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5 王子と出会う
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翌日は朝から雨だった。
道がぬかるんでいるからあまりスピードは出せない。馬車はゆっくりと街道を進み、国境を越えた。
途中に昼の休憩を挟み、夕方近くになってようやくコルバルの王城が見えてきた。灰白色の城は雨に濡れて黒ずんでいる。
「これが、コルバルの王城……」
セイラは馬車の窓から呟いた。
王都を見下ろすようにそびえ立つ、高い城壁に囲まれた要塞のような城だ。堀にかかる釣り橋が見える。
馬車が緩やかな上り坂に差し掛かった。王城は高台の上に建っているからここからはしばらく坂を登ることになる。くねくねとした坂道はちょっと酔ってしまいそうだ。
「く、うう……」
セイラが手すりに掴まって坂に耐えていると、ようやく馬車の傾きがおさまった。馬車の窓から堅牢そうな塔が見える。
城の門番へシュレフの王が書いた親書を見せるとすぐに通行の許可が出た。
馬車から出て城の入り口までは騎士が付いてくれたが、セイラが入城した途端、「送り届けるだけと命令されております」と言って走り去ってしまう。
「嘘でしょ……」
特別な力があるとはいえ、セイラの中身はただの16歳の娘なのに。
たった一人で敵国の王に謁見しろっていうの!?
城の廊下にぽつんと立ち尽くしていると、後ろから声を掛けられた。
「君、どうしたの? そんなとこに突っ立って」
「あ……あのう、わたしシュレフから来たんです。聖なる巫女として……」
「巫女? 君が?」
セイラに声を掛けてきたのは黒い衣装を着た青年だった。
彼を見たとき、思わずあっと声を上げそうになってしまい、慌てて口を押さえる。この人は頭の中で〝見た〟ような気がする。恐らくコルバルの王族の一人だ。
無造作に伸びた襟足が長い銀の髪に、夜のような藍の瞳の端正な顔をした青年だ。白い肌と涼しげな目元が印象的で、きっと少年の頃は女の子に間違われるほど美しかっただろう。思わず見惚れてしまうような綺麗な男の人だ。
でも。
――なんだろう、この嫌な感じ……。
青年からどろりとまとわり付くような冷気が漂ってきてセイラは身震いした。それにあの藍色の瞳。まるでぽっかりと開いた洞窟みたいで、視線を合わせると背筋が凍ってしまいそう。
この人にはあまり近づかない方が良さそうだ。
セイラは商売人のような笑顔をへらへらと浮かべて言った。
「そ、その辺の人にでも案内してもらいますね。では!」
言うと同時にその場から離れようとしたが、青年の動きの方が早かった。がしっと腕を掴まれて動けなくなってしまう。
セイラの腕を掴んだまま、彼はにっこりと微笑んだ。
目が笑ってない。怖い。
「俺が案内してあげる」
「いっいぃいええ! とんでもございません! 王族の方に案内してもらうなんて恐れおおくて―――」
「……なんで俺が王族だと分かったの?」
青年がピタリと足を止めた。ゆっくりと振り返った彼の周囲の空気がますます冷ややかなものに変わり、セイラは泣きそうになる。
ムリ、ムリ! この人絶対にまともじゃない!
