【完結】巻き込まれたけど私が本物 ~転移したら体がモフモフ化してて、公爵家のペットになりました~

千堂みくま

文字の大きさ
上 下
7 / 115
第一部 そのモフモフは無自覚に世界を救う?

7 聖獣?

しおりを挟む
 ただただショックだった。


 現れてくれるなと思っていたリアスが来た。
 それだけでなく、彼が謎の女性と密会しているという事実を、この目で見る日が来てしまったことが。


 ここからは彼らの横顔しか見えないが、一瞬だけ見えた女性は異国情緒じょうちょあふれる妖艶ようえんな雰囲気をまとった人物のようだった。


 きっと、あの見た目だけで男性を陥落かんらくさせるなど、彼女にとっては容易たやすいことだろうと想像させるほどの余裕も感じる。


 見間違いであることを祈って、もう一度彼らを一瞥する。だが、視界に映るのは間違いなく、愛する夫と少しあどけなさ残るエキゾチックな面立ちの美女の姿だった。


――まさか彼女と会うために、ここに来ていたの?


 何を話しているかははっきりと聞こえないが、後方から時折女性の楽しそうな笑い声が聞こえる。


 そのたびに、この女性はきっとリアスに好意を持っているのだと思い知らされた。


 眉目秀麗、高身長、細身ながら鍛え抜かれた精悍な身体を持つリアスは、声も良いうえ賢さまで兼ね備えている。


 しかも、彼のまさに黄金比と言えるほど、左右対称の完璧な顔の左目の下には、人間味を感じる小さな可愛いほくろがあるんだから、ほっとけない気持ちも分かる。


 それでいて、優しくて健気なうえに真面目だから好きになっちゃうわよね……分かるわ。


――どうしたらいいの……?


 あまりのショックに自分が何を考えているのかもよく分からなくなり、ユアンさんの顔を見る。
 刹那、ある言葉が脳内でリフレインした。


『ああ、あのときはエリーゼ様への片想いで、恋煩っていたんです。まさに、今のような感じでしたよ』


――まさか、リアスの不調は恋煩い……?


 新しく好きな人が出来たから、最近おかしかったのだろうか。そう考えると何だか辻褄があってしまうことに、とても嫌な気持ちが込上げる。


 でも、でも……もしかしたら仕事の話をしているだけかもしれない。だって、彼は決して不倫なんてするような人ではないもの。


 仮にほかに好きな人ができたとしても、絶対に私との関係を精算してから関係を持つ。


 私の知るラディリアス・ヴィルナーとは、そういう男なのだ。


 そう思った矢先、彼らの会話の一部が明瞭に耳に入ってきた。


「そんなに好きになって大丈夫? ふふっ」
「本能だから仕方ない……。好きなんて言葉じゃ足りないくらい愛してるよ」


 ポタリっ……。
 固く握り締めた手の甲に水滴が落ちる感覚がした。


 ゆるゆると震える拳を広げ、そっと頬に触れる。すると、氷のように冷たくなった指先が涙で濡れた。


「エリーゼ様」


 決して周囲には聞こえない、細心の注意を払ったユアンさんの声が耳に届く。
 ハッとユアンさんに集中すると、青筋を立て、見たこともないほど怖い顔をした彼が口を開いた。


「あなた次第です。乗り込みますか? もしそうでしたら、私は全力であなたの味方になりましょう」


 さあ、どうする――そんな視線でユアンさんが見つめる中、私は力なく首を横に振った。


「突入しません。もしするにしても、もう少し状況証拠を集める必要があるわ。それに……場所が悪すぎよ」


 どれだけショックであろうと、感情任せに今すぐ勢いで突入しても、ろくな事にならないということだけは理解できる。
 悪いことはあれど、良いことなど何も無いのだ。


 すると、そんな私の意図が伝わったのだろう。
 依然としていつもの色気など台無しなほど厳しい顔つきのままではあるが、ユアンさんは少し冷静さを取り戻した。


「確かにその通りです。すみません、少々頭に血が上っておりました」
「……」


 大丈夫だとでも言ってあげた方が良いのは分かっている。だが、そんな声掛けをするほどの余裕は、今の私にはなかった。


「っ……! 二人が席を立ちました」


 神妙な面持ちのユアンさんが、囁き声で報告してきた。


「一緒にですか?」
「はい。ただ……」


 ユアンさんの返事と重なるように、カランカランと店の扉のベルが鳴る。きっと二人が出て行った音だろう。


 私はユアンさんの返事を聞く前に、思い切って二人の動向を追うべく背後に振り返った。


 すると、一部ガラス張りになった店内に置いてある観葉植物の隙間から、別れる二人の姿が見えた。


「どうやらここで解散みたいですね」


 恐ろしいほどに冷静なユアンさんの声が耳に届く。その声を聞き、私は彼の方へと振り返った。

 
「っ……」

 
 振り返った私の顔が、きっと酷く情けないものだったのだろう。ユアンさんは私の顔を見るなり、痛ましげに表情を歪めた。


「エリーゼ様、今日は戻りましょう。私はあの女をつけますので、母と一緒に先にお帰りください」
「ええ……お願いします」


 何とか彼の言葉に返事をした私は、ユアンさんとともに店を出ることになった。


 幸い女性は、喫茶の目の前の建物に入っていった。
 そのため、ユアンさんは女性を見失うこと無く、私をメリダさんが待つ馬車まで送ってくれた。


「奥様、まさかっ……」


 馬車で待機していたメリダさんは、きっと店から出てきたリアスと女性を見たことだろう。


 そして今、私とユアンさんの表情とその情報を照らし合わせ何かを察したのか、いつも温和なその表情を悲痛に染めた。


 彼女は私が馬車に乗り込むと、嘆きながら私の手を包み撫でてくれた。


 ただ、女性といるリアスを目の前にしても私にはまだ彼を信じたい気持ちがあった。


 だからだろう。
 そのメリダさんの優しく慰めるような手の温かみを感じるたび、私の心はひどく痛んだ。
しおりを挟む
感想 47

あなたにおすすめの小説

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜

青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ 孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。 そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。 これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。 小説家になろう様からの転載です!

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

異世界に転生したので幸せに暮らします、多分

かのこkanoko
ファンタジー
物心ついたら、異世界に転生していた事を思い出した。 前世の分も幸せに暮らします! 平成30年3月26日完結しました。 番外編、書くかもです。 5月9日、番外編追加しました。 小説家になろう様でも公開してます。 エブリスタ様でも公開してます。

【完結】追放された生活錬金術師は好きなようにブランド運営します!

加藤伊織
ファンタジー
(全151話予定)世界からは魔法が消えていっており、錬金術師も賢者の石や金を作ることは不可能になっている。そんな中で、生活に必要な細々とした物を作る生活錬金術は「小さな錬金術」と呼ばれていた。 カモミールは師であるロクサーヌから勧められて「小さな錬金術」の道を歩み、ロクサーヌと共に化粧品のブランドを立ち上げて成功していた。しかし、ロクサーヌの突然の死により、その息子で兄弟子であるガストンから住み込んで働いていた家を追い出される。 落ち込みはしたが幼馴染みのヴァージルや友人のタマラに励まされ、独立して工房を持つことにしたカモミールだったが、師と共に運営してきたブランドは名義がガストンに引き継がれており、全て一から出直しという状況に。 そんな中、格安で見つけた恐ろしく古い工房を買い取ることができ、カモミールはその工房で新たなスタートを切ることにした。 器具付き・格安・ただし狭くてボロい……そんな訳あり物件だったが、更におまけが付いていた。据えられた錬金釜が1000年の時を経て精霊となり、人の姿を取ってカモミールの前に現れたのだ。 失われた栄光の過去を懐かしみ、賢者の石やホムンクルスの作成に挑ませようとする錬金釜の精霊・テオ。それに対して全く興味が無い日常指向のカモミール。 過保護な幼馴染みも隣に引っ越してきて、予想外に騒がしい日常が彼女を待っていた。 これは、ポーションも作れないし冒険もしない、ささやかな錬金術師の物語である。 彼女は化粧品や石けんを作り、「ささやかな小市民」でいたつもりなのだが、品質の良い化粧品を作る彼女を周囲が放っておく訳はなく――。 毎日15:10に1話ずつ更新です。 この作品は小説家になろう様・カクヨム様・ノベルアッププラス様にも掲載しています。

一緒に異世界転生した飼い猫のもらったチートがやばすぎた。もしかして、メインは猫の方ですか、女神様!?

たまご
ファンタジー
 アラサーの相田つかさは事故により命を落とす。  最期の瞬間に頭に浮かんだのが「猫達のごはん、これからどうしよう……」だったせいか、飼っていた8匹の猫と共に異世界転生をしてしまう。  だが、つかさが目を覚ます前に女神様からとんでもチートを授かった猫達は新しい世界へと自由に飛び出して行ってしまう。  女神様に泣きつかれ、つかさは猫達を回収するために旅に出た。  猫達が、世界を滅ぼしてしまう前に!! 「私はスローライフ希望なんですけど……」  この作品は「小説家になろう」さん、「エブリスタ」さんで完結済みです。  表紙の写真は、モデルになったうちの猫様です。

目覚めれば異世界!ところ変われば!

秋吉美寿
ファンタジー
体育会系、武闘派女子高生の美羽は空手、柔道、弓道の有段者!女子からは頼られ男子たちからは男扱い!そんなたくましくもちょっぴり残念な彼女もじつはキラキラふわふわなお姫様に憧れる隠れ乙女だった。 ある日体調不良から歩道橋の階段を上から下までまっさかさま! 目覚めると自分はふわふわキラキラな憧れのお姫様…なにこれ!なんて素敵な夢かしら!と思っていたが何やらどうも夢ではないようで…。 公爵家の一人娘ルミアーナそれが目覚めた異なる世界でのもう一人の自分。 命を狙われてたり鬼将軍に恋をしたり、王太子に襲われそうになったり、この世界でもやっぱり大人しくなんてしてられそうにありません。 身体を鍛えて自分の身は自分で守ります!

【完結】男爵令嬢は冒険者生活を満喫する

影清
ファンタジー
英雄の両親を持つ男爵令嬢のサラは、十歳の頃から冒険者として活動している。優秀な両親、優秀な兄に恥じない娘であろうと努力するサラの前に、たくさんのメイドや護衛に囲まれた侯爵令嬢が現れた。「卒業イベントまでに、立派な冒険者になっておきたいの」。一人でも生きていけるようにだとか、追放なんてごめんだわなど、意味の分からぬことを言う令嬢と関わりたくないサラだが、同じ学園に入学することになって――。 ※残酷な描写は予告なく出てきます。 ※小説家になろう、アルファポリス、カクヨムに掲載中です。 ※106話完結。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

処理中です...