔をごしごしと擦って苦笑いした。
「あの時のことを考えると、今でも泣いちゃうんだ。なんで僕には力がないんだろうって……。でも兄上は、僕とは比べ物にならないぐらい悔しかったと思う。自分だけ怖い目に会わなかったことを、ずっと気にしてる。ずっと……事故を起こした誰かを恨んでる」
『そりゃ恨んで当然だよね……。ご両親だけじゃなく、セル様まで死んじゃうかもしれなかったんだから』
『ハルディア様のことか。そりゃなァ。ぶっ殺したいと思うのが当然だわなァ』
「ペペは人間の言葉が分かるでしょ。僕ね、ペペにお願いがあるんだ」
『ほえ……?』
何だろう、この嫌な予感は。あまり聞きたくない。何かのフラグが立ちそうで怖いんだけど。
「この作戦で僕に何かあったら、ペペとガイ達が兄上を支えてあげてね。僕は――んぶっ!?」
『そんな不吉な話、聞きたくないっ! 何があっても私がセル様を守ってみせる! 子供は子供らしく、お菓子のことでも考えてればいいの!』
もっふりフリッパーで無理やりセル様の口を塞ぎ、大声で叫んだ。前を歩いていた親ビンも威勢良く「ウォン」と吠える。
『よく言ったじゃねェか、ペペ! その意気だァ! オレとおまえでセルディス様を守ってみせようゼィ!』
「う、うぅん……? なんか怒られちゃったみたい? 後ろ向きなこと言うなってことかな」
「ペエッ!」
「分かったよ……。僕だってまだ死にたくないし、何とか頑張ってみるよ」
良かった。名家の息子さんとしては立派だけど、やっぱり八歳児が「後は頼んだ」的な発言をするのはどうかと思う。五十年ぐらい早いと思うよ。
いつの間にか湖の半周を回り、もっとも屋敷から離れた位置にやってきた。ふと顔を上げたセル様がぴたりと足をとめる。
「ねえ……あのボート、昨日はなかったよね」
「ペエ?」
セル様と同じ方向を見やれば、確かに湖の桟橋に小さなボートがあった。昨日の散歩では見かけなかったのに。
『うわぁ……あからさまに怪しいわ。罠じゃないの?』
『罠だろうなァ。セルディス様、行かねェ方がいいですよ』
親ビンが立ち塞がるようにして進行の邪魔をしたけど、セル様は構うことなくボートに近づいて行く。どうしちゃったの。なにを考えてるんだろう。
「ペエッ! ペェエエッ!」
「うん……分かってるよ、罠かもしれないって事は。でもここで何もせずに屋敷に戻ったら、この作戦の意味がなくなっちゃう。本当は僕も怖いけど……行くしかないんだよ」
『そんなぁ』
『仕方ねェか……。オレ達も覚悟決めんゾ、ペペ』
私は小さく頷き、セル様の腕の中からボートを見つめた。見た感じ、何の変哲もない普通の木製のボートだ。風が吹くたびにゆらゆらと揺れている。
「何の仕掛けもなさそうだけど……。あれ? ボートの底に、何かの模様が……」
セル様が呟いたとき、風がゴォッと強く吹いて私たちの体を揺らした。バランスが崩れたセル様が手を伸ばしてボートの縁に触れる。と、次の瞬間――
「うわっ!? 眩しいっ……!」
ボートの底に描かれた模様が白く光り、ぼうっと円が浮かび上がった。どこかで見たような……いや、お城の地下で見た模様と同じだ!
