30 / 115
第一部 そのモフモフは無自覚に世界を救う?
30 作戦開始
しおりを挟む
空中王都に行ってから十日ほど経った。私は相変わらずラルトゥアーク家で、愛らしい大食いペットとして過ごしている。毎日食っちゃ寝、食っちゃ寝してても太らないのは、私が成長著しい雛だからだろう。
「はぁ、散歩のたびにドキドキするなぁ……。どんな敵が出てくるんだろ。僕も兄上ぐらい強かったら良かったのに」
散歩のために着替えたセル様が不安そうに呟いている。王都に行ってから親ビンの散歩だけセル様の役目になり、私も毎日同行する日々だ。同行と言うより、セル様の腕に抱っこされてるだけなんだけど。
『敵はどこに潜んでやがるんだ。待っててばかりじゃつまらねェゼィ! さっさと出てきてお縄につきやがれェ!』
レティ姐さんと一緒にソファに座っていると親ビンがやってきて、そわそわしながら「ウォン」と吠えた。姐さんがやや鬱陶しそうな顔をしている。
『これだから犬は……。なんて落ち着きのなさかしら』
『こっちは冷や冷やしてるよぉ。敵が狙ってるの、私なんだよ?』
『情けないこと言わないの。セルディス様をご覧なさいな。まだ八歳なのに、囮と分かっていながら一人で散歩に行かれてますのよ? 何かあったらあーたがセルディス様をお守りしなさい』
『は……ハイ、姐さん! セル様のことは、命に代えてもお守りします!』
『オレだって命を賭けるつもりだぜェ! 今度こそミッションを成功させてやるァ!』
そうだった。セル様はまだ八歳の男の子だった。名門の家に生まれたから覚悟を決めてるだけで、本来ならまだランドセルを背負って小学校に行くような年齢なのだ。
それに比べて、私は見た目は雛でも実年齢は十七歳である。しかも謎の力を持ってるんだから、セル様のことは私が守らねば……! ついでに親ビンのことも。
「セルディス様、この上着をお召しください」
「うん。この服じゃないと、意味がないもんね」
カムロンさんがいつもの上着を持ってきた。セル様が散歩のときに必ず身につける上着には、ちょっとした仕掛けがあるらしい。ボタンの裏に盗聴魔法が掛けられた部品が縫い付けてあって、会話はすべてハル様に届く仕組みになっている。
そのハル様は昨日から遠征で留守だけど、これはもちろん敵を油断させるための罠だ。実際には遠征地からこっそりリーディガーに戻ってきて、セル様が散歩するたびに何処かから見守っているらしい。プロクス無しで遠方から帰ってくるのは大変だっただろうな。
「ふぅ……。兄上が留守というのは敵も知ってるだろうから、何かしてくるとしたら今日だよね。ペペを誘拐されないように頑張らなきゃ……。行って来ます!」
「お気をつけて。ガイ、ペペ。坊ちゃまを頼んだぞ」
「ウォン!」
「ペエッ!」
セル様は不安そうな顔でお城の門を出たものの、道を歩くにつれて笑顔になってきた。何でも今までは散歩するだけで息が上がっていたそうだから、親ビンと同じ速さで歩いたり走ったり出来るのが嬉しいんだろう。
笑顔のセル様は本当に可愛い。私じゃなくてセル様が誘拐されるんじゃないかと心配するぐらい可愛い。
「また湖のコースにしようか。一周ぐるっと回って屋敷に帰ってこよう」
昼下がり、木陰のなかの細い道を軽快に歩いていく。湖の周囲はだいたい二キロメートルぐらいで、犬の散歩としてはちょうどいいらしい。親ビンは大型犬だから、それなりに長い距離を歩かないとストレスの発散にはならないのだ。犬を飼うのって大変だなと思う。
「僕ね……本当はちょっと怒ってるんだ。兄上がペペを囮にしちゃったから」
「ペエ?」
道を歩いていると、セル様が囁くような声で言った。お兄ちゃんに怒ってるって事だろうか。
「僕は危険な目に会っても別にいいんだよ。ラルトゥアーク家の一員としてやるべき事はやるつもりだし、兄上ひとりに責任を負わせたくないって気持ちもあるから。でもペペはまだ雛なのに……。僕たちの都合で振り回しちゃってごめんね」
「ペエ、ペェエ!」
(そんなこと気にしなくていいよ。私はセル様の方が心配だよ)
この子はまだ八歳なのに、重たい物を自分から背負おうとしている。なんだか痛々しい。私も力になってあげたい。
『セルディス様、何て言ってんだァ?』
『私を巻き込む事になって、ごめんねって言ってる。気にしなくていいのに……』
『まァ気にするだろうなァ。気性の穏やかな方だしな。でもハルディア様の決断は仕方ねェ事だと思うぜ。ハルディア様は政治の中枢におられる方だ。政敵を潰したいってのァ、当然の流れだわな』
「はぁ、散歩のたびにドキドキするなぁ……。どんな敵が出てくるんだろ。僕も兄上ぐらい強かったら良かったのに」