はくはくと絶句しているセイラを、青年は値踏みでもするような細い目で見ている。
「ああ。そういえば聖なる巫女って、ひとの過去を覗けるんだっけ? 勝手に他人の事情をのぞくなんていい趣味してるね」
「…………」
その通りなので何も言えなかった。
わたしは馬鹿だ。子供の頃に痛い目にあったのに、また同じ事を繰り返すなんて。
セイラが唇を噛んでいると、青年がまた歩き出した。彼に腕を掴まれているセイラも引き摺られるようにして歩いていく。
やがて彼は大きな扉の前で立ち止まった。扉の両脇には騎士が控えていて、この先に身分の高い人物がいることを知らしめている。
「謁見の許可を」
「はっ」
青年が言うとすぐに扉が開いた。それはそうだ、彼は王子なのだろうから。
「父上。聖なる巫女をお連れしましたよ」
「―――なに? その後ろの娘がそうなのか?」
「はい。シュレフ王の親書を持っています」
道がぬかるんでいるからあまりスピードは出せない。馬車はゆっくりと街道を進み、国境を越えた。
途中に昼の休憩を挟み、夕方近くになってようやくコルバルの王城が見えてきた。灰白色の城は雨に濡れて黒ずんでいる。
「これが、コルバルの王城……」
セイラは馬車の窓から呟いた。
王都を見下ろすようにそびえ立つ、高い城壁に囲まれた要塞のような城だ。堀にかかる釣り橋が見える。
馬車が緩やかな上り坂に差し掛かった。王城は高台の上に建っているからここからはしばらく坂を登ることになる。くねくねとした坂道はちょっと酔ってしまいそうだ。
「く、うう……」
セイラが手すりに掴まって坂に耐えていると、ようやく馬車の傾きがおさまった。馬車の窓から堅牢そうな塔が見える。
城の門番へシュレフの王が書いた親書を見せるとすぐに通行の許可が出た。
馬車から出て城の入り口までは騎士が付いてくれたが、セイラが入城した途端、「送り届けるだけと命令されております」と言って走り去ってしまう。
「嘘でしょ……」
特別な力があるとはいえ、セイラの中身はただの16歳の娘なのに。
たった一人で敵国の王に謁見しろっていうの!?
城の廊下にぽつんと立ち尽くしていると、後ろから声を掛けられた。
「君、どうしたの? そんなとこに突っ立って」
「あ……あのう、わたしシュレフから来たんです。聖なる巫女として……」
「巫女? 君が?」
セイラに声を掛けてきたのは黒い衣装を着た青年だった。
彼を見たとき、思わずあっと声を上げそうになってしまい、慌てて口を押さえる。この人は頭の中で〝見た〟ような気がする。恐らくコルバルの王族の一人だ。
無造作に伸びた襟足が長い銀の髪に、夜のような藍の瞳の端正な顔をした青年だ。白い肌と涼しげな目元が印象的で、きっと少年の頃は女の子に間違われるほど美しかっただろう。思わず見惚れてしまうような綺麗な男の人だ。
でも。
――なんだろう、この嫌な感じ……。
青年からどろりとまとわり付くような冷気が漂ってきてセイラは身震いした。それにあの藍色の瞳。まるでぽっかりと開いた洞窟みたいで、視線を合わせると背筋が凍ってしまいそう。
この人にはあまり近づかない方が良さそうだ。
セイラは商売人のような笑顔をへらへらと浮かべて言った。
「そ、その辺の人にでも案内してもらいますね。では!」
言うと同時にその場から離れようとしたが、青年の動きの方が早かった。がしっと腕を掴まれて動けなくなってしまう。
セイラの腕を掴んだまま、彼はにっこりと微笑んだ。
目が笑ってない。怖い。
「俺が案内してあげる」
「いっいぃいええ! とんでもございません! 王族の方に案内してもらうなんて恐れおおくて―――」
「……なんで俺が王族だと分かったの?」
青年がピタリと足を止めた。ゆっくりと振り返った彼の周囲の空気がますます冷ややかなものに変わり、セイラは泣きそうになる。
ムリ、ムリ! この人絶対にまともじゃない!
はくはくと絶句しているセイラを、青年は値踏みでもするような細い目で見ている。
「ああ。そういえば聖なる巫女って、ひとの過去を覗けるんだっけ? 勝手に他人の事情をのぞくなんていい趣味してるね」
「…………」
その通りなので何も言えなかった。
わたしは馬鹿だ。子供の頃に痛い目にあったのに、また同じ事を繰り返すなんて。
セイラが唇を噛んでいると、青年がまた歩き出した。彼に腕を掴まれているセイラも引き摺られるようにして歩いていく。
やがて彼は大きな扉の前で立ち止まった。扉の両脇には騎士が控えていて、この先に身分の高い人物がいることを知らしめている。
「謁見の許可を」
「はっ」
青年が言うとすぐに扉が開いた。それはそうだ、彼は王子なのだろうから。
「父上。聖なる巫女をお連れしましたよ」
「―――なに? その後ろの娘がそうなのか?」
「はい。シュレフ王の親書を持っています」
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