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45 真相2
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先輩の指により、写真はさらに変化する。睡眠薬入りのお酒を飲んだ綾太さんは当然のように眠ってしまったようで、カウンターにうつ伏せになって寝ている。雪華さんはスマホで誰かに連絡している様子だ。しばらくして、一人の男性が二人の元へやって来た。
「これって……松本さんですか?」
「松本さんだね。協力したら昇進させてあげるとでも言われたんじゃないかな。それでのこのこやって来たみたいで……ほら、本部長を抱えて店から出てきたでしょ」
松本さんは眠る綾太さんを支えながら店内から出てきた。後ろからは涼しい顔の雪華さんが続く。なんの罪悪感もなく、むしろ嬉しそうな表情に背筋が冷たくなった。やっぱりこの人は尋常じゃない。
「少しショッキングな写真になるよ。未遂に終わったけどね……」
千穂先輩が呟くようにいい、ボタンを押した。次の写真には三人が薄暗いホテルに入る姿が映っている。どこかのラブホテルのようだ。
ようやく雪華さんの狙いがわかり、強烈な怒りで体が震えてきた。
「最っ低……! これ犯罪じゃないですか!」
「犯罪だね。未遂に終わったけど、この写真を警察に突き出したら彼女は終わりだろうね。この後ようやく旦那が来てくれて、三人で部屋のドアの前で開けろと大騒ぎしたの。ホテル側も監視カメラの様子から犯罪を疑ったみたいで、すぐに鍵を開けてくれた。雪華お嬢様は逃げたけど、松本さんは会社を辞めるから警察だけは勘弁してくれって泣きついてきてね……。その場で会社に退職するという連絡をさせた。すでに東京から出てると思う」
「綾太さんは大丈夫だったんでしょうか」
「ちゃんとスーツを着たままベッドで寝てたよ。怪我もしてなかった。三十分ぐらいで目が覚めて、即座に病院へ向かったらしい。検査したらばっちり薬物反応出たって」
「ああ……。だいたい流れが分かりました。写真と動画、そして検査結果を持って常務に会いに行ったって事ですね?」
「そういう事。でも常務だけに会ったわけじゃないみたいよ。年末だから本家に親族が集まってたらしくて、そこで証拠を突きつけたんだって。言い逃れできないようにね……。まるで公開処刑だけど、それだけ本部長は怒ってたんだよ。当然だよね、常務は卑怯な手段を使って恩田を無理やり引越しさせたんだから」
普段はあんなに穏やかな人が、そこまで過激なことをしたのだ。俄かには信じられないけど、常務が辞任したぐらいだから真実なのだろう。綾太さんの凄まじい怒りが伝わってくるようだ。
「常務は焦ったでしょうね……。かなり取り乱したんじゃないでしょうか」
「本部長に土下座して謝罪したらしいよ。頼むから警察沙汰にはしないでくれと言われたみたい。その代償として取締役を辞任し、日本からも出ることになったってわけ。北条家としても、身内から犯罪者が出るのは困るだろうしね。お嬢さま一家は今アメリカにいるらしいよ」
「はぁ……すごい話ですね。事実は小説よりも奇なりとはいうけど」
やっと綾太さんの科白の意味が分かった。常務は責任を取るために海外に出たのだから、私たちの結婚を邪魔できるわけがない。雪華さんと松本さんが退職した理由も分かり、体から一気に力が抜けた。千穂先輩も安堵した表情だ。
「まぁとりあえず一件落着してよかったよ。本部長から聞いたんだけど、社長も常務が辞任した事をほとんど気にしてないらしい。常務のせいで縁故採用が多かったから困ってたんだって。これでやっと会社から頭のおかしい親子が消えたわけだね……。あとは恩田と本部長が結ばれるのを待つだけだわ。で、挙式はいつ?」
突然の方向転換に慌てふためき、口の中に入れた割り箸をガリッと噛んでしまった。なぜその話をご存知で? 婚姻届を書いたのはつい先日で、まだ母にしか明かしてないのに。
「気が早いですよ! 私たちまだ婚姻届も出してなくて……っていうか、どこまで知ってるんですか?」
首を傾げる私に千穂先輩が呆れたように言う。
「恩田と本部長のことは課長だって気が付いてるよ。あんたいつも髪をシニヨンにして会社に来てるでしょ」
「……はぁ。確かにいつもシニヨンですけど」
「二ヶ月ぐらい前から、たまにキスマークが見えてたよ。耳の下とかうなじとかに」
「……!? う、嘘でしょ!?」
「残念ながら嘘じゃないのよ。多分、他の部署の人も気がついてんじゃないかな。ただ相手が本部長だと知ってるのは、私と課長だけだろうけどね」
先輩の言葉は私の頭のなかで何度もこだました。他の部署の人も……!? それはそうか、私はキスマークに気付かないまま社内をうろうろしてたんだから。
「恥ずかしすぎる……! 明日からどんな顔して出社すればいいんでしょうか!」
「平然としてればいいじゃん。いずれあんたと本部長の仲はばれるんだからさ。その時にキスマークの相手が本部長だったと分かれば、女性社員もすんなり納得するよ。その眼鏡を外せばなおさら効果アップだろうね。美男美女の夫婦に文句言う奴はまずいないと思う。恩田の仕事ぶりは評価されてんだし」
「え……眼鏡も?」
「眼鏡も。本部長は虫除け目的で外ではあんたに眼鏡かけるように言ったんだろうけど、結婚指輪をしてれば十分でしょ。次期社長の妻に手を出す男なんかいるわけない。安心して外すがよい」
ははあと平伏したくなるような科白だ。確かに千穂先輩の言うとおりかもしれない。私が眼鏡をかけているのは目立ちたくないから、そして恋愛するのが怖いからだった。その理由からすれば今後はもうこのダサい眼鏡の出番はないわけだ。少し寂しい気もするけど。
「そうですね……。結婚指輪を嵌めたら、この眼鏡は封印しようと思います。もうお役御免てことですね」
「うんうん。改めて、おめでとう。幸せになりなよ」
「千穂先輩……。本当に色々とありがとうございます。このご恩は一生忘れません! 先輩の危機には何をおいても駆けつけますから!」
「嬉しいけどちょっと重い。もう少し軽く考えていいよ。ほんと、恩田は真面目だね」
私たちは大いに盛り上がり、楽しくお酒を飲んだ。ようやく全ての問題が解決したからか、今までで一番おいしいお酒だった。
「これって……松本さんですか?」
「松本さんだね。協力したら昇進させてあげるとでも言われたんじゃないかな。それでのこのこやって来たみたいで……ほら、本部長を抱えて店から出てきたでしょ」
松本さんは眠る綾太さんを支えながら店内から出てきた。後ろからは涼しい顔の雪華さんが続く。なんの罪悪感もなく、むしろ嬉しそうな表情に背筋が冷たくなった。やっぱりこの人は尋常じゃない。
「少しショッキングな写真になるよ。未遂に終わったけどね……」
千穂先輩が呟くようにいい、ボタンを押した。次の写真には三人が薄暗いホテルに入る姿が映っている。どこかのラブホテルのようだ。
ようやく雪華さんの狙いがわかり、強烈な怒りで体が震えてきた。
「最っ低……! これ犯罪じゃないですか!」
「犯罪だね。未遂に終わったけど、この写真を警察に突き出したら彼女は終わりだろうね。この後ようやく旦那が来てくれて、三人で部屋のドアの前で開けろと大騒ぎしたの。ホテル側も監視カメラの様子から犯罪を疑ったみたいで、すぐに鍵を開けてくれた。雪華お嬢様は逃げたけど、松本さんは会社を辞めるから警察だけは勘弁してくれって泣きついてきてね……。その場で会社に退職するという連絡をさせた。すでに東京から出てると思う」
「綾太さんは大丈夫だったんでしょうか」
「ちゃんとスーツを着たままベッドで寝てたよ。怪我もしてなかった。三十分ぐらいで目が覚めて、即座に病院へ向かったらしい。検査したらばっちり薬物反応出たって」
「ああ……。だいたい流れが分かりました。写真と動画、そして検査結果を持って常務に会いに行ったって事ですね?」
「そういう事。でも常務だけに会ったわけじゃないみたいよ。年末だから本家に親族が集まってたらしくて、そこで証拠を突きつけたんだって。言い逃れできないようにね……。まるで公開処刑だけど、それだけ本部長は怒ってたんだよ。当然だよね、常務は卑怯な手段を使って恩田を無理やり引越しさせたんだから」
普段はあんなに穏やかな人が、そこまで過激なことをしたのだ。俄かには信じられないけど、常務が辞任したぐらいだから真実なのだろう。綾太さんの凄まじい怒りが伝わってくるようだ。
「常務は焦ったでしょうね……。かなり取り乱したんじゃないでしょうか」
「本部長に土下座して謝罪したらしいよ。頼むから警察沙汰にはしないでくれと言われたみたい。その代償として取締役を辞任し、日本からも出ることになったってわけ。北条家としても、身内から犯罪者が出るのは困るだろうしね。お嬢さま一家は今アメリカにいるらしいよ」
「はぁ……すごい話ですね。事実は小説よりも奇なりとはいうけど」
やっと綾太さんの科白の意味が分かった。常務は責任を取るために海外に出たのだから、私たちの結婚を邪魔できるわけがない。雪華さんと松本さんが退職した理由も分かり、体から一気に力が抜けた。千穂先輩も安堵した表情だ。
「まぁとりあえず一件落着してよかったよ。本部長から聞いたんだけど、社長も常務が辞任した事をほとんど気にしてないらしい。常務のせいで縁故採用が多かったから困ってたんだって。これでやっと会社から頭のおかしい親子が消えたわけだね……。あとは恩田と本部長が結ばれるのを待つだけだわ。で、挙式はいつ?」
突然の方向転換に慌てふためき、口の中に入れた割り箸をガリッと噛んでしまった。なぜその話をご存知で? 婚姻届を書いたのはつい先日で、まだ母にしか明かしてないのに。
「気が早いですよ! 私たちまだ婚姻届も出してなくて……っていうか、どこまで知ってるんですか?」
首を傾げる私に千穂先輩が呆れたように言う。
「恩田と本部長のことは課長だって気が付いてるよ。あんたいつも髪をシニヨンにして会社に来てるでしょ」
「……はぁ。確かにいつもシニヨンですけど」
「二ヶ月ぐらい前から、たまにキスマークが見えてたよ。耳の下とかうなじとかに」
「……!? う、嘘でしょ!?」
「残念ながら嘘じゃないのよ。多分、他の部署の人も気がついてんじゃないかな。ただ相手が本部長だと知ってるのは、私と課長だけだろうけどね」
先輩の言葉は私の頭のなかで何度もこだました。他の部署の人も……!? それはそうか、私はキスマークに気付かないまま社内をうろうろしてたんだから。
「恥ずかしすぎる……! 明日からどんな顔して出社すればいいんでしょうか!」
「平然としてればいいじゃん。いずれあんたと本部長の仲はばれるんだからさ。その時にキスマークの相手が本部長だったと分かれば、女性社員もすんなり納得するよ。その眼鏡を外せばなおさら効果アップだろうね。美男美女の夫婦に文句言う奴はまずいないと思う。恩田の仕事ぶりは評価されてんだし」
「え……眼鏡も?」
「眼鏡も。本部長は虫除け目的で外ではあんたに眼鏡かけるように言ったんだろうけど、結婚指輪をしてれば十分でしょ。次期社長の妻に手を出す男なんかいるわけない。安心して外すがよい」
ははあと平伏したくなるような科白だ。確かに千穂先輩の言うとおりかもしれない。私が眼鏡をかけているのは目立ちたくないから、そして恋愛するのが怖いからだった。その理由からすれば今後はもうこのダサい眼鏡の出番はないわけだ。少し寂しい気もするけど。
「そうですね……。結婚指輪を嵌めたら、この眼鏡は封印しようと思います。もうお役御免てことですね」
「うんうん。改めて、おめでとう。幸せになりなよ」
「千穂先輩……。本当に色々とありがとうございます。このご恩は一生忘れません! 先輩の危機には何をおいても駆けつけますから!」
「嬉しいけどちょっと重い。もう少し軽く考えていいよ。ほんと、恩田は真面目だね」
私たちは大いに盛り上がり、楽しくお酒を飲んだ。ようやく全ての問題が解決したからか、今までで一番おいしいお酒だった。
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