散歩のために着替えたセル様が不安そうに呟いている。王都に行ってから親ビンの散歩だけセル様の役目になり、私も毎日同行する日々だ。同行と言うより、セル様の腕に抱っこされてるだけなんだけど。
『敵はどこに潜んでやがるんだ。待っててばかりじゃつまらねェゼィ! さっさと出てきてお縄につきやがれェ!』
レティ姐さんと一緒にソファに座っていると親ビンがやってきて、そわそわしながら「ウォン」と吠えた。姐さんがやや鬱陶しそうな顔をしている。
『これだから犬は……。なんて落ち着きのなさかしら』
『こっちは冷や冷やしてるよぉ。敵が狙ってるの、私なんだよ?』
『情けないこと言わないの。セルディス様をご覧なさいな。まだ八歳なのに、囮と分かっていながら一人で散歩に行かれてますのよ? 何かあったらあーたがセルディス様をお守りしなさい』
『は……ハイ、姐さん! セル様のことは、命に代えてもお守りします!』
『オレだって命を賭けるつもりだぜェ! 今度こそミッションを成功させてやるァ!』
そうだった。セル様はまだ八歳の男の子だった。名門の家に生まれたから覚悟を決めてるだけで、本来ならまだランドセルを背負って小学校に行くような年齢なのだ。
それに比べて、私は見た目は雛でも実年齢は十七歳である。しかも謎の力を持ってるんだから、セル様のことは私が守らねば……! ついでに親ビンのことも。
「セルディス様、この上着をお召しください」
「うん。この服じゃないと、意味がないもんね」
カムロンさんがいつもの上着を持ってきた。セル様が散歩のときに必ず身につける上着には、ちょっとした仕掛けがあるらしい。ボタンの裏に盗聴魔法が掛けられた部品が縫い付けてあって、会話はすべてハル様に届く仕組みになっている。
そのハル様は昨日から遠征で留守だけど、これはもちろん敵を油断させるための罠だ。実際には遠征地からこっそりリーディガーに戻ってきて、セル様が散歩するたびに何処かから見守っているらしい。プロクス無しで遠方から帰ってくるのは大変だっただろうな。
「ふぅ……。兄上が留守というのは敵も知ってるだろうから、何かしてくるとしたら今日だよね。ペペを誘拐されないように頑張らなきゃ……。行って来ます!」
「お気をつけて。ガイ、ペペ。坊ちゃまを頼んだぞ」
「ウォン!」
「ペエッ!」
セル様は不安そうな顔でお城の門を出たものの、道を歩くにつれて笑顔になってきた。何でも今までは散歩するだけで息が上がっていたそうだから、親ビンと同じ速さで歩いたり走ったり出来るのが嬉しいんだろう。
笑顔のセル様は本当に可愛い。私じゃなくてセル様が誘拐されるんじゃないかと心配するぐらい可愛い。
「また湖のコースにしようか。一周ぐるっと回って屋敷に帰ってこよう」
昼下がり、木陰のなかの細い道を軽快に歩いていく。湖の周囲はだいたい二キロメートルぐらいで、犬の散歩としてはちょうどいいらしい。親ビンは大型犬だから、それなりに長い距離を歩かないとストレスの発散にはならないのだ。犬を飼うのって大変だなと思う。
「僕ね……本当はちょっと怒ってるんだ。兄上がペペを囮にしちゃったから」
「ペエ?」
道を歩いていると、セル様が囁くような声で言った。お兄ちゃんに怒ってるって事だろうか。
「僕は危険な目に会っても別にいいんだよ。ラルトゥアーク家の一員としてやるべき事はやるつもりだし、兄上ひとりに責任を負わせたくないって気持ちもあるから。でもペペはまだ雛なのに……。僕たちの都合で振り回しちゃってごめんね」
「ペエ、ペェエ!」
(そんなこと気にしなくていいよ。私はセル様の方が心配だよ)
この子はまだ八歳なのに、重たい物を自分から背負おうとしている。なんだか痛々しい。私も力になってあげたい。
『セルディス様、何て言ってんだァ?』
『私を巻き込む事になって、ごめんねって言ってる。気にしなくていいのに……』
『まァ気にするだろうなァ。気性の穏やかな方だしな。でもハルディア様の決断は仕方ねェ事だと思うぜ。ハルディア様は政治の中枢におられる方だ。政敵を潰したいってのァ、当然の流れだわな』
18
お気に入りに追加
2,616
あなたにおすすめの小説

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜
青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ
孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。
そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。
これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。
小説家になろう様からの転載です!