『ちょっ、これ、転移魔法陣じゃないの!?』
『やっぱり罠だったかァ! どこに移動する魔法陣なんだッ!?』
「うぅっ、引きずり込まれる……! 行くよ、ガイ、ペペ!」
「ペエッ!」
「ウォンッ!」
私たちと一緒に、風で舞い散る木の葉まで転移魔法陣に吸い込まれて行く。私はあらん限りの力で叫んだ。
「ペエェエエエーッ!!」
セル様のことは守ってみせます。だからきっと助けに来てください、ハル様――。そう願いを込めながら。
「この会話も兄上に聞こえちゃってるんだろうけど……。ペペには話しておくね。三年前の事故のとき、僕も死に掛けたの。父上と母上と、僕の三人で馬車に乗ってて……屋敷に戻る途中、馬が急に暴れだしてさ。馬車ごと谷底に落ちたんだって」
『えぇっ!? セル様も三年前の事故に関係あったの!?』
『ああ、あの時の話かァ……。あんときゃァ辛かったな……。セルディス様はずっと泣いておられたっけ』
「兄上が馬をよく調べたら、変な傷があったらしいんだよね。だから自然に起きた事故じゃなくて、誰かがわざと馬を狙ったんだろうって……。でも僕、その時のことあんまり覚えてないの。馬車が大きく揺れて、父上と母上が僕に抱き付いてきて……気が付いたらベッドで寝てた。父上と母上は、僕を庇ったせいで……」
セル様の声は震えていた。まるで泣きたいのを我慢しているようで、私はフリッパーを伸ばしてセル様の頬を撫でることしか出来なかった。白い羽毛にぽつりと雫が落ちる。セル様は顔をごしごしと擦って苦笑いした。
「あの時のことを考えると、今でも泣いちゃうんだ。なんで僕には力がないんだろうって……。でも兄上は、僕とは比べ物にならないぐらい悔しかったと思う。自分だけ怖い目に会わなかったことを、ずっと気にしてる。ずっと……事故を起こした誰かを恨んでる」
『そりゃ恨んで当然だよね……。ご両親だけじゃなく、セル様まで死んじゃうかもしれなかったんだから』
『ハルディア様のことか。そりゃなァ。ぶっ殺したいと思うのが当然だわなァ』
「ペペは人間の言葉が分かるでしょ。僕ね、ペペにお願いがあるんだ」
『ほえ……?』
何だろう、この嫌な予感は。あまり聞きたくない。何かのフラグが立ちそうで怖いんだけど。
「この作戦で僕に何かあったら、ペペとガイ達が兄上を支えてあげてね。僕は――んぶっ!?」
『そんな不吉な話、聞きたくないっ! 何があっても私がセル様を守ってみせる! 子供は子供らしく、お菓子のことでも考えてればいいの!』
もっふりフリッパーで無理やりセル様の口を塞ぎ、大声で叫んだ。前を歩いていた親ビンも威勢良く「ウォン」と吠える。
『よく言ったじゃねェか、ペペ! その意気だァ! オレとおまえでセルディス様を守ってみせようゼィ!』
「う、うぅん……? なんか怒られちゃったみたい? 後ろ向きなこと言うなってことかな」
「ペエッ!」
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良かった。名家の息子さんとしては立派だけど、やっぱり八歳児が「後は頼んだ」的な発言をするのはどうかと思う。五十年ぐらい早いと思うよ。
いつの間にか湖の半周を回り、もっとも屋敷から離れた位置にやってきた。ふと顔を上げたセル様がぴたりと足をとめる。
「ねえ……あのボート、昨日はなかったよね」
「ペエ?」
セル様と同じ方向を見やれば、確かに湖の桟橋に小さなボートがあった。昨日の散歩では見かけなかったのに。
『うわぁ……あからさまに怪しいわ。罠じゃないの?』
『罠だろうなァ。セルディス様、行かねェ方がいいですよ』
親ビンが立ち塞がるようにして進行の邪魔をしたけど、セル様は構うことなくボートに近づいて行く。どうしちゃったの。なにを考えてるんだろう。
「ペエッ! ペェエエッ!」
「うん……分かってるよ、罠かもしれないって事は。でもここで何もせずに屋敷に戻ったら、この作戦の意味がなくなっちゃう。本当は僕も怖いけど……行くしかないんだよ」
『そんなぁ』
『仕方ねェか……。オレ達も覚悟決めんゾ、ペペ』
私は小さく頷き、セル様の腕の中からボートを見つめた。見た感じ、何の変哲もない普通の木製のボートだ。風が吹くたびにゆらゆらと揺れている。
「何の仕掛けもなさそうだけど……。あれ? ボートの底に、何かの模様が……」
セル様が呟いたとき、風がゴォッと強く吹いて私たちの体を揺らした。バランスが崩れたセル様が手を伸ばしてボートの縁に触れる。と、次の瞬間――
「うわっ!? 眩しいっ……!」
ボートの底に描かれた模様が白く光り、ぼうっと円が浮かび上がった。どこかで見たような……いや、お城の地下で見た模様と同じだ!
『ちょっ、これ、転移魔法陣じゃないの!?』
『やっぱり罠だったかァ! どこに移動する魔法陣なんだッ!?』
「うぅっ、引きずり込まれる……! 行くよ、ガイ、ペペ!」
「ペエッ!」
「ウォンッ!」
私たちと一緒に、風で舞い散る木の葉まで転移魔法陣に吸い込まれて行く。私はあらん限りの力で叫んだ。
「ペエェエエエーッ!!」
セル様のことは守ってみせます。だからきっと助けに来てください、ハル様――。そう願いを込めながら。
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