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29 世話のやける神たち

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セイラとクロノスは二人で馬に乗り、日暮れ前に城へと着いた。

「殿下、お客様が応接室でお待ちです。ちょっと変わった方なんですけど……」

メイド頭が首を傾げながらクロノスのもとへ報告にやってきた。

「ああ、分かった。お茶なんて出さなくていいぞ」

「あ、すみません。もう出してしまいました。甘い茶菓子はないのか、と聞かれたのでお菓子もお出ししました」

「……分かった、ご苦労だった」

先を歩くクロノスの背中がちょっと怒っている。セイラは笑いそうになるのをこらえて彼のうしろを歩いていった。

応接室のドアを開ける。予想通り、長い黒髪の男がだらっとソファに寝そべっていた。
本を読みながらお菓子を食べているから、ぼろぼろとあちこちに食べこぼしている。

「おい、マルス。俺の城でダラダラするな」

〈遅かったな~、待ちくたびれちゃったぞ。今度からオレが瞬間移動で連れてってやろうか?〉

「結構だ」

クロノスはぶすっとした顔でソファに座った。その隣にセイラも腰掛ける。
マルスは二人の様子を羨ましそうな目で見ていた。リナとナナが三人分のお茶をテーブルに置き、静かに退室して行く。

〈いいなあ。オレだってウェヌスの旦那なのに、もう二千年も会ってない……〉

「えっ!? お二人は夫婦だったんですか!?」

「夫婦なのになんで別々の世界にいるんだよ」

不満そうな顔でお茶を飲むクロノス。マルスはまた泣きそうになっている。

〈わかんねえ。思い出そうとするんだけど、昔すぎて覚えてねえんだよ……〉

「あ、じゃあ、わたしが見てあげます。巫女の力を使えば過去が見えるので」

〈本当か!? 頼む!〉

「ちょっと待ってくださいね……」

目を閉じて、マルスの過去へと意識を向ける。

―――女神さまとケンカになったきっかけは……。

瞼の裏にイメージが浮かんできた。でもかなり古い記憶なのか、映像がザザッと乱れたりする。セイラはさらに意識を研ぎ澄ませ、映像の中の二人の会話を聞こうとした。

女神に向かって白い花を差し出すマルスの姿。だが、それを見た途端、ウェヌスの表情が乱れた。大声で何か言っている。

あれは多分―――。

「いたっ……」

頭痛が走って、セイラは頭を手で押さえた。これ以上見るのは無理のようだ。
クロノスが心配そうな顔でセイラの背中を撫でた。

「大丈夫?」
「だ、大丈夫です」

セイラはふう、と息を吐いてお茶を一口飲む。頭痛も治まってきた。

「あの、マルスさま。かなり昔だと思うんですけど、ウェヌスさまに白い花を渡しませんでした?」

〈へ? うーん……渡したかも。結婚記念日に、花を渡すことになってたんだよな〉

「その花を見た途端、ウェヌスさまは怒り出したんです。よく聞こえなかったんですけど、多分、『それじゃないっ!』って言ってたんじゃないかと」

「それじゃない? マルスが花を間違えたってことか?」

「そんな感じでした」

マルスは腕を組んでうーん、と唸っている。見た目は端正な顔なのに、子供っぽいのが残念だ。
やがてマルスはぽつぽつと語りだした。

〈アイツさあ、白い花が好きなんだよな。確か、花の名前に雪がついてるやつ〉

「雪の名前の花? ……ちょっと待ってろ」

クロノスは応接室から出ると手に本を持って戻ってきた。植物図鑑のようだ。パラパラとページをめくり、あるページで手をとめてマルスに向けて差し出す。

「雪、つまりスノーが付く名前の白い花は二種類ある。スノードロップかスノーフレークだ。お前はどちらの花を女神に渡したんだ?」

〈ええ? どっちだったかなあ。似てるしよく分かんねえよ〉

「よく見ろ。スノードロップとスノーフレークでは草丈が全然違う。お前が渡したのは短い花か? それとも長い花か?」

〈ええっとぉ、オレの手の中にすっぽり入るぐらいの花だったな、うん。ちっさい方を渡したぞ〉

「……ということは、女神さまはスノーフレークの方を渡してもらいたかったんですね」

分かってしまえば単純な話だった。

「問題はそのスノーフレークがどこに咲いてるかだ。時期的にはちょうど今頃のようだが、そんな花……」

「クロノスさま。城の中庭に普通に咲いてますよ」

「……は?」

「中庭でお茶した時、この花を見ましたもの」

〈でかしたぞ、クロノス! さすがはこの城の主だ! ちょっとこの花もらって行ってもいいか?〉

「あ、ああ……」

ぽかんとしているクロノスを置いて、マルスは大慌てて応接室から出て行った。

「意外と簡単な話でしたね」

「そうだね……」

しばらくして、マルスがどたどたと足音を立てて戻ってきた。腕にどっさりとスノーフレークの花を抱えている。

〈ありがとな、クロノス! 今からウェヌスを呼び出してみる!〉

「花、取りすぎだろ……」

「マルスさま、わたしも手伝います」

三人で花が咲き乱れる中庭へと出た。空はすでに茜色に染まっている。
マルスとセイラは女神に向けて祈りを捧げた。

―――女神さま、どうかここへいらしてください。

やがてどこからか金色の蝶が飛んできた。蝶はくるくる回りながら1匹が2匹、2匹が4匹と増え、数え切れないほど増えたときに人の形になった。

〈ウェヌス……! ごめんな! お前が欲しかった花、これだろ?〉

マルスが花束のようになったスノーフレークをウェヌスに手渡す。
女神はしばらくじっと花とマルスを見比べていたが、やがてぼそっと言った。

〈遅い!〉

〈ごっ、ごめん!〉

〈……仕方のないひとね〉

それまでむすっとしていた女神はやっと微笑んだ。マルスから花を受け取り、嬉しそうに顔をうずめる。

〈セイラ、クロノス。ご苦労様でした。―――そして、ありがとう〉

〈ありがとな! オレ、ちゃんと約束は守るから!〉

ウェヌスとマルスは手を繋ぎながら、ふわっと空へ舞い上がった。ほほえみながらどんどん高度を増していき、月が見えるあたりでふっと消える。

「行っちゃいましたね」

「はた迷惑な神たちだ……」

クロノスは長い溜め息をついたあと、セイラの方を向いた。やけに真剣な表情をしている。

「セイラ」

「ど、どうしたんですか?」

「今夜、抱いてもいい?」

「もう! 真剣な顔するから何かと思うじゃないですか! ……いいですよ」

二人でお風呂に入った後、クロノスは言葉どおりセイラを抱いた。ウェヌスとマルスを見てなにか感じたのか、いつもよりも情熱的でドキドキしてしまった。

翌日、二人はバルコニーに出て、眠りの森の方に目を向ける。マルスはちゃんと約束を守ったようだ。
眠りの森は忽然と消え、一面のスノーフレークが広がっていた。
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