【完結】追放された生活錬金術師は好きなようにブランド運営します!
加藤伊織
ファンタジー
(全151話予定)世界からは魔法が消えていっており、錬金術師も賢者の石や金を作ることは不可能になっている。そんな中で、生活に必要な細々とした物を作る生活錬金術は「小さな錬金術」と呼ばれていた。
カモミールは師であるロクサーヌから勧められて「小さな錬金術」の道を歩み、ロクサーヌと共に化粧品のブランドを立ち上げて成功していた。しかし、ロクサーヌの突然の死により、その息子で兄弟子であるガストンから住み込んで働いていた家を追い出される。
落ち込みはしたが幼馴染みのヴァージルや友人のタマラに励まされ、独立して工房を持つことにしたカモミールだったが、師と共に運営してきたブランドは名義がガストンに引き継がれており、全て一から出直しという状況に。
そんな中、格安で見つけた恐ろしく古い工房を買い取ることができ、カモミールはその工房で新たなスタートを切ることにした。
器具付き・格安・ただし狭くてボロい……そんな訳あり物件だったが、更におまけが付いていた。据えられた錬金釜が1000年の時を経て精霊となり、人の姿を取ってカモミールの前に現れたのだ。
失われた栄光の過去を懐かしみ、賢者の石やホムンクルスの作成に挑ませようとする錬金釜の精霊・テオ。それに対して全く興味が無い日常指向のカモミール。
過保護な幼馴染みも隣に引っ越してきて、予想外に騒がしい日常が彼女を待っていた。
これは、ポーションも作れないし冒険もしない、ささやかな錬金術師の物語である。
彼女は化粧品や石けんを作り、「ささやかな小市民」でいたつもりなのだが、品質の良い化粧品を作る彼女を周囲が放っておく訳はなく――。
毎日15:10に1話ずつ更新です。
この作品は小説家になろう様・カクヨム様・ノベルアッププラス様にも掲載しています。

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?
歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。
それから数十年が経ち、気づけば38歳。
のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。
しかしーー
「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」
突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。
これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。
※書籍化のため更新をストップします。
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う
たくみ
ファンタジー
圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。
アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。
ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?
それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。
自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。
このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。
それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。
※小説家になろうさんで投稿始めました

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
「無加護」で孤児な私は追い出されたのでのんびりスローライフ生活!…のはずが精霊王に甘く溺愛されてます!?
白井
恋愛
誰もが精霊の加護を受ける国で、リリアは何の精霊の加護も持たない『無加護』として生まれる。
「魂の罪人め、呪われた悪魔め!」
精霊に嫌われ、人に石を投げられ泥まみれ孤児院ではこき使われてきた。
それでも生きるしかないリリアは決心する。
誰にも迷惑をかけないように、森でスローライフをしよう!
それなのに―……
「麗しき私の乙女よ」
すっごい美形…。えっ精霊王!?
どうして無加護の私が精霊王に溺愛されてるの!?
森で出会った精霊王に愛され、リリアの運命は変わっていